【コラム】物語の中のアートたち/原田マハ『暗幕のゲルニカ』の中のパブロ・ピカソ《ゲルニカ》

コラム
2017.5.22
原田マハ『暗幕のゲルニカ』 新潮社公式サイトより(http://www.shinchosha.co.jp/book/331752/)

原田マハ『暗幕のゲルニカ』 新潮社公式サイトより(http://www.shinchosha.co.jp/book/331752/)

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実在するアート作品が登場する物語を読むと、実際にその作品を目にした時、物語に出てきた場面や会話が甦り、よりいきいきと鑑賞することができる。また、文による緻密な描写は、深く充実した理解を促すだろう。ここでは絵画を効果的に使っている小説、原田マハ『暗幕のゲルニカ』をご紹介する。

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運命を翻弄する絵 テーマは"闘い"

本書では、二つの物語が並行する。一方の舞台は二十世紀、第二次世界大戦前後のフランス。花の都パリでは、パブロ・ピカソと愛人のドラ・マールが暮らしていた。世界的な画家であるピカソに、パリ万国博覧会スペイン館に展示するための壁画制作依頼が来た。そこへスペインのバスク地方の古都、ゲルニカがナチスによって襲撃されたという知らせが入る。怒りに燃えるピカソがゲルニカの惨禍を描く中、ドラはスペインの貴公子、パルド・イグナシオと出会う。パルドは瞬く間にピカソの才能に魅了され、三者が親交を深める中、パリにも戦争の足音が忍び寄る。

もう一つの舞台は二十一世紀のニューヨーク。MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターを務める八神瑤子は、新しい企画展に奔走していた。そんな中、同時多発テロ事件が発生する。喪失感を抱えながらも日常を取り戻していた瑤子は、国務長官によるイラクへの武力行使発表の映像を見る。国連安全保障理事会の会議室ロビーにあるピカソの《ゲルニカ》の複製のタペストリーには、暗幕が掛けられていた。幕を被せた嫌疑をかけられ、展示の開催が危ぶまれる中、彼女はある決断をする。それは本物《ゲルニカ》を展示にもたらすために闘い抜くことだった……。

芸術と愛憎
パブロ・ピカソとドラ・マール

キュビズムの始祖として知られ、「青の時代」「ばら色の時代」など次々に作風を変え、各時期において比類ない名作を生み出した天才、ピカソ。91年の生涯を通して晩年まで描き続け、素描も含めると絵画作品は十万点以上と言われている。そしてピカソは、精力的な制作活動と共に、華やかな女性遍歴で有名だ。

二十世紀パートのヒロインであるドラは、ピカソと共に実在した人物だ。スペイン出身の官能的な美貌を持ち、アーティストや文学者と親交があり、自身も写真家である才女である。同郷の麗人にピカソが魅了されるのも頷けるというものだが、その時ピカソは妻と離婚できない状況で、別の愛人の間に娘を授かっていた。

嫉妬に苛まれながらも男としてのピカソを愛し、芸術家としてのピカソを支えつつ、自身のアーティストとしての矜持を失わないドラは、とても魅力的だ。ピカソが《ゲルニカ》に従事していた時、最も良き理解者である彼女が現場に立ち会っており、写真で制作過程を目の当たりにすることができるのは、後世の人間にとって有難いことである。

《ゲルニカ》の力

多作で知られるピカソの作品の中でも、最も有名なのは《ゲルニカ》だろう。ゲルニカ襲撃を主題にしたこの絵では、モノクロームの人々や動物が、苦痛、悲嘆、破壊、死などの圧倒的な負の力に苛まれている。無数の解釈がなされ、分かりやすい絵ではないにもかかわらず、今なお年齢や国籍を超えて人を惹きつけているという事実は、アーティストとしてのピカソの力量と、絵そのものが持つ強烈な力を物語る。

二十一世紀パートのヒロイン、瑤子もまた《ゲルニカ》に魅了された一人だ。幼い頃にこの絵と衝撃的な出会いを果たした彼女は、ピカソを生涯の研究テーマに選び、MoMA理事長のルース・ロックフェラーの応援の下で《ゲルニカ》展示に注力する。その過程で戦時中に絵を保護したパルドに出会い、ニューヨークでの出展を実現させるという強い意志の下に奔走する。

「芸術は武器である」

ナチスの将校に「《ゲルニカ》を描いたのは貴様か」と聞かれ、「この絵の作者は、あんたたちだ」と答えたピカソ。彼はまた、「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ」とも言った。すべてを描き出す創造主たるピカソは、平和と自由を蹂躙する暴力に立ち向かうために《ゲルニカ》という武器を創り、今でも人々を鼓舞し続けている。

瑤子は、《ゲルニカ》は「平和を望む世界中のすべての人たちのもの」だと述べた。普遍的なメッセージを発しうるアートは、力が強いほどに広く伝播されるべきだと言える。本作のラストは、《ゲルニカ》の発する力同様に力強く、鮮烈だ。それは、瑤子を支え続けた使命感を、著者である原田マハ自身が抱いているからにほかならない。


本書に関連したトークイベントを原田マハ氏がおこなった際のレポート記事はこちら。原田氏が《ゲルニカ》に込めた想いを、自身の言葉で語っている。

原田マハ「いまこそ《ゲルニカ》の話をしよう。」トークレポート "平和と反戦の象徴"に託した人々の想い

書籍情報
暗幕のゲルニカ
 
著者:原田マハ
発売日:2016/03/28
定価(税込): 1,728円(税込)
 
反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した――誰が〈ゲルニカ〉を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。

角川書店公式サイト:http://www.shinchosha.co.jp/book/331752/
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