『小沢剛 不完全ーパラレルな美術史』展レポート 「醤油画」や新作インスタレーション、ユーモア溢れる小沢芸術が集結
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《不完全》2018年
千葉市美術館にて、『小沢剛 不完全ーパラレルな美術史』(2018年1月6日〜2月25日)が開幕した。
本展では、現代アーティスト・小沢剛が、近代の日本美術史から着想を得てユーモラスな視点を交えながら、美術の歴史に疑問を投げかけた作品を中心に展示。架空の絵画ジャンル「醤油画」を作り上げ、資料館を美術館内に設置した《醤油画資料館》や、牛乳箱の内側を白く塗り、貸し画廊に見立てた《なすび画廊》などの代表的な作品から、石こう像を用いた最新のインスタレーション《不完全》や新作絵画を含めた全7室が公開されている。村上隆や会田誠と同世代の小沢剛が魅せる、おかしくてどこか親しみのある作品の見どころを、プレス内覧会に登場したアーティスト自身の言葉を交えつつお伝えしよう。
小沢剛
《不完全》 2018年
《醬油画(ロイ・リキテンスタイン)》2012年 個人蔵
「不完全」とは、完全を目指す過程のやさしいもの
展覧会のタイトルにある「不完全」という言葉は、美術史家・岡倉天心の著書『茶の本』から、小沢自身が一番重要なキーワードとして選んだ言葉だ。本を通して、小沢は「不完全とは決してネガティブな意味ではなく、限りなく完全を目指すプロセスのやさしい言葉であると思う」と解釈する。
近代の日本美術史からテーマを得た作品のなかでも、新作《不完全》で小沢が異質な存在として取り上げたのが「石こう像」である。今も美大受験生を悩ます入試科目の石こうデッサンは、明治初期にヨーロッパから西洋美術と共に輸入された美術教育法だ。西洋では早々に衰退した石こうデッサンだが、日本では現代までガラパゴス的に存在している現象に、小沢は疑問を感じたという。「西洋の彫刻の模造品を写すことが、果たして美術の力の基礎になるのか」という問いかけを持ち続けた小沢。出身校である東京藝術大学教授に赴任してからも、その答えは未だに出ていないという。
展覧会タイトルと同名の作品《不完全》では、一部に藝大に保管されている“教材”としての石こう像を使用。白い綿と羊毛を使い、部分的に石こう像を覆い隠すような、幻想的なインスタレーション作品だ。
《不完全》(部分)2018年
綿や羊毛を扱う理由について、小沢は「雪や雲のようなイメージもあるし、神話や阿弥陀仏、孫悟空など、雲に乗っていろんな人がやってくるのは世界共通。また、ホワイトアウト(視界の感覚が失われ、見えていたものが見えなくなること)の現象が好きだし、扱い慣れてきた素材だから」と解説する。
《不完全》(部分)2018年
“美術ではないもの”たちの技術を結集した《金沢七不思議》
金沢に今でも残る民話や伝説、B級グルメなど、7つの不思議な話を立体化した《金沢七不思議》。
《金沢七不思議》2008年 金沢21世紀美術館蔵
明治初期に「西洋美術」が輸入されたのと同様に「美術」という言葉が日本で発明されると、「美術」と「美術ではないもの」にあらゆるものが区分けされた。小沢は、「『美術ではないもの』というレッテルを貼られたものは一体なんなんだろう?」という疑問から、純粋芸術からあぶれたもの達に興味を持つようになったという。なかでも、「青森のねぶたは、日本で一番迫力のある『美術ではないもの』で、非常に面白い」そうだ。本作品は、日本中の工芸作家や民芸の職人にアーティストが発注し、「美術ではないもの」の技術を使って作品を制作している。
小沢剛の作品は、このように他者を巻き込んで製作するスタイルが多い。だが、本展では、アーティスト自らが描いた新作絵画も発表された。戦時中に活躍した画家・鶴田吾郎の戦争記録画《神兵パレンバンに降下す》を元に、戦争画を批評的に描いた作品《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す》。小沢は本作について、「戦争画を分析するうちに、なぜか銃口を向けた先に敵の姿が描かれていないことに気付いた。なので、元の絵画を鏡面状に描くことで、日本軍同士が向かい合い、ピストルを向け合ってる姿で描いた」と語る。
《す下降にンバンレパ兵神神兵パレンバンに降下す-1》2017年
史実とフィクションが織りなす藤田嗣治の人生《帰って来たペインターF》
実在した人物の人生をベースに、小沢が脚色を加えて映像とペインティングで物語を作る《帰って来た》シリーズ。これまでに医師の野口英世、ミュージシャンのジョン・レノン、美術史家の岡倉天心が題材になり、本展では画家・藤田嗣治を取り上げた作品が展示されている。
《帰って来たペインターF》2015年 森美術館蔵
《帰って来たペインターF》(ペインティング)2015年
戦前から戦後にかけて世界的に活躍した藤田は、第二次世界大戦中、多くの戦争記録画を残している。戦後は戦争責任を問われフランスに亡命。二度と祖国へ戻らなかった画家の人生を、小沢はフランス「パリ」ではなく、インドネシアの「バリ」へ向かったと創作。藤田がバリで過ごした半生は小沢の捏造だが、映像内の音楽や絵画はすべて現地のミュージシャンや肖像画家とのコラボレーションで成り立っているせいか、不思議なリアリティが生まれている。
《帰って来たペインターF》(ペインティング)2015年
映像内で流れる音楽の歌詞と連動した絵画は、戦前のパリ時代と戦後のバリ時代にわかれている。まるで一本の映画を観るような濃密な空間を、ゆっくり堪能してほしい。
醤油の匂い漂う《醤油画資料館》に、世界最小のギャラリー《なすび画廊》
明治7年に浅草・浅草寺で行われた油絵の展覧会を再現した《油絵茶屋再現》では、日本にまだ美術館や画廊のなかった時代にはじめて油絵に触れられる現場を、当時残されたチラシを元に見事に再現している。
《油絵茶屋再現》入り口 2011年
油絵茶屋引札(参考図版) 1874年(明治7年)
《油絵茶屋再現》2011年
日本人に馴染みのある調味料・醤油を画材にして、架空の「醤油画」というジャンルを作り出し、その歴史を辿る本格的な資料館《醤油画資料館》。展示室には、ほんのりと醤油の匂いが漂っている。
《醤油画資料館》1999年
《醤油画資料館》 1999年
《醤油画資料館》(現代室)1999年
小さな牛乳箱をギャラリーに見立てて、世界最小の移動式ギャラリーとなった《なすび画廊》は、これまで300人以上の作家を扱った。発表当時は、貸画廊への批判を意図して路上の小さなスペースに設置されていたものが、現在では様々な国のアーティスト作品を発表するグローバルな作品へと発展した。
《新なすび画廊–ディン・Q・レ》2006年
左端《新なすび画廊–横山豊蘭》1998年
美術史について、小沢は以下のように語る。
「何百年経ってから評価されるアーティストもいれば、時代と共に評価されなくなる人もいる。美の解釈の基準はつねに変化するもの。作り手だけでなく、読み手も鑑賞という行為を通して、あらゆるクリエイティブなことに参加できる。ひとつの美術史に拘束されることなく、自由に見てほしい」
小沢剛
2月25日まで開催される『小沢剛 不完全ーパラレルな美術史』では、一般来場者の写真撮影も可能だ。関東近郊で開催される久々の大規模個展を、ぜひ見逃さないでほしい。
会期:2018年1月6日(土)〜2月25日(日) 休館日:2月5日(月)
会場:千葉市美術館
開館時間:10:00〜18:00(金・土曜日は20時まで)※入場受付は閉館の30分前まで
入場料:一般1200円(960円)大学生700円(560円)小・中学生、高校生無料 ※()内は20名以上の団体料金
http://www.imperfection.info