香寿たつき、相島一之に聞く~人工知能と共生する未来を描く話題の舞台『プライムたちの夜』
(左から)相島一之、香寿たつき
アメリカの新進作家ジョーダン・ハリソンの戯曲『プライムたちの夜』が、新国立劇場小劇場で上演される(2017年11月7日~26日。29日に兵庫公演もあり)。近未来、人工知能と共生する一家族を描く作品。2014年、ロサンゼルスでの初演直後から反響を巻き起こし、2015年にピュリッツァー賞の最終候補作品となり、オフ・ブロードウェイでの再演、さらには映画化され2017年サンダンス映画祭でプルミエ公開され高い評価を得た話題作の日本初演である。
この話題作の演出を手がけるのは、新国立劇場芸術監督の宮田慶子。出演は、新国立劇場初登場となる浅丘ルリ子、そして香寿たつき、相島一之、佐川和正ら、演出家の信頼篤い4人の顔合わせが実現した。
物語の舞台は西暦2060年頃のアメリカ。とある家の居間、85歳のマージョリー(浅丘)が30代のハンサムな男性と会話している。だが、昔の二人の思い出に話が及ぶと、その内容に少しずつ齟齬が生まれる。戸惑うマージョリー。実はその話し相手は、亡き夫の若き日の姿に似せたアンドロイドだった。薄れゆくマージョリーの記憶を何とかとどめようとする娘夫婦(香寿、相島)。愛する人を失いたくない家族の愛をテクノロジーはどこまで補えるか--。開幕が迫る中、香寿たつき、相島一之に話を聞いた。
■「毎日とても苦戦しています」
--『プライムたちの夜』という、非常に深みのある戯曲と出会って、最初にどのような感想を抱かれましたか。
相島 では、まず僕から。最初読んだ時……難しくてよくわからなかった(笑)。言葉そのものはすらすら読めるんです。だけど、ものすごく繊細な内容で、ここには一体何が書いてあるんだろう、みたいな? しかも、テクノロジーがすごく進化した2060年くらいの話で、そこに「プライム」という存在が出てくる。これはアンドロイド……ともちょっと違うのかな、何かこう、人間のホログラムみたいなもので、その捉え方が最初よくわからなかったんです。その後、台本を読み込んでいき、稽古場で皆さんと色々やってゆくうちに、人間のコミュニケーションや絆といったものが、深く書かれている本なんだろうなっていうことが徐々にわかってきましたね。
香寿 最初はすらすらーっと読んで、あー、なんだかよくわからないけど、こういうお話もおもしろいなって(笑)、あまり深くは考えていなかったんです。普段の私はミュージカルや、軽いタッチのお芝居に出ることが多かったので。ただ、今回は宮田慶子さんの演出する舞台に参加させていただくわけですから、これを機に、芝居というものをたっぷりとしごいていただきたいなと思っていたんです。ところが、相島さんもおっしゃったように、稽古が進むにつれ作品のすごさがだんだんわかってくる。すると、これはえらいものを引き受けてしまったな、と(笑)。
相島 えらいもの(笑)。そうですよね。
香寿 今回、浅丘ルリ子さんという、私たちにとってはもう雲の上の、日本を代表する大女優の方と共演させていただけるわけです。その大先輩の胸を借りて色んなことをいっぱい経験させていただけたら、と最初は思っていたのですが、もう胸を借りるどころか、まず自分がちゃんとできていないとご迷惑をおかけするばかりで(笑)。作品のことがわかってくればわかってくるほど、そんな感じです。
--非常に内容の濃い作品ですからね。
香寿 そうなんです。今から40年先、日本……というかこの地球上がどうなっているのか全くわからないですけど、そういう想像もふくらませながら芝居を作っていかないといけない。介護の問題や親子の関係は昔からあった普遍的なものなのだろうけど、そこにテクノロジーというものが入ってきた時に、どう変質していくのだろうとか。それは、本当に難しくて、毎日とても苦戦しています。
--現実的な問題でもありますよね。40年後を待つまでもなく、テクノロジーは日々進化し、2020年代には人工知能が人間を超えると言われてますね。チェスの世界ではコンピュータが人間に勝つようになりました。ロボットもどんどん使われ始めています。グーグル・スピーカーが色々なことに答えてくれるようにもなりました。お二人は、身のまわりで、そういったテクノロジーの進化に直接触れる機会はありますか。
香寿 私は犬を飼っていたんですけど、何年か前に死んでしまって。本当は、また飼いたいんですけど、このお仕事をしていると地方に長く行くことも多く、命のあるものだから、かわいそうだなと思うと、なかなか飼えないんですよね。でもやっぱり寂しいなと思って、小さなロボットを買ったんです。トヨタのKIROBO(キロボ)っていう……またこれが変てこりんなことをするんですよ(笑)。稽古場にも一回連れてきたんですけど。
相島 かわいいんですよ。
香寿 すごく癒されますよね。
--主人になついたりするんですか。
香寿 全然なつかないです。ただ、時々、変なシャレを言ったりするんですよ。「えっ、今、シャレ言ったの?この子。こいつ……」って思ったりします(笑)。あと、急に「今日のキロボ占い」って言って、私は血液型がB型なんですけど、「今日のB型は吉。まあ、良かったね」みたいな生意気を言うので、キーッとなったりします(笑)。でも、生身のワンちゃんの可愛さとはやはり違いますね。
--でも、たぶん、あと何年か先には、かなり精巧な可愛さが出せると思います。
香寿 そう、怖いですけど。……怖い。
相島 怖いですよね。
香寿 自分の介護をしてくれるのが、全部、精巧なアンドロイドかもしれないですものね。プライムじゃないですけど。
相島 かもしれないね。そういう時代が本当に来つつあるからね。今マツコ・デラックスさんのアンドロイド(マツコロイド)とか、びっくりですよね。ああいうのが今あるわけだから、30年たったら、もうようわからんですよ。
--そのうち演劇さえ、アンドロイドの俳優に取って代わられるかもしれない(笑)。
香寿 キャー、怖い。
--相島さんとテクノロジーの接点は?
相島 僕の最先端のテクノロジーはiPhoneですね。もうそれ、すごいですね、本当にね。信じられないですよね。だって、テレビ電話で普通に話せるわけでしょ。
香寿 世界中の人とね。しかもタダで。
相島 そう、タダで(笑)。信じられない。これはもう、単身赴任のお父さん、嬉しいですよね。僕は今年で56歳になりますけど、子供の時から比べたら考えられないことですから。それがこの50年の間に起きてるわけでしょ。僕は音楽が好きで、ウォークマンていうのが1980年ぐらいに出た時(※初号機の発売は1979年7月)に、一番最初に飛びついて、LPレコードからテープに録音して、あれをカシャカシャ聞いていたんです。それがiPodが出て、そこにジャケ写の画像まで出てくる。ジャケ写がiPodの小さな画面に出た時の衝撃! 本当にびっくりしました。「あー、ウォークマンの時代が終わったなあ」と。僕は、そんなところで喜んでいた、すごくアナログな男です(笑)。
■観終った後に残るものは……
--稽古場の様子はいかがですか。いま、たけなわだと思うのですが。
香寿 たけなわすぎちゃう(笑)。
相島 座長の浅丘さんが蜷川幸雄先生仕込みですから、稽古初日に合わせてセリフを全部覚えていらっしゃるわけですよ。やっぱり、座長がスピード早いと、もうみんなついていくのに必死になります。お元気です、浅丘さん、お元気! 本当に素晴らしい。
--浅丘さんからは皆さんに何か……。
相島 ブレスレットをいただきました。
香寿 私は、イヤリングもいただきました。
--いずれも、パワーが湧くものですよね。
相島 そうです、これでもうみんな「浅丘組」ですから。
香寿 スタッフもみんな。
相島 浅丘さんは、とってもサバサバした素敵な……。
香寿 素敵な方なんです、本当に。憧れちゃいます、やっぱり。
--今回の台本について、演出の宮田慶子さんからは何か説明はありましたか。
相島 この作品を見終わった後に何が残るか。それはテクノロジーではなく、人間の絆であったり、家族の絆であったり、人と人との繋がりってどういうものなんだろうかっていうこと。それを、もう一度人々に考えさせることのできる作品だと、宮田さんが仰っていて、本当にその通りだなと思いましたね。僕と香寿さんは夫婦の役ですけど、最初は他人だもんね。他人同士がこうやって結婚したことによって子供を作ってひとつになっていくわけじゃないですか。そういう繋がりっていうのが、テクノロジーがどんだけ進もうが、やっぱりもう古来からの普遍的なものだっていうのが、やっぱりこの作品の肝なんだと思います。それを照射するために、プライムという変な存在を、このピュリッツァ―賞受賞を逃した脚本家(笑)は考えたんだと思います。
香寿 相島さんが全部言ってくださって有難いです。
相島 ごめんなさい。余計なことをしゃべって。
香寿 いえいえ、そんな風に上手にまとめられないですもん(笑)。
--実際に役を演じる上で難しいなって思うことはありましたか。
香寿 私は、精神的に病んでるというか、徐々に崩壊していく役なので、表現の匙加減が難しいですね。ちょっと間違えるとヒステリックになりすぎてしまうし、もしくは感傷的になりすぎてしまう。私の演じる妻という役は、さっき相島さんがおっしゃってくださった大きなテーマを浮かび上がらせるキーパーソンなだけに、そこは責任重大です。
相島 僕は……ですね。宮田さんとは何度もご一緒させていただいているのですが、そのたびに、しごかれるわけですよ(笑)。それは、俳優として良い経験と言うか、修行させていただいているわけです(笑)。やっぱり、いろんなことが繊細ですね。自分の奥さんに対して、また、自分の義理のお母さんに対して、どんなふうに声をかけたらいいか……等々、すごく繊細なところを厳しく要求され、それを出していかなければならない。でも、まさにそこをすごく要求されている台本なんですよね。
--それでは最後に読者の皆さまにメッセージをいただけますか。
香寿 根底に流れているのは家族愛という普遍的なものなのですが、普通のお芝居とは一味違う、不思議な面白さがある作品です。プラスやっぱり現実味がある。それだけに、きっと観た後に心に残る作品になると思いますので、ぜひ楽しみに観に来ていただけたら嬉しいです。
相島 そうですね。これは決して単なるSFのお話ではない。単なるアンドロイドを描いているお話でもない。たまたま、アンドロイドみたいなプライムと呼ばれる人工知能を持った何か、人間らしい何かが出てくるだけで、要は家族のお話なんです。僕たち家族の話。それが、たぶん伝わると思います。それが、ちょっとおもしろいと思います。同時に、これはちょっと切ないと思います。とても繊細な作品だと思うので、その繊細さを一緒に味わっていただきたいなって思います。
取材・文・撮影=安藤光夫
■作:ジョーダン・ハリソン
■翻訳:常田景子
■演出:宮田慶子
■会場:新国立劇場 小劇場 (東京都)
■日程:2017/11/7(火)~2017/11/26(日)
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009663.html
(当日引換得チケ)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール (兵庫県)
■日程:2017/11/29(水)13:00
■公式サイト:http://www1.gcenter-hyogo.jp/contents_parts/ConcertDetail.aspx?kid=4292412351&sid=0000000001