名場面のその先へ! 松緑の和尚、時蔵のお嬢、隼人のお坊の通し狂言『三人吉三巴白浪』~歌舞伎座『三月大歌舞伎』夜の部観劇レポート
夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)お嬢吉三=中村時蔵、和尚吉三=尾上松緑、お坊吉三=中村隼人
歌舞伎座『三月大歌舞伎』は、最近、歌舞伎を観はじめた人にはぜひ観てほしい公演となっている。夜の部では、春を寿ぐ舞踊『壽春鳳凰祭(いわうはるこびきのにぎわい)』とともに、河竹黙阿弥の名作『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』を上演中だ。「こいつぁ春から縁起がいいわえ」の名台詞も、もちろん大きな見どころ。同時に今月は、一場面だけを抜き出した見取り狂言ではなく、物語を通して上演する「通し狂言」だ。ダブルキャストによる上演のうち、Aプロをレポートする。
一、壽春鳳凰祭(いわうはるこびきのにぎわい)
鳳凰は、平和な世の中の到来などの吉兆をあらわす鳥。歌舞伎座の座紋のモチーフでもある。そんな鳳凰をタイトルに織り込んだ本作は、現在の歌舞伎座の新開場一周年記念に初演された舞踊作品だ。
舞台上手側の長唄、下手側のお囃子による格調高い演奏で幕が開く。平安朝の高貴な身なりの、若々しい大臣に中村歌昇、大谷廣太郎、中村橋之助。帝に仕える女御に、坂東新悟、中村種之助、市川男寅。今まさに春のはじまりを告げるような、瑞々しい華やぎを紡ぎ出す。やがて大谷友右衛門、河原崎権十郎、坂東彦三郎の大臣、市村萬次郎、市川高麗蔵、市川門之助の女御が花道より現れると、春のうららかさは一層彩りを濃くする。品のある色気に、気づけば自然と口角があがっていた。
夜の部『壽春鳳凰祭』(後列左より)女御=市川門之助、大臣=坂東彦三郎、女御=市村萬次郎、女御=中村雀右衛門、帝=中村梅玉、女御=中村魁春、大臣=大谷友右衛門、女御=市川高麗蔵、大臣=河原崎権十郎(前列左より)女御=市川男寅、大臣=大谷廣太郎、女御=坂東新悟、大臣=中村歌昇、女御=中村種之助、大臣=中村橋之助
視界が開けるように舞台背景が広がり、桜の景色を背に、中村梅玉の帝が登場。別世界の中でも別次元の品格。中村魁春、中村雀右衛門の女御を伴い真っすぐに進み出てきた時は、春の匂いや柔らかい輝きを浴びるようだった。魁春と雀右衛門の扇舞は祝祭感を高め、結びには全員が揃い天下泰平、歌舞伎の繁栄を祈り、寿ぐ。日常を離れた雅なひと時に満たされ、今の世だからこそ、平和への祈りに切実な余韻を感じた。
二、通し狂言 三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)
河竹黙阿弥の代表作を通し狂言で上演。Aプロの配役は、尾上松緑の和尚吉三、中村時蔵のお嬢吉三、中村隼人のお坊吉三。因縁因果の物語を、3人の吉三が生き抜く。
■三人が出会い、百両は流転し
はじまりは「大川端庚申塚の場」。大川(隅田川)のそばで、同じ「吉三」の名前をもつ3人の盗人が出会い、義兄弟の契りを結ぶ。ある夜、夜鷹のおとせ(尾上左近)は、ある客が落としていった百両のお金を返そうと、懐にその財布を入れていた。しかし女装の盗賊・お嬢吉三(時蔵)がそれを奪い、夜鷹は川へ落されてしまう。息つく間もなく通りすがりの男が百両を狙うが、お嬢は返り討ちにし、男から短刀を奪うのだった。
_夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)お嬢吉三=中村時蔵、伝吉娘おとせ=尾上左近
そして歌舞伎界屈指の名台詞、「月も朧に白魚の」と心のうちを語ってきかせる。時蔵のお嬢は、思いがけない大金を手に入れた喜びを、手荒なことをした直後とは思えない瑞々しさで、「こいつぁ春から縁起がいいわえ」と夜空に響かせる。七五調の台詞は伸びやかで、罪悪感のない悪党の不思議なピュアさに引き込まれた。
夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)お嬢吉三=中村時蔵、お坊吉三=中村隼人
その様子を見ていたのが、2人目の吉三だ。お坊吉三(隼人)は、旗本の家の生まれのお坊ちゃん育ちだが、大事な短刀「庚申丸」を盗まれ御家はおとり潰しに。庚申丸の行方を追いながら、御家人崩れの盗っ人になっていた。百両を“俺に貸してくれ”と声を掛けるが、お嬢にも意地がある。ゆったりとした台詞回しの中で緊張感を高めていく2人は、ついに刀を抜く。この喧嘩を丸腰で止めに入るのが、吉祥院の所化上がりの和尚吉三(松緑)だ。花道に和尚が登場した時の客席の安堵感は、松緑を迎える拍手の熱さにあらわれていた。
夜の部『三人吉三巴白浪』和尚吉三=尾上松緑
命を無駄にするな。お金は半分ずつにしろ。真っ当な提案のあとに、五十両の代わりに自分の腕を1人1本斬れと無茶な提案。松緑の和尚は冗談でも虚勢でもなく、損得を度外視した漢気で、これを言うのだ。ふたりの命を救うための潔さの裏に、自分の命を後回しにする執着のなさも垣間見た。
お嬢は女装で人を騙しているが、中身はカラッとした性格の青年だった。血の盃で契りを結ぶ場面では、耳に入ってきた声は青年。目に見える姿は娘。観る側に「中村時蔵=女方」のバイアスがかかっているせいもあり、交錯する男と女の気配があった。対するお坊は、隠しきれない育ちの良さと清潔感。しかし生まれた環境と現状のギャップが大きい分、落ちぶれた影の色も濃く、そこから野性味と色気がのぞいていた。3人の吉三が揃い、百両は目まぐるしく人の手を渡り、物語は動き出す。
■百両を巡り、浮かび上がる因縁の物語
「伝吉内の場」でキーマンとなるのは、夜鷹の世話人である伝吉(中村歌六)だ。伝吉は、川に突き落とされた夜鷹・おとせ(左近)の父親。娘が帰ってこないことを案じている。そこへ八百屋の久兵衛(嵐橘三郎)が、助けたおとせを連れてくる。さらに、百両のお金とともに行方知れずとなっていた久兵衛の息子・十三郎(市川染五郎)は、伝吉が命を助けて預かっていた。我が子たちの無事を喜び合う中で、伝吉は十三郎の本当の父は自分であると気がついて……。
夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)手代十三郎=市川染五郎、伝吉娘おとせ=尾上左近、土左衛門伝吉=中村歌六
さらに実は、伝吉は和尚吉三の父親でもある。ここまで「実は」が続くのは、出来過ぎた話にも感じられる。しかし、これは現代よりも因縁因果を身近に生きていた時代の物語。伝吉は驚きながらも自らの過ちが因果だと認識し、怯えていた。逃れられない戦慄を、伝吉ごしに肌に感じた。
「お竹蔵の場」では、巡り巡ってお坊の手に渡った百両を、伝吉が取り返そうとする。埒が明かず、伝吉が数珠を引き千切り啖呵をきると、歌六の伝吉は、今の“土左衛門伝吉”を脱ぎ捨てていくように若がえり、かつて悪党で鳴らした頃の悪の匂いが立ちのぼる。剥き出しの凄みは、お坊だけでなく客席まで息をのませ、お坊の殺気を引き出すのだった。
■親の因果が子に報い
すべてのピースが出そろう「吉祥院本堂の場」。3人の吉三たちはすでにお尋ね者となり、行き場を失くして、薄暗くて寒々しい吉祥院に身を隠す。そんな場面だから、和尚と旧知の長沼六郎(市川男女蔵)の陽気さは救いだった。それは日陰者が、諦めながら生きていく術として身につけた陽気さだ。思えば伝吉の家の夜鷹たちも、3人の吉三たちも明るかった。それなしに生きていくのは、辛すぎる世の中だったに違いない。
夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)手代十三郎=市川染五郎、伝吉娘おとせ=尾上左近、和尚吉三=尾上松緑
染五郎の十三郎と左近のおとせの行儀の良さは、ここまで真面目に生きてきた姿を想像させた。因果の逃れられなさを、裏付けするようだった。和尚は因縁と因果のルールに逆らうことなく、すべてを飲み込んだ上で、落としどころを見つけ出して……。
大詰は「火の見櫓の場」。雪が降りしきる中、好き勝手に生きてきたようにも、そうとしか生きられなかったようにも見えるはみ出し者たちは、ついに行き場を失う。ここで胸を打つのは、和尚に命を救われたお嬢とお坊が、和尚のために命を投げ出すところだ。庚申丸と百両が久兵衛の手に渡ると、3人は捕り手に囲まれながらも、これまでのどの瞬間よりも自由に見えた。心が駆け出すような生命力に、喜怒哀楽では説明がつかない涙が込み上げた。3人の吉三の見得に万雷の拍手がおくられる中、幕となった。
夜の部『三人吉三巴白浪』(左より)お嬢吉三=中村時蔵、和尚吉三=尾上松緑、お坊吉三=中村隼人
通し狂言として観たことで、幕が閉じた瞬間、3人が出会った“あの頃”を、今すぐもう一度観たくなった。それが、見取狂言で頻繁に上演される「大川端庚申塚の場」だった。あの名場面が、なぜこれほど歌舞伎ファンを惹きつけてきたのかが、より鮮やかに見えてくる観劇となった。
取材・文=塚田史香