インド叙事詩が初歌舞伎化~『極付印度伝マハーバーラタ戦記』開幕、菊五郎・菊之助・宮城聰会見&初日レポート
左より 演出:宮城聰、尾上菊之助、尾上菊五郎
10月1日、歌舞伎座にて「芸術祭十月大歌舞伎」初日の幕が開いた。昼の部では、世界三大叙事詩に数えられるインドの神話的叙事詩「マハーバーラタ」を題材とした新作歌舞伎が上演され、終演後には尾上菊之助と尾上菊五郎、そして演出家の宮城聰が取材に応じた。SPICEでは、菊之助、菊五郎、宮城のコメントとともに、新作歌舞伎『極付印度伝マハーバーラタ戦記』初日公演の模様を紹介する。
新作歌舞伎『極付印度伝マハーバーラタ戦記』の初披露公演を終え、まず挨拶をしたのは尾上菊之助だ。菊之助は、本作の企画から構想、脚本制作、振付、そして主演を務める。
「2014年から準備をはじめてまいりましたが、初日を開けることができ本当にうれしく思います。皆さんの力をお借りし、ひとつひとつやってまいりました結実です。今年は日印文化協定発効60周年、日印友好交流年です。作品にはインドの哲学や宗教の話も織り交ぜ、衣装にはインドの伝統的なカタカリダンスのイメージを取り入れるなどしております。インドと日本の文化の交流ができればと思います」
菊五郎が着ているのが、カタカリに着想を得て作られた神様役の衣装だ。文字通り“神々しい”風格をまとう菊五郎だが、第一声は「疲れた。重いんだもん!」。これには一同が爆笑! 和やかな空気の中、菊五郎は劇中の台詞にもなっているインドの古い思想に言及した。
「インドの古い神様というのは面白いですね。今いる自分は、演じられている自分。真の自分は、自分の中にもうひとりいるという考え方なんです。どんなに浮気をしても不倫をしても、それは演じている方の別の人間がやっていることで、中にいる真の人間はやっていないっていうことになるんです。これは良いですわ!」
菊五郎の自由な発想による解釈を披露するも、最後に「宮城先生から教わった」と付け加え再び笑いをさらった。
左から、宮城、菊之助、菊五郎。
演出を手がけたのは、SPAC(Shizuoka Perfoming Arts Center)で芸術監督を務める宮城聰だ。
「世界最長の文学作品を一日物の芝居にしようという荒ワザでしたが、『迦楼奈を主人公にしよう』という青木豪さん(脚本)のアイデアから急に車輪が回りはじめました。二つの陣営に別れ戦う世界において、どちらの側にも属しながらどちらの側にも属していない。迦楼奈のような人こそ今日の世界に求められる人であり、希望でもある。主人公に相応しいと感じた」
菊之助は「『極付印度伝マハーバーラタ戦記』は、マハーバーラタの面白いところ、いいところだけを抽出したエンタテイメント。肩の力を抜いて楽しんでいただきたい」と笑顔をみせた。そして「今日始まったばかりの『芸術祭十月大歌舞伎』の25日間、この作品を日々進化させ、微に入り細に入りもっともっといい芝居にしていきたい。」と意気込みを語った。菊之助の背中を押すように、菊五郎は言葉を続けた。
「新しいもの(新作歌舞伎)には、必ず贅肉がついている。それを少しずつ削ぎ落とし、次なるものが出てきたら、今度は重箱の隅をつつくように演技を磨いていく。この作品もこれからどんどん練り上げられていきますから、いいものになっていくと思います」
芸術祭十月大歌舞伎『極付印度伝マハーバーラタ戦記』尾上菊之助、尾上菊五郎
以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。
争いをくり返す世界を慈愛で平和に救うため、太陽神(市川左團次)より人間界に生を受けたのが、<迦楼奈(かるな、菊之助)>。一方、力で世界を支配するべきだと考える帝釈天(中村鴈治郎)によって人間界に生を受けたのが<阿龍樹雷(あるじゅら、尾上松也)>だった。迦楼奈と阿龍樹雷は、同じ人間・象の国の汲手姫(くんてぃひめ、中村梅枝。後年を中村時蔵)を母にもつが、阿龍樹雷は4人の兄弟とともに、汲手姫のもとで五王子(五人の王子)として育てられる。迦楼奈は、赤ん坊のときにガンジス川へ流されたため兄弟や母親とは場所で育つこととなる。歳月は流れ、青年となった迦楼奈は弓の名手となる。五王子は、従妹で王女の「鶴妖朶(づるようだ、中村七之助)と王権争いを始める。そこに導かれるように現れた迦楼奈は、争いに巻き込まれていく。
歌舞伎座の各所で見かけるチラシ(白矢印)には、人物相関図が載っています。
歌舞伎座に広がる壮大な絵巻物
1階客席には仮花道(34番と38番の間)が設けられている。定式幕があくと、ずらりと並ぶのは黄金の神々。じっと動かないので、仏像が並んでいるようにも見える。オリエンタルな寺院だろうか。左右には釣燈籠がある。背景は、巨大な一双の屏風に描かれている。
『極付印度伝マハーバーラタ戦記』序幕 左より 太陽神(左團次)、大黒天(楽善)、シヴァ神(菊之助)、那羅延天(菊五郎)、梵天(松也)、帝釈天(鴈治郎)
あらすじには聞き慣れない響きの名前が並んでいたので、「話についていけるだろうか」と不安を感じていたが、始まってみれば非常に分りやすい作品だった。神々は、義太夫の語りで紹介され、一人ずつ順番に目を覚まし、順に決めポーズ(見得)。歌舞伎役者が見得を切れば、インドの衣装でも歌舞伎になるのだなと驚かされた。そして、大向こうからの掛け声と客席から贈られる大きな拍手が、新作歌舞伎を“より歌舞伎に”変えていく瞬間でもあった。同様の演出は、坂東彦三郎、坂東亀蔵、松也、中村萬太郎、中村種之助が演じる五王子の登場シーンでもみることができる。
劇中には、舞踊もあり、笑いの要素もあり、激しいアクションシーンもある。ふたつの花道は、太陽神と帝釈天の対峙に始まり、武芸大会のシーン、お祭りのシーンなど、全編に渡りフル活用。いよいよ開戦という場面では、甲冑姿の両陣営が、歌舞伎座を揺らすような勢いで両花道から駆け出してくる。その迫力は、ぜひ歌舞伎座の客席で体感してほしい。
序幕1時間50分、第2幕目と大詰めがそれぞれ1時間5分。休憩を含め5時間近い観劇体験であり、終わってみれば満腹なのだが、それをあっという間に感じさせる構成だ。戦場の場面も多様な演出で緩急をつけ、クライマックスまで盛り上がり続けた。
『極付印度伝マハーバーラタ戦記』序幕 左より 迦楼奈(菊之助)、阿龍樹雷(松也)、汲手姫(時蔵)、久理修那(菊五郎)
インド文化と日本文化の融合
劇中の音楽は、宮城が率いるSPACに所属する棚川寛子が担当している。本作のために書き下ろされた曲は40曲以上。インド音楽と日本の音楽の融合に試みており、長唄、鳴物、竹本に加え、グロッケンやスチールドラムを含むパーカッションが織り交ぜられる。神秘的なシーンでは、透明感のある柔らかな音色が歌舞伎俳優たちの優美な動きをに潤いを与え、激しい立廻りのシーンでは、猛々しい演奏がドラマチックに盛り上げる。
『極付印度伝マハーバーラタ戦記』大詰 左より 迦楼奈(菊之助)、道不奢早無(片岡亀蔵)、鶴妖朶(七之助)
物語の中心人物は、迦楼奈と鶴妖朶と阿龍樹雷。松也は、阿龍樹雷を雄々しく王子然と演じる。スピード感のある殺陣は見どころだ。七之助が演じる鶴妖朶の、冷ややかな美しさにはゾッとさせられる。大詰めでは一転して真紅の甲冑姿で双剣を振り、存在感を放っていた。菊之助は、清らかに気高く迦楼奈を演じる。その佇まいは舞台上でも目をひき、覆面シーンでさえ早々に「迦楼奈だ」と気づけるほどだった。弓を携えて踏む六方は、胸に迫るものがある。
『極付印度伝マハーバーラタ戦記』大詰 中央 迦楼奈(菊之助)
芸術祭と銘打たれた十月大歌舞伎は、10月25日まで。夜の部『沓手鳥孤城落月』では、坂東玉三郎が<淀の方>を初役で勤める。
宮城、菊之助、「のりで貼りつけたら固まっちゃって」とヒゲを気にする菊五郎
取材・文=塚田史香
日印友好交流年記念
新作歌舞伎
『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』
序幕 神々の場所より
大詰 戦場まで
■日時:2017年10月1日(日)~25日(水)
■会場:歌舞伎座
■脚本:青木豪
■演出:宮城聰
■出演:尾上菊五郎、尾上菊之助 ほか
■特設サイト:http://www.kabuki-bito.jp/mahabharata/
■発売:販売中