ヴァイオリニスト奥村愛がデビュー15周年&バースデーを祝い“HAPPYライブ!”、気の合った仲間達との極上のひととき

レポート
クラシック
2017.11.8
奥村愛 (撮影:荒川潤)

奥村愛 (撮影:荒川潤)


近年はキッズ向けの公演にも力を入れている人気ヴァイオリニスト奥村愛が9月13日、eplus LIVING ROOM CAFE&DININGに登場。デビュー15周年を記念したバースデーコンサート『奥村愛のHAPPY ライブ!』を行った。奥村の誕生祝いを兼ねた企画とあって、会場は満席の大盛況。幼い子どもから熟年夫婦まで、幅広い年代層のファンが集い、一期一会の心温まるひとときを過ごした。

夜7時半、青色の華やかなドレスをまとった奥村に続いて、ピアノの加藤昌則が姿を現した。MCなしでいきなり演奏に入る。奥村が得意とするエルガーの「愛の挨拶」だ。まろやかな音が客席に清涼感を運ぶ。

「皆さん、こんばんは。ようこそお越し下さいました」と第一声。「年齢も年齢なので“HAPPYライブ!”という感じでもないのですが、この12月から15周年を迎えるということと、私の誕生日が近い(9月16日)ということで、普段と違うことが出来ればと思い、このような場を設けさせていただきました。演奏中は注文しづらいかもしませんが、遠慮せずに食べたり飲んだりしながら、楽しい時間を過ごしていただければと思います」。アットホームな雰囲気にふさわしい朗らかなトークで、客席にも笑顔が浮かんだ。

今回のコンサートは事前にリクエストを募り、それに基づいてプログラムを組んだという。従ってプログラム配布はなし。その代わりというわけでもないだろうが、アルファベットと数字が並んだ不思議な表がテーブルに置かれていた。「『意味不明の表』は後半で使います」という説明に続いて共演者の紹介。「ピアニストで作曲家の加藤昌則さんです。今日のコンサートは加藤さんがいなかったら普通のコンサートになったと思います」――

ということは「普通のコンサートではない」のか。期待が膨らむ。

まずはヘス作曲、加藤編曲の「ラヴェンダーの咲く庭で」。イギリスの海辺の町を舞台に、老姉妹の人生を描いた同タイトルの映画のテーマ曲だ。奥村の持ち味の一つ、透明感のある音色が旋律の美しさを際立たせる。ピアノが入るたびに、ページを一枚ずつめくるように新たな世界が広がり、音に色が加わっていった。続いて加古隆作曲「水辺の生活」。ピアニストでもある加古の作品だけにピアノが雄弁で、主旋律を交互に担う。共演の多い奥村と加藤ならではの、息の合った演奏を堪能できた。ヴァイオリンの消え入るような高音でエンド。

ここで再びMCが入る。「リクエストがとても多かった」という加藤作曲の「Breezing air」が次の曲として紹介された。奥村の説明によると、2人が共演するようになったのは10年近く前。その後、しばらくして加藤が奥村のために書いたのが「Breezing air」だった。「奥村さんのヴァイオリンが、これまで聞いたことのない感じだったので、触発されて書いた」(加藤)という。

ここで加藤からいきなり、思いがけない一言が飛び出した。「自分の曲なんだけど、ちょっと……。そこのスタッフ、そう、そこの人。君、譜面めくれるよね、見たことあるんだ。お願いします」。自席からは見えない角度でのやりとりだったので、すっかり加藤の言葉を信じてしまったが……。

曲が始まった。白いドレス姿の女性がそよ風が吹く草原に、長い髪をなびかせながら立つ。そんな姿を思い描いてしまうほど爽やかな曲だ。次はカッチーニの「アヴェマリア」。狭い空間だけに、ピアニッシモや繊細なヴィブラートが生きる。哀切な旋律が心に沁みいるようだ。

続いてヴィターリの「シャコンヌ」。今日ではシャルリエによる編曲版がよく演奏されていることや、右手の技法がふんだんに盛り込まれていることなどを奥村が分かりやすく説明した後、軽くチューニングして演奏へ。集中度の高い演奏で、約10分があっという間に過ぎた。後のMCで「気合を入れ過ぎて途中で崩れそうになりました」と振り返っていたが、透明感が持ち味の人だけに、「崩れそうになる」ぐらいの熱っぽさがかえって魅力的で、演奏後には「ブラボー!」の声がかかった。

当夜のオリジナルカクテル「HAPPYムーン」を奥村が披露した後、加藤に「自己紹介したら」と促されるようにして先程、譜めくりを担当した青年が「“アルバイト”の小林洋二郎です」と大まじめに挨拶。加藤が、後半でパーカッションを担当する小林だとその正体を明かした。さらに奥村が「乾杯」の音頭を取ろうとすると、加藤がストップ。きらきらした飾りのついた赤いカチューシャが奥村にプレゼントされ、巨大なケーキが会場に運び込まれた。

後で確認すると「ケーキは完全なサプライズ。全然知らなかったんです」(奥村)。このコンサートを一期一会の特別なものにするために、加藤や小林、さらには周りのスタッフが準備を重ねたことがうかがえる。カフェが一体となっての「ハッピーバースデー」も心温まる微笑ましいものとなった(ちなみにケーキはカットされて休憩時間に客席に配られ、前の席に座った小学生の男の子たちが「おいしい、おいしい」と感激していた)。華やぐ空気の中、ジョプリンの「The Easy Winners」が会場の雰囲気をさらに盛り上げて前半が終了。

休憩後にはステージ上に小林も加わった。奥村が「後半はポップに行こうと思います。パーカッションやドラムが入るので、ピックアップマイクをつけます。音量が前半と変わるのでお気を付けください」。そこに遅れて加藤が登場するが、宮廷服に鬘のモーツァルト風スタイル。会場がワッと沸き、空気がさらに和んだところに「星に願いを」。流れ星を思わせるパーカッションが先鞭を切り、おなじみのメロディーが奏でられていく。これも加藤の編曲で、ヴァイオリン、ピアノ、鈴やシンバル、トライアングルなどパーカッションの個性を思いきり生かして、夢の世界が構築されていった。「夜遅くなるから」と母親に促され、前半で帰っていった少年たちに「聴かせてあげたかった」と強く思った。

次はピアソラの「リベルタンゴ」。言葉よりもまず音楽を……そんな情熱的な曲にふさわしく、曲名を告げるとすぐ演奏に入った。「シャコンヌ」とも「星に願いを」とも全く違う大人の世界。会場の空気が一層盛り上がり、喚声まで起きたところで、加藤が「この格好でピアソラを弾くっていうのは不思議な感じ」と笑わせ、次のプログラム、モーツァルト「サイコロ遊び」の説明に入った。ここで冒頭に奥村が「意味不明」といった表の出番となる。

2人が同時にサイコロを振り、出た目の数(2~12)を小節ごとに表にあてはめていく。表に記された数字が楽譜と対応しており、それを16個つなげると曲になるというしくみだ。箱を持った奥村が会場を回りながら、観客たちにサイコロを振ってもらい、それをもとに加藤が楽譜をボードに貼っていく。「サイコロ遊び」は実際に譜面として発表されているそうだが、ほとんどの観客にとって初体験だったようで、みな興味深げにゲームに参加。完成した楽譜を奥村と加藤が初見で演奏すると「ウォー」という喚声と拍手がしばらく止まなかった。

その都度、違う曲ができるという意味でも、音楽を心から楽しむという意味でも、よくぞ選んでくれた、というプログラム。「加藤さんがいなかったら普通のコンサートになっていた」という奥村の言葉に改めてうなずいた。

最後は「グレン・ミラー・メドレー」。これも加藤の編曲で会場は大ノリとなり、そのままアンコールへ。曲目はブラームス作曲「ハンガリー舞曲第5番」。おなじみの疾走感あふれる名曲が、パーカッションが入ることで表情が豊かになり、遊びごころが噴出した。喚声と拍手が最後は手拍子になり、余韻を楽しみながら幕。極上のひとときを堪能した観客の満足度がうかがえる反応だった。

終演後、奥村に話を聞いた。

――大変な盛り上がりでしたね。

そうですね。あったかい感じで楽しかったです。

――アンコールのハンガリー舞曲などはご自身もかなり楽しんでおられるような気がしました。

はい、三人は本当に仲がいいので安心感があって。こういう場だから、というのも変な話ですけど、何でもありというか。だったらもう楽しんだ方がいいかなと。普通に弾いていると合わせることを考えてしまいますが、後半の最後の方はワーっと盛り上がる感じでしたね。

――今まで奥村さんのコンサートはホールでしか拝聴したことがなかったのですが、こういう雰囲気のコンサートも時にはなさっているのですか。

数は少ないですが、何度か経験があります。クラシックで育った人間なので、アドリブは出来ませんが、パーカッションやギター、ベースが入ることで、いつも弾いているような曲でもガラッと雰囲気が変わります。

――お付き合いは加藤昌則さんの方が小林洋二郎さんより長いのでしょうか。

いえ、洋二郎君の方が若干長いですね。二枚目のアルバム「ポエジー」でご一緒して、それが「初めまして」だったんです。パーカッションの方とは基本あまり一緒にやることはないので、その後はそんなに会わなかったんです。でも、子供向けのコンサートをやるようになってからでしょうか。鈴とかカスタネットって、子どもが一番知っている楽器ですし、効果音としても打楽器が入っていると子どもたちには面白いかなって。それで彼にお願いするようになりました。

――今日のようなコンサートだと、奥村さんのいろんな顔が見えますね。15年間、いろんなことにチャレンジされてこられたという部分が。

そうですね。クラシックだけでいうと、上手な方は山のようにいますので、自分が楽しめること、いろんなことやってみたいという姿勢でやってきました。あまりとらわれずにできるといいなと。

――その中でこの空間というのはいかがですか。

クラシックのホールって響きはとてもいいですし、そこで弾くのは大好きです。でも、そこに行き慣れていない人からすると、とても敷居が高いと言うか、緊張する場所でもあると思います。一方、ここ(eplus LIVING ROOM CAFE&DINING)は確かにジャズだったり、ポップス系の場所っていうイメージがありますが、気楽に聴いていただけるというのがいいですね。あと、自分がお酒が好きなので。好きな人はお酒を飲みながら、聴いていただけるのもいいなと。

――ここでの演奏については?

あまり肩肘はらずに出来る感じ、素で出来る感じがすごく好きですね。ホールとはやっぱり、空間が全然違うので。私自身も無意識のうちにスイッチが切り替わっている気がします。特に出だしは最初から打ち解けた感じでできます。ホールでも後半のほうになると大分打ち解けてくるんですけど。

――さり気なくスッと入ってくる感じ?

そうですね。特に今日はお客さまも、15周年とかお誕生日とかでお祝いの気持ちできてくださっているので余計に、というのがあると思うんですけど。

――ラストのトークで「15周年は中途半端な気もしますが、20周年、25周年と細く長く続けられるように。昔からの夢である格好いい50代を目指して、充実した日々を送っていけたらと思います」とおっしゃっていましたね。50代を意識されてるのが、ちょっと意外な感じがしました。

20代後半ぐらいの時、「20歳ぐらいかと思った」って言われることがよくあったんです。2、3歳ぐらい若く言われるのなら嬉しかったかもしれないけど、当時は大人の女性に憧れがあったこともあって、幼稚に見えるのかって逆にショックでした。そういうのはだんだん薄まってはきているんですけど、やっぱり50歳、60歳になった時に、自分のやりたいことをやって、充実した時を過ごしていたい。そして最終的には楽しい人生だったなと思って死ねたらというのがあります。

――今日のライブは、とてもいい感じで自然に呼吸されているなと思いました。

つくったりするのは得意ではないんです。クラシックらしく上品にとか、試したりしてみたことはあるんですけど、5分ともたないので、素でいいやと。素しかできない。変につくろってもボロが出ますから(笑)。

その言葉通り、つくろわない「素」の魅力にあふれたコンサートだった。

取材・文=刑部圭  写真撮影=荒川潤

公演情報
奥村愛15周年記念 2days スペシャル​
■日時:
2018年2月3日(土)16:30/17:00
2018年2月4日(日)13:30/14:00
■会場:浜離宮朝日ホール 音楽ホール


■曲目
【2月3日(土) Day1】
奥村愛ヴァイオリンリサイタル「クラシカル」 ピアノ:三輪郁
予定曲目:J,S,バッハ 無伴奏ヴァイオリンパルティータ第1番 ほか
【2月4日(日) Day2】
奥村愛withスペシャルストリングスfeat渡辺香津美(ジャズギター)
「エンターテイナー」
予定曲目:エルガー 愛の挨拶/シンドラーのリスト ほか

料金
2月3日(土)全席指定 
税込 前売り¥5,500円/当日¥6,000
2月4日(日)全席指定
税込 前売り¥6,500円/当日¥7,000
2日間通し券 前売りのみ ¥10,500円
発売日
2017年11月11日(土)~


■奥村愛公式サイト:https://aiokumura.jp/

 

 

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