熊本アート巡り 震災の傷跡を癒す、やさしい祈りと熱量にふれる旅 【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.20 遠山昇司(映画監督)

コラム
アート
2018.2.27
赤崎水曜日郵便局の舞台となった旧赤崎小学校 撮影:森賢一

赤崎水曜日郵便局の舞台となった旧赤崎小学校 撮影:森賢一

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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、映画監督の遠山昇司さんが、熊本県・つなぎ美術館で開催された『加茂昂 その光景の肖像』展と、熊本市現代美術館で開催中の『アートホーリーメン』展について語ってくださっています。

トンネルの先になんだか少しだけ期待してしまう。その先には、トンネルの手前の世界とは異なる世界が待ち構えている。そんなイメージは、たとえば川端康成の小説『雪国』や宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』などでも共通している。まさに、日常に突如現れた境界線。

今回紹介するこのトンネルの先には、やさしい海と小さな美術館がある。

100回以上は通り抜けてきたであろう、このトンネルの先にあるのは津奈木町。熊本県南部に位置し、甘夏みかんやデコポンなどのみかん山と不知火海に囲まれた、人口5,000人ほどの小さな町だ。

海に浮かんでいるように見える旧赤崎小学校がある町としても知られているが、私は、まさにその旧赤崎小学校を舞台に『赤崎水曜日郵便局』というアートプロジェクトのディレクターと局長を2013〜2016年の間、務めていた(現在は、鮫ヶ浦水曜日郵便局として宮城県東松島市宮戸島のあるトンネルの先を舞台に再開局中)。

3年間ほど通っていた津奈木町に、私は久方ぶりに向かっている。

やさしい海と小さな美術館

トンネルを抜けると海が現れる。電車の窓を開けて手を伸ばすと、ふれられそうな距離に海がある。そんな錯覚を感じながら、電車は津奈木駅へと向かう。

津奈木駅に到着すると、まずホームで出迎えてくれるのは、画家・淺井裕介の地上絵。横断歩道の白線の材料を利用して描かれた絵は、アート・ロード・ミーティング「つなぎの根っこ」というワークショップによって生まれたものだ。津奈木駅のホームや周辺の歩道などに点在するこれらの地上絵は、町内外からの参加者とともにワークショップ形式で制作された。

津奈木駅から5分ほど歩くと、つなぎ美術館に到着。 『加茂昂 その光景の肖像』展では、2017年8月から「アーティスト・イン・レジデンスつなぎ2017」の招聘作家として約4か月間津奈木町で暮らしながら絵を描いた加茂昂の作品が披露されていた。

会場には、私が今日も車窓から眺めていた、手を伸ばすとふれられそうなやさしい海と人々の“光景”が展示されていた。展覧会タイトルも“風景”ではなく“光景”となっているが、展示されている絵からは、“風景画”と言うよりまさに“光景画”と表現してもいい、作家の眼差しが感じられた。

そこには、作家が出会った“場面(シーン)”が自然の景色に抗うことなく佇んでいるようだった。絵を眺めていると、ふと宮城県の浦戸諸島を巡った際に出会った、島に住むおばあちゃんの言葉を思い出した。

「今まで通り、目の前の海を見ながら、これからも生活していきたい。危険なのはわかるけど、海が見えていた方が安心できる」

震災後、海岸沿いには巨大な防波堤が作られている。加茂昂の絵からは、海への安らかな祈りが感じられた。

トンネルの中に引きこもる救いの世界

私は、つなぎ美術館を後にし、熊本市内へと向かった。行きと同じように海沿いのトンネルを抜け、熊本駅に到着すると、路面電車に乗り換え、熊本市現代美術館へ。最寄りの電停で降り、美術館へ向かう途中で立ち止まった。

熊本城が見えている。熊本地震で大きな被害を受けた熊本城は、現在復旧工事中だ。その姿は勇ましく、また痛々しくも見えた。

熊本市現代美術館では、特撮美術監督・三池敏夫による1/20のスケールで精巧に再現された熊本城(天守閣・宇土櫓)と城下の街並みをイメージしたミニチュアセットで構成された『熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト』展が開催中だ。しかし、今回紹介するのは、熊本市現代美術館の奥でひっそりと、いや、悶々とした熱量を醸し出す『アートホーリーメン』展。

負け組のヒーロー!?

熊本在住のアーティスト・アートホーリーメン。マンガ家になることを夢見つつ、美術作品などの制作をおこなっていたアートホーリーメンは、32歳の時、自分の分身ともいえるゾンビ「HORYMAN(ホーリーマン)」が活躍する「HORYMANと鯱(しゃち)」の制作をきっかけに、「アートホーリーメン」を名乗るようになる。

『アートホーリーメン』展では、2005年に「アートホーリーメン」としての活動を始めてから自宅に引きこもりつつ描いた代表シリーズを中心に、大小約200点の作品が紹介されている。

壁一面に展示されているドローイングの数々。長いテーブルの上で、細い釘で固定されている漫画のコマのような絵。それらは、ひとつの物語でもあり、読み進めていくことができる。

数日前に、ちょうど大友克洋の劇場版アニメ『AKIRA』を見直していたこともあり、展示されている作品の世界とクロスする部分を感じたが、アートホーリーメン作品の言葉や描写からは、彼自身の、または分身の生きるさまが如実に表れていた。

願望、不安、孤独、慰め……。

ここは、まさに彼のトンネルの中だ。アートホーリーメンの世界は、トンネルの暗がりの中から生み出されている。そこは、暗く、どこであるかさえもわからない。暗がりへと垂らされた一本の蜘蛛の糸こそが、アートホーリーメンにとってのアートであり、救いだったのかもしれない。

そして、描き続けるそのさまは、誰かの救いになるはずだ。そんなことを考えている時も、アートホーリーメンは黙々と描き続けていた。

イベント情報

加茂昂 その光景の肖像
アーティスト・イン・レジデンスつなぎ2017【終了】

会期:2017年12月2日(土) 〜 2018年2月12日(月)
会場:つなぎ美術館
つなぎ美術館公式サイト:http://www.town.tsunagi.lg.jp/Museum/

『アートホーリーメン』展
会期:2018年1月13日(土)~3月11日(日)
会場:熊本市現代美術館 ギャラリーⅢ
熊本市現代美術館公式サイト:http://www.camk.or.jp/
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