【コラム】不朽の名作『BANANA FISH』、少女漫画で描かれたタフネスとハードボイルド
2018年7月5日、吉田秋生先生の代表作『BANANA FISH』のアニメ放送が始まった。
アニメ化を記念し、完結から四半世紀を経てなお色あせない本作の魅力を、ハードボイルド・ストーリーの視点から解説しようと思う。「名前は聞いたことあるけれど……少女マンガだよね?」と思って手を出していなかった未読の方に、本作のタフな魅力が届くことを祈っている。
『BANANA FISH』吉田秋生(著) / 小学館
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『BANANA FISH』あらすじ
物語の始まりは1973年。ベトナム戦争のさなか、アメリカ軍の兵士グリフィン・カーレンリースが突如錯乱して仲間たちに銃を撃ちはじめます。グリフィンは戦友に取り押さえられると、うわごとのように「バナナ・フィッシュ…」という言葉をつぶやいていました。
時代は移り、1985年。ニューヨークのストリートキッズのボス、アッシュ・リンクスが、路上で撃たれた男を助けます。男はアッシュにロケットペンダントとロスアンゼルスの住所、そして「バナナ・フィッシュに会え」という遺言を残して息絶えました。その頃日本からは、ストリートキッズの取材のために、もう一人の主人公奥村英二(おくむら・えいじ)がニューヨークに到着します。
アッシュと英二は「バナナ・フィッシュ」の謎をめぐる陰謀に巻き込まれていきます。キーマンとして大人に利用されるアッシュに希望を与えるのは、非力で優しい親友・英二でした。
作者は吉田秋生先生。最近では、鎌倉を舞台にした姉妹の物語『海街diary』が第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013などを受賞しています。
『BANANA FISH』は、マフィアや政府の思惑が複雑に絡み合う、骨太のクライム・サスペンスだ。
舞台は20世紀末のアメリカ。ベトナム戦争の傷も癒えない中、政治家や黒い噂のある事業家といったキナ臭い連中の「連続自殺事件」が世間を騒がせている。騒動の中心にあるのが、「バナナ・フィッシュ」だ。「バナナ・フィッシュ」の元ネタは、J.D.サリンジャーの短編小説。バナナを食べるために「バナナ穴」の中を泳ぐ架空の魚で、その話をした若者は、物語の終盤に自殺する。
『BANANA FISH』では、この「バナナ・フィッシュ」をめぐり、大きくわけて4つ(+α)の勢力が抗争を繰り広げる。
1. リンクス
NYダウンタウンでは、複数の少年グループが縄張り争いをしている。物語開始時点では、主人公のアッシュ・リンクス率いる「リンクス」が最大勢力になりつつある。リンクス所属のフレデリック・オーサーはアッシュを敵視し、隙を見てボスの座を奪おうとしている。
2. コルシカ・マフィア
ディノ・ゴルツィネがボス。財団や企業を所有し、莫大な資本を持つ。「変態向け商品」の供給者として社会的地位の高い人間の弱みを握っており、政治への影響力も強い。「バナナ・フィッシュ」に深く関与している。
3. チャイニーズ・マフィア
李大龍(リー・タイルン)が率いる、華僑の集団。アメリカ全土のチャインタウンを活動基盤にしており、現地の華僑や華人は李家に守られている。大龍は、民族を導く王として「王龍(ワンルン)」の別名を持つ。大龍は弟に華龍(ホアルン)、月龍(ユエルン)がおり、それぞれの思惑を持つ。
4. チャイナタウンのストリートキッズ
ショーター・ウォンがボス。仲間意識がとても強く、メンツを重んじる。ショーターはチャイニーズ・アメリカンだが、異国の地で中国人のコミュニティをつくるために李家のはらった犠牲と献身に感謝し、李家を尊敬している。同じチームにシン・スウ・リンとラオ・イェン・タイがいる。
その他の勢力
政治家、政府要人…バナナ・フィッシュ、あるいは「変態向け商品」の取引でディノ・ゴルツィネと関係が深い。「南部」との対立や「東側」への警戒など、政治的な煩慮も抱えている。
NY市警・マックス・伊部…政府やマフィアからの妨害にあいながら、アッシュや英二を救い出すべく奔走する。
それぞれの関係
それぞれの勢力が、それぞれの思惑で「バナナ・フィッシュ」を追っている。ただし、組織の内部は必ずしも一枚岩ではない。世代交代で組織に亀裂が生じ、そこに他勢力が関与することでパワーバランスが変動する。また、組織の意思と無関係な個人の暴走によってストーリーが急変することもある。そのダイナミックな展開が、『BANANA FISH』の面白さだ。
A:リンクスとコルシカ・マフィア
一部で利害が一致、協力関係にある。対等な取引ということになっているが、事実上はマフィア有利。アッシュが優秀なボスだからこそ成り立つ、一触即発の関係とも言える。ディノに取り入ってマフィアの後ろ盾を得れば、ダウンタウンでの地位を上げることができる。
B:リンクスとチャイナタウンのストリートキッズ
本来であれば反目し合うグループだが、ボスのアッシュとショーターが友人同士のため関係は良好。しかし、どちらも「筋を通す」ことを重んじるため、いちどメンバー間で諍いがおきれば、ボスでも争いを止めることは難しい。
C:チャイナタウンのストリートキッズとチャイニーズ・マフィア
民族の絆で結ばれている。個人の幸福よりも一族の意思を優先させるため、チャイナタウンは李家に逆らえない。しかし、世代交代によって厳しい掟に変化が生まれ、個人の信条が物語を動かす動力となっていく。
D:チャイニーズ・マフィアとコルシカ・マフィア
とくに友好でもなければ、明確な対立関係もない。場合によって相手を利用するが、隙あらば出し抜こうとお互い牽制しあっている。両者の利害が完全に一致したとき、アッシュに最大の危機が訪れる。
アッシュをめぐる争いと奥村英二
主人公・アッシュは、並外れた容姿、身体能力、天才的な頭脳と圧倒的なカリスマを持っている。そのため周囲の人間から慕われるが、憎まれ、命を狙われることもある。しかし、アッシュ個人は自由を求める17歳の少年なのだ。
英二は、そんなアッシュが唯一気を許せる友人だ。そのため、英二はアッシュの「唯一の弱点」として他勢力から狙われることになる。
「アッシュ」と「バナナ・フィッシュ」
『BANANA FISH』では、「バナナ・フィッシュをめぐる陰謀」と「アッシュの救済」の2つのストーリーが同時に進む。アッシュは自由のために政府やマフィア、軍隊にさえ立ち向かうが、相手も個々の想いを持つ人間だ。金のため、民族のため、国のために「自分」を殺していたはずの敵たちがアッシュに出会って変わっていく。
どんな陰謀も、そこに関わる人間がいる。圧倒的なカリスマは、人を救うこともあるし、狂わせることもあるのだろう。男性作家とは異なる視点で描かれた「男の美学」を楽しんでほしい。
おわりに
絵のタッチこそ繊細な少女漫画風だが、「バナナ・フィッシュ」、そして「アッシュ」をめぐるストーリーは、ハードボイルド・サスペンスそのものだ。作品全体を通して、どこか乾いた風が吹いているようにも感じる。男性向け・女性向けといったカテゴライズを超越した魅力を、ぜひ感じてほしい。
まだ『BANANA FISH』を読んだことのないあなたが羨ましい。これからあの世界に触れることができるのだから。