物と祈りとティッシュストラップについて

コラム
アート
2017.6.12

 拝啓

 

 「物に込められた祈り」が僕は好きです。「物に祈りを込める」とはどういうことかと言えば、「形のある物に特別な意味を持たせる」行為のことです。

 たとえば、花言葉。赤いバラだったら「あなたを愛しています」だとか、ワスレナグサだったら「私を忘れないで」など、花は種類や色などによって象徴する言葉を持たされています。それぞれの花言葉は「花に込められた祈り」であると思っているわけです。

 星座なんかもそうですね。星と星とを繋いで線にし、その形に連想される名前や物語がそれぞれの星座に込められています。

 あるいはもっと個人的なものでも。もうひとつ星で言えば流れ星を見つけて願い事をすることだったり、誰かが欠かさずに身につけている幸運のおまもりだったり、バレンタインデーに好きな人のことを想って贈るチョコレートだったり、甲子園での決勝当日に優勝を願いながらマネージャーが作ってくれたポカリスエットだったり、とにかくなにか特別な意味を持たされた物が僕はすごく好きです。目には見えない人の想いがそのまま形となっているみたいで、とても美しいと思います。

 

 しかし物に込められた祈りが好きだとは言っても、そこに神秘的であったり、超常現象的な力を感じているわけではないので安心してください。この手紙の最後で開運の壺の購入を勧めたりはしません。

 僕自身はどちらかと言えば、地に足をつけてどっこい生きている現実的なタイプなので、祈ったところでなにかが変わるわけではない(自分の心持ちは変わるかもしれませんが)ことをわかっていますし、実際に祈ったりもしません。

 僕が好きなのは「祈り」の背景です。だれがその物にどのような祈りを込めたのかを聞いたり、想像したりすることが好きなんですね。つまり物に込められた「物語」を知ることが好きなんです。

 

 200年くらい前でしょうか。僕が学生の時ですが、当時ある女性に片思いをしていました。またその女性は僕ではない別の男性に片思いをしていました。そしてその男には決まった恋人がいました。切ないですね。

 その女性がある日、携帯電話にひも状になっている布切れ、というかほとんどゴミをぶら下げて教室にやってきました。僕がそのゴミはなんなのかと尋ねると、ストラップであると彼女は言いました。当時の携帯電話の主流は二つ折りタイプで必ずストラップを通すための穴が空いていたのですが、彼女はその穴に布というかゴミを通していたんですね。聞けば彼女が「新しいストラップがほしい」という話を片思いをしている男にしたところ、男はその場にあったティッシュペーパーをねじってストラップを作ってくれたとのことでした。彼女は男の行為に感激して、すぐに携帯電話にくくりつけたわけです。僕は当時「やられた」とかなり悔しい思いをしたことを覚えています。しかし登場人物が全員どうしようもないですね。

 話を続けます。その後も彼女は男にもらったストラップをつけ続けていました。元はティッシュですから、当然すぐに破けてしまいますが、そのたびにセロハンテープで補強してなんとか形を保っていました。

 一週間程度経ってから会った時、彼女はストラップをつけていませんでした。僕がストラップをどうしたのか尋ねると「外した」と彼女は言いました。実はその前の日に彼女は片思いをしていた男に告白して振られており、彼への思いを断ち切るためにストラップを外したのです。彼女はさびしそうな笑顔でカバンからストラップを取り出すと僕に向かって「あとで捨てようと思ってたけど、ほしかったらあげる」と言いました。ほしかったらあげる。

 少し迷いましたが、僕はそのストラップをもらうことにしました。それはかなり汚れていて、ボロボロでテープだらけのゴミそのもので、しかも僕が片思いしていた女性が片思いしていた男がつくったものでしたが、僕はそのストラップが美しいと思ったのです。

 彼女が片思いしていた男は深く考えず、冗談でティッシュのストラップを渡したのでしょう。しかし彼女は、僕が片思いしていたその女性は明らかに貰ったストラップに強い祈りを込めて携帯電話に着けていました。「彼が私のことを好きになりますように」と。

 僕は悔しいけれど込められた彼女の祈りがとても美しいと感じ、そのストラップを譲り受けることにしたのです。

 

 あれからずいぶん経ちますが、今でもそのストラップは大切に保管してあります。

 ……と、思ったんですが、久々に見ようと今机の中を探してみたら見当たらないですね。たぶん捨ててしまったんだと思います。なにせ見た目はゴミでしたから。ははは。

 どんな祈りだったかは覚えているので、まあ問題ないです。

 

 そう言えば、手紙もまた祈りが込められることの多い物ですよね。せっかくなので、この手紙にもなにか祈りを込めておきますね。特別ですよ。どんな祈りかは、内緒です。

 

それでは。

いつかまた、宇宙のどこかで。

 

敬具 


チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。 

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