松井周にインタビュー~サンプルの10周年記念公演、劇団体制最後の作品『ブリッジ』を上演
松井周(手前)
「変態」していくことをテーマに、個性あふれる実力派のキャストたちが、松井周のややアブノーマルな妄想を遊んできた劇団サンプル。10周年を迎え、劇団という体制から松井の個人ユニットとして新たなスタートを切ることを表明した。いわば劇団の「変態」。劇団としての最後の作品『ブリッジ』は、コスモオルガン協会という架空の新興宗教団体の信者たちを描く宗教劇だ。作・演出の松井から話を聞いた。
僕の妄想をもっと試してみたい
ワークインプログレスより
ーーサンプルが集団から松井さん個人の創作の場になるそうですね?
そうなんです。でも仲違いとかじゃありません。僕は劇団というものにこだわってきたし。普通の劇団は新陳代謝があるものだけれどサンプルは10年間メンバーが全く変わってない。いつも半分の出演者はゲストさんでしたし、ダンサーや音楽家ともやることで刺激はあったんで、このままでいいかなあと。だからこのままずっとバンドのようにやっていくんだと思ってたんです。一方でサンプルはもともと俳優が自立するための場にしたくて、公演もみんなのスケジュールを考慮して日程を組んでいたんです。みんな40代後半になったし、仕事も忙しくなってなかなかそろわなくなった。だったら劇団という形にこだわらなくてもいいんじゃないかと。僕自身もワークショップや越後妻有での活動、外部への戯曲や小説を書いたり、少しエゴイスティックにやりたいことをやってもいい時期かなという思いもありました。
ーーでも劇団というシステムだからこそできていたこともありますよね?
もちろん。やっぱり僕はサンプルの俳優がすごく好きです。それぞれが持っている世界が独特でものすごく強烈。そして自分の体を使って、僕が仕掛けるフィクションに負けずにその場に存在しようとしてくれる。それに対して僕はさらに妄想するわけです。例えば、男だけど女で、誰かによって記憶を上書きされた人なんて無茶な設定でもなんとかやりきるんですよ。普通だったらよくわからないよ、と言うと思うんです。
ーーというか、松井さんがやらせてきたんでしょ(笑)
やらせてきました(笑)。ある老舗劇団で、ゴキブリに脳を支配された人間という設定をやっていただいたときに皆さん本当に悩まれていた。そういうもんですよ。逆に言えば僕はきっとサンプルの俳優に甘やかされて助けられてきたんでしょうね。そして彼らが僕のことを一番理解してくれている。もしかしたら、そのことで凝り固まった部分もあるかもしれない。僕自身の妄想はこれからも変わらないと思うんですけど、その出し方見せ方はもっと自由でいたいんです。僕の妄想がもっと試されたい。これは普遍的なものなのか、面白いものなのか、誰かにとって救いだったり痛みの共有になっているのか、常に外側から突かれたいというマゾ的な思いです。僕は変態という言葉がすごく好きで、アブノーマルという部分にも興味はありますけど、変身するというのもあります。いろいろ混ざったときに飛躍的に味がかわっていくというか、その化学変化を大事にしたいんですよ。
「このくらいのうそだったら信じて生きていかれる」時代へ
ワークインプログレスより
ーー劇団サンプルとしての最後の作品、『ブリッジ』が誕生する背景を教えてください。
『地下室』という作品で、人間の排泄物に何かすごいパワーが秘められていて、それを健康食品として売っている店の話を描いたんです。そのときは僕自身が自然食品の店に行ったときに、これはカルトなのかと怒りを覚えたことから執筆しました。それを震災後に再演したんですけど、その小さなコミュニティで生きていこうとしていくことは果たして間違っているのか?という思いにいたったんです。お客さんの感想も「カルトだ」から「普通のことだよね」に変化していた。もしかしたら震災後は「このくらいのうそだったら信じて生きていくこともリアル」という感覚が生まれてきた気がしたんです。そこをスタートに、エスカレートした宗教団体で、その教えを信じている人たちが今までなかった価値観でつながろうとしている、いつのまにかカルトではなくリアルに現代を生き残ろうとしている話を描こうと思ったんです。宗教劇として、キリストの誕生から受難の物語をなぞりつつ、その団体の人たちが未来こういう国に行って、こういうことをしていきますという。同時に、お花畑から始まって、その教えを布教するために寄生虫の国とゾンビの国、AIの国などを渡り歩く。未来この人たちに支配されそうだなというのを掻い摘んでいるんですけど、彼らの思いが見えてくる。
ーー去る1月にワークインプログレスをやられたそうですね?
はい、宗教団体のセミナーという設定で。登場人物は一緒ですが、物語は全く違うものでした。『ブリッジ』を構想するために「その宗教団体はどんな感じなんだろう」というのを試してみたんです。今回も僕がこの人がいいなと思う役者さんに集まってもらっているのですが、特に客演の方にはサンプルの世界に本番でまるごとどっぷりつかってもらうためのウォーミングアップでした。贅沢? 本当ですよね、制作に感謝しないと。
ーーそれにしても冒頭のせりふが妄想をかきたてます。「コスモ・パウダー、もともと一人の男のお腹の中から生まれたということはご存知ですか? 元々は彼の大腸にあるお花畑に咲いていた、こんなに小さな大腸菌が世界中に花を咲かせたのです」と。
それって普通の導入じゃないですか(笑)。
ーーいやいや、教祖役が古舘さんということも相まって、どんなことになるんだろうと。
古舘さんインパクトありますからね。ふざけてるのかまじめなのかわからない、というふうにしたいんです。まじめすぎるとかえって怪しく見えてしまうし、ふざけるとカルトに見えてしまう。そのバランスが大事です。ただ周囲のまじめな人がしっかり信じていればお客さんも信じられるかもしれないですね。あるいはダメ教祖で周りがフォローするというのもいいかもしれません。
ーー最後にKAAT神奈川芸術劇場での稽古はいかがですか?
6月に入って初日までの2週間、本番と同じ劇場に装置を組んで稽古ができるんですよ。芸術監督の白井晃さんがクリエイターの視点で考えてくださるんです。白井さんご自身すごいキャリアをお持ちなのに、常に今が勝負、今やっていることに全力でいつも不安でいるという姿勢でいらっしゃるのが尊敬できるし、いろんなことを相談しやすいんです。それに気づいた意見や感想も必ずおっしゃってくださる。舞台スタッフの方も管理者視点ではなく、クリエイターとしてやりたいことの共犯者になってくれる。しっかりその期待に応えたいと思います。
取材・文:いまいこういち
※6/14~18限定前半割として前売3,500 円/当日4,000円
※当日受付にて要学生証提示