『モネ それからの100年』展レポート 《睡蓮》や日本初公開作品のほか、現代アーティスト26名に引き継がれたモネの魅力が満載!【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.41 田中未来(ライター)
右:クロード・モネ 《睡蓮、水草の反映》1914-17年 ナーマッド・コレクション(モナコ) 左:クロード・モネ 《睡蓮》1906年 吉野石膏株式会社(山形美術館に寄託)
美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、ライターの田中未来さんが、横浜美術館にて開催中の、『モネ それからの100年』展の見どころについて語ってくださっています。
印象派の巨匠クロード・モネ(1840-1926)が最晩年に制作した大装飾画《睡蓮》の着手から約100年。大気や光のうつろう一瞬をとらえたモネの作品は、今もなお世界中の人々に愛され続けている。
横浜美術館にて開催中の『モネ それからの100年』展(2018年7月14日〜9月24日)は、モネの作品を時系列に沿って追いながら、現代アートとのつながりを探るもの。素早い筆致や、色彩のハーモニー、画面を超えて広がっていくイメージなど、モネのさまざまなエッセンスは、現代アーティストの作品の中にも読み取ることができる。本展は、日本初公開作品を含む全25点のモネ作品に併せて、66点の現代アートが一堂に会する。
会場エントランス
本展を企画担当した横浜美術館の主任学芸員・松永真太郎氏は、記者会見にて、展覧会の主役はモネであると同時に現代アートだと語る。
「抽象絵画や現代アートというと、とっつきにくいイメージを持っている人も多いかもしれない。そういった方は、モネの風景を見るようなまなざしで現代アートの作品を見てみたらどうだろうか。そこには純粋な色彩のハーモニーや、反復や連続性などの視覚的な楽しさがある。さまざまな視覚のよろこびを、モネというひとつのキーワードを介して再発見していただけると思います」
本展を企画担当した横浜美術館 主任学芸員の松永真太郎氏
横浜美術館館長の逢坂恵理子氏(左端)と出品作家たち
現代アーティスト26名のうち、半数以上は日本人作家をピックアップしているのも本展の特徴とのこと。時代を超えてモネと現代アートが競演する会場より、学芸員の解説を交えながら、見どころをお伝えしよう。
左:ジャン=ポール・リオペル 《絵画》1955年 大原美術館 右:クロード・モネ 《バラの小道の家》1925年 個人蔵(ロンドン)
鈴木理策 《水鏡 14, WM-77》(左)《水鏡 14, WM-79》(右) 2014年 作家蔵 (C)Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishi Gallery
左:湯浅克俊 《Quadrichromie》2018年 作家蔵 右(部分)湯浅克俊 《RGB #2》(左)《RGB #1》(右) 2017年 作家蔵
風景画から色彩が自立した、モネの初期作品
本展は全4章で構成され、1、2、4章にて初期から晩年までのモネ作品を時系列ごとに展示している。前・中・後期の各時期にモネが特に関心を注いでいたテーマやポイントを探り、それに沿った現代アートの作品が並置されている。第1章では、「色彩と筆触」をポイントに、印象派の運動が盛んだった1870年代のモネの初期作品と現代アートを紹介する。
左:クロード・モネ 《モンソー公園》1876年 泉屋博古館分館 右奥:クロード・モネ 《サン=タドレスの断崖》1867年 松岡美術館
左:ルイ・カーヌ 《彩られた空気》2008年 ギャラリーヤマキファインアート 右奥:ルイ・カーヌ 《WORK8》2013年 ギャラリーヤマキファインアート
松永氏は、印象派の特質について以下のように説明する。
「ひとつのモチーフの中には、物体の固有色だけでなく、光の反映によっていろんな色がちりばめられている。それを『筆触分割』という技法を使って、絵画上であらわそうとしたのが印象派です。これによって、色彩が画面の中の主役を担うようになり、筆触をそのまま画面に残すような、絵画が風景のモチーフから離れて自立していく傾向が強まった結果、従来の風景画とは一線を画したものになりました」
クロード・モネ 《ヴィレの風景》1883年 個人蔵
日本初公開となる《ヴィレの風景》では、目に見た光景をすばやく描き出したモネの、みずみずしい筆の感触が画面から伝わってくるようだ。
丸山直文 《puddle in the woods 5》 2010年 作家蔵
《ヴィレの風景》と構図に共通点がみられる丸山直文の《puddle in the woods 5》について、松永氏は「ひとつの木を描くにあたっても、必ずしも幹の色を描くのではなく、その中にいろんな色彩をちりばめていく。それによってモチーフそれぞれが輪郭を失って、大地、水、木、山、空が渾然と一体になった画面を作り出す。そういったモネの志向性を、丸山もおそらく引き継いでいる」と解説した。
光のイリュージョンを追求したモネと現代アーティスト
第2章では、中期(1880年〜90年代)のモネ作品において、積みわらやルーアン大聖堂をモチーフに、「連作」という新たな手法に取り組む時代を取り上げる。松永氏は、「モネが一番描きたかったのは、モチーフを取り巻く大気や光のうつろいだったのでは」と推測し、モネと同じく色相や光のイリュージョンの効果をテーマにした現代アート作品を同室に並べている。
クロード・モネ 《セーヌ河の日没、冬》1880年 ポーラ美術館
特に、1890年代後半にロンドンのテムズ河を描いたモネの《チャリング・クロス橋》や《テムズ河のチャリング・クロス橋》では、霧に覆われた汽車の煙や太陽の光が、神秘的な雰囲気をまとっている。
クロード・モネ 《チャリング・クロス橋》1899年 メナード美術館
クロード・モネ 《テムズ河のチャリング・クロス橋》1903年 吉野石膏株式会社(山形美術館に寄託) 左奥(部分):根岸芳郎 《91-3-8》1991年 個人蔵(名古屋市美術館に寄託)
この時期のモネ作品について、松永氏は「色を何重にも塗り重ねて、画面の奥から茫洋とした光を発光させるような、新しい絵画を模索している」と解説した。
左:マーク・ロスコ 《赤の中の黒》1958年 東京都現代美術館 右:マーク・ロスコ 《ボトル・グリーンと深い赤》1958年 大阪新美術館建設準備室
左:モーリス・ルイス 《ワイン》1958年 広島市現代美術館 右:モーリス・ルイス 《金色と緑色》1958年 東京都現代美術館
本章では、抽象表現主義の代表画家であるマーク・ロスコや、本展最大の出品作品となるモーリス・ルイス、さらに光とうつろいをテーマにした水野勝規の映像作品が併せて展示されている。
左奥:水野勝規 《reflection》2012年 作家蔵 右:水野勝規 《photon》2018年 作家蔵
無限に広がるモネの絵の拡張性
第4章では、モネの《睡蓮》を中心とした後期の作品を「拡張性」をキーワードに、現代アートと紐づけていく。
左:松本陽子 《振動する風景的画面》2017年 個人蔵 右:クロード・モネ 《柳》1897-98年頃 個人蔵(国立西洋美術館に寄託)
左:クロード・モネ 《睡蓮》1897-98年 個人蔵 右:クロード・モネ 《睡蓮》1897-98年頃 鹿児島市立美術館
晩年、ジヴェルニーに住まいを移したモネは、自邸の庭で創作活動を行った。風景としての庭を描いていたモネのまなざしは、次第に水面そのものにクローズアップしていく。松永氏は、こうした構図の断片性が「鑑賞者にフレームの外にもイメージ(絵)が続いていくような暗示を呼び起こす」と説明する。さらに、モネが関心を抱いたのは、水面が引き起こすイメージのオーバーラップではないかと同氏は指摘する。
「水面の上には睡蓮の花や葉の実像があって、水面には向こう岸の木や空の虚像が逆転して写り込んでいる。さらに色の深みによって、水の深さまであらわしている。水面上にあらわれるさまざまなイメージの重なりを、モネは追求していたのではないでしょうか」
右:サム・フランシス 《Simplicity(SEP80-68)》1980年 セゾン現代美術館 左奥:アンディ・ウォーホル 《花》1970年 富士ゼロックス株式会社
パリのオランジェリー美術館でモネの大装飾画を見て感銘を受けたサム・フランシスは、フレームを超えて無限にイメージが広がっていくような作品《Simplicity(SEP80-68)》を描いた。また、ポップアーティストとして名高いアンディ・ウォーホルは、シルクスクリーン印刷でモチーフを反転させて、異なる色で刷ることでいくらでも量産可能、かつ壁面全体に作品を拡張していける作品《花》を発表した。
左:福田美蘭 《睡蓮の池》2018年3月完成 作家蔵 右:福田美蘭 《睡蓮の池 朝》2018年6月完成 作家蔵
福田美蘭は本展の企画に応じて、先行巡回した名古屋市美術館での新作《睡蓮の池》に引き続き、新たな作品《睡蓮の池 朝》を発表。モネが描いた水辺の風景を、高層ビルから見える都市風景に置き換えた本作は、時間の推移を連作で表現したモネのテーマも反映している。
モネのオマージュ作品や、声優・櫻井孝宏が担当する音声ガイドにも注目!
本展に選ばれた現代アート作品は、必ずしもモネから影響を受けたものではないが、第3章においては、現代アーティストが自覚的・意識的にモネの絵画やモチーフから引用した作品を集めている。積みわらの連作や睡蓮を主題にしたポップアーティストのロイ・リキテンスタインや、モネを敬愛しているフランスの色彩画家ルイ・カーヌによる睡蓮の連作、モネが描いた水面の流動性をモチーフにした堂本尚郎の作品などが並ぶ。
ルイ・カーヌ 《睡蓮》1993年 ギャラリーヤマキファインアート
さらに、本展の音声ガイドを担当するのは人気声優の櫻井孝宏。作家の言葉を交えながら、鑑賞者に寄り添うように優しく語りかけてくれる。こちらも併せてチェックしたい。
『モネ それからの100年』は2018年9月24日まで。モネと現代アートの共通点を探しながら、モネのゆたかな魅力を心ゆくまで楽しんではいかがだろうか。