『猪熊弦一郎展 猫たち』レポート 猫好きの画家による、チャーミングな猫作品約160点が集結
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渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて『猪熊弦一郎展 猫たち』(2018年3月20日〜4月18日)が開幕した。本展は、昭和期に活躍した画家・猪熊弦一郎の作品群から、特にモチーフとして愛された「猫」を中心に集めて紹介するもの。
愛猫家の妻・文子に影響を受け、大の猫好きとなった猪熊の家には、多い時に1ダースの猫が飼われていたという。「絵というのは色と形のバランスであり、それによって美をつくり出したい」と考えた猪熊は、人物や猫を用いて、自らの理想を実現しようと試みた。猫の仕草をシンプルにスケッチしたものから、四角や三角に変形した猫たちは、時には人間と一体化しているかのようだ。様々なタッチの猫の作品を中心に約160点が集う展覧会の見どころを、内覧会よりお伝えしよう。
会場エントランス
会場風景
明るい色彩と猫と女
猪熊がはじめてキャンバスに猫を描いたのは30歳の頃。
「猫を抱いて座っている妻の横顔が美しい」と日記に記した猪熊は、妻の膝上で抱きかかえられる猫を、脇役として描いた。当時すでに猫と暮らす生活をしていたものの、モチーフとして登場する機会が増えたのは、第二次世界大戦の途中頃からだそうだ。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館・学芸員の古野華奈子氏は、以下のように解説する。
「戦時中は表現の規制があり、画家の思うように描くことができませんでした。終戦前、猪熊は大病を患い半年間入院します。猫をたくさん描くようになったのはその頃からで、戦後再び自由な表現が可能になると、猫と女性を組み合わせた絵を描くようになりました」
1938年パリに遊学した猪熊は、画家アンリ・マティスに出会い、大きな影響を受ける。古野氏は、「色合いからも一目瞭然で、マティスの色彩の影響が見られます。明るい色彩を使い、太い線で柔らかな曲線を描く方法に、女性と猫がマッチしたのでしょう」と語る。
絵の中の女性と同じように、リラックスした様子の猫たちが印象的だ。
さまざまな技法で描かれた猫たち
猫がいる生活が当たり前だった猪熊家。本展では、キャプションに添えられた猪熊の言葉が、当時の猫暮らしを語っている。微笑ましいエピソードの数々は、ぜひ目を通してほしい。
猪熊が残した数々の猫スケッチには、何気ない仕草や、猫の日常を切り取った場面が描かれている。古野氏によると、「猪熊は猫を見ながら描いているわけではなく、本人は、『ずっと猫を見てきているから、頭の中にあるイメージをそのまま絵にしている』という言い方をしています」
さらに、単に写実的に描くだけではなく、丸い輪郭の猫から四角や三角形の形をした猫まで、さまざまな形に変形した猫たちも登場する。
《猫によせる歌》は、幾何学的な形の猫と人間が、画面の中で交錯する不思議な作品だ。古野氏によると、この時期の猪熊は、これまでの具象画ではなく、抽象画を描こうとしていたという。「《猫によせる歌》は、幾何学形の色面で絵を構成しようとしている。猪熊は、猫という具体的なものをモチーフにしつつ、そこから自分らしい新しい表現を見出せないか模索していました」
左:《猫によせる歌》 猪熊弦一郎 1952年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
人と猫が一体化した「頭上猫」
猪熊は、丸い輪郭をした人間の頭上に、猫を配置する絵を何枚か描いている。色と形のバランスに美を見出した画家による、シンプルな構図が目を引く。
Bunkamura ザ・ミュージアム学芸員の宮澤政男氏は、描かれた人間について「当時流行していたハニワの影響を受けていると考えられます。単純な造形の中に深いものがあるという点では、猪熊の作品と共通している」と、解説する。
猪熊弦一郎 1950年代 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
猫の野獣性に惹かれた画家
「猫の猛獣性や野獣性が美しいから、それを絵にあらわしたい」という言葉を残した猪熊は、にらみ合っている構図の猫たちも描いた。
画面からは猫の唸る声が聞こえてきそうだが、古野氏は「憎々しい感じはせず、その姿そのものを猪熊が美しいと思って描いているので、いやな感じはしない」とコメントした。
小さなスケッチブックに描き続けられた猫
1955年、50歳を過ぎた猪熊は、パリへ向かう途中に立ち寄ったNYに惹かれ、そのまま20年間滞在した。そこで自らの抽象表現を発見し、NYの街並みを抽象的に描いた。その後ハワイに移住し、晩年になると、画面内に具象物が戻ってくる。抽象と具象の混じる作品に、人の顔や鳥は登場するものの、猫がキャンバスに出てくることはなかったそうだ。その代わり、スケッチブックや小さなメモ帳には、たくさんの猫たちが描かれ続けていた。
猪熊弦一郎 1986年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
猪熊弦一郎 1987年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
1988年、最愛の妻・文子が亡くなった際に描かれた《葬儀の日》。そこには、たくさんの猫たちが文子の周りを囲むようにして描かれた。
猪熊弦一郎 1988年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
晩年の作品について、古野氏は以下のように語る。
「猪熊が愛おしいと思ったもの、美しいと思ったものが、考えることなく、構えることなく描かれている。すべての生きとし生けるものに対しての愛というのが、猪熊の猫の絵にあらわれているのではないかと思います」
《不思議なる会合》 猪熊弦一郎 1990年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
猪熊弦一郎 1986年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
『猪熊弦一郎展 猫たち』は2018年4月18日まで。猫好きはもちろん、猫の魅力満載の会場に、ぜひ足を運んではいかがだろうか。