ゴッホ《ひまわり》を常設で観られるって知ってた? 新宿・東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.29 塚田史香(ライター)
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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、ライターの塚田史香さんが、「新宿・東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館の常設展の魅力」について語ってくださっています。
"近すぎて見えない。"
どこかで聞いたことのある言い回しです。
童話『青い鳥』も「ハトだったの!? 近すぎて(青い鳥に)見えなかった!」というオチなので、「幸せはこんな近くにありました」的経験は、わりと多くの方がされているものなのかもしれません。私にも思うところがあり、それがゴッホの《ひまわり》です。
観たはずのゴッホ《ひまわり》
花瓶に挿したひまわりをモチーフにしたゴッホの油彩画、《ひまわり》。世界に現存する6点のうちの1点が、JR新宿駅西口より徒歩5分の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にあります。損保ジャパン日本興亜(当時、安田火災)が、ゴッホ《ひまわり》を購入したのは1987年。約53億円という落札額は当時、国内外で大いに話題となりました。
フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
それから31年がたちました。
大々的にPRされる企画展と比べ、常設の作品はスポットが当たりづらい傾向にあります。世代的に、ゴッホ《ひまわり》は知っていても、それをどこで観られるのかは知らない人が増えているようです。
私自身は過去数回、《ひまわり》を観ました。
……と言い切りたいのですが、実は最近その記憶に自信がもてなくなっています。《ひまわり》は、テレビ、ウェブ、画集などで目にする機会が多いため、そのイメージと実際に観た体験を区別して思い出すことができていない気がするのです。
国外でみた別の《ひまわり》と記憶が混ざっていないか。企画展を見終えた後、常設コーナーの《ひまわり》をスルーしてしまったことはないか。「ああ、あの時!」と思い出したくて実家の母にも「観たよね?」と確認をしました。
「一緒に行ったよ。高いビルの上の美術館。小さい人のかわいい絵もあったじゃん」
母が覚えていて自分が思い出せないのも悔しいし、せっかく都内にある絵なので、翌週観にいくことにしました。
ちなみに母のいう「小さい人のかわいい絵」の正体は不明です。ヒエロニムス・ボス《快楽の園》を観て「小さい人がいっぱいで可愛い」とはしゃぎ、家族を戦慄させた感性の持ち主なので、本当にかわいい絵だったかどうかも怪しいところです。ご参考までに、ボスの画像を掲示します。
プラド美術館のヒエロニムス・ボス《快楽の園》。右端は地獄絵図です。 The Garden of Earthly Delights Medieval triptych by Hieronymus Bosch Public domain,via Wikimedia Commons
JR新宿駅西口改札より徒歩5分、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
JR新宿駅西口から地上に出ると、すでに損保ジャパン日本興亜本社ビルが姿をみせています。小田急ハルクを右手に見ながら通り過ぎ、歩くこと3分。美術館のある42階へは、専用のエレベーターで上がります。
姿が見えているので迷いません。地下道からもアクセスできます。
歩道からビル敷地内にあがると足元にも案内があります。親切!
見上げるとこの形のビルです。
この日は『FACE展2018』が開催されていました(会期終了)。損保ジャパン日本興亜美術財団の公益財団法人への移行を機に創設された損保ジャパン日本興亜美術賞の受賞・入選作を展示する企画展です。受付では観客の投票で決める「オーディエンス賞」の投票用紙を受け取ります。
作品は、同時代の平面作品という共通点をもちつつも、油彩、アクリル、日本画、エッチングなど表現技法はさまざま。モチーフも人物、風景、静物から抽象的なものまで幅広く、どの作品を推すかずいぶん悩みました。投票箱に1票を投じた時には、軽い達成感に満たされました。
ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンがいる部屋
ミュージアムショップもみえてきたところで、真打登場。
ゴッホ《ひまわり》です。
思わず息をのみました。『FACE展』を楽しみすぎて、今日の目的を忘れていた不意を突かれたのです。両脇をかためるのは、セザンヌ《りんごとナプキン》とゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》。立っていた場所から《ひまわり》までは、少々距離がありましたが、目を離せなくなる存在感。歩み寄れば、ガラスケース越しでも燃え立つような筆致がみてとれます。
幸いにも鑑賞者が少なめの平日夕方。贅沢な環境でじっくりと鑑賞できました。
ポール・ゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》1888年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
ポール・セザンヌ《りんごとナプキン》1879-80年 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
この時ふと、ある断片的な記憶がよみがえり、反射的に展示室を見回しました。
そして右手の壁に見つけたのが、小さい人たちのかわいい絵。
75歳ではじめて絵筆をとり、80歳で初の個展を開いたことで知られるアメリカ人画家、グランマ・モーゼスの油彩画でした。農村の日常が、温かい目線と素朴なタッチで描かれています。同美術館はグランマ・モーゼスの作品を30点以上所蔵しており、シーズンごとに展示作品を入れ替えているそうです。
脳裏にフラッシュバックしたグランマ・モーゼスの作品は、見上げるくらい高い場所に展示されていました。しかし実際は一般的な目線の高さでした。このズレは、私の背が伸び目線の高さが変わったせいかもしれません。過去に何度か観たはずの記憶の中でも、母と一緒に訪れたであろう幼い頃の記憶が呼び起こされたようです。
東郷青児『貴婦人』を観て、浮遊感ある美しい世界観の余韻を楽しみながら帰りのエレベーターにのりました。
アクセス至便のゴッホ《ひまわり》
JR新宿駅西口5分。《ひまわり》を観て、観たいと思ったときに観にこれられる常設展示のありがたさを再確認しました。知っているのと、実際に観るのは別物だと改めて感じる機会となりました。
世界には僻地に散らばる作品、プライベート・コレクションとでなかなか観られない作品が多々ある中、ゴッホ《ひまわり》を常設で、しかも乗降客数世界一のターミナル駅、新宿で鑑賞できる。これはラッキーとしか言いようがありません。「《ひまわり》観たのはいつだっけ?」という方にはもちろん、説明不要の巨匠の名作は「アートは好きだけれど、ゴッホのすごさがピンとこない」という方にもおすすめです。
後日「小さい人の可愛い絵、あったよ」と母に報告すると、母は「去年Bunkamuraでも観た」と言いました。それはきっと、ヒエロニムス・ボスだなと思いました。
美術館情報
※展覧会により開館時間を延長する場合あり
イベント情報
会場:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
(東京都新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン日本興亜本社ビル42階)
公式サイト:http://www.sjnk-museum.org/