スランプ時も支え続けてくれたプロコフィエフ作品と共に迎えるデビュー10周年 ~滝千春ヴァイオリン・リサイタル
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滝千春 撮影=岩間辰徳
世界中の名ヴァイオリニストを育てたザハール・ブロンの高弟として、国内外で堅実な演奏活動を重ねてきたヴァイオリニスト滝千春。来年2018年にデビュー10周年を迎えるにあたり、3月8日(木)に記念リサイタルを開催するという。この10年間のことや、オール・プロコフィエフ・プログラムで挑むリサイタルへの意気込みをインタビューで伺った。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――滝さんというと名教師ザハール・ブロン先生に師事されたというイメージが強いのですが、プロフィールを拝見するとその後、ドイツへ移り、ハンス・アイスラー音楽大学でベルリン・フィル等のコンサートマスターを歴任してきたサシュコ・カヴリーロフ先生に師事されていますね。
本当に自分のしたい演奏が出来ないスランプの時期があったのです。ヴァイオリンをどうやって弾いたらいいか分からないと思ってしまって、それをひとりで解決できるとも思えなかった……。
――それでガヴリーロフ先生に師事されたんですね。
彼についたことで凄く変われました。ただ、自分が積み上げてきたものを一旦ゼロにしなければならなかったのです。当時私は24歳。もうヴァイオリニストとしては若くはなかったので、とても勇気がいることでした。今となっては、それをやってとても良かったと思っています。自分を変えるのは大変でしたけれどね。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――具体的には、どのようなことを学ばれたのでしょう。
沢山ありますけれど、まずは楽譜に書かれていることをどれだけ大事にするかということですね。先生は本当に勉強されている方で、彼の家って壁一面本だらけで、それを見て私もこうやって勉強しなければいけないなって思わされました。
もちろん演奏でも「そもそも人はヴァイオリンをどう弾くのか」ということをよく熟知している方で、変な癖とか許さない人です。先生に時々レッスンしてもらいながら、そのことを思い出させてもらって、忘れないように忘れないように……って。
――デビューからの10年間、そうしたご苦労があった上で、今回のリサイタルを迎えられるわけですね……。今回はオール・プロコフィエフ・プログラムが組まれていますが、プロコフィエフは得意な作曲家なんだそうですね。
自分が弾いているときに何の違和感もないんです。先ほどスランプのお話をさせていただきましたけど、プロコフィエフの作品を演奏することに関しては、スランプのときも特に難しさを感じたことがなかった。
結構トリッキーな感じもするけど、実はすごく単純だったりとか。そういう分かりやすさというのも共感できて、その音で遊ぶのもすごく好きなんですよね。色鮮やかで、おもちゃ箱をあけるような感じです。
そして、それは自分が常に持っているもので表現できるんです。だから今回は得意なものをピックアップして、更に磨きをかけて、皆さんにどう披露ができるかっていうのを考えています。これも挑戦ですね。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――ヴァイオリンとピアノという組み合わせでプロコフィエフ作品をプログラミングしようと考えたときに2つのヴァイオリン・ソナタを核にしていますね。それ以外の部分で、他のオリジナル作品もあるなかで敢えて編曲ものを選ばれていらっしゃいますね。
彼の音楽に「物語」を感じるんです。彼は、バレエとかオペラを凄く愛していて、彼の音楽への入り口もオペラだったんですよ。要は物語から入っている人なので、プロコフィエフのヴァイオリン作品を披露するのではなくて、プロコフィエフの魅力をヴァイオリンを通して伝えたいのです。
――プログラムは「シンデレラ」のワルツから始まります。
良い曲が沢山あるので、本当は全部弾きたかったのですが、時間の関係で曲を選ばなくてはならなかったのですが、「シンデレラ」はどうしても入れたかったのです。
――続いては人気の高い「ロミオとジュリエット」ですが、ヴァイオリニストのリディア・バイチとピアニストのマティアス・フレッツベルガーによる編曲バージョンを取り上げられます。
ヴァイオリンのための編曲は2種類あるんですけれども、バイチさんの編曲は物語的にも成立しているんです。ジュリエットの場面から始まって、ロミオが出てきて……という構成も守りながら、15分にキュッと固めてくれているところが私はすごく嬉しくて。彼女の編曲はとても好きで何回も弾いています。
――続いて、前半のラストにはヴァイオリン・ソナタ第1番が置かれています。プロコフィエフにはおもちゃ箱をひっくり返したような側面もある一方で、この曲の第1楽章のように正反対の側面もありますね。
この曲は彼が8年ぐらいかけて作っているんですよね。愉快で、優しい、分かりやすい、かつ面白い……だけじゃない、その時代に苦労してきた彼の背景というのは、こういうところから窺えるのかなと思いますね。8年もかけてこの曲を作ったということからも、重みや痛みとか色々感じられるなって思います。その二面性もここで見せられるのではないかと。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――休憩を挟んで「ピーターと狼」が取り上げられますが、今回のリサイタルが世界初演となる編曲だそうですね。今回のために依頼を?
はい、そうです。ピーターと狼のヴァイオリンとピアノ版というのが無かったので、これはもしかしたら私がはじめてかな?……と思ったら、実は他にあったんですけども、依頼もしたのでそれはもう目をつぶって(笑)。
この有名な作品のなかでも本当に親しみやすい部分をヴァイオリンを通して表現できればと思っています。今回に限らず、これからも演奏することが出来れば……これも新たな挑戦ですね。
――そして、プログラムのラストを飾るのはヴァイオリン・ソナタ第2番です。元々はフルート・ソナタとして作曲されましたが、ヴァイオリニスト オイストラフが進言してヴァイオリン用のバージョンも作られた作品ですね。
「よくぞ言ってくれた!」という感じです。この曲は第1番よりも頻繁に演奏しています。迫力もありますし、有名っていうこともあります。華やかなのでプログラムの最後の方に持ってくるにはちょうど良いと思いました。
先ほども言った「おもちゃ箱」っていう言葉が出てきたのはこの第2番、特に2楽章ですね。同じモティーフをずっと重ねながら、この楽章を成立させているのは彼の技術でもありますけど、そのひとつのモティーフが何かのキャラクターのように思えて、それが飛び出してきたという感じがするのです。
――ソナタであっても、滝さんはこの曲を物語的に捉えていらっしゃるということですね。
はい、そう思っています。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――少し話題が変わるのですが、以前あるインタビューでピアノとのデュオについて問題意識を持っていらっしゃるとおっしゃっていましたね。
うーん……どうしてもピアノとヴァイオリンとなると、ヴァイオリンの方が出てきてしまうことが多いですよね。
――本来は対等な室内楽のパートナーのはずなのに、ピアノが伴奏になってしまうということですね。
はい。でも、楽譜はそうじゃないのです。ヴァイオリンはヴァイオリンパート、ピアノはピアノパートで、ヴァイオリンソナタに関してはお互い無くてはならない存在になっていて。だから、やっぱりピアニストは(伴奏者ではなく)ピアニストであってほしい。最近は、そういう意識が薄れている方がちょっと多いような気がしていて……。ふたりでやるなら、ふたり同等に同じ目線で取り組んでいこうよって、そう思うのです。
滝千春 撮影=岩間辰徳
――今回共演されるピアニストの沼沢淑音さんはソリストとしても華々しいコンクール歴をお持ちの方ですね。
どうして彼を共演者にしたかというと、実は高校3年間を共に過ごした同級生なんです。一対一で作品に一緒に取り組んでいきたいっていう意味で、同世代だとリハーサルをしていても何でも言いやすいですよね。共に同等でありたいのです。
なので、彼にも私に何でも言ってほしいし、私も彼に沢山言いたい。妥協はしたくないという意味で、同級生の彼と一緒にやろうと決めました。
――沼沢さんはロシアに留学されて、ミハイル・カンディンスキーやエリソ・ヴィルサラーゼというロシアン・ピアニズムを受け継ぐ巨匠に師事されていますし、プロコフィエフを特集するにはピッタリな人選ですね。
そうなんです。そういうこともあって彼にお願いできたらいいなと思っていました。それが実現できたので、とても嬉しいです。
――最後にコンサートへ行こうかどうか、まだ迷われている方へメッセージをお願い致します。
本当に自分が一番大好きなプロコフィエフでこのようなプログラムを組むことができて、とても幸せに思っています。こういうコンサートを開くことが夢でした。お時間がある方は是非、ご来場頂ければ嬉しいです。
――本日は有難うございました!
滝千春 撮影=岩間辰徳
インタビュー・文=小室敬幸 撮影=岩間辰徳
滝千春ヴァイオリン・リサイタル
日時:2018年3月8日(木) 19:00
会場:紀尾井ホール
出演者:滝 千春(ヴァイオリン)
沼沢 淑音(ピアノ)
プログラム:
<オール・プロコフィエフ・プログラム>
バレエ音楽≪シンデレラ≫からの5つの小品より"ワルツ"(編曲:M. フィフテンゴリッツ)
バレエ音楽≪ロミオとジュリエット≫ Op. 64(編曲:L. バイチ/ M. フレッツベルガー)
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ヘ短調 Op. 80
交響的物語≪ピーターと狼≫ Op. 67(編曲:根本雄伯)<世界初演版>
ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ニ長調 Op. 94bis