芥川賞作家・山下澄人が7年ぶりに脚本を手がけた舞台『を待ちながら』を上演

インタビュー
2017.8.24
山下澄人

山下澄人


久しぶりにFICTIONという劇団のサイトをのぞいてみた。それはすでに小説家・山下澄人のサイトのようだった。バイオグラフィのページにかろうじて、劇団の公演リストがあった。32回もやってたのか。そのユルい笑いのコントのような芝居は、たぶん万人が絶賛する芝居ではなかったかもしれない。肉体と精神性を重視した倉本總の富良野塾出身とは思えない、むしろ真逆に向かっていたかのよう。でもあとになって体の内側をくすぐってくる。時々無性に食べたくなるケンタッキー、いや違う塩辛みたいな感じかな。

ある日、少し困ったように話す男がテレビに大写しになった。芥川賞の受賞会見だった。男の顔と名前が僕の記憶と一致するのに数日かかった。手がかりは、本人は大まじめにもかかわらず、人を食ったような話し方だった。まさに舌で味わった塩辛独特のしょっぱさが記憶を蘇らせるみたいに。小説を書いているとは知らなかった。高額な宝くじが当たった友人に擦り寄るような気がして嫌だったが電話してみた。秋に久しぶりに芝居をやるという。「インタビューする」とすぐに言った僕は、やっぱり腹黒い。そうそう、即日完売したチケットですが、客席増席分を8月27日(日)12:00より追加販売するそうですよ~~。

演劇は疲れる。小説は一人で書いていればいいから気が楽。

ーー芥川賞受賞おめでとうございます!

山下 あぁ、ありがとうごうざいます。

ーー主宰されていたFICTIONは現在はどうされているんですか?

山下 7年前にやったきりです、メンバーの死亡やら病気やら何やらが重なって。でも解散したわけではありません。

ーー今回の公演『を待ちながら』は、どのような経緯で決まったんですか?

山下 1年以上前から、書評を書かれている佐々木敦さんから「飴屋法水さんとやりませんか」と声をかけていただいたんです。

ーー久しぶりに書いた戯曲はいかがでしたか? FICTIONは、山下さんが話している感じそのままの、温度が低い感じの笑いだった気がします。

山下 そういった僕の資質を意識して書いたわけではないけど、どう考えてもそうなっているんだと思います。最初は『ゴドーを待ちながら』をやりませんかという話だったんです。それがいつからか、ベケットをイメージして書いてという話になって。まあ僕もベケットが好きだったんで、ちゃんと読んだことないけど(笑)。あんなのまともに読めないですよ、読めなくていい。そういうものをあの人は書いているわけですから。僕はそれが面白いと思う。

ーー稽古はいかがですか?

山下 演劇は疲れる。人がかかわるからどうしたって。小説なんて一人で書いていればいいから気は楽だし、気をつかわんでいい。演劇はそうはいかないし、だからこそ面白いとも言えるんだけど。ちょっとブランクがあるから、こんなに疲れるのかと。前はずっとやっていたのにね。

『を待ちながら』 撮影:ホンマタカシ

『を待ちながら』 撮影:ホンマタカシ

脚本との距離は、稽古場に入れば共演者と一緒。説明しろと言われても困る。

ーー会場は小さいし、見られないお客さんが圧倒的に多いので、どんな物語か教えていただけますか?

山下 今それでめっちゃ苦労しているんですよ。飴屋さんが演出して、僕が脚本を書いたわけですが、二人とも出演もする。飴屋さんもいろいろ演出はされているけれど、がっつり出演しながらというわけではないでしょう。僕は自分で書き、自分で演出し、出演もしていたけれど、誰かに演出してもらうのは初めてなんですよ。二重、三重に面倒臭いうえに、面倒臭い本を書いたから飴屋さんがいろいろ質問してくる。「書いた人間だから説明できるやろ」ということなのだろうとは思うのですが。それができないんですよ。書いたときのことは忘れてしまった。登場人物は5人。2人はFICTIONに出ていたやつなんですけど、1人は病気して左半身不随なんですよね。そして飴屋さんの娘さん。そんな人たちに飴屋さんと僕が出てる芝居です。この人たちだからこそ書けたものではあるけれど。ただ途中まったく書ける気がしなくて、投げよう、もう無理って言おうとしました。なんとなく書いたから、よくわからないんです。

ーー大枠の設定とかは?

山下 いや、それも……。今日も昼から夕方まで飴屋さんと延々、衣装をどうするかを話してた。どんな格好しているのか、僕もわからないんですよ。現代か未来かもわからへんし、そのどれでもないかもしれない。そこはベケットですね。

ー稽古場に入ってしまったら、書いた人というより演じる人になる、と。

山下 断然そうです。脚本を書いて、提出して、みんなの手に渡った瞬間から、書かれたものとの距離は僕もみんなと同じになるんですよ。みんなが「これどういう意味?」と思うとしたら、僕もそう。それに対して「おいおい」と言われるんですけど、気分としては本当に面倒臭い台本だし、覚えにくいなあと。

『を待ちながら』 撮影:ホンマタカシ

『を待ちながら』 撮影:ホンマタカシ

ーー昔インタビューしているのを思い出してきましたけど、山下さんのお話はハグらかされているのか、よくわからないところがあります。

山下 よく言われるんですけど、絶対そんなことはないです。良い悪いは別にして、何というか、そうなんやから仕方がない。それでも「やろう」と言ってくれる人としかできないんですよね。戯曲の謎を明らかにしろと言われてもどうしていいかわからない。初めての方々とやるんだし、やっぱり台本は手掛かりだから、何かしらイメージ的なものでも言葉にして伝える必要があるねんなってすごい思いました。面倒臭いけど僕がせな誰もできへんし、書いたやつがここにおるんやから、そりゃ聞くよね(笑)。ベケットはいいなあ。もう死んでいるし。彼も「よくわからない」って言い続けたそうですからね。それこそ「ゴドーって誰ですか」って山ほど聞かれるけど、「知ってたら書いている」って。そうやろなって思うけど。

ーー亡くなった作家の作品だと思ってもらえたら。

山下 本当にそうですよ。今度そう言おう。もう死んだからって(笑)。

いつも背中を押されてやってきた、それはこれからも変わらないでしょう。

ーー話を変えましょう。たとえば言葉の力強さ、山下さんに対して力強さという言い方がいいかわからないんですけど、小説を経験したことで変わったりとかは?

山下 それはあるかもしれない。自覚とまではいかないけど、書いていて「あれ?」って思うんですよ。たとえばト書き一つとっても、前はどうでもよかったんですけど、そうではなくなっています。雰囲気とか気分でびゃーって書いてたもの、伝えずらいことを伝えたいと思うようになって、なんとか言葉に置き換えようという自覚ができた。それは大きな違いですね。明らかに小説を書いたことが影響しています。

ーーこれからまたお芝居は?

山下 どうなんでしょう。小説を書き始めたのも、FICTIONをずっと見てくれていた方がたまたま出版社に勤めていらして声をかけてくれたことがきっかけですから。書こうと思ったこともないし、書けるとも思っていなかったから、1、2年はほったらかしにしていたんです。まあ書く気がなかった。でもしつこく誘ってくれたので書いたんです。

ーーご自身的には手応えがあった?

山下 いやいや、手応えなんてわからない。こんなんでいいんかな?って感じですよ。それが本になって、賞をとってびっくりしました。自分では本になった時点で記念になってよかったなあくらいですよ。今回の芝居もそうですが、僕の人生、誘われてやってきたものばかり。この先こうしようということは本当にないです。

ーー乞われる人生は素敵ですよね。素晴らしい! うらやましい!

山下 ヨットみたいな人生ですね。風が吹けば進むけど、風が止まったらずっとそこにいる。

ーーどこからか強風が吹いてきたらがんばりますか?

山下 いや転覆するかもわかりませんし、マストが折れるかもしれないし、逆走もしますから。風が吹けば一応前に進もうという気はありますけどね。

ーーこの言葉の雰囲気をインタビューで伝えようとしてもなかなか伝わらないのが悔しい。

山下 (苦笑)でも、それこそ芥川賞なんて交通事故みたいなもんですよ。なにそれって感じだった。この芝居も即日完売して驚いたけど、自分は今も昔も同じことしているだけなんで。もちろんやっている内容は変わっているけども。そうそう飴屋さんもそういう人なんですよ。だから一緒にやれるんでしょうね。そのぶん面倒臭いとも言えるんでしょうけど。

飴屋法水 撮影:ホンマタカシ

飴屋法水 撮影:ホンマタカシ

ーー面白いですね。

山下 書いた本人はこんなんやし、この台本をどうやって芝居に立ち上げるんだってたぶん全員が思っていますよ。責任の一端は僕にもあるから能動的に現場に参加したいですね。

ーーそういう意識はあるんですね?

山下 そりゃありますよ、普通に。でもわからないことはいっぱいある。

ーー今回、お芝居に関する取材とか忙しかったんじゃ?

山下 なんにもありませんよ。

ーーうそ、PRはどうされているんですか?

山下 情報もネットだけです。チラシもつくってません。佐々木さんもちゃんとしているのかしてないのかわからへん。FICTIONも見てないし、僕が演劇をやっていたことすら知らなかったんですよ。

ーー佐々木さんも、小説を書きませんかと言った出版社の方も面白いですね。

山下 決定的に何か肝心要のことがすごくいい加減な人たちやと思いますよ。僕に小説を書けと言った人だって、ずっと編集の人やと思ってたけど、営業の人やったんです。なかなかすごい博打だったと思いますよ。企画を立てて、会社にプレゼンして、どこの馬の骨かわからないやつの本をつくった。すごいと言えばすごい人かもしらんけど、実際に会うとなかなかのすっとこどっこい。こういう人だからできんねんなって感じです。

FICTION VOL-32『ボノボ』

FICTION VOL-32『ボノボ』

ーーFICTIONはまたやりたいと思っていらっしゃいます?

山下 誰かがやれや、やれやと言ってきたらそのときの状態にもよって考えます。

ーーじゃあ、決まっているのは小説のスケジュールくらい?

山下 そうです。でも小説は依頼はされるけど、厳密にいつまでに書けという区切り方がないんです。だから順番を間違えたりもする。二つ先くらいまでは覚えていますけど、次どこの出版社のやったっけってなりますね。近々に書くと言ってきたやつは、1年以上書いてないんですよ。あいつ書く気がないんかなって自然消滅するといけないので、やりますやりますって言いますけど。

ーー小説を書いていない時期は何をされているんですか?

山下 いえ、この5年くらい、何も書いていないときはないくらいの状態です。ずっと小説を書いてる。本が売れるわけではないし、時給換算したら200円くらいですけど、それでも書かないとお金にならないから。普通の人の基準ではやってかれへん。サラリーマンやりながら書くのが一番正しい。本業にする仕事じゃないのかも。年もとってしんどいし、夢も見てられへん。でも僕らカツカツの生活にはなれているわけですよ。なんとか騙し騙し、あと何年か自力でやらなきゃいけない。まあ、50万部くらい売れてくれたらいいなあと思いますけどね、売れないけど。

取材・文:いまいこういち

山下澄人 撮影:ホンマタカシ

山下澄人 撮影:ホンマタカシ

山下澄人 富良野塾二期生。1996年に劇団FICTION旗揚げに参加、97年より主宰となる。作・演出を担当し、役者としても活躍する。2011年より小説を発表。2012年、初の単行本『緑のさる』(平凡社刊)を刊行。『ギッちょん』が第147回芥川賞候補、『緑のさる』が第34回野間文藝新人賞を受賞。その後も『砂漠ダンス』が第149回、『コルバトントリ』が第150回芥川賞候補となる。2016年『鳥の会議』が第29回三島賞候補に。2017年『しんせかい』にて第156回芥川賞を受賞。また、2015年4月に飴屋法水が作・演出『コルバトントリ、』に原作を提供、出演もした。

山下澄人次回作、まもなく発売

山下澄人次回作、まもなく発売

公演情報
『を待ちながら』
■日程:2017年9月17日(日)~10月1日(日)
■会場:こまばアゴラ劇場
■作:山下澄人
■演出:飴屋法水
■美術:飴屋法水、山下澄人
■音楽:宇波拓
■出演:飴屋法水、山下澄人、荻田忠利、佐久間麻由、くるみ
■チケット料金:【全席自由・整理番号付】4,500円
■開演時間:平日19:00、土・日曜・祝日14:00 / 19:00、9月25日(月)休演
■問合せ:HEADZ Tel.03-3770-5721(13:00~ 不在の場合あり)、メール waiting@faderbyheadz.com
■公式サイト:http://www.faderbyheadz.com/event/waiting.html
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