イケメンと行く妄想アートデート 遊び上手な大人の街、中目黒と六本木エリア
今回のお相手は株式会社スマイルズの代表を務められる、遠山正道さん。「Soup Stock Tokyo」や「PASS THE BATON」など、ユニークで親しみやすいお店を手がけられるスマイルズ。さらに、瀬戸内国際芸術祭で話題をさらった宿泊型作品「檸檬ホテル」のプロデュースや、「一店一冊」をコンセプトにした森岡書店への出資など、アート事業にも広く携わられています。
新たな挑戦を続ける遠山さんの発想力の源には、アートへの深い愛がありました。
まるで美術館! 中目黒、スマイルズ本社のアートコレクション
中目黒にある株式会社スマイルズの本社
実は一度、遠山さんのトークショーに行ったことがある。”一般的価値”ではなく、新しい価値を自分たちで創造する、という会社理念にとても惹かれたことを今も鮮明に覚えている。トークショーの中で「Soup Stock Tokyo」の原点である、「一杯のスープ」という紙芝居のような企画書をプロジェクター越しにみたとき、ちょっと感動した。”夢”をみてもいい会社があるんだなって思った。そして、遠山さん自身に会ってみたくなった。
だから、勇気を出して取材をお願いした。
中目黒のオフィスに着いてまず通されたのは、開放的な会議室。おしゃれな空間を仕切るガラス扉の向こうには、オープンキッチンが見えた。
「ここで調理されたものをみんなで試食しながら、新メニューを決めていくんだな。」
「Soup Stock Tokyo」の美味しさの秘密を覗けたような気がした。そして予想はしていたけどそれ以上に、社内の至る所にアート作品が展示されていた。
上田慶彦さんの写真『「Materia」No.01』
儚く幻想的な世界。だけど加工は一切していなく、自然そのままの風景が映し出されているのだ。
「私は意外と写真が好きかもしれない。」
と、遠山さんは小さくつぶやいた。緊張していた私だけど、その一言で一気に親近感を持った。
そしていよいよ、インタビューが始まる……。
わかりやすく会社の理念を教えてくれる遠山さん。私がずっと覚えていたあの物語「一杯のスープ」のことも詳しく聞けた。仕事帰りのOLが、温かいスープでホッとする姿を思い浮かべ、そんなお店があれば、世の中はほんの少しでも幸せに近づくんじゃないかって、思ったのだそう。
勤めていた大手商社に在籍中、代官山のギャラリーで個展を開いた、という驚きのエピソードが聞けた。小さい頃から絵が大好きだった遠山さんにとって、個展はひとつの夢であり挑戦の始まりだったそう。私はお話を伺いながら、いわゆる”企業の社長さん”というイメージがどんどん覆されていくのを感じる。
「この人自身が、真っ白なキャンバスからものを編み出せるアーティストさんなんだ。」
背後に飾られた、大きなライアン・マッキンレーの作品。昨年、オペラシティで観た写真とこんな所で再会できるなんて。やっぱり、写真が好きな人なのかな。
オフィス全体が木を基調としていて、ホッとできる空間。まるで「Soup Stock Tokyo」の店内にいるようだった。社員さんたちが黙々と作業するオフィスの至るところにも、アートが潜んでいた。平面だけでなく、「あっ」と驚く立体の作品たちが。
一見すると普通の花瓶だけれど……。生けられているお花は造花で、花瓶はなんと、学習ノートで作られていた!中を覗くと、印字されている学習ノートのロゴが確認できた。
”花瓶”の隣に並べられていたのは、ぺっちゃんこのドッヂボール。
ドッヂボールをやりすぎて空気が抜けたみたいになっている。小学校のとき、体育倉庫でこんなの見たな、って懐かしい気持ちでボールに触れてみたら……。なんと、ゴムじゃない! 樹脂で出来ているのだ。
想像力が満載のアートたち。あんなに緊張していたのが嘘みたいに、心がワクワクしている。遠山さんがコレクションする作品たちは、こどものような心を忘れない遠山さん自身をそのまま映し出しているのだな。
額装された約100年(!)も昔の競泳水着と、岩井優『”Bottle/Body”(from “Mutation of the dead end)』。女性の体みたいになだらかなラインをした立体作品は、なんと全て洗剤ボトルの空で出来ている! こちらは、アーツ千代田 3331が開催したアートフェアで、審査員をされた遠山さんが「遠山正道 賞」に選出した作品。
さらに、作品の前にはボーリングのボールが置かれていた。ボールを転がしたらどうなちゃうのかな?なんてストーリーが浮かんでくる。会社のドアの前に、こんな愉快な作品が毎日あったら、重いドアあけるのも全然憂鬱じゃないだろうな。なんて素敵な会社なんだろう、と羨ましくなった。
突然、遠山さんが私に質問をされた。
「誕生日はいつ?」
4月11日です、と少し戸惑いながら答えたらいきなり、目の前に飾られていた日めくりカレンダーから、おもむろに一枚を破り出した!
はい、と目の前に差し出されたのは「Aprir 11」と書かれたA4 のコピー用紙。実はこの日めくりカレンダーは、Ryan Ganderというイギリスのアーティストの作品で、落書きしたコピー用紙365枚がファイリングされているもの。
驚くことに、この作品の形状はUSBメモリーなのだ!データ状だから何度だって出力できてしまうという作品。今まで見たことのない作品だから、とても印象に残っている。そんな貴重なものを、こんな風にいただけるなんて思ってもいなかったから、とても嬉しかった。
この「4月11日」は、今もお部屋の壁に大切に飾っている。遊び心があって紳士的で、アートを心から愛していて。遠山さんの人柄に触れ、どんどん惹かれていくのだった。
ロマンに満ちた、恋人たちのレストラン「PAVILION(パビリオン)」
会社を出て、駅まで歩いて到着した「PAVILION」。2016年にオープンした、「LOVEとアート」がテーマのレストラン。
中目黒の高架下に突如現れる、異空間への入り口。今日は特別に、通常は夜専用の通路から入店させてもらう。お店まで50mの回廊があり、その道程では刺激的なアート作品たちがお客さんをお出迎えしてくれる。
と、その前にまずは予約の確認。
門の前に設置されていたスタイリッシュな屋外電話でお店に連絡するのが、ここのルール。予約の確認が取れて、はじめて門が開く。
ここにもあった、そして騙されたフェイクドラム缶。大西伸明 『doramukan』。オフィスにあった、ドッヂボールと同じ作家さん。細かな錆もすべてペインティング。特別に触らせてもらったけれど、鉄じゃなかった。こういう作品に触れると、ひとの意識がいかに今までの記憶や経験に、支配されているかがわかる。驚きをもって、価値観をリセットしてくれるのが、アートの魅力のひとつかもしれない。
こちらの大きな机は、バンド、サカナクションのボーカルである山口一郎さんが実際に使っていたもの。この机からあの楽曲たちが生まれたのか、って想像するだけで、心が踊りだしそうだった。 アーティストの創造性に触れられる机は「作品」となり、不可思議な存在感を放っていた。
美術館のような回廊を渡り、いよいよ店内へ。遠山さんが、重いドアを開けてエスコートしてくれた。
ドアの向こうには別世界が広がっていた。
まず目に飛び込んでくるのは、彫刻家・名和昇平さんの作品『Black Ball』。表面の反対側が鏡になっている、いわば逆ミラーボール。内側から放たれるネオンは、店内をロマンチックに演出していた。
”インパクト大!”だったのが、西野達さんの『バレたらどうする?』
街灯をコンクリートの根っこごとひっこ抜いてきたベスパが、天井に吊るされていた。『バレたらどうする?』というタイトルは、浮気がバレて全速力で逃げる恋人の心情からくるらしい。なるほど、それは焦るだろうな、と逃げてる姿を想像したらなんだか可笑しかった。
テーマである、男と女の「LOVE」が至る所に溢れていた。アートを通して。
触ると気持ちいい、プッチンプリン型の照明。スタッフのアイディアらしい。
アートに囲まれたお洒落なお店。けど、素晴らしいのは作品だけじゃなくて、このお店だけの文化があること。その名も「ロマン」コイン。
1ロマン、2ロマンで数えるコインを使って、様々なサービスを受けられるというもの。サービス例のひとつ、著名アーティストたちのボトルをシェアできるという、驚きのシステム!
遠山さんや、西野達さん、さらに建築家の伊東豊雄さんの樽まで。きっと特別な味がするんだろう。
川島小鳥さんの写真『Baby Baby』 の前で、乾杯!
絶品のランチプレート。この日は、新潟の八海山鮭のムニエル。とてもおいしかった。
夢中になってアート鑑賞していたけど、スマイルズの基盤である食へのこだわりも改めて知った。オフィスにあったオープンキッチン。日々試行錯誤の末、こうして生まれたのだなって思うと、よりおいしく感じた。
Coen Young 『Study for a Mirror #4』
ユニークなのが「どの席につくか」。色んなタイプがあるけど、どれもちゃんと、「恋人たちが座る絵」をイメージしてつくられている。
教会の懺悔室のようなテーブル席。パンダが恋人達にさまざまな質問を問いかけ、本当の愛が試される……。ちなみにパンダの声は遠山さん!
窓側席には、遠山さんが見つけてきたというアンティークの椅子。映画『エマニエル夫人』みたいで、女性はちょっと大胆になれるかも。
作品にも、家具にも料理にもすべてに愛があるお店。ここで過ごす時間もきっと、素敵なものになる。仕事を忘れおしゃべりに夢中になっていたけど、そろそろお店を後にしなければいけない。
玄関をでたその時、
遠山さんから花束のプレゼント。お店の「ロマン」コインをつかって、こっそり買っててくれたらしい。お花をもらって、嬉しくない女性はいない。最後の最後まで、なんてロマンチックなレストランなのだろう。そして、そんなレストランを創った遠山さんも。
「Soup Stock Tokyo 中目黒店」そして、アートの街 六本木を散策
同じ高架下にある「Soup Stock Tokyo 中目黒店」にお邪魔した。やっぱり、ホッとする店内。女性でもひとりで気楽に入れる食事どころって、「Soup Stock Tokyo」がパイオニアかも知れない。
遠山さんご本人が描いたモザイクアートが、お店の装飾として飾られていた。
尾形光琳の屏風のような和の香り。お店のテイストを意識して描かれたらしい。色のまばらさが美しく、思わず携帯のカメラで撮ってしまった。
「日本人が落ち着ける空間」を追求すると「木」にたどり着く。照明もリラックスできる明であったり、ここにも細部へのこだわりが見えた。所々に「あっ」と驚くアートが隠れていて、遠山さんの遊び心やアートへの情熱は、一店一店に注がれているんだ。
最寄りの「Soup Stock Tokyo」でも、見つけてみようと思った。
お店を出て、タクシーに乗り込む。アートデート最終コースは六本木。アートコレクター、遠山さんといくギャラリー巡り。
遠山さんはよく六本木に足を運ばれてはギャラリー巡りをして、ギャラリストと対話しながら、いい作家、作品を発掘するらしい。
「オオタファインアーツ」代表の大田秀則さん
リナ・バネルジーの作品。インドに生まれNYを拠点に活躍される女性アーティスト。『一束のより糸、舌が背負う困難』展より。
伝統的テキスタイルや植民地時代のオブジェクトなどを組み合わせて生み出される作品は、あたらしい生命体のよう。今にも動き出しそう、と遠山さんと会話しながら、作品の緻密さと大胆さに圧倒された。
特別に、奥にある大田さんの書斎にも案内していただいた。
普段は入ることのできないVIP用のお部屋。貴重な作品ばかりが収蔵されている。草間彌生さんの立体作品を前に「欲しいなぁ…。」と本気で悩んでいる遠山さんが心に残った。
続いて到着したのは、昨年オープンした「complex665」。小山登美夫ギャラリー、シュウゴアーツ、タカ・イシイギャラリーという、現代アートシーンを牽引するギャラリーが入居する、とても豪華なアート商業施設。
「シュウゴアーツ」へ。『星々』展より 、作家・三嶋りつ惠さん(※シュウゴアーツで6月から始まる展覧会に参加予定)の作品を鑑賞。どの角度からみても表情がかわる、複雑で繊細なガラスの結晶に、ふたりとも魅了された。
ずっと見続けていたくなる、神秘的な作品だった。
最後は、小山登美夫ギャラリーへ。
サイトウマコトさんの作品。イギリスの画家ルシアン・フロイトの若い頃のポートレイトのデータをコンピュータで緻密に再構成したあと、すべて手描きで制作した絵画。
染谷悠子さんの作品。パネルにキャンバス、そして和紙を貼り、やさしい風合いで花や鳥、浮遊感を表現していく。
「もの派」を代表する菅木志雄さんの作品も展示されていた。遠山さんのコレクションにも菅さんの作品があると教えてくれた。
トム・サックスの「お茶碗」。なぜか磁器の茶碗に「NASA」と描かれている、どこかポップな作品 。遠山さん自身、非常に興味をもたれ、最後まで購入するかを悩んでいた。
アートコレクターの男性とのギャラリー巡りは、私にとってはじめての経験だった。作家のコンセプトを理解するのはもちろんのこと、作品をみて瞬間的に「好きかも」と感じた気持ちを言い合いながら鑑賞するのは、なんとも刺激的だった。
構えずに、率直な気持ちでアートと触れ合う。敷居が高いと敬遠されがちなアートだけれど、遠山さんからまたひとつ、大切なことを教わった。
時が経つのは早いもので、外を出たら辺りは真っ暗だった。もうすぐお別れの時間……。
「なにが一番好きだった?」
最後のご挨拶をしようとする私に、きらきらした目で聞いてきた遠山さん。本当にアートが好きなんだな、と最後の最後でまたときめいてしまった。
「……また、会えますか?」
質問の答えのかわりに、素直に伝えた。
出演=遠山正道
撮影=福岡諒祠
文=多田愛美
さらに2015年に「森岡書店 銀座店」の立ち上げや、2016年の瀬戸内国際芸術祭内で宿泊型作品『レモンホテル』を発表するなど、アートと社会をつなげる活動にも積極的に参加。ビジネスだけでなく、アート界にも新たな風と進化を与えるひとり。著書『スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る』『成功することを決めた 商社マンファスープで広げた共感ビジネス』他。