清らかな美しさと、力強い伸びやかさを共に持つピアノの響き ピアニスト太田糸音
太田糸音
“サンデー・ブランチ・クラシック”2018.3.25 ライブレポート
クラッシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう!小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK!そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。3月25日に登場したのは、新進ピアニストとして注目を集める太田糸音だ。
2000年のミレニアムに、大阪府で生まれた太田糸音は、2017年東京音楽大学付属高等学校を2年次で早期修了し、飛び級にて、現在東京音楽大学ピアノ演奏家コース・エクセレンス1年、特別特待奨学生として在学中の俊英。2013年第67回全日本学生音楽コンクール中学校の部全国大会第1位と併せて、野村賞、井口愛子賞、福田靖子賞、音楽奨励賞を受賞したのをはじめ、多くの受賞歴を持ち、数々のオーケストラとも共演。将来を嘱望されるピアニストとして、また学生として研鑽を積んでいる。
そんな若きピアニストが清楚な白のドレス姿で登場すると、カフェは温かな拍手で満たされる。その会場に向かって太田は「今日の東京渋谷はとても暖かく、大阪よりもひと足早い春を感じました」と挨拶。「春を意識した楽曲を用意してきましたが、まずその春に向かう前の季節から」とのことで演奏が始まった。
太田糸音
「黙符」に込められた表現が、音楽を豊かに運んで
春の前の楽曲は、ショパンエチュード作品25-11「木枯らし」。エチュード=練習曲として書かれたショパンの楽曲の数々には、ただ単純にテクニックを学べるだけではなく、音楽的にも高度に完成された難易度の高いものが多い。この「木枯らし」と呼ばれて親しまれているエチュードも、右手の非常に速い分散和音と、左手の和音とが織りなす独特の音色が複雑さをはらんで、聞く者にも緊張感を与える楽曲であると同時に、演奏者のテクニックが際立つもの。太田の演奏は後半に行くほどに盛り上がり、カフェの空気も、いつしか固唾を呑んで聞き入るという言葉がぴったりの、演奏者と聴衆の間に心地よい張り詰めたものが広がった。
続いて演奏されたのは、ショパンのワルツ第1番作品18「華麗なる大円舞曲」。ショパンがパリの社交界にデビューしたばかりの頃に書かれた作品で、タイトル通りに晴れやかな華やかさの中に、故郷ポーランドに寄せる郷愁もにじむ、ピアノ学習者にもお馴染みの1曲だ。そんな楽曲自体が持つ若々しさに、太田の初々しさ、清々しさがベストマッチ。華やかなだけでなく、可憐な響きも加わるのが、演奏者の個性を感じさせる。特に、音が休むと書く「休符」は、実際には音楽が沈黙している「黙符」として捉えるのが演奏家の使命だが、太田の「黙符」の使い方は絶妙で、沈黙が入ることによってより音楽が引き立ち、適度な緊張感とメロディーの流れを生んでいくのが印象的だった。
太田糸音
太田糸音
そこからシューマン=リストによる「献呈」へ。この曲は元々シューマンが1840年に作曲した歌曲集「ミルテの花」に収められた1曲を、リストがピアノソロ用にアレンジしたもの。シューマンが最愛の妻クララと多くの障害を乗り越えて結婚した、その記念にクララに捧げられた歌曲集で、「ミルテの花」のミルテは銀梅花という花の名。ヨーロッパでは愛を象徴する花として扱われていて、花嫁のブーケにも使われている。そんなシューマンの深い愛が込められた楽曲だけに、太田の音色は、音楽に表現を捧げるような敬虔な響きからはじまり、やがてピアノならではのダイナミズムがあふれる後半へとつながっていく。原曲のシューマンと、編曲のリスト、双方の特性が共に現れた演奏となった。
作曲家の個性を際立たせる美しい弱音の幅
ここで、太田が今日の選曲のコンセプトとして、1810年、11年に生まれたショパン、シューマン、リストの、同時代に生きた偉大な作曲家たちの個性を聞いて欲しい、という意図が語られて、コンサートは一気に終盤に。このサンデー・ブランチ・クラシックでも、定番曲の1つともなっている、リストの「愛の夢第3番」では、演奏者である太田自身が音楽と対話しながら紡ぐ表現力と、持ち前のテクニックとが合致した輝かしさを披露。愛の夢が壮大な「人間愛」を描いていることがよく伝わり、リストらしいダイナミズムだけでなく、ピアノからピアニシッシモに至る弱音に豊かな幅がある、演奏者の音楽の魅力が最も表れた演奏になった。
太田糸音
太田糸音
太田糸音
そこから「自分にとって大切なレパートリーです」と太田自身が語ったリストのハンガリー狂詩曲第6番へ。その言葉通り、自信に満ち、堂々として活気に溢れた演奏が心地良い。それが中間部の荘厳な響きとの対比をくっきりと際立たせていて、一気にフィナーレへと駆け上った力強さに、ブラボーの声と喝采の大きな拍手がカフェを包み込んだ。
その拍手に応えてのアンコール曲は、グリンカ作曲、バラキレフ編曲による「ひばり」。哀愁に満ちたメロディーを繊細に奏でた冒頭から、力強い後半の音楽の中にもひばりのさえずりが感じられ、朝の到来を告げるひばりの声と、希望の未来へ羽ばたいていこうとしている、太田自身のピアニストとしての現在が重なるかのよう。美しい音色のラストまでその輝きが貫かれ、若竹のような伸びやかな演奏に、大きな拍手が長く続いた。充実した、清々しい40分間だった。
太田糸音
世界に日本の音楽を発信していきたい夢を持って
そんな演奏を終えた熱気も覚めやらぬ太田に、お話を伺った。
ーー素晴らしい演奏でしたが、会場の雰囲気等はいかがでしたか?
コンサートホールともサロンともまた違った、カフェの中での演奏というのは、お客様との距離がすごく近くて、演奏していてもお客様の目線までを感じていました。今の演奏を皆様と共有できている、ということが実感できてとても楽しかったです。
ーーリビングルームカフェならではの演奏を楽しまれたのですね! 演奏の中のMCでも作曲者が同年代だというお話がありましたが、改めて選曲にあたって工夫されたことは?
1810年、11年生まれの、ショパン、シューマン、リストに焦点を当てたということと、春にピッタリのものをということをまず考えました。更に、私はサンデー・ブランチ・クラシックに聴衆として伺ったことがあって、その時にアットホームな素敵なカフェだなと思い、もし自分がここで演奏するとしたら、どういう曲が弾きたいか、またここでどういう曲が聞きたいか、を考えました。その想いから今回の選曲をしていったんです。
太田糸音
ーーでは、ご自身のリビングルームカフェでの体験をもとに、作られたプログラムだったのですね。
もう少し硬い雰囲気を想像していたのですが、実際に会場に入ると、壁や照明なども温かみがありますし、会場全体に一体感があって、お客様がお食事を楽しみながら、演奏も楽しんでいらっしゃるのを、とても素敵だなと思いましたので、お話を頂いた時に、そのイメージから考えました。
ーーサンデー・ブランチ・クラシックの趣旨にピッタリの、クラシック愛好家の方から、初めての方までが楽しめる内容で、素敵なレパートリーをたくさんお持ちだと感じましたが、太田さんは「糸」と「音」でしおんさんという、音楽に所縁の深いお名前ですが、ご両親も音楽家でいらっしゃるのですか?
そうなんです。クラシックではなくジャズ、ポップスのジャンルなのですが、父はボーカルで、母は電子オルガンとピアノをそれぞれ教えています。元々私にピアノをさせよう!という強い気持ちがあったという訳ではなく、二人共音楽教室の先生だったので、音楽教室には通わせようかなくらいだったのですが、名前の由来としては「糸の音」弦から発する音はすごく繊細なので、そういう繊細さを持った人間に育って欲しい、ということからつけてくれた名前です。
ーー演奏をお聞きして、ピアノからピアニシッシモまでの弱音の幅がとても広いなと感じましたので、繊細さを大切にという命名はまさにピッタリだなと感じます。
本当ですか?ありがとうございます。今は弱音にこだわっていて、ピアノの中にもピアニシッシモの中にも、多彩な音があることを追求しているので。
太田糸音
ーーそれが見事に伝わって来ました。太田さんは今は音楽大学の学生さんでもあり、研鑽をますます積んでいかれると思いますが、演奏家としての今後の夢などは?
演奏のお話もありがたいことにたくさん頂いていますが、現在は学習者、学生でもありますので、どうバランスよく両立していくか? が今の1番の課題です。将来的には世界中に素晴らしい演奏家の方がおられる中で、自分に何ができるのか? を考えること、それが人生を懸けた模索の旅だと思っています。その中でもひとつの目標として、私がピアニストになりたいと思った大きなきっかけが邦人作品で、三善晃先生のピアノソナタでした。その曲をはじめとした、邦人作品を海外で演奏できるピアニストになりたいと思っています。
ーーそれは素晴らしいですね。クラシックの世界では海外の偉大な演奏家が残した曲を演奏することがやはり主流ですけれども、それを今度は日本から海外へという目線で。
はい。日本の作品を海外に発信することが、日本人のピアニストとしてできることのひとつではないかなと思っています。
ーーでは、そういう目標に向かって学業との両立を。
色々経験しながら、偏らずに双方をやっていけたらと思っています。
ーー今後のご活躍を楽しみにしています。是非また、サンデー・ブランチ・クラシックにもいらして下さい。
はい! 私も是非また演奏したいので、今後もよろしくお願いします。
太田糸音
取材・文=橘涼香 撮影=山本 れお
ライブ情報
ピーノ松谷/バリトン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
三浦友里枝/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
羽鳥美紗紀/フルート&渋川 ナタリ/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
金子三勇士/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
大石将紀/サクソフォン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
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