『オワリカラ・タカハシヒョウリのサブカル風来坊!!』 映画『光』にも出てくる「音声ガイド」ってなに? 映画の「視覚障害者向け音声ガイド」の現在を体験してきた【前編】
-
ポスト -
シェア - 送る
タカハシヒョウリ 撮影=高橋定敬
ロックバンド『オワリカラ』のタカハシヒョウリによる連載企画『オワリカラ・タカハシヒョウリのサブカル風来坊!!』。毎回タカハシ氏が風来坊のごとく、サブカルにまつわる様々な場所へ行き、人に会っていきます。
今回は映画『光』にも登場する、映画の音声ガイドに着目。音声ガイドを制作するバリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」さんの御協力のもと、ガイド制作現場の様々な場面に立ち会わせていただいています。
河瀬直美監督『光』という映画を見た。視力を失いつつあるカメラマン(永瀬正敏)と、「音声ガイド」制作の仕事につく女性(水崎綾女)の鮮烈なラブストーリー。
映画の素晴らしさとともにその主軸にあるのは、「音声ガイド」という聞きなれない存在だ。
「音声ガイド」
僕は『光』を見るまでその存在を知らなかった。
映画を「視覚で見て楽しむ」ことが難しい人のために、登場人物の動きや情景を音声でナビゲイトする、視覚障害者向けのナレーションのことを「音声ガイド」という。
簡単に言えば、セリフとセリフの間を縫って、状況を説明する言葉が副音声で流れるのだ。こうしたナレーションの付いた視覚障害者向けの上映会も行われているし、最近は劇場で「UDキャスト」というアプリを起動すると自動的に映画と同期した「音声ガイド」を聞くこともできるという。
それを知ってまず、ものすごくシンプルな衝撃があった。
「目が見えない人は、映画が見えないんだ」という。
考えてみれば当然のことなのだが、無意識に映画を楽しんでいる時、それは「あたりまえ」に誰もに共通した体験で、例外があるという考えがスッポリと抜け落ちていた。視覚障害者の人たちは、セリフや音は聞こえても、どんな人物が出てきて、どこで、何をしているのか、わからない。
そして、もう一つの衝撃は、映画を「見れない」人に、映画を「伝える」という取り組みがあるということだ。
それが「音声ガイド」。
これは、もしかしたら「映画を楽しむ」という体験がポッカリと無かった人の世界へ、その「楽しみ」を生み出せるかもしれない、ということだ。
そんな取り組みが存在するのか、という衝撃とともに、同じように「音」と「言葉」を使う仕事につく自分にとって「知らなかった」では済まないような気がした。
果たして、それはどんなに難しいことだろう。
「見える」人が、「見えない」人のためのガイドを作る。
「見えない」人が、「見える」人の言葉を頼りに映画の世界に入っていく。
それはある意味、自分以外の「誰かになる」、という不可能的なことに挑戦することだ。
使える武器は、おそらく「言葉」と「想像力」だけ。
僕は、音声ガイドの取材を始めることにした。
モニター会~映画『ブランカとギター弾き』~
限られた時間の中の、どの動作を選び出し、どんなリズムで、どんな言葉で伝えるのか。ガイド制作者が感じ取った表情や、感情を、どこまで伝えるのか。映画『光』では「音声ガイド」制作の難しさに苦しむ主人公・美佐子の姿が描かれる。劇中で美佐子は、作った音声ガイドを実際に視覚障害者の方々に聞いてもらい、いろいろなアドバイスをもらいながら推敲していく。
そのシーンで永瀬正敏演じるカメラマンと出会い、「あなたの主観を押しつけるガイドだ」とボロボロに言われることから、二人の関係性はスタートしていく。この視覚障害者の方による意見会、「モニター会」は、実際に音声ガイド制作の現場で行われている重要なプロセスだ。
撮影=高橋定敬
僕は、取材の1日目、このモニター会に参加させてもらった。7月29日公開の『ブランカとギター弾き』という映画の音声ガイド制作のためのモニター会だ。音声ガイドを制作しているのは、バリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」さん。『光』の制作にも深く関わっており、映画の舞台となる「ホワイト・ライツ」は、一部「シティ・ライツ」をモデルにしている。
『ブランカとギター弾き』は、長谷井宏紀監督の初長編作品だ。この作品、日本人監督の手によるデビュー作だが、全編フィリピンで撮影され、出演者のほとんどは現地の路上でキャスティングされた、という異色作。そのフィリピンという「場」やそこに住む「人」が持っているエネルギーや熱が画面から、時にジリジリと、時に優しく放射されている。スラム街のストリートチルドレン・ブランカと、盲目のギター弾き・ピーターが出会い、ブランカは彼から「歌を歌う」こと、そして「生きていく」ことを教わる。彼女やギター弾きが歌うフィリピン民謡が映画を暖色に彩り、ダイナミックにのびのびと主人公たちが動き回る。このムード、音声ガイドで伝えるのはかなり難しそうだ。
撮影=高橋定敬
『ブランカとギター弾き』モニター会は、シティライツの代表・平塚千穂子さん、音声ガイドを制作した佐藤浩章さん、初の音声ガイド制作となる長谷井監督、そして『光』の中でも「正子さん」として印象的な出演を果たしている視覚障害者モニターの田中正子さんで行われた。
こうして現場に監督自身がやってきて熱心に意見交換をするのは珍しいことだと平塚さんが語るように、監督の熱にほだされてモニター会もヒートアップしていくのを感じる。
そして、初めて経験する「音声ガイド」制作の現場の熱量と緻密さに驚かされる。一つの単語レベルで監督やモニターの正子さんから意見が出ると、佐藤さんたちはそれをフィードバックしてガイドに生かしていく。目をつぶって聴いていると、ほんのすこしの言葉の変化で見える景色がガラッと変わる。
撮影=高橋定敬
逆に言えば、すこしの言葉の選択で、音声ガイドを利用する人が見える映画を歪めることにも、広げることにもなる。
これは、面白いけど、途方もないことに首を突っ込んだかもしれない……。
そう思うくらい、答えのない作業。
しかしそれでも音声ガイドは、長いモニター会を経ることで、監督が伝えたいこと、正子さんが見えたもの、を取り込んで、あるべき姿へと近づいていった。
撮影=高橋定敬
モニター会を終えて~「共感力」~
タカハシヒョウリ(以下、タカハシ):すごく刺激的な時間でした。『ブランカとギター弾き』の音声ガイドを作ってみていかがですか。この作品独特の難しさみたいなものはあったりするんですか?
佐藤浩章(以下、佐藤):難しかったですね。(ストリートチルドレンの)ブランカに対して、遠慮しちゃう部分があったんです。「俺、ブランカみたいな経験していないし……」って。そうやって躊躇していたところが見事に見透かされて。本当はそういう遠慮はいらなくて、きちんと映画の中に入り込んでいかなければいけないんですが。
長谷井宏紀(以下、長谷井):それはやっぱりそうですよね。シティ・ライツさんもこの作品を一緒に作っている仲間ですので、遠慮せずに、ブっ飛ばしてやってもらったほうが良いなと思います。
タカハシ:モニター会を見学させてもらって、すごいな、と思ったのが長谷井監督が「冒頭部分に『真夏の』『灼熱の』っていうキーワードを入れたい」って仰っていたじゃないですか。僕、最初映像を見ないで目をつぶって音声ガイドを聴いていたんですけれど、その1ワードがあることで、見えてくるものが全然違うな、と。単語一個で大きく変わるし、映画の根底の言葉というのがあるんだなと思いましたね。あと、映画監督って皆そうなのかもしれないですけれど、モニター会での長谷井監督のコメントを聞かせてもらうなかで、1シーン1シーンの意図を言語化可能なんだな、と。
長谷井:そこはきっと、脚本を書くということがパズルみたいな仕事だからだと思います。
長谷井宏紀 撮影=高橋定敬
タカハシ:なるほど。そこで難しいなと思ったのが、そうやって演出されたシーンを、「音声ガイド」としてもう一度言葉に再変換した時に、多重的な仕掛けのレイヤー部分が「これ見よがし」になってしまう瞬間があるのかもなというところで。映像だから段取りが自然に見えているものを、ガイドとしてどこまで言葉にするのか、という難しさも感じました。
長谷井:そこが、微妙なクッキングですよね。
平塚千穂子(以下、平塚):そうそうそう。ちょっとさじ加減を間違えると……。
佐藤:大ヤケドですね。
タカハシ:ちょっとした単語の選び方で印象が変わってきますよね、すごく緻密で難しい作業ですね。それに、読み手さんのリズムも大事だなぁと。
撮影=高橋定敬
佐藤:読み手さんのリズム、大事なんですよ。ちょっと言い方を間違えると映画全体の雰囲気も崩してしまうので、ナレーターの方の責任もすごくある。読み手さんもどこまで作品に入れるのかっていうところが大事ですね。それは、音声ガイドの読み手もだし、役者の吹き替えもそうだと思います。
長谷井:今回のモニター会用の吹き替えは、仮で佐藤さんと平塚さんがやってくださいましたが、楽しかったって仰っていたじゃないですか。その楽しかった感じが伝わってくるから、吹き替えも自然に入り込めましたよ。途中から、「吹き替えはこのままでいいんじゃないか?」っていうふうに思っちゃいました。
一同:(笑)。
平塚:「共感力」だけはあるんですよ。
タカハシ:ああ、「共感力」って言葉、とても重要ですね!
長谷井:そこがないと、音声ガイドもやっぱり厳しいと思います。
佐藤:共感、そうですね。フィリピンの生活を題材にした映画なんだけれども、日本人の我々がどこまでそこに共感して制作できるかっていうところですね。
タカハシ:音声ガイドっていうもの自体が、ある種「共感力」からしか生まれてこないものなのかもしれないですね。僕たちは「視覚で見える」わけじゃないですか。それを、「見えない」方の立場に立って、イマジネーションを使って言葉に変えていくっていう作業においては、「共感力」ってすごく必要でしょうね。
佐藤:どこまで自分のことに置き換えられるか、どこまで作品に入り込めるのか、というのは毎度毎度ガイド制作のたびに試されているような気がしていて。結局、ガイドの原稿は自分が見たことのある世界からしか書けないじゃないですか。毎回作りながら、このパターンでよかったのかなと思うこともあります。自分の中での答えはこれなんだというものを、もがきながら見出していくような感じですね。
佐藤浩章 撮影=高橋定敬
長谷井:今回音声ガイド制作に初めて携わってみて、少し言い方が変かもしれませんが、「詩」にも近いような気がしました。
平塚:そうなんですよ。深いんですよ。
タカハシ:たしかに。僕がミュージシャンだからそう思うっていうのを抜きにしても、ものすごく音楽的な制作作業だと思いました。映画や文章もその人のリズムだと思うんですが、これに関してはすごく「音楽」ですね。
佐藤:それはすごく意識していたところだったので、そう言っていただけるのは嬉しいです。僕は音声ガイド制作って、原曲に対して編曲をするような側だと思っていたので。編曲によっては、すごく曲がダサくなることってあるじゃないですか。
タカハシ:ぜんぜん変わってきますね。
撮影=高橋定敬
佐藤:作品の中に、アレンジで踏み込むわけですよね。だから長谷井さんが頑張ってきたものをぼくらが台無しにする可能性がある。そういう中で、どうしたらより良く聴かせられるガイドになるかっていうのをいつも考えていますね。
タカハシ:長谷井さんが作詞作曲家で、佐藤さんや平塚さんが編曲家で、「こういうバンド」みたいな感じですよね。
佐藤:うん。音声ガイドに関して言えば、結構バンドみたいな形になりますね。
長谷井:そういう意味では、音声ガイドに加えて字幕も大事なんですよね。今回の字幕に関しては配給会社のトランスフォーマーさんと一個ずつ丁寧に積み上げていったんです。
平塚:ああ、そうでしたか。とてもクオリティの高い字幕だなと思っていたんですよ。
佐藤:僕もそう思いました。字幕のテンポ感もすごく良かったですね。
タカハシ:字幕だと、劇中の歌の歌詞部分はどうなるんですか?
長谷井:横に入ってきます。
タカハシ:なるほど。音声ガイドだと?
平塚:そこも今日の検討の中で決めていきます。監督がどう思われるか次第ですね。
長谷井:後半でも沢山歌が入ってくるんですよね。
タカハシ:すごく歌が重要な要素になってきますもんね。
左から、佐藤浩章、平塚千穂子 撮影=高橋定敬
平塚:音声ガイドのすごく面白い点は、もとの映画の音を聞くことができるところなんですよね。吹き替えって、もとの役者さんのセリフや歌を消しちゃうじゃないですか。だけど音声ガイドでは、ボイスオーバーみたいな形で両方聴くことができる。片方の耳ではイヤホンで音声ガイドを聴き、片方ではもとの映画の音を重ねて聴くことができる状態。吹き替えが嫌いという方がいらっしゃるのは元の役者さんの声が消えちゃっているからだと思うんですけれど、音声ガイドでは両方楽しめるんですよね。
長谷井:ぼくも音声ガイドと映画の音は、両方違和感なく聴けましたね。
平塚:今回に関しては、歌は映画の原音のまま聞いていただいて、ガイドでは歌詞を朗読する形でいいんじゃないかなと思いますね。
長谷井:正子さん側からしたら情報がトゥーマッチ(過多)になったりしないんですか?
平塚:正子さん、どう?
田中正子:歌詞の意味が分かればいいので、歌は原音で聴きたいですね。
平塚:そうですよね。吹き替えが歌うのであれば、よっぽどうまく作品にシンクロさせて歌わないと……。
佐藤:ブランカの歌は、彼女自身の経験が積み重なったものが滲み出てるから、あの感じを日本人が歌ってやって出るかいうのは難しいところですよね。
長谷井:それはしない方がいいんじゃないかな。日本語では、歌詞の意味を解説するだけでいいと思います。
平塚:ブランカの歌を聴いてもらいたいですもんね。
タカハシ:そうなると、いろんな情報を伝えるのが難しくなってきますね。 役者の吹き替えがありながら、音声ガイドでは歌詞も入りつつ、情景描写も入りつつになるので……。
撮影=高橋定敬
佐藤:そうなんですよね。リズム感が難しいんです。
平塚:隙間を言葉で全部埋めちゃって、歌を集中して聴けなくなっちゃうのも嫌だし。
佐藤:音楽にのれないのも嫌だし、意味がわからないのも嫌だし、ドラマがわからないのも嫌なので、そのバランスをどうとっていくかという。
タカハシ:ここから試行錯誤していかれるんですね。
佐藤:あの最初の歌のシーンは、映画のリズムにのる、映画にぐっと入っていくポイントの1つじゃないですか。前半部分のヤマ場というか。そこできちんとピークを持ってこないと、後半にも繋がらない。音声ガイドを聴いている人も、あのシーンで作品にのらせないといけないなというのは思います。責任ありますね、あのシーンは。
長谷井:映画を大きく区切って、「それ」ごとに伝えられればいいと思います。その区切りごとのエナジーが一個ずつ表現されていれば良いのかなと。
佐藤:物語の塊ごとに、きちんと伝えていくっていうことですよね。
長谷井:そう。それができていれば、最後に「ズドン」と感じてもらえるんじゃないでしょうか。塊ごとに作品にのらせていくというのが大事かなと思います。
平塚:それはすごく大事ですね。
タカハシ:なるほど。めちゃくちゃ面白いです。出来上がりは、最終的に一観客として楽しませていただきます。ありがとうございました!
「一つとして同じ視点はない」~視覚障害者モニター・正子さん~
左から、タカハシヒョウリ、田中正子 撮影=高橋定敬
さらに今回は、もう一方へのインタビューをさせていただいた。映画『光』の中で、一際印象的な存在感を放っていたのが、視覚障害者モニターの「正子さん」だ。
映画の中での正子さんは、音声ガイドモニターとして独自の視点でアドバイスする役回りで、なんだか不思議な波動を放っていて、正子さんのリアルな存在感が映画を豊かにしていた。堂々としていて、この人はすごく演技のできる人なんだな、と思っていたが、実際お会いしてみると、その不思議な波動はそのまま。
それもそのはず。なんと、映画内のセリフはすべてアドリブ、まったく演出なしの、視覚障害者モニターとしての「正子さんご自身」だったのである。
今回は正子さんに、音声ガイドへ関わるようになった経緯、そして音声ガイドモニターへの「視点」を聞かせていただいた。
タカハシヒョウリ(以下、タカハシ):ワンちゃん(盲導犬)の名前はなんて言うんですか?
田中正子(以下、田中):ごめんなさい、名前はあまり言わないようにしてるんです。お仕事中に名前を呼ばれると気が散ってしまうので。
タカハシ:なるほど、そうか、仕事中ですもんね。それでは正子さん、よろしくお願いします。僕は、映画『光』を見て音声ガイドのことを知ったんですが、正子さんの出ているシーンの演技がとてもすばらしいなと思ったんですね。
田中:あれは演技でもなんでもなくて、台本がない状態のアドリブです。
タカハシ:ええ!? そうなんですか! すごいですね。
田中:あの場で普段どおりのモニターをやるということでした。
タカハシ:河瀬監督からの演出というようなことも特になく?
田中:全然なくて。
タカハシ:正子さんはいつも通りで。
田中:そうです。正子は正子として。普段どおりで、という形です。
タカハシ:じゃあ撮影現場で初めて聴く音声ガイドがあって、それをその場で聴いて、いつもどおりの感想を言っていたということですよね。すごいです。名優というか、とても貫禄と説得力がありました。
田中:後々映画が上映になって、私も映画館で見たんですけれど、音声ガイドを書いているボランティアの方にたまたま映画館でお会いしたんですね。そうしたら、「正子さん、あれって台本じゃないですよね? いつも仰っていることですよね」と言われたので、「私いつもあんなこと言っているんだ」と思って恥ずかしくなりました(笑)。
タカハシ:映画館の大きな会場で、自分が音声ガイドのモニターしている日頃の様子が上映されるというのはどんな感じがしましたか?
田中:私が皆さんにいつもモニターとして伝えている「そのまんま」をやっていたので、撮影の現場ではいろんな指摘やコメントをしていたと思うんです。その中から、河瀬監督の感性で、嘘のない私らしい言葉をしっかり繋いでくださっているなっていうふうに思いました。
撮影=高橋定敬
タカハシ:なるほど。改めてお伺いしますが、正子さんが音声ガイド制作に携わるようになったきっかけや経緯というのはどういう?
田中:シティ・ライツの映画祭の音声ガイド制作に誘われたのがきっかけで、その時に初めてモニターをやりました。モニターの大ベテランの方に誘われたんです。そのベテランの方は「あー、すごいなぁ」と思うような意見をたくさん仰っていました。中途で見えなくなられた方だったので、すごくたくさん映画を見ている方だったし、「この人と同じことは言えないなぁ」と思いましたね。でも、私は私で子供の時から見えていなかったし、皆さんと同じような視野で物事は見てこなかった。だから、「見えてない」っていう経験の中でどんなふうに映画を想像することができるのか、というのは私のコメントだからこそ伝えられるかなと思っています。だから、立場も人生経験も違う複数のモニターの方がいればいいなと思っています。
タカハシ:映画『光』の中に出てくるモニター会のシーンには、何人かのモニターの方が参加していらっしゃったかと思います。実際もああいう形が多いんですか?
田中:映画祭の時のモニターは2人とかでしたね。インド映画の時は3~4人いたかな。
タカハシ:インド映画!
田中:『きっと、うまくいく』をやったんですけれど、その時は弱視の人、最初から見えない人、途中で見えなくなった人、というふうにモニターとして参加していました。だから、それぞれの意見をそれぞれの立場で言っていましたね。いろんな意見が出るモニター会って、すごく楽しくて。モニターさんが見える方に「ここは本当ですか?」とか「本当はどういう画なんですか?」とか色々質問されて、それでもう一回シーンを見直すと、思っていたのと違った!というようなことも。複数の見える方がいらっしゃっても複数分の目があるし、私たちには複数分の耳がある。加えて全員先入観を持っている。その先入観を壊されながら、色んな目といろんな耳でガイドをつけていくという経験はすごく楽しかったです。
撮影=高橋定敬
タカハシ:音声ガイド制作のワークショップでも、たくさんアドバイスしていただいているんですけれども、正子さんが音声ガイドをモニターしているときにこの部分をすごく大事にしているとか、アドバイスするときのこだわりみたいなものはあるのでしょうか? 先程、「自分なりの視点を大事にしたい」というようなこともおっしゃっていたかと思うのですが。
田中:ガイドの方も何度も何度も作品を見て、尺も測って書いてくるわけですよね。なかなか一回聴いただけではうまく掴めないのですが、この言葉をガイドで当てた意図はなんだろうなとか、細かい部分を考えるようにしています。加えて、役者さんの声の出し方とかにも気を配っています。そういう微妙なものをモニターするからには、微妙なものを取りこぼさないようにと集中して聴いています。
タカハシ:モニターしながら、点字ですごくメモを取っていらっしゃいましたよね。これは何を書いてるのかすごく気になって。ガイドの言葉を記録しているんですか?
田中:そうですね。言ったことを記録しています。ぼーっとしちゃうと「あれ、これってどうなったんだっけ」っていうふうにロスが出るので。あまり邪念を入れずに、その作品の主人公の気持ちや世界観に寄り添って聴くように心がけています。
タカハシ:実際、映画の元の音を聞きながら、音声ガイドを聞いてメモして、しかも考えてコメントする、っていうのはすごく集中力がいりますよね。映画1本分のモニター会を終えたら、やはりものすごく疲れるでしょうね。
田中:疲れることは疲れます。ですが、今日もそうでしたが、1つとして同じガイドはないんですよね。それがすごく面白いなっていうふうに思っていて、疲れよりもその面白さが勝ってしまいますね。
タカハシ:なるほど! これから、映画の音声ガイドというものは広がっていくと思うんです。例えば、東宝は作る作品全てに音声ガイドをつけると発表していますし、音声ガイドが今よりも一般的になっていくということについて、いかがですか。
田中:やっぱり嬉しいことです。ガイドがあるのとないのとでは映画の伝わり方や楽しめ方が変わるので、それが普通になっていくっていうのはすごく嬉しいことだなと思います。あと、皆さんが一生懸命書かれる音声ガイドって1つも同じものはないので、できることなら「タカハシさんバージョン」や他の方のバージョンがあったりすると楽しいかなというふうに思いますね。
タカハシ:確かにそれは面白いですね(笑)。正子さん、貴重なお話をありがとうございました。
撮影=高橋定敬
正子さんはインタビューのあと、「タカハシさんは人に伝えたいって気持ちがすごく強いんですね」と笑っていらっしゃった。
なんだかものすごく、見えないものを見透かされたような気持ちでしどろもどろしてしまった。
正子さんは「一つとして同じ視点はない」という、多様性への信念をすごく自然に持っていらっしゃるように感じた。
ともすると目を見開いて生きているはずの僕らが、なぜか簡単に見落としてしまうことだ。とにかく刺激的なモニター会で、音声ガイドのことが少しずつだけどわかってきた。そして、これは「共感力」という重大なキーワードを持った、やっぱり「今、知るべきこと」だという気持ちが強くなってきた。
同時に、これは自分で作ってみなければ本当のところはわからないなぁ、という気持ちも大きくなった。
シティ・ライツでは音声ガイド制作の実践ワークショップを開催しているという。
やるっきゃない。
次回は、そのワークショップに参加して、実際に自分が「音声ガイド制作」に挑戦した一部始終と、音声ガイド制作者であり、ユニバーサルシアター「Cinema Chupuki TABATA」の支配人でもある佐藤浩章さんに音声ガイドの現状や今後を聞きます。
最後に、『ブランカとギター弾き』、7月29日公開です。
「自ら選び取っていく」勇気と、広い意味での「家族」を見せてくれる。盲目のギター弾き・ピーターの優しく豊かなギターの音色と魂が、強く印象に残る映画です。
撮影=高橋定敬
シネスイッチ銀座他にて7月29日(土)より全国順次公開
<STORY>
“お母さんをお金で買う”ことを思いついた孤児の少女ブランカは、ある日、盲目のギター弾きピーターと出会う。ブランカはピーターから、得意な歌でお金を稼ぐことを教わり、二人はレストランで歌う仕事を得る。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、一方で、彼女の身には思いもよらぬ危険が迫っていた…。
<STAFF>
監督・脚本:長谷井宏紀
製作:フラミニオ・ザドラ(ファティ・アキン監督『ソウル・キッチン』) 制作:アヴァ・ヤップ
撮影:大西健之
音楽:アスカ・マツミヤ(スパイク・ジョーンズ監督短編『アイム・ヒア』)、フランシス・デヴェラ
<CAST>
サイデル・ガブテロ / ピーター・ミラリ / ジョマル・ビスヨ / レイモンド・カマチョ