『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』展レポート 新出資料含む約200点の展示品から、高畑勲監修のインスタレーションまで

レポート
アート
2018.7.18
『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』展覧会場入り口

『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』展覧会場入り口

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「いわさきちひろの絵」といえば、多くの人がやわらかくやさしいこどもの絵を思い浮かべるだろう。そのイメージを刷新し、ひとりの画家として捉えなおす本格回顧展が、東京ステーションギャラリーで始まった。『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』(2018年7月14日から9月9日)より、新鮮な発見に満ちた本展をレポートする。

「絵描き」としてのいわさきちひろ

「本展では、奇抜なことはしていません。いわさきちひろのイメージに則った展覧会ではなく、ひとりの絵描きとしてごく素直に捉えた構成です。かえって、今までにないものになっているのでは」と語るのは、本展担当・東京ステーションギャラリー学芸員の成相肇氏。展覧会タイトルの「いわさきちひろ、絵描きです。」は、ちひろが後の伴侶と出会った際に自己紹介した言葉だ。本展を構成する4つの章のタイトルも、同じようにちひろの言葉を引用している。

本展では、「絵描き」としてのちひろの技量や、作品が生み出された背景、思想、文化を紐解くために、水彩画はもちろん、油彩画、デッサン、紙芝居、広告、幻灯機など、新出資料も交えた約200点の展示品が一堂に会す。作品の細部に迫ることで、やわらかなイメージの奥にある画家としての文化的座標を捉えなおす試みだ。

(左)いわさきちひろ《ハマヒルガオと少女》 1950年代半ば 油彩、キャンバス ちひろ美術館蔵

(左)いわさきちひろ《ハマヒルガオと少女》 1950年代半ば 油彩、キャンバス ちひろ美術館蔵

「いわさきちひろ」になるまでの模索時代

第1章「私の娘時代はずっと戦争のなかでした」では、まだ何者になるかわからずに模索する娘時代を、ちひろの所蔵品や貴重な資料で振り返る。今から100年前の1918年、恵まれた家庭環境に生まれたいわさきちひろ(岩崎知弘)は、第六高等女学校でモダンな教育を受け、「絵が上手な子」として育つ。絵雑誌『コドモノクニ』に憧れたちひろは、岡田三郎助にデッサンと油画を、小田周洋に書を学び、幅広い文化に触れて感性を磨いていく。その器用さは手製のワンピースの出来栄えや、師範にまでなった書の腕前からもよくわかる。しかし、戦時中の出来事はちひろの心を深く傷つける。戦争体験とちひろの描くかわいい子どもたちの絵との関係については、本展最後の映像作品「黒柳徹子さんと『いわさきちひろ』」の中で、いわさきちひろ美術館の現館長でもある黒柳徹子の考察としても語られているので、ぜひご覧いただきたい。

ちひろが影響を受けた絵雑誌『コドモノクニ』や岡本帰一、初山滋、村山知義の作品、マリー・ローランサンの作品などが並ぶ ちひろ美術館蔵

ちひろが影響を受けた絵雑誌『コドモノクニ』や岡本帰一、初山滋、村山知義の作品、マリー・ローランサンの作品などが並ぶ ちひろ美術館蔵

いわさきちひろ《手製のワンピース》 ちひろ美術館蔵

いわさきちひろ《手製のワンピース》 ちひろ美術館蔵

油彩、紙芝居、広告……幅広い表現に挑戦

第2章「働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい」では、戦後に日本共産党に入党し新聞記者として働く傍ら、丸木位理、丸木俊(赤松俊子)夫妻のアトリエで絵の技法を学んでいく中で描かれたデッサンやスケッチ、油彩画や、童画家として歩むきっかけとなった紙芝居作品などが並ぶ。鉛筆の力強い線や、油彩の重たい表現などは、後の軽やかな水彩画からは想像できない。やがて紙芝居『おかあさんの話』を皮切りに童画家として歩み始め、こどもたちへ向けた作品を中心とした作家活動を展開していったちひろ。当時の広告や雑誌の表紙絵、本展で初公開となる幻灯の作品などからは、ちひろがさまざまなメディアに挑戦しながら自分らしい表現を模索していったことがわかる。

(右上)いわさきちひろ《ほおづえをつく男》1947年 鉛筆、洋紙 ちひろ美術館蔵

(右上)いわさきちひろ《ほおづえをつく男》1947年 鉛筆、洋紙  ちひろ美術館蔵

いわさきちひろ 紙芝居『お母さんの話』 1950年 紙芝居(16枚1セット) ちひろ美術館蔵

いわさきちひろ 紙芝居『お母さんの話』 1950年 紙芝居(16枚1セット) ちひろ美術館蔵

線から見えるいわさきちひろの「豹変」

画家の生きた時代や文化的背景を追った前半に続き、後半はちひろ作品の魅力を多角的に掘り下げていく。第3章「私は、豹変しながらいろいろとあくせくします」では、絵柄に目が行きがちなちひろの水彩作品の「線」の現れ方に注目している。ちひろの仕事机の再現では、描く姿勢が変わることで体の使い方が変わり、線のストロークにも変化が現れた様子がわかる。また絵本『となりにきたこ』の原画では、墨と鉛筆のモノクロの繊細な線から、パステルのラフで荒っぽい線への実験的な挑戦がなされている。画題は変わらず「こどもの世界」に置きながらも、その表現方法は常に変化させていったちひろの意欲的な制作姿勢が感じられる。

画机(再現)

画机(再現)

いわさきちひろ《引っ越しのトラックを見つめる少女》 1970年 パステル、洋紙 ちひろ美術館蔵

いわさきちひろ《引っ越しのトラックを見つめる少女》 1970年 パステル、洋紙 ちひろ美術館蔵

水彩画で開花した自由な世界、飽くなき探求

第4章「童画は、けしてただの文の説明であってはならない」では、ついに私たちがよく知る水彩画の作品世界に到達したちひろの、確かな技量と豊かなイマジネーションに迫る。にじみを巧みに利用した水彩表現は、だんだんとその形を無くしまさに水のようにたゆたう。自由度を増していく表現は、絵本『雨の日のおるすばん』にも多くみられる。原画を重ねたり、反転したり、くしゃくしゃの紙に描いたりと、編集者とタッグを組みながら大胆な表現にチャレンジしている。『ぽちがきたうみ』では、主人公の少女の感情が動き出す瞬間を画面構成の変化で見事に表現しながら、海と空の色彩が輝くようなちひろ作品の真骨頂へと達した。

(左)いわさきちひろ 《緑の風の中のなかの少女》 1972年 水彩、洋紙 ちひろ美術館蔵

(左)いわさきちひろ 《緑の風の中のなかの少女》 1972年 水彩、洋紙 ちひろ美術館蔵

(右)いわさきちひろ 《雨傘と魚の親子》 1968年 水彩、洋紙 ちひろ美術館蔵

(右)いわさきちひろ 《雨傘と魚の親子》 1968年 水彩、洋紙 ちひろ美術館蔵

故・高畑勲が監修に関わったインスタレーションも

第4章の中では、いわさきちひろ作品をこよなく愛したことで知られ、昨年急逝したアニメ監督の高畑勲氏が監修者として関わったインスタレーションも展示される。高精度のピエゾグラフで拡大された作品により、絵本を読んだ時に感じるちひろの絵のなかへの没入感を再現している。本物の作品と並行し絵を拡大して見ることで、さらに細かなかすれやにじみ、質感を感じ取ることができ、「失うものは何ひとつない」と語る高畑氏の言葉も紹介されていて興味深い。

(右)《子犬と雨の日の子どもたち》(左)《落書きをする子ども》 2017年 ピエゾグラフ ちひろ美術館蔵

(右)《子犬と雨の日の子どもたち》(左)《落書きをする子ども》 2017年 ピエゾグラフ ちひろ美術館蔵

私たちが今まで親しんできたいわさきちひろの作品世界が、より立体的に奥行きを持って広がっていくような本展。画家としての彼女の歩みを、ぜひ多くの方に目撃してほしい。

(右)展覧会場内には、絵本を閲覧できるコーナーも

(右)展覧会場内には、絵本を閲覧できるコーナーも

イベント情報

生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。

【会期】2018年7月14日(土)〜9月9日(日)
【会場】東京ステーションギャラリー(〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1)
【公式サイト】http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
【開館時間】10:00〜18:00(金曜日は20:00 まで 入館は閉館30分前まで)
【休館日】7月16日、8月13日、9月3日をのぞく月曜日、7月17日(火)
【入館料】一般1,000(800)円/高校・大学生800(600)円/中学生以下無料
*( )内は20 名以上の団体料金
*障がい者手帳等持参の方は100 円引き(介添者1 名は無料)
【巡回】11月16日(金)〜12月25日(火)美術館「えき」KYOTO 、2019年4月20日(土)〜5月26日(日)福岡アジア美術館
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