『ヨコハマトリエンナーレ2017』を徹底レポート 星座の地図を歩き、想像力を磨くアートの祭典
アイ・ウェイウェイ《Reframe》2016、《安全な通行》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
2017年8月4日(金)から11月5日(日)の期間、横浜美術館・横浜赤レンガ倉庫1号館・横浜市開港記念会館にて『ヨコハマトリエンナーレ2017』が開催されている。三年に一度開催されるこの祭典は、日本における芸術祭の先駆けとして2001年に開始した。6回目を数える今回のタイトルは「島と星座とガラパゴス」。以下、2017年版の横浜トリエンナーレの特徴と見どころを、記者会見の内容と共に紹介する。
記者会見で語られた「島と星座とガラパゴス」への想い
横浜美術館館長の逢坂恵理子は、現代の人々が様々なコミュニケーションツールで接続している一方、新しい孤立や断絶、対立が身近に迫っていることに触れた。本トリエンナーレ開催に当たっては、「孤立している島のような状況」を「星に導かれるように想像力でつなぎ」、「ガラパゴスのような多様性や独自性を尊重しながら新しい可能性を切り開いていく」ことを想像して準備したとのことである。その上で「一人一人、クリエイティブであるということはどういうことか」を考えながら堪能してほしいと述べた。
続いてアーティストが登壇。今回出展するのは約40人の作家で、会見には総勢20人以上が出席した。「素晴らしい経験だった」と述べるアーティスト、制作期間3か月半というハードスケジュールの中で全力を尽くしたアーティスト、過去のトリエンナーレに出展し、今回も参加できることに感慨を受けるアーティストなど、彩り豊かな顔ぶれである。国籍や年齢や言語にも幅や個性が現れており、「多様性」という本トリエンナーレの特徴の一端が伺えた。
本トリエンナーレとの連携プログラムであるヨコハマプログラムの一環、水族館劇場の桃山邑は「私はアーティストではなく、やっていることは芸能。本トリエンナーレには『島と星座とガラパゴス』に深く共振して参加した」と語った。また、今回のトリエンナーレの進行を行った構想会議のメンバーであるスハーニャ・ラフェルは「分野にまたがって挑発的なことをしたいと思っている」とした。本トリエンナーレのコンセプトと、それに対する参加者たちの賛同と共感が伝わる会見内容だった。
横浜美術館(27作家・組)
展示空間でも表現される「島と星座とガラパゴス」
横浜美術館に入ると、グランドギャラリー全体が川床のような設えになっており、島が点在するかのような空間になっている。中でも目につくのは、グランドギャラリーに据えられた竹のインスタレーション。こちらはインドネシア出身のジョコ・アヴィアントの作品で、しめ縄がモチーフになっており、人や自然・宗教などの分断や対立、そしてそれらをまとめ上げる力を示す。また、しめ縄は異なる世界を隔てる結界の役割を担うため、くぐって通ることもできる本作は、複数の領域の区分と繋ぎ目の象徴でもある。
ジョコ・アヴィアント《善と悪の境界はひどく縮れている》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
ジョコ・アヴィアントの作品を挟み、美術館入口から見て右側にあるのは、モロッコ出身のローラン・グティエレスとフランスの出身のヴァレリー・ポルトフェによるユニット、マップオフィスのインスタレーション。複数の島が並び、「ISLAND IS LAND」という言葉が示す作品の数々は、日本の文学や映画から「島」に関連する言葉を抽出して定義や背景を考察することで作成されており、「島」が持つ多義性を示している。
マップオフィス《慣らされた島(日本)ーどこかの島》2017、《色覚障がいのための島》2014 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
入口より左側には「ヨコハマラウンド」の展示スペースがあり、本トリエンナーレの構想会議メンバーの言葉や考え方を参照できる。アートだけではなく、美術や哲学、社会学や解剖学など、分野を超えて対話し議論を深めることにより、本トリエンナーレのテーマや可能性を探る試み「ヨコハマラウンド」は、円卓(round table)を囲むように、開幕までに8回(rounds)にわたって対話・議論を積み重ねたという。会期中にも追加・更新されるというラウンドマップを見ることで、本トリエンナーレの更なる可能性を追うことができるだろう。
アイ・ウェイウェイの作品が示すもの
本トリエンナーレで最もインパクトを与えるものの一つは、横浜美術館入場前から目にするアイ・ウェイウェイの作品だろう。美術館正面外壁の救命ボートと柱に重なり合う救命胴衣のうち、胴衣は実際に難民が着用・使用していたもの。ダイナミックでフォトジェニックな作品だが、カラフルな800着もの胴衣は事態の緊迫した状況と、持ち主にはそれぞれの人生があり、個々に顔を備えた存在であることを思い起こさせる。
ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
アイ・ウェイウェイは本トリエンナーレ全体に緩やかなつながりをもたらしている。例えば、美術館に入って右側3階のロブ・プルイットの作品は、暦に個人的な出来事と社会的なニュースを織り込んだ「スタジオ・カレンダー」や、オバマ元大統領のニュース写真を元に毎日書かれたペインティング、オークションサイトeBayで作家がアップしている商品などから成っている。個人のひそやかなアクションが社会とどのように関わっていくかをテーマにしているのだ。
また、アイ・ウェイウェイがeBayで購入したと思しきTシャツ「Where Is Ai Wei Wei」はもともと、本トリエンナーレにも出品している4人のコラボレーション・プロジェクトの作家のうちの一人であるリクリット・ティラヴァーニャがデザインしたものである。
ロブ・プルイット《オバマ・ペインティング2009/1/20-2017/1/20》2009-2017 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
さらに、美術館左側3階で冷蔵庫が目をひくスペースは、新疆ウイグル自治区出身のザオ・ザオの展示空間。彼は一時期アイ・ウェイウェイと一緒に制作していたが、2011年にアイ・ウェイウェイが警察に拘束されたために解散したという。冷蔵庫は、タクラマカン砂漠に冷蔵庫を運んでビールを飲む作品《プロジェクト・タクラマカン》の一環。かつてタクラマカン砂漠はシルクロードとして文化や文明の流通経路だったが、現在は孤立しているという状況を描いた作品である。
ザオ・ザオ《プロジェクト・タクラマカン》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
アイ・ウェイウェイは数回に渡り拘束されたが、昔も今も変わらず世界中のアーティストから支持され、闇を照らし導く星になり、権力に抑圧されがちな多様な個を尊重する。アイ・ウェイウェイと、彼とつながっているアーティストたちはすべて、「島と星座とガラパゴス」の要素全てを兼ね備えているといえよう。
星座のようなつながりがあるという意味では、畠山直哉と瀬尾夏美の作品も連携している。畠山直哉によるフランスの人工山と陸前高田の東日本大震災以降の姿を捉えた写真は、時間の累積と、人と共にある自然に対する静かな眼差しを感じさせる。ボランティアで東日本大震災の被災地に訪れた瀬尾夏美は、当時の経験を絵と言葉にしており、畠山作品の裏にイラスト「風穴」を残している。
畠山直哉《陸前高田市高田町 2012年6月23日 #2》2012 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
「孤立」「孤独」の必要性
「接続性」と「孤立」は共に本トリエンナーレのテーマであるが、「孤立」の要素を持つアーティストとしては恐らく、マーク・フスティニアーニが挙げられるだろう。《トンネル》は、地下鉄の線路のような坑道、《穴》は井戸の中に掛けられたはしごであり、無限に続いているかのように見える。
マーク・フスティニアーニ《トンネル》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
日常の中に差し挟まれる非日常、まるでファンタジーかSF的な領域への入り口のような作品の仕掛けは鏡。覗き込んでも果てがなく、異次元に通じるようにも見えるが、実はどこにもつながっていない。万一作品の中に入り込んだら、作者の世界観の中を永遠に彷徨い続けることになるのかもしれない。
マーク・フスティニアーニ《穴》2012 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
風間サチコのブース「僕等は鼻歌で待機する」も「孤立」を感じさせるが、ホワイトキューブの静謐さを無に帰する破壊力があった。左側が社会性、右側が作者の理想の幻想世界であるという3m60cmの版画《第一次幻惑大戦》など、負の雰囲気をまとっている作品が多い。
風間サチコ《第一次幻惑大戦》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
版画は多くの場合一人で仕上げ、掘ったところに闇を生み出す孤独な作業であると聞く。また本作は、作家本人がモノトーンの世界が好きでなければ生まれない作品だろう。孤立は悪い文脈で語られがちではあるが、多様性は孤立も含むものであるし、創造性は、類似したものがない地平に切り開かれると言う意味で、孤立や孤独を必要とすることを実感させられる。
風間サチコ《黒い花電車ー僕の代》2008 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
横浜赤レンガ倉庫1号館(9作家・組、1プロジェクト)
運動と静止、真摯なユーモア、孤独な重奏
瀟洒な外観の横浜赤レンガ倉庫1号館の2階と3階には、密度の高いアートが並ぶ。クリスチャン・ヤンコフスキーは記者会見にて、「人の視点を柔軟にする」という意味で、アーティストもまたマッサージ師であると主張した。彼の作品は重量上げの選手が彫像を持ち上げようとする映像や、彫刻を使って肉体を鍛錬する写真、マッサージの機械に身を置き、公共彫刻の気をよくするために活動するマッサージ師の診断の映像などで、公共彫刻と人をつなぐ試みがユーモラスに行われている。
クリスチャン・ヤンコフスキー《マッサージ・マスターズ》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
記者会見中も制作まっただ中だったという宇治野宗輝の展示スペースには、大きな木箱や電化製品らしきものが並ぶ。自転車や何かの部品が混在する中で、ダイナミックな音楽と光と映像が展開するさまは、アートの展示というよりも前衛的なライブ空間のようだ。現代日本の生活の中で、個人が物質社会とどう関わって生活するのかが考察される。
宇治野宗輝《プライウッド新地》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
ラグナル・キャルタンソンの映像《ザ・ビジターズ》は、ヘッドフォンから聞こえる他者の演奏を聞きながら、別の部屋で一つの音楽を奏でる試みである。断絶された空間で演奏する人たちの様子は面白く、また演奏は切なく美しい。風呂や自室で楽器を奏でる人々は孤独ではあるが楽しそうで、ヘッドフォンを介したか細いものであれ、音楽が人をつなげることが示されているようだ。
ラグナル・キャルタンソン《ザ・ビジターズ》2012 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
横浜市開港記念会館(1作家)
日本の「今」を指し示す
横浜市開港記念会館は柳幸典の展示スペースとなっている。ここにあるのは砂で作られた日の丸が蟻に浸食されていく「蟻と日の丸」、憲法9条が赤いLEDで点滅する《Article 9》、瓦礫からこちらを見据えるゴジラの眼球、放射性物質のマークが描かれたドラム缶など日本の現状を問いかける内容で、作品に漂う閉塞感が薄暗い地下空間にぴったりとマッチしていた。
柳幸典《Article 9》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017 展示風景
アーティストを厳選したという本トリエンナーレは、3会場全てアクセスしやすく、横浜美術館と横浜赤レンガ倉庫1号館は会期間無料バスが出ている。場所によって作品の個性や空気感が異なってくるので、全て回ると本トリエンナーレの全貌がわかって楽しめる。本トリエンナーレのテーマの一つに「流動性」があり、プログラムやイベントは随時開催され、また情報も追加されていくとのこと。是非幾度かにわたって足を運び、選び抜かれた最新の現代アートを肌で感じていただきたい。
日程:2017年8月4日(金)から11月5日(日)
※休場日:第2・4木曜日(計6日間)
開場日数 88日間
主会場 横浜美術館:横浜市西区みなとみらい3-4-1
横浜赤レンガ倉庫1号館:横浜市中区新港1-1-1