『神の宝の玉手箱』展をレポート 鎌倉時代のセレブ・北条政子も魅了された至宝の数々

2017.6.6
レポート
アート

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今年、六本木開館10周年を迎えたサントリー美術館は現在、「美を結ぶ。美をひらく。」をテーマに、年間を通してさまざまな企画や特別展を開催している。先日開幕したばかりの『神の宝の玉手箱』展(会期:2017年5月31日〜7月17日)は、その第二弾として行われるもの。修理後初公開となる国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》を目にすることができる、まさに10周年にふさわしい作品展示だ。一般公開に先立ち開催された内覧会より、至宝の魅力と関連商品の見どころをご紹介していきたい。

中国より伝わり、日本においては平安時代から「身の回りの大切なものを入れておくための箱」として使用されてきた手箱。高価な漆が使われたこの贅沢品は、身分の高い人々が所有する“ハレの調度品”として珍重されてきた。なかでも、漆の上の蒔絵や螺鈿などによる装飾を施した手箱は「玉のように美しい手箱=玉手箱」とされ、神への捧げ物としての意味合いも持っていた。

 

最上級の匠の技が織りなす、美しき「玉手箱」の世界

第1章の「玉なる手箱」では、日本を代表する絢爛豪華な手箱の至宝が紹介されている。

中でもひときわ目を引くのが国宝《秋野鹿蒔絵手箱》(出雲大社蔵)だ。出雲大社へ奉納するための神宝として製作された可能性が高いという本作は、黒漆塗に平目地を施し、蒔絵と螺鈿の至芸が惜しみなく結集した名品だ。

蓋表には秋の野に咲き誇る萩を、なかには三匹の鹿の親子を配し、側面には空に舞う鳥、菊や桔梗など秋にまつわる動植物が写実的に描かれている。豊かな実りの時を伝えているかのような風情が感じられる一品だ。奉納品としての手箱がもつ、きらびやかな世界観を十二分に堪能することができよう。

鎌倉時代に栄華を極めた、きらびやかな手箱の数々

ミステリアスな魅力を秘めた手箱と、貴族生活に密着した手箱

手箱は、昔噺では「けっして開けてはならない」という不文律がある。またかつては呪術的な意味合いを含んでいた化粧の道具を収めるための入れ物であった。「手箱の呪力」と題した第2章では、そんな手箱のミステリアスな魅力について焦点をあてる。

龍宮伝説の由来をもつ重要文化財「松梅蒔絵手箱および内容品」と「浦島絵巻」

こちらで注目したいのは重要文化財「松梅蒔絵手箱および内容品」だ。この手箱が伝わる枚聞神社は九州最南端のふもとに位置している。この地域は浦島太郎の竜宮伝説のもとになっている海幸彦・山幸彦の神話にまつわる逸話がある地でもある。そのため本作は「竜宮の手箱」と称されている。

箱のなかには白銅鏡、鏡箱、歯黒箱、櫛など、化粧道具一式が収められている。もともとの化粧の由来や、古代では櫛が魔除けの道具でもあったという歴史を鑑みると、それらを収める手箱にもおのずと呪力が宿ると考えられたのも頷ける。さらに重要文化財「松梅蒔絵手箱および内容品」の隣には、関連する作品として「浦島絵巻」(日本民藝館蔵)が展示されている。説話と手箱との不思議な歴史的接点に思いを馳せてみると、いつしか物語の世界に誘われるような気分にさせられるだろう。

平安貴族の生活様式がきめ細かに描かれている「石山寺縁起絵巻」(サントリー美術館蔵)。なかには手箱も描かれている。

手のひらのなかの美しき宇宙、香合

 

文様があらわす、貴族社会のしきたり

第4章「浮線綾文と王朝の文様」では、本展最大の見どころでもある国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》に施された文様についてと、装束や鏡などの工芸作品を中心に紹介するコーナーだ。

「浮線綾文」とは平安時代以降、家格や位階に応じて公家の服飾や調度に記された有職文様の一つ。もとは文様を浮き織りにした綾織物を指す技法名であったという。しかし、それが次第に貴族社会における特殊な宮廷礼法のなかで、一目で身分や階級がわかる記号としての意味合いを帯びるようになった。

浮線綾文が織り込まれた装束の数々

 

展覧会の目玉《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》の優雅な佇まい

いよいよ展覧会の最終章「神宝と宮廷工芸」へと歩を進めようとしたところ、その前段に美しきサプライズが待ち構えていた。

その正体とは、本展の公開に向け、約50年ぶりに修理が行われたという当館の国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》であった。暗室に足を踏み入れた途端、漆黒のなかで一段と威光を放つその堂々とした姿に、すっかり目を奪われてしまった。手箱の全面に施された金地は、大量の金粉を浴びせるように蒔いた「沃懸地技法」と呼ばれ、金粉の密度や重なりによって奥行きのある輝きを表現している。また、夜光貝を使った螺鈿によって表される0.5ミリ単位の浮線綾文のからは、堂々とした風格と比類なき美しさが鮮烈な印象をもって胸に迫ってくる。

本展の目玉、修理後初公開となる《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》

《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》をこえて現れる最終章「神宝と宮廷工芸」では、貴族の安泰や平和を願って神々に奉納された、神宝としての手箱と関連作品がずらりと展示されている。こちらではとくに、和歌山県の熊野速玉大社に古神宝として伝わった国宝「桐蒔絵手箱および内容品」の豪華な仕立てによる手箱に注目したい。

国宝 桐蒔絵手箱および内容品 (熊野速玉大社古神宝類のうち) 一具 明徳元年(1390)頃 和歌山・熊野速玉大社  (画像提供:奈良国立博物館 撮影:森村欣司) 【展示期間:5/31~6/26】

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さて全5章で構成される本展だが、もう一つ見逃せないのが近現代の名工たちが手がけた模造作品を紹介する「トピック展示」のコーナーである。こちらでは鎌倉時代を代表するセレブリティであった、北条政子が愛したという伝説をもつ、7つの手箱を紹介する。その一つが実は《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》だという説があるが、真偽のほどは定かではないそう。

さすが政子の宝物とあって、華やかでまばゆいほどの光を放つ逸品が一堂に会する。なかでも政子が鶴岡八幡宮に奉納したと伝えられる《籬菊螺鈿蒔絵手箱および内容品 模造》(北村昭斎作 鶴岡八幡宮蔵)は必見だ。その美しさのみならず、復刻に至った背景や海のロマンを感じさせるストーリーも含めて、ぜひじっくりと味わいたい。

 

今回の展覧会では、修理後初公開となる《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》をはじめ、時代やシーンに合わせてさまざまな用途や意味を添えてきた、手箱の奥深く広い世界を堪能することができる貴重な機会となっている。古くは正倉院に所蔵された宝物にはじまり、常に「箱」というものが日常のなかに溢れ、大切なものは「箱に収める」という文化が根付いていた日本人。本展ではそうした日本人の歴史を振り返ってみるという意味でも、新たな視点を与えてくれるに違いない。

イベント情報
六本木開館10周年記念展
国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》修理後初公開 神の宝の手箱


日時:2017年5月31日(水)〜7月17日(月・祝)
会場:サントリー美術館
開館時間:10:00〜18:00(金・土は10:00〜20:00)
※7月16日(日)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※shop×cafeは会期中無休
休館日:火曜日
※7月11日(火)は開館

公式サイト:http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2017_3/index.html​