『近松心中物語』堤 真一インタビュー「これはもう、いのうえさんの演出が頼り」
堤真一
秋元松代作、蜷川幸雄演出で1979年に初演された『近松心中物語』。近松門左衛門の心中物をベースに、悲劇へと突き進む二組の男女を描く傑作だ。蜷川演出のもと再演を繰り返してきた不朽の名作が、劇団☆新感線で快進撃を続けるいのうえひでのり演出によって甦る! 身請けのために商売の金に手をつけてしまう主人公亀屋忠兵衛に堤真一、遊女梅川に宮沢りえというベストキャスティングを得て、濃密な情念の世界がいかにして現代に生まれ変わるのか、興味は尽きない。主演の堤真一に話を聞いた。
堤真一
──蜷川幸雄さんが生前、「いのうえの『近松』を見たい」とおっしゃっていたそうですね。
いのうえさんがどう演出するのか楽しみにしていらしたと聞いています。僕は、残念ながら蜷川さんの『近松』は拝見したことがないんですが、なにしろ“伝説の作品”ですから。降りしきる雪の中での心中場面とか、蜷川さんらしい大胆なビジュアルの演出は映像で見て断片的に知っています。ただ、男と女が愛を貫くために死を選ぶという物語が、現代のお客さんにどううまく伝えられるのかな、と今はそこに難しさを感じています。自分たちの恋が成就できないからって「そんなんで死なんやろ?」って思われたら身もフタもない(笑)。江戸の社会システムの中で二人が追い詰められていくわけですが、戯曲を読んでみると、梅川と忠兵衛が恋に落ちて心中を決意するまでの過程が、細かく説明されているわけではないんです。これはもう、いのうえさんの演出次第だな、と(笑)。
──いのうえ演出、堤さんと宮沢さん共演という顔合わせは、『今ひとたびの修羅』(13年)以来ですよね。堤さんが演じたのは義理人情と女性との板挟みになる“昭和の男”でした。
あの時は任侠の世界で、僕らの世代は高倉健さんの映画の匂いを嗅いで育っているから、登場人物の行動心理についてはわりとすんなり理解できたんです。今回は時代背景を知る必要もあるし、りえちゃんとも話し合いながら、梅川・忠兵衛の葛藤や腹の中にある想いを想像していかないといけないでしょうね。なぜ「一緒に死のう」とまで思えたのか。梅川は遊女だから、他の金持ちのオッサンが身請けしてくれるというのなら、そっちを選択してもいいはずなんです。もう色んな男たちの相手をしなくて済むし、生活は安定するし。むしろどう考えてもその方がいいのに、忠兵衛と心中する道を選ぶ。それが“純愛”だと言い切ることもできなくはないだろうけど、そのあたりのりえちゃんの考えも聞きたいですね。もしかしたら「私は心中する気持ち、わかる!」ってタイプかもしれない(笑)。戯曲に書かれていない部分は、いのうえさんも交えて話をすることで埋めていきたいと思ってます。
堤真一
──悲劇的な梅川・忠兵衛に対して、お亀(小池栄子)・与兵衛(池田成志)という夫婦がコミカルに描かれますね。
二組のカップルが対比になっているんです。成志さんの役が本当に面白くて、夫婦で心中しようとするんだけどなかなか死に切れない。「そうそう、人間、うまくいかないよなぁ」「こういういいかげんなヤツ、いるいる!」って共感する人は多いんじゃないかな。僕とりえちゃんはどちらかというと辛抱役だから、正直、成志さんがうらやましい(笑)。とにかく僕は、りえちゃんを美しく見せることに徹したいですね。真面目すぎるカタブツの男が、自分とどこか同じ匂いを感じる遊女と出会った瞬間、ポンッとタガが外れてしまった。そんな自分が許せないという気持ちもあるけれど、走り出してしまったら修正がきかないと思い込んでいる不器用さ。そんなバカ正直さをどこまで持てるか、だと思います。
堤真一
──大坂新町の物語なので、台詞は全編上方言葉ですよね。関西出身の堤さんとしてはその点はやりやすいのでは?
いや、それが逆にやりづらいんですよ。関西弁、特に商人の世界は「儲かりまっか」のゼニ勘定が似合うから、忠兵衛が持つピュアさとはどうも結びつきにくい気がして。今の感覚で考えたら「死ぬなんてやめとこ。全部冗談!」とか言い出しかねないなと。忠兵衛みたいにピュアで真っ直ぐなヤツは周りの関西人にはいない、というのは僕の勝手なイメージですけど(笑)。
──そんな意外な壁があったとは。でも堤さんの奥底にもきっとピュアな部分が……
僕にもね、あるはずですよね。そこは稽古で探していかないと!(笑)
堤真一
取材・文=市川安紀 撮影=園田昭彦
■会場:新国立劇場 中劇場 (東京都)
■演出:いのうえひでのり
■出演:
堤真一/宮沢りえ/池田成志/小池栄子
市川猿弥/立石涼子/小野武彦/銀粉蝶 ほか
■公式サイト:https://www.chikamatsu-stage.com/