中村 中が思う舞台『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』とは? 10年ぶりの再演で元祖ヘドウィグと共演
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『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』に出演する中村 中
10月に東京と大阪で上演される舞台『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』SPECIAL SHOW。主人公のヘドウィグは「元祖ヘドウィグ」のジョン・キャメロン・ミッチェルが演じ、イツァークは中村 中が演じる。本作品は1997年よりオフ・ブロードウェイで上演されて以降、世界各地で上演され2001年には映画化もされた。14年にはリバイバル作品としてブロードウェイに進出しトニー賞4部門受賞、15年公演ではジョン・キャメロン・ミッチェルによる「オリジナル」ヘドウィグ登場でトニー賞名誉賞を受賞している。一方、日本語版公演は、04、05年に三上博史主演が初演。07、08、09年は山本耕史主演で全編英語詞の歌唱で話題を呼んだ。12年には森山未來主演で、映画監督の大根仁が演出を手掛け、日本を舞台としたオリジナル解釈のもと、新たなヘドウィグ・ワールドを誕生させてきた。今回出演が決まった中村は、山本耕史が主演を務めた07年以来のイツァーク役で、10年ぶりの再演となる。中村に作品への思いや意気込みを聞いた。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
――2007年の「初演」時は新宿FACEで山本耕史さんと一緒にご出演されていました。当時20代前半でお若かったと思いますが、「再演」ということについて率直な気持ちを教えてください。
そうですね。スティーヴン・トラスクの作った哲学的な歌詞と、それとは対照的なパンキッシュな、グラマラスなロック……哲学とパンクが絶妙に両立されている音楽の世界に再び飛び込めることが、そしてジョンというヘドウィグの生みの親と一緒にやれることが嬉しすぎて、人生のサプライズだなと思っています。
――08年にジョンさんとサプライズで共演されているそうですね?
舞台の世界観でのライブをやったんです。『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の曲のほか、デヴィッド・ボウイの曲やオノ・ヨーコの曲なども取り入れた、ロック・ショーでした。その時に初めてジョンと会いました。
――どんな印象でしたか?
もうね、一番はキュート! それにオシャレだし、優しくて。彼の家がかなり硬派な家らしいんです。きっと、束縛の中で解き放たれたいと思っていたのだろうと想像しているんですが……それゆえに人に優しいのかな? でも彼は、ステージの上だと別人になります。キュートさにパワフルと意地悪を足したヘドウィグになる(笑)。ジョンと共演できることに興奮しています。2008年以来お会いしていませんし、楽しみです。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
――ロックミュージカルという一言では片付けられないほど、深みのある作品だと思うのですが、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』という作品への思いはいかがですか。
私が今の時点で思う『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』という作品は、「時代が、環境が、他人が、自分を束縛しているように感じていたけれど、実は自分を解放してあげられなかったのは自分自身だったのではないか、と気づくまでの物語」という印象があるんですね。これって、どなたでも思うことがあるのではないかなと思うんです。10年前に『ヘドウィグ〜』に出演した時は“おもうまま”にやっていました。舞台出演経験がほとんどなくて、役作りをどういう風にすればいいのか分からなかったですね。トランスジェンダーであることを公表した翌年で、人前でどう振る舞えばいいのか分からずに悩んでいる最中で、“自分を許せない”という物語のメッセージを真正面から感じていて、感情的になっていた気がします。
トランスジェンダーとドラァグクイーンは全然違いますが、精神性は似ているところがある気がします。似ているから、やっていて怖いというか、つらい。そういう戸惑いや迷いもあったままやっていました。今となって思うのは、その迷いこそイツァークが感じている「私も解放されたいんだ」という思いにも共通するし、イツァークがヘドヴィグに抱いている憧れに通ずるところがある。私自身もどういう風に振る舞えばいいのか、答えが分からずもがいていた時期なので、そのもがきが奇しくも役に合っていたのかもしれないなと思います。出会えてよかった作品だと、今改めて思います。
――悩みながらの2007年版だったんですね。
ひょっとしたらその時の方が役にはまっていたのかもしれないですが、まぁ今は逆にこの作品やイツァークという役を愛そうという余裕がありますから。全然違うものをお見せできるのではないでしょうか。
――2007年は歌が全編英語でした。今回は全て英語になるのでしょうか?
どうなるのでしょう。『ヘドウィグ〜』自体が、開催する国や会場、キャスティングによって、テーマは変わらないけれど、手法は変えていると聞いています。セリフはほぼなく、演奏が中心で披露された時もあったとお聞きしました。私が出演した2007年版では映像があったし、セリフは日本語でした。そういう意味で『ヘドウィグ〜』は多様な作品なので、それを今回どう見せるか、どう変身しているのか、楽しみにしてほしいです。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
――鴻上尚史さんの『ベター・ハーフ』を拝見していても思ったのですが、中村さんのお芝居は、歌の力も相まって、直球で刺さってくる印象があるんです。
刺さってくる。『ベター・ハーフ』の時は、包丁も持っていましたからね(笑)。
――そうでした(笑)。実際に役作りの上で、心がけていることや気をつけていることはどんなことでしょうか?
最近気をつけるようにしているんですけど、私、役作りで気をつけたことがなくて(笑)。気をつけているのは、自分一人で考えないことですかね。一人で考えていると、よく間違うんですよ。もちろん一人で考えなくちゃいけないことはたくさんあるんですけど、かといって一人で作れるものではない。音楽も演技も、合奏のようなものなので、一緒に演奏しないといけないんですよね。たまたま『ベター・ハーフ』でいい経験だったのが、演じた役が私と同じトランスジェンダーの役で、自分の経験が意外に役作りの足かせになった時があって。役は自分ではないのだから「私ならこう思う」なんて関係ないはずなのに、自分の思想を捨てられない時間があって。
今回の場合、イツァークが果たして男なのか女のかも謎なので、そういうところもみんなでディスカッションしたいですね。せっかく、ジョンもいるんだし。ジョンが思いもしなかったアイディアを提案できたら、もっと打ち解けられるのかなと思っています。ヘドウィグとイツァークって、熱量が同じぐらいでないと成り立たない話なのではないかと思っていて。ヘドヴィグを引き立てる役という気持ちではなく、同じエネルギーで向き合えたら、そこで初めてヘドウィグが引き立つと私は思っています。イツァークを許すことでヘドウィグが自分のことを許せるようになる「Midnight Radio」という曲を歌うシーンが映画版でありますが、ああいうところかなと思いますね。ジョンと一緒にやれるチャンスを手にしたのだから、いっぱい語り合いたいと思います。新しいヘドウィグをどう見せたいのか、とか。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
――1番好きな曲はどれですか?
「Wig In A Box」か「Angry Inch」か……「The Origin of Love」もいいな。「Wicked Little Town」も好きです。でも1番を選ぶとしたら「Wig In A Box」でしょうか。理由は言葉にするのが難しいですが……一番寂しくて一番楽しいからかなぁ。映画版で、自分は壁を超えるために代償を払ったのに、直後、結局一人ぼっちになってポツンとしている場面が、めちゃくちゃ寂しい。「何のために代償払ったんだっけ? やめればよかった」と、あの瞬間ヘドウィグは思っているかもしれない。そんな時になぐさめてくれる仲間がいた、というのが温かいですよね。音楽としてもシナリオとしても映像的にも感動するしお洒落だし、色々な事が一気に起こっていて、好きなのかなと思います。
――「ロックミュージカル」についてはどう思いますか?
うーん。私はミュージカルだと思っていなくて、『ヘドウィグ~』は『ヘドウィグ~』だと思っていて。それこそ、私自身「歌手の活動は」、「役者の活動は」と区別されて聞かれることが多いんですが、私はだんだんその境目がなく感じてきているんです。だから、ロックだろうがカントリーだろうがシャンソンであろうが、それぞれもちろん特徴はありますけど、“日常で味わえない世界に行きたい”、“日常では生きづらいから音楽の中で生きよう”という精神は変わらないような気がしています。「ロックミュージカル」と言われても、その言葉に特別な意味は感じていないです。「ロックミュージカル」というのはあくまで名札。日常では味わえないものを味わいたい、それを表現したいって思います。
――活動の境目がなくなってくる感覚というのは面白いです。デビューした時から、お持ちだったんですか?
当時は全然違ったんです。特に“演技”は、いちいち理由を作らないとできなかった。「なぜ私が演技をするのか」ってね。当時は「声がかかったから」なんて言っていました(笑)。今は……「板の上でしか生きられないから」と思っています。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
――最後にどんな方に『ヘドウィグ〜』SPECIAL SHOWを見てほしいか、メッセージをお願いします。
本当のことを言うと、「ドラァグクイーンとか気持ち悪い」と思っているような人に見て欲しいです。必ず何か届くものがあると思うんですよね。嫌いだとか言っている人だって、嫌いだとアピールする方法で人とコミュニケーションとっているわけじゃないですか。ヘドウィグの「誰かを許さない限り、自分を許せないんだよ」というメッセージを見ていただきたい! もちろんファンの人にも見て欲しいし、グラムロックの世界が好きな人、音圧の中じゃないと身軽になれないって人や、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』をまだ知らないという人たちにも、是非見て欲しいですね。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』イツァーク役:中村 中
インタビュー・文・撮影=五月女菜穂
※日本語・英語上演 日本語字幕あり
作:ジョン・キャメロン・ミッチェル
作詞・作曲:スティーヴン・トラスク
演出:ヨリコ ジュン
音楽監督:岩崎太整
出演者:ジョン・キャメロン・ミッチェル、中村 中
制作協力:クオーレ
運営協力:サンライズプロモーション東京
追加公演一般発売:9月16日(土)午前10:00より発売開始
公式ホームページ:http://www.hedwig2017.jp