『One Green Bottle』~「表に出ろいっ!」English version~ 世界初演に向け、野田秀樹にインタビュー
野田秀樹 [撮影]吉永美和子
「日本も狂騒的な世界を作ってるということを、もっと出していきたい」
世界各地でセンセーションを巻き起こした『THE BEE』のキャストによる、劇作家・演出家の野田秀樹の英語戯曲の第4弾となる『One Green Bottle』~「表に出ろいっ!」English version~。野田が歌舞伎俳優の十八代目中村勘三郎と舞台上でガッツリと絡む、最初で最後の作品となった『表に出ろいっ!』を、単に英語翻訳するのではなく、英国人俳優&劇作家と組んでブラッシュアップ。その結果、設定はほぼ初演と同じでも、受ける感触や沸き起こる感情はまったく別物な、野田いわく「新作といってもいいほどの舞台」に生まれ変わったという。その注目の世界初演を前に、野田秀樹のインタビューが実現。稽古場の様子も交えながら、今回の作品の創作過程や、そこに込めた思いなどについて語ってもらった。
『One Green Bottle』メインビジュアル [アートディレクション]吉田ユニ
■前回より寓話的で、かつ「破壊する」という感じが強くなった
──『表に出ろいっ!』は、それぞれどうしても外出したい用事を抱えている3人家族が、いかに他の2人を出し抜いて自分が家を出ていくかをめぐる、丁々発止の喜劇でした。この作品を新作の英語舞台に選ばれた理由は何だったのでしょうか?
(今回共演する)キャサリン(・ハンター)とグリン(・プリチャード)とは、『THE BEE』でずっと一緒に海外を回ってたけど、そろそろ新作を作りたいねという話になったんです。それで僕の作品をワークショップでいくつか試してみた中で、これがいいんじゃないかということになりました。これは本来、勘三郎のために書いた本で「70歳ぐらいになったら再演しよう」と言ってたんだよね。だから他の人との再演はあまり考えてなかったけど、英語だったらやれないことはないなあと。他の日本人男性キャストが(勘三郎が演じた)父役をやったら、やっぱり勘三郎が浮かび過ぎるだろうけど、キャサリンは女性でしかもイギリス人だから、それだったらやれるんじゃないかと思いました。
──英語版を作る過程で、いろいろと内容に変化が出たとのことですが、やはり初演から時間を置いて改めて見えてきたテーマなどがあったのかと。
それよりも、イギリス人たちとやったら「ここが日本的すぎて理解できない」というところが、いくつもあったんです。そこを深めていくうちに、この話は何かにハマって中毒になって、自分以外見えなくなった人たちが、お互いを滅ぼし合う……しかも家庭という、一番最小単位の関係性の中からすらも逃げられなくなるという話なんだなあと、改めて感じました。あと今回の方が「破壊する」という感じが強いです。前回は破壊というより、傷つけ合うっていう感じが強かった気がするから。『THE BEE』でも思ったけど、やっぱり彼ら(イギリス人)の暴力性は強いので(笑)、その感じがより強くなったと思います。
『表に出ろいっ!』(2010年)より。(左から)野田秀樹、黒木華(太田 緑 ロランスとのWキャスト)、中村勘三郎 [撮影]篠山紀信
──英語版を作るに当たって、英国の新進気鋭の劇作家のウィル・シャープさんが翻案に参加しましたが、彼との共同作業はいかがでしたか?
ウィルは非常にインテリジェンスがあって、イギリスの新しい言葉と古い言葉の両方をとても知ってるんですよ。僕自身ものすごく勉強しなくちゃいけないことが多くて、それが面白かったし、彼によってこの話がまた一つ広がった気がします。前回は父親が能楽師だったけど、古めかしい言葉を使うことがあまりなかったんです。でも今回は基本的に古めかしくしゃべることが好きな、芝居がかった父親になりました。
──脚本を英語版と日本語版両方拝読させていただきましたが、確かに父親の台詞の感じは、シェイクスピア芝居のように仰々しいですよね。
そうです。シェイクスピアをもじったり、引用した台詞もありますよ。それこそ『リア王』の「風よ、吹け!」のような(笑)。さらにまた、キャサリンがそういう芝居をしますからね。(注:キャサリンは『リア王』のタイトルロールを、英国で初めて演じた女優として知られている)
──その脚本を読んだ印象としては、基本設定や展開などは初演版とほぼ同じとはいえ、より様々なメタファーが浮かび上がる、寓話性の強い物語になったと思いました。
そう! 今回の方が寓話的かもしれないです。今の何か不寛容な……相手を許すことができなかったり、お互いが譲り合えない世界とちょっと近いのかもしれない。英語版を『One Green Bottle』って題名にしたのも、ある部分寓話性のある話にしようということです。
──そのタイトルは、イギリスではポピュラーな数え歌『Ten Green Bottles』が元になっているとのことですが、それに込めた思いというのは?
10個のボトルがどんどん減って、最後にはNo Green Bottleになるという歌なんです。子どもの歌ってちょっと不気味なものが入ってるじゃないですか? それで非常に虚無的な匂いを、勝手にこっちが感じるのかもしれないけど、「減っていって全部なくなる」というのが、すごく象徴的かなあと。あとこの物語が、最終的に“水”につながる流れになっているので、そういう意味でもBottleは非常に近いのかな? と思います。
『THE BEE』(2012年)より。(左から)キャサリン・ハンター、グリン・プリチャード、野田秀樹 [撮影]谷古宇正彦
■75分間、反射神経的に動けるようにするための訓練みたいな稽古
──現在稽古に入ってますが、今はどこに重点を置いていてるのでしょうか。
もう通し稽古に入ってますが、小さいことの積み重ねでできあがってる芝居なので、それが一つ狂うとガタガタと崩れるんですね。『THE BEE』もそうだったけど、1人がうかつに小道具の置き場とか、椅子の位置とかを間違えると、実は結構パニックになったり……あまりわからないようにしてたけど(笑)。今はその部分を、念入りにやってますね。あと圧倒的に重要なのは、この芝居は(上演時間の)約75分間、役者がみんなずーっと頭を回転させ続けなくちゃならないので、その流れの中で反射神経的に動けるようにするという。今はそのための、訓練みたいなところがあります。
──75分間ずっと止まれない?
止まらないですからね。ちょっとでも休んじゃうようなことをしちゃうと、みんなも(芝居の)世界も先に行っちゃって、気持ち的に乗っかれなくなったりする。一回も自分の気持ちが切れないように……要は台詞がない時に、どういう気持ちを作っておけばいいのかということを、みんなそれぞれの中で考えているという。
──段取りを覚えるのを通り越して、先ほどおっしゃってた「反射神経」で動けるレベルにしなければならないと。
それに近い気がします。反射神経……というか「そこに来たらもう動ける」という風になればもう大丈夫だけど、まだそこまでは。ただ最初の通し稽古の時は「次なんだっけな? 次なんだっけな?」ばっかり考えてたから、それに比べたらだいぶ慣れてきましたね。ただ動けるようになったとしても、小さいミスって絶対起きるんで、そういうものが起きた時にどう反応していけるかという訓練も含まれてるかもしれない。多分にスポーツ感覚ですよ(笑)。
『One Green Bottle』出演者。(左から)キャサリン・ハンター、グリン・プリチャード、野田秀樹
この取材終了後に、稽古を見学させていただく機会を得た。この日は野田が話していた「小さいことの積み重ね」を確認することに集中する日だったらしく、いくつかのシーンの抜き稽古(一つのシーンだけ抜き出して稽古すること)が行われていた。
この稽古風景で印象的だったのは、野田が演出のすべてを取り仕切るというより、キャサリンやグリンとの共同作業色が、非常に強いということだ。野田が英語のアクセントを、キャサリンが日本の扇の構え方を互いにチェックし合うだけでなく、2人が野田に「ここでこんな動きを入れたらどう?」などと、次々にアイディアを出していく。
そうやって、日々積み重ねたアイディアが盛り込まれていってるからだろうか。演じられたいくつかの場面は、脚本に書かれたト書きをはみ出さんばかりに、数段も豊かなシーンとなっていた。特に父親が、外出せねばならない真の理由を家族に打ち明ける場面でのキャサリンの演技は、滑稽を通り越して狂気を感じるほど。それを受ける母役の野田も、時折日本語を交えた奇妙な台詞回しと振る舞いで、その狂気をガシッと受け止めたり、時には倍の力で打ち返す。
しかしこの稽古で一番驚かされたのは、グリンの演技かもしれない。一家の一人娘という、恐らくこのキャストの中ではリアルな肉体から最もかけ離れた役を演じるわけだが、立ちふるまいと表情だけでちゃんと面倒くさそうな10代女子に見える! 特にこの日何度も演じられた、父と娘がタッグを組んで母をとがめるシーンでは、演じるごとに違う台詞回しと仕草を見せていき、しかもどれも不自然さがない。この人の演技の引き出しは底なし沼なのか?
この日は本番半月前。それでも芝居を固めるどころか、みんなでこの作品の進化の可能性をもっともっと探っていこうという、少人数ながらも熱気に満ちた現場だった。これは本番では間違いなく、完全進化形ともいえる世界を目にすることができるだろう。
というところで、また野田のインタビューに戻ろう。
野田秀樹 [撮影]吉永美和子
■「悪ふざけ」っていうのが、今回当たってるかもしれないです。
──あと今回は、大竹しのぶさんと阿部サダヲさんが、イヤホンガイドの日本語吹替えの声を担当されるのも、見どころ……というか聴きどころですよね。
字幕と、イヤホンで日本語訳を聞くのとどっちがいいかなあ? と思った時に、僕はこっち(イヤホン)の方がいいなあと。首を(字幕を見るために)振らず、本当に舞台だけを観ればいいので、余計な神経が行かないから。ただやるからには質の高いものにしないといけないと思って、この2人にお願いしました。快諾していただけて良かったです。
──私ごとですが、昔イヤホン通訳の芝居を観た時に、舞台上では熱のこもった芝居をしているのに、耳から流れ来る音声がすごく冷静というギャップに戸惑ったんです。それ以来、イヤホン通訳に苦手意識があるのですが。
確かに嫌がる人もいますよね。ただどっちがいいかというと、僕は冷静派なんですよ。やっぱり舞台の芝居を観たいんで、こっち(耳)からは意味さえ入ればいい。両方が熱演したら、ケンカするんじゃないかなあ。でもその辺のバランスや言葉の立て方は、大竹さんもサダヲ君もすごく上手いと思いますね。ただ一番難しいのは、ときどき(母の台詞の中に)日本語が出て来ることで、その部分をどうしようかなあと、まだ考えているところです。
──英語版にする中で、舞台は特に日本ではなくなり、物語も寓話性を増したわけですが、それでもなお残る日本人らしさとか、日本の特性みたいなものはあるんでしょうか。
それはありますよ。日本人の世界ですよね。日本だけじゃないのかもしれないけど、男性を中心とした社会じゃない? キャサリンはものすごく学習する人だから、突然威張り散らすとか、自分に矛先が向けられたら急に父の威厳のようなしゃべり方をするとか、やっぱり男のいや~な感じを出してきています。今の日本のパパには、その感じは減ってきたかもしれないけど、まだサラリーマンの社会とかにはきっとあるんじゃないですかね? あと今回ね、キャサリンの扮装が最高なんですよ。ハゲ頭で、昔のドリフターズのコントによく出てきたような、あんなお父さん。今の日本人でなかなかここまで、昔のお父さんに見える人はいないんじゃないか? っていうぐらい。相当期待していいですよ。キャサリンの扮装を見に来るだけでも、ホッとしちゃうから。
『One Green Bottle』日本語吹き替えキャスト。(左から)大竹しのぶ、阿部サダヲ、野田秀樹
──今はクール・ジャパンとか言われてますが、今後日本が海外に向けて作品を発信していく中で、もう少しここを打ち出した方が良いんじゃないかと、野田さんなりに考えていることは何かありますか?
クールって言葉はどうだろうと思うけど(笑)、クールじゃないジャパン……おそらく未だに日本の文化って、真面目で重くてスピード感がないというイメージだと思うんだよね。日本人も狂騒的な世界をちゃんと作ってるし、そういうのも面白いよという所をもっと出していきたい。漫画やアニメが出てきたおかげで、だいぶ日本のそういう部分は理解されるようになってはきたけど、その中にはただ表層的な狂騒性だけじゃなく、底に潜んでるモノっていうのかな? 歪(ひず)みがある。日本の文化って、実はそういう所からできてるんだってことを届けたいですね、この作品では。
──ちゃんと日本の歪みを反映した、狂騒性のある作品だと。
そうですね。全体的に、非常にザワつきのある芝居ですよ。結局そういうものがなければ、演劇ってわざわざそこに来て観る意味はないんじゃないかと。『THE BEE』をイギリスでやった時、相当な数のお客さんが「disturbing」と言ってたんです。disturbって「邪魔する」って意味なので、あまりいい言葉じゃないと思ったら、結局それは「ザワザワする」ってことで。落ち着いていられないような気持ちになるっていう、大変な褒め言葉だったんですよ。今回もだから、そういう所があると思います。「何でこんなに人は暴力的になるんだろうか?」とか「なんでこういう悪ふざけをするんだろう?」とか……この「悪ふざけ」っていうのが、今回当たってるかもしれないですね。
──前回はそんな感じはなかったのですか?
勘三郎とやった時は、悪ふざけというか、ふざけ倒した(笑)。どっちかって言うと「悪」はない。徹底的にふざけ倒した世界だったので、喜劇性が強かったけど、今度は同じふざけるのでも、そこに「悪」が付いて、だんだん「えー?」という感じがしていくと思います。そういう意味では……死んじゃったけど、蜷川(幸雄)さんが観たらすげえ喜んだろうなあと思いますね。ザワザワしないものが、一番大嫌いだったから。
──あと勘三郎さんが観たら、どういう反応をされたと思いますか?
喜んだんじゃないですかね?『THE BEE』を観た時も「すっごい面白かったよー!」って、楽屋にバーって入ってきてくれたから。でもその日はキャサリンが……本当に繊細な性格だから、その日の芝居の何かが気に入らなかったみたいで、泣いてたんですよ。で、その訳を説明したら「え? あんなにいい芝居してるのに泣いてるの?」って。今回のを観たら、やっぱり喜ぶと思いますよ。(自分の役を)男性じゃない、しかも日本人がやってないから、嫉妬する必要もないし(笑)。「何で俺じゃねえんだ!?」っていうことはないだろうからね。
取材・文=吉永美和子
~「表に出ろいっ!」English version ~
■英語翻案:ウィル・シャープ
■作調・演奏:田中傳左衛門
■キャスト:父/キャサリン・ハンター 娘/グリン・プリチャード 母/野田秀樹
■日本語吹き替えキャスト:父/大竹しのぶ 娘/阿部サダヲ 母/野田秀樹
※英語上演・イヤホンガイド(日本語吹き替え)付
■会場:東京芸術劇場 シアターイースト
■料金:一般6,000円、65歳以上5,000円、25歳以下3,000円、高校生1,000円
■日程:2017年10月29日(日)・31日(火)
■会場:東京芸術劇場 シアターイースト
■料金:一般5,000円、65歳以上4,000円、25歳以下2,500円
■お問い合わせ:東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296(休館日を除く。10:00~19:00)
■公演特設サイト:http://onegreenbottle.jp/