外部への執筆急増、女性劇作家・長田育恵に聞く

2015.10.26
インタビュー
舞台

全員のクリエイティブが発揮されてこそ演劇

人間の心の機微を丁寧に見つめた、スケールの大きな物語でここ数年静かに注目を集めている女性劇作家、長田育恵。法律系の出版社、公共ホールの副支配人、早稲田大学演劇博物館勤めをへての演劇活動。彼女が率いる演劇ユニットてがみ座が、戦時下の日銀総裁・渋沢敬三が自宅に設立した民俗学研究所「屋根裏の博物館(アチック・ミューゼアム)」を通して支援した、宮本常一ら若い民俗学者たちの苦闘する姿を描いた『地を渡る舟』を再演する。

◇ ここ最近、外部への書き下ろしが増えるなど注目を集め始めていますが、ご自身ではそんな感覚はありますか?
 
 あまりないです(笑)。評価を得ているというより、書く場所を与えてもらっているんだけど自分は何かになれているんだろうか、と。外部に書く時はオーダーがあるので、前より自由にものを書けなくなったなあというのもあるかな。もちろん、どうすれば応えられるか考える中で発想が広がる楽しさもあるんですけど。

 それよりも最近は新作を書くと、なぜその題材に興味があるのかを聞かれるようになりましたね。こういう思いがあってこれに取り組みますということが自分の中で明文化できてない時もあるし、書き始めてから見つかっていくこともあるからあいまいで答えられないんです。いずれにしても、文学座の『終の楽園』やグループる・ばるの『蜜柑とユウウツ』で大人のお客様に見ていただける作品を手がけたというのが、分岐点の一つになっているかもしれません。

 ただ、お話いただくのは評伝物が多くて(笑)。私はてがみ座こそ実験の場であると思っているし、多くはてがみ座を観てオファーをくださるので、これからは一層いろいろやっていかないといけないなと感じています。
 
◇ 演劇にググッと引き込まれた時期というのはありますか?
 
 大学に入ってから脚本を書き始めたんですけど、本当は小説家になりたかったんです。自転車キンクリートの『法王庁の避妊法』を観て、劇作に惹かれて。物語の前半で主人公の夫婦が賞状をもらう話をしているんですが、エンディングは旦那さんがもらってきた賞状を奥さんが捧げ持つ姿で終わるんです、言葉もなく。私にとってはそのシーンがいちばんの見せ場に思えて、それまでの2時間はこの沈黙のためにあったのかと。言葉を使って言葉では表せないものを描く、それまでの物語や人間関係が集約されていくことに衝撃を受けて、真剣にやってみようと思ったんです。
 
◇ 大学ではミュージカル研究会にいらっしゃったんですね?
 
 ジャズダンスがやりたくて入ったんですけど、1年生の6月にその年の本公演に私の脚本が選ばれたんです。伝統として作家が演出をしなければならず本当に困って。演劇そのものを知らないし、その日からあらゆる先輩のもとに押しかけて、仕込みもバラしも手伝うから本番をただで見せてくださいって。

 いちばん最初に手応えを感じたのが2年の冬公演。戯曲は多少自信があったんですけど、演出力がないから二進も三進も行かなくなってしまった時があったんですよ。30人もの出演者とどうつながっていいかわからず、一人一人と、誰もいないところで対話をするようにしたら行き詰まっていたのが動き出し始めた。

 私は作家になりたかったから、いい本を書けばいい作品になると思っていましたが、演劇は人間の総合力で作るから全員が気持ち良くクリエイティブを発揮できない限りはダメだとわかって初めて面白くなったというか。その時の反省もあって、私は演出をやらずに外部の方にお願いしている(苦笑)。脚本を書く時は細かいニュアンスにものすごく悩むんですけど、お客さんは脚本を直接見るわけではなく、役者の肉体や声を通してしか感じられないのかと思うと面白さと切なさが同時にあります。

初演とは全く正反対の印象を残す作品になりそう

『地を渡る舟』再演 撮影:田中亜紀


 
◇ 『地を渡る舟』の再演です。この話を書くきっかけはなんだったのですか?
 
 民俗学者の視点から戦争を捉える、そういう視点があまりなかったのではと思って、この鉱脈を探ってみようと。2年前が初演ですが、3・11の復興の過程で“絆”がクローズアップされた時期でした。でもその大文字で打ち出される感じに違和感があって。その反発からこの作品ができ上がっていきました。

 戦前に農家を回って聞き取り調査をしていた民俗学者の宮本常一が、食料が全く足りなくなった終戦後に、かつて訪ね歩いていた農家をもう一度訪ねて食料供給に協力するように説得して回る姿が物語の根幹です。農家も疲弊しきっているから政府からの要請に反発したのに、同じ農民だった宮本に頼まれると日本のために一肌脱ごうという気持ちになっていく。こういう風潮が3・11後の空気感となんとなくフィットしている気がして、大文字ではなくもっと小文字の、人と人とのつながりに手を伸ばすような形で上演したんです。

 ところが、今回はその時と全く違っていて――、今言われている一億総活躍社会なんて、まるで劇中に出てくる戦中の標語と全く一緒で気持ち悪いとしか言いようがないけれどーーここからやり直さないともう信用できるものがありませんよという心情になっているというか、同じ作品なのに捉え方が正反対になっています。今、書き下ろしたんじゃないかというヴィヴィッドさになっていますね。
 
◇ 時代と劇作とは切り離せない不思議さがついて回りますよね。
 
 台本を書く時に主人公が生涯大事にしたであろう風景を取り入れたくて、彼が生きた町に行ったんです。生家の裏山から瀬戸内海が見渡せて、本州や四国の島影の一部が見えて、「あ、この人は日本が島でできていることを体感的に知っていた人だったんだ」と思いました。物語の舞台は東京三田の渋沢邸ですけど、そこにいる人たちは日本が島だということを忘れている。そこに日本が島であると自覚している人が来ると異分子になってしまう。そのへんが何もかも東京で作っていることに疑問を持ち始めた時期だったので、宮本と共鳴して、もう少し日本列島というものを俯瞰して見ることができないものか、ごみごみしているところからもう少し離れて呼吸できる場所に行くことができないか、そんな想いで書いたのを思い出します。
 
◇ そのへんの変化の部分については演出の扇田拓也さんとは話されているのですか?
 
 はい、しています。それが答えかはわかりませんが、扇田さんはアナログの方向に行こうとしていると思います。初演時は映像を取り入れていたんですけど、再演では映像を使わずにアンサンブルキャストさんを6人加えて、さらに人間の力で描こうとしている気がしますね。特に、日本が戦中に突入していく情景や、終盤に今度は現代日本の情景が流れ込んでくるシーンなど、扇田さんは地を這う目線で「人間がそこにいる」ということにとことんこだわって演出されている。だから演劇としてもダイナミズムのある見応えのあるシーンとなっている。人間の力を信じる、という点で、宮本常一の目指したことと演劇は似ているのかもしれませんね。
 

 
おさだいくえ
日本劇作家協会戯曲セミナー研修課にて井上ひさしに師事。2009年に「演劇ユニットてがみ座」を旗揚げし、全公演の脚本を手掛ける。『青のはて -銀河鉄道前奏曲-』が鶴屋南北戯曲賞に、『地を渡る舟-1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち-』が岸田國士戯曲賞と鶴屋南北戯曲賞にノミネート。近年は、文学座アトリエの会『終の楽園』(演出:鵜山仁)、市川海老蔵自主公演「ABKAI 2014」の新作舞踊劇『SOU~創~』(演出:藤間勘十郎)、ホリプロ『夜想曲集』(演出:小川絵梨子)、る・ばる『蜜柑とユウウツ~茨木のり子異聞~』(演出:マキノノゾミ)などを手がけている。
 
イベント情報

てがみ座第11回公演『地を渡る舟 -1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち-

■公演日程:2015年10月23日(金)~11月1日(日)
会場:東京芸術劇場シアターイースト
脚本:長田育恵(てがみ座)  演出:扇田拓也
出演:福田温子 今泉舞 箱田暁史(以上、てがみ座)/俵木藤汰(ラッパ屋) 清水伸(ふくふくや) 松本紀保 三津谷亮 川面千晶(ハイバイ) 近藤フク(ペンギンプルペイルパイルズ) 森啓一郎(東京タンバリン) 伊東潤(東京乾電池) 中村シユン 西山水木
■料金:全席指定 前売4,000円/当日4,200円、25歳以下3,000円
開演時間:23・26・27・30日19:00、28日・土・日曜14:00、19日14:00/19:00
お問合せ:プリエール Tel.03-5942-9025
■公式サイト:http://tegamiza.net/