柔らかさのなかにキリっと芯を持つ、但馬有紀美のヴァイオリン
但馬有紀美
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.3.18 ライブレポート
クラシックをもっと身近に――そんなコンセプトで日曜のひと時をリビングルームのようなカフェで料理と音楽を愉しみながら過ごすサンデー・ブランチ・クラシック(SBC)。3月18日に登場したのはヴァイオリニストの但馬有紀美だ。今年がデビュー3年目となる但馬はヴァイオリニストのユニット「高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト」のメンバーの1人で、SBCは初登場となる。今回ピアノを弾く阿部大樹は桐朋学園大学院時代の同級生だ。若い2人の瑞々しい素直な音色には、心がすっとリフレッシュされるような清々しい力があった。
但馬有紀美(Vln)、阿部大樹(ピアノ)
クライスラーの名曲を披露。美しい旋律に滲む強い意志
但馬と阿部の1曲目はクライスラーの『プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』。コンサートなどでもよく取り上げられる、ヴァイオリンの名曲のひとつだ。
四分音符の連なる前半部を、但馬ははっきりした明確な音で力強く奏でる。一歩一歩、しっかりと着実に前に進んでいくような、そんな意志の強さが感じられる。そして一転、十六分音符で奏でられる後半部は感情を解放したかのような、ドラマチックな世界に。寄り添う阿部のピアノ共々、これから世に羽ばたこうとする決意のようなものも感じられた。
但馬有紀美
但馬有紀美(Vln)、阿部大樹(ピアノ)
但馬有紀美(Vln)、阿部大樹(ピアノ)
「今日はここでの演奏を楽しみにやってまいりました」という但馬の挨拶に続き、2曲目はドヴォルザーク作曲『我が母の教え給いし歌 作品55-4』が演奏される。これはドヴォルザークの歌曲をヴァイオリンの名手でもあったクライスラーが、ヴァイオリン用に編曲したものだ。「ドヴォルザークは夫にしたい作曲家のナンバーワンといわれるそうで、家族をとても大事にした人です」と但馬が解説する。
ピアノの前奏がしっとりと始まり、そこに但馬のヴァイオリンがメロディを乗せる。温かな暖炉の前で、手仕事をするお母さんが子供たちに語りかけるような、幸せな思い出が郷愁と共に心に浮かんでくる。胸にぽっと優しい灯がともるようだ。
(左から)但馬有紀美、阿部大樹
但馬有紀美
阿部大樹
再び但馬が「クライスラーはヴァイオリンとピアノの愛らしい小品をたくさん書いた人」と語り、クライスラーの名曲『愛の喜び』『愛の悲しみ』『美しきロスマリン』のワンフレーズを実際に2人で奏でつつ丁寧に説明する。どれも聞けば「あ、これか!」と思うものばかりだ。
そして3曲目に演奏されたのは、クライスラーの『中国の太鼓』だ。この曲にはクライスラーが上海を旅行した際に聞いた、中国大道芸人のリズムが取り入れられている。
中国の太鼓のようなタタタタ……というリズムが鳴り、中間部で中国的な音階のメロディが流れる。まるで大道芸人が棒の上で皿を回しているような楽しさとともに、作曲家が中国にどれだけ「異国」を感じたかが伝わってくるようだ。
学生時代に2人で研究したグリーグを再び
4曲目はグリーグ作曲『ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ短調 作品45』第1楽章だ。この曲は富山で過ごした学生時代、2人で研究をした思い出の曲だという。
但馬有紀美
グリーグはノルウェーの作曲家で、この国の国民楽派。冒頭の力強いメロディには北欧の荒々しい海や風が感じられる一方、中間部のピアノのトレモロが短い夏にきらめく北欧の湖水の輝きを思わせる。ヴァイオリンとともに奏でるハーモニーは、優しく強い、北国の自然風景のよう。後半部から終盤へ向けての疾走感には、若い2人の青白い炎のようなエネルギッシュなパワーも滾るようで、聴き応えのある1曲であった。
アンコールは「感謝をこめて弾きます」という言葉と共に、ラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』より第18変奏 変ニ長調が演奏される。甘くロマンチックなメロディが優しく、そして最後はドラマチックに奏でられる。
フレッシュな2人の熱演に客席は大きな拍手が起こり、花束が贈られる一幕も。「若さってステキだ!」というほっこりとした思いと共に清々しい力をもらったような、そんなひと時だった。
※文章中敬称略
但馬有紀美
但馬有紀美(Vln)、阿部大樹(ピアノ)
客席の反応をじかに感じ、テンションもアップ
終演後にミニインタビューを行った。
ーー但馬さんと阿部さんはSBC初登場ですが、まずは感想を。
但馬:お客様との距離が近くて、とてもアットホームな空間で、温かい空気の中で演奏できました。すごく楽しかったです。
阿部:中に入った途端に感じるおしゃれな雰囲気がいいですね。普段のコンサートホールとは違い、お客様の顔が間近に見えて、表情から反応がダイレクトに伝わってくるのを弾いていて感じました。僕も楽しかったです。
但馬:お客様がじっくり聞いてくださっていると思うと、いつにも増して気持ちが入りますよね。テンションが上がる(笑)
阿部:お客様にのせられるという感じだよね(笑)
(左から)但馬有紀美、阿部大樹
実はとってもハングリーでパワフル。学生時代の思い出話
ーー今日はクライスラーの曲をメインに取り上げられましたが。
但馬:クライスラーはヴァイオリンとピアノの愛らしい小品がたくさんあって、やはり弾く機会が多いです。今日の『プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』は、音楽教室の発表会で勉強して弾いた曲なんですが、大人になって取り組むと「いい曲だなぁ」と改めて思いました。子供の頃は弾くことに一生懸命でしたが、今弾くと確固たる意志や信念が感じられる曲だと思いました。
ーー演奏からも意志のはっきりした方なのかな、というのが伝わってきました。
阿部:(但馬)有紀美ちゃんは見た目がお嬢様っぽい感じですけど(笑)、学生時代のレッスンの時に、楽譜の隅に先生に質問したいことを付箋に書き込んでたくさん貼ってあってびっくりしました。先生はレッスンが詰まっているから次に進めようと「はい、終わり」って言うんですが、それでも「先生、もう一ついいですか」って喰いついていく。見た目から想像できないくらいハングリー精神があるんですよね。それが今に繋がっているのかなと(笑)
ーーなるほど! かわいらしい雰囲気の方ですが、やはり芯がぐっと一本通っているんですね。
阿部:そう、有紀美ちゃんはメンタルがすごく強い。それでいて彼女はいつもこんなふうに、ふわっとした感じで。
ーー自然体で、すごくナチュラルなんですね(笑) 学生時代の阿部さんはどんな感じだったのですか。
但馬:すごく明るくて。阿部君はいろいろなヴァイオリニストと合わせていて、すごくたくさん弾いているんですよね。「疲れないの?」って聞いたら「ずっと弾くのが好きなんだ」と。
阿部:それは有紀美ちゃんも(笑) 例えば1曲10分程度の曲ならリハーサルは普通1時間くらいなんですが、彼女に「どのくらい時間取ったらいい?」って聞くと「うん、一応3時間」って(笑) やる気が違うと思って。実はパワフルです。
(左から)但馬有紀美、阿部大樹
ーーすごい。それにお付き合いする阿部さんもパワフルです(笑) 練習はお好きなんですね。
但馬:「今日は練習したくないな」と思うときはたくさんあるんですが、練習すればするだけ曲が深まるというのがいろいろと経験してわかってきたので、練習は大事だなと思っています。今日はグリーグを弾きながら、音楽に誠実に取り組んでいた学生時代の気持ちを思い出しました。
デビュー3年目。それぞれの目指す道
ーーおふたりは同級生ですから、ともにデビュー3年目になりますね。但馬さんは高嶋ちさ子さんが主宰する「12人のヴァイオリニスト」のユニットに参加されていますが、そこでの経験や身になったことは。
但馬:すごくたくさんあります! 音楽の愉しさや喜びとか、音楽の力というものをお客様に楽しんで帰っていただく工夫がすごくなされているんです。お客様にどうすれば喜んでいただけるかということを常に考えて、コンサートやプログラムがつくられているので、すごく勉強になります。
ーーこれからどのような演奏家を目指したいですか。例えば目標にする人、こんな曲を弾いてみたいなどあれば聞かせてください。
但馬:音楽にはすごく力があると思うんです。嫌なことがあってもコンサートで音楽を聴いたらまた頑張ろうと思える、音楽の心に寄り添うパワーというものを感じていただけるような、心に響く演奏ができる演奏家になりたいと思います。
また、いつかオーケストラと一緒にコルンゴルトの『ヴァイオリン協奏曲』を弾きたいです。学生の頃からこの曲が好きで勉強していたので。映画音楽のようでドラマチックで。
ーー素敵ですよね、コルンゴルト。ぜひ聴いてみたいです。阿部さんはいかがでしょう。
阿部:僕は室内楽等の、アンサンブルピアニストとしてやっていきたいという目標が、すごくはっきり昔から自分の中で決まっていて。これはソリストとは違って、誰かと組んでやるわけですが、そこを極めたいなと。アンサンブルをしていると、自分的にすごくしっくりくるんです。あとフランス音楽が好きなので、フランスに留学したいという夢があります。一番好きなピアニストは広瀬悦子さんで、憧れです。人を魅了するピアニストになれればなと。
ーーありがとうございました。またいらしてください。
(左から)但馬有紀美、阿部大樹
取材・文=西原朋未 撮影=山本 れお
公演情報
5月27日(日)
三浦友里枝/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月3日(日)
羽鳥美紗紀/フルート&渋川 ナタリ/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月10日(日)
金子三勇士/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月17日(日)
大石将紀/サクソフォン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
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東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
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