“目で見る”+“耳で聴く”、「サウンド・アート」とは?【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.26 日高良祐(首都大助教)
美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、首都大学東京・助教の日高良祐さんが「サウンド・アート」について語ってくださっています。
みなさんは、芸術やアートと聞いた時に、どんな対象を最初に思い浮かべますか? それはたとえば、絵画や彫刻、写真、もしかしたら現代アートのインスタレーションかもしれません。おそらく多くの人は“目で見る”もの、つまり視覚表現を思い浮かべるのではないでしょうか。今回はそれらとは少し違うもの、“耳で聴く”ことに焦点を当てたアートについて、東京での最近の盛り上がりを紹介したいと思います。
その前に自己紹介をしておきましょう。私は首都大学東京のインダストリアルアート学科というところで教員をしている日高良祐といいます。音楽や音響表現に関する社会学的な調査研究が私の専門ですが、所属学科では製品デザインやウェブプログラミング、メディアテクノロジー表現の制作など、広い意味でのアートに触れる機会が多くあります。そうした中で「おもしろいな」と思わされるのが、今回のテーマである「サウンド・アート」と呼ばれる表現領域です。
“サウンド”と“アート”の境界線
視覚だけでなく聴覚に焦点をあてたサウンド・アートとは、具体的にはどのような表現なのでしょうか。 [ICC]の主任学芸員である畠中実は、サウンド・アートについて以下のように説明しています。
音による作品を、美術の領域、または展示という形式で発表するものである。そこには美術家と音楽家が含まれ、美術と音楽という異なる表現形式を出自とするものの混在する表現であることが特徴である。(「サウンド・アートは『目で聞く』から『耳で視る』へ。evalaが開拓したサウンドVRの新たな地平」より引用)
“目で見る”ことに主眼が置かれた美術展示の中で、“耳で聴く”ことを意識させる。サウンド・アートとは、そうしたアートの領域なのです。
たとえば音楽家・坂本龍一の作品は、ここでサウンド・アートの魅力を説明するのに適切でしょう。先月まで初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で展示されていたインスタレーション作品《IS YOUR TIME》は、彼の提示する「設置音楽」という考えにもとづいたサウンド・アートでした。薄暗く、だだっ広い展示会場に足を踏み入れると、間合いを取って設置されたオブジェクトが多様な音を発しています。壊れたピアノ、音響機器やディスプレイが音や光を淡々と発する暗闇の中、鑑賞者は自由に歩き回りながら、自らの移動によって移り変わる音源と光源の混ざり合いに触れることができます。視覚的には淡々としている分、音響に温かみを感じる心地の良い経験でした。
ちなみに、サウンド・アートは、電子化・デジタル化したより広い美術の領域である「メディア・アート」とも密接に関連しています。詳しくは最近出版された久保田晃弘+畠中実『メディア・アート原論』で詳しく説明されているので、言葉の定義に関心のある人はぜひ手に取ってみてください。
サウンド・アートへの注目
さて、音楽や音響に耳を澄ますサウンド・アートですが、こうした表現を精力的に取り上げようとする活動が最近目に付くように思われます。そうしたもののひとつが、美学研究者の金子智太郎と畠中実が主導するプロジェクト「日本美術サウンドアーカイヴ」です。
日本にはこれまでに、美術館や画廊、アトリエや公共空間でさまざまな音を鳴り響かせてきた美術家がいる。しかし、ほとんどの音は鳴り止んでしまえば、再び聞くことがかなわなかった。視覚資料を中心とする美術史のなかで、音をめぐる情報はどうしても断片的なままに留まってしまう。日本美術サウンドアーカイヴはこうした美術家たちによる参照しにくい過去の音にアクセスしようとするプロジェクトである。(金子智太郎「日本美術サウンドアーカイヴ」より引用)
この説明にもあるように、プロジェクトのメインとなるのは、歴史資料の収集や考察といった研究活動です。しかし、同時にサウンド・アート作品の展示・上演も行なおうとするのが、日本美術サウンドアーカイヴのおもしろいところ。ちょうど3月25日に三鷹SCOOLで開催された、渡辺哲哉《CLIMAX No.1》(1973)の再演イベントに足を運んでみました。
会場には背景音として波の音が流され、2台のオープンリールレコーダーとそこに繋げられたマイクが設置されています。パフォーマーは数秒おきに「な」「み」「う」「つ」と発声し、それを25分間繰り返して録音していきます。次に、録音した音響を背景で再生しながら別のパフォーマーが同様のことを繰り返し、オープンリールに録音を重ねていきます。6時間以上かけて(!)6人分の録音・再生が続けられていくわけです。少しだけズレていく6人分の発声、背景の波の音、会場の物音、由来不明のノイズ。最終的にはそれらが混ぜ合わさった音響現象が生成され、会場を満たしていきます。
美術家による作品の展示、ではありますが、ライヴのようでもあり、演劇のようでもあり、そこでしか経験することのできない音響表現の空間が広がっていました。みなさんがふだん足を運ぶような美術館では、こうした表現に触れる機会は多くはないでしょう。ですが、こうした“耳で聴く”アートには、これまでに蓄積した豊かな歴史が存在しているのです。
サウンド・アートのある東京
日本美術サウンドアーカイヴは、2018年に入ってから精力的に活動を広げてきています。次回の展示・上演は4月8日〜14日まで、南青山のアートスペース「ここから」で行なわれる予定です。展示カタログや写真だけでは、残すこと・伝えることの難しいサウンド・アート。これを実際に経験できる貴重な機会だと思うので、ぜひ足を運んでみてください。
また興味深いのは、サウンド・アートの盛り上がりに関する近年の潮流に、東京の若いアーティストたちが深く関わっていることです。たとえば、大和田俊や網守将平といった若手の美術家・音楽家たちは、自らもサウンド・アート作品を発表する一方、エンターテインメント的な意味での音楽イベントにも頻繁に出演しています。今回紹介したICCや日本美術サウンドアーカイヴを軸にしながら、東京での音楽・音響表現の流れをチェックしてみてください。
イベント情報
料金:前売2500円 / 当日3000円 (ドリンク別)
──和田守弘《認識に於ける方法序説 No.Ⅰ SELF・MUSICAL》1973年