田川啓介のソロユニット〈水素74%〉が、新作『ロマン』で三重・津に初見参

インタビュー
舞台
2018.8.23
 左から・〈水素74%〉主宰で劇作家・演出家の田川啓介、『ロマン』出演者の浅井浩介

左から・〈水素74%〉主宰で劇作家・演出家の田川啓介、『ロマン』出演者の浅井浩介

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イヤ〜な感じがなぜかクセになる!? 人間のエゴをつぶさに描く田川啓介が、結婚にまつわる新作を発表

劇作家・演出家の田川啓介は、2009年に青年団 演出部に所属し、同年に『誰』が第15回劇作家協会新人戯曲賞に入賞。翌2010年に青年団リンクとして、劇団員を持たないプロデュースユニット形式の〈水素74%〉を立ち上げた。中途半端な数字が気になる劇団名は、「水素が爆発する限界濃度から1%減らし、すぐに害はないけれどずっと気持ち悪い空気を作りたい」という思いから命名したという。

2013年には青年団リンクから独立。以降も東京を拠点に活動を続け、自分の持っている尺度が他者にも共通する尺度だと思い込み、その考えを相手に押しつける自分勝手な登場人物たちとその関係を描いた作品を、これまで10作以上手掛けてきた。そんな〈水素74%〉が、“異性間に制限されない結婚”をテーマにした新作『ロマン』を引っさげ、今週末(2018年8月25日・26日)「三重県文化会館」に初お目見えする。東海エリアの観劇者の多くにとっては未知の存在である、〈水素74%〉及び田川啓介の演劇のルーツや創作の謎、『ロマン』について尋ねると共に、同館で行なわれた田川のワークショップに同行した本作出演者の浅井浩介にも話を伺った。

水素74% 『ロマン』チラシ表

水素74% 『ロマン』チラシ表

── 東海エリアでは〈水素74%〉を初見の方も多いと思いますので、まずは田川さんが演劇を始められた経緯から教えてください。

田川 18歳の時にパチンコ屋で働いてたんですけど、パチンコ屋が嫌になって大学に行こうと思ったんですね。その時点でもう半年後ぐらいが受験の時期だったので、なるべく入りやすい、受験科目が少なくて倍率が低めなところを探していたら日本大学芸術学部の演劇学科を見つけて、受験して受かったので入学しました。それまで演劇を観たこともないし、やったこともなかったんですけども。

──  それでいきなり演劇学科に?

田川 その時はとにかくパチンコ屋が嫌すぎたので、他に自分が頑張れることが欲しくて。でも何をやったらいいのかわからないから当時は、なんでもいい、という気持ちでした。それで脚本を書く《劇作コース》に入ったんですけども、最初に書いた作品をすごく褒めてもらったんです。そのことは今でも覚えているくらい嬉しくて、それで続けようと思っちゃったんですね。

──  戯曲の書き方も大学に入ってから習ったわけですよね。

田川 いや、なんにも聞いてなかったですね。とにかく最初に「長編を書け」という課題が出たので、自分で本を読んで、ト書きを書いてセリフを書くんだとか、カギカッコはつけなくていいんだ、というのを学んで。演劇をやっていた人もいたんですけど、僕が一番褒めてもらったので、なんかそれで調子に乗っちゃったというか(笑)。

── 大学で劇作を始められて、そこから作風というのは変化してきているんでしょうか?

田川 大学の頃は、「人はそんなに鬱屈なんか見たくないし、ましてや俺の思ってることなんて誰も聞きたくないだろう」と思っていたので、作られたシチュエーションコメディみたいなものをやっていました。でも、『誰』という作品で自分が日常で感じている鬱屈みたいなものを書いてみたら評判が良かったんです。そこから自分の感じている、「こうだったらいいのに」みたいな人間のエゴを細かく書いていく、ということを始めて、今もそれは変わっていないですね。

──  先ほど拝見したワークショップで、台本の登場人物はご自身の分身や一部、と仰っていましたが、他の作品もそのような感じなんですか?

田川 そうですね。自分の中にこういう部分がある、という一部分を膨らませたりして人物にしていますね。もしくは、モデルが絶対います。実際に生きている人で、自分の周りになっちゃうんですけど、女性の登場人物だったら彼女とか、姉とか。男性だったら本当に近くにいる、例えば浅井さんとか、そういう身近な人をモデルにしています。

──  浅井さんは、田川さんとよくご一緒に活動されているんですか?

浅井 2015年の『誰』の再演で初めて出演して、去年も2つぐらい作品を創ったので、最近はわりと一緒にやることが多いですね。

──  浅井さんからご覧になって、田川さんの作品の魅力はどんなところだと思いますか。

浅井 自分の中の“変”と言われる部分とかを人物にしているから、その人物に思い入れがあったり、結構切実な人間が出てくることが多いというか。それは観るのもそうですし、演じるのも面白いですね。人とコミュニケーションがズレたりして上手くいかない、ということを感じているけど、その人はなんとかしたい気持ちを持っているんです。ただ変にぶっ飛んでいる、という訳ではなく。人と上手くやりたいという気持ちを抱えながら、ただやっぱり上手くいかない人たちが出てくることが多いんですけど、ちゃんと切実に生きている。だから変なことを描いているというより、ちゃんと人間が書かれているな、と僕は思います。

── 本当にそうですね。『謎の球体X』(MITAKA NEXT SELECTION12th 参加作品として2011年に初演、2013年に再演)の上演映像を拝見しましたが、エゴを押し通す登場人物にも、それをいつの間にか許容してしまう側の人物にも生々しい人間らしさを感じました。その中にシニカルな笑いもあって、田川さんはわりと面白がって書かれているのかなと。

田川 そうですね。それはシチュエーションコメディの名残かもしれないんですけど、エゴをエゴのまま出したくはない、というのと、エゴでも一回笑える感じに書けば受け入れてくれるんじゃないか、という思いもあります。

水素74%『花火』(2017年)より  撮影:伊藤佑一郎

水素74%『花火』(2017年)より  撮影:伊藤佑一郎

── 実際に演出される際には、どのような感じで役者さんに指示されるんですか?

田川 それはまた別のベクトルかもしれないですけど、雰囲気が出来ていればいいな、と思っているんです。セリフは細かくこういう言い方で、というよりも、例えば別れそうなカップルの感じだったり。セリフをどう言うか、ということもあるんですけど、僕は俳優の何も言っていない時が好きなんです。目が動いているとか、手の先がちょっとプルッとなった、みたいなところにその人の役の切実さとか生理みたいなものを感じると、あぁいいなぁと思うので、それが作れれば、と思っています。

──  それはどうやって引き出していかれるんでしょうか。

田川 僕が引き出すというか、作・演を兼ねている人には〈劇作家タイプ〉と〈演出家タイプ〉がいると思うんですが、僕は〈劇作家タイプ〉で、わりと書いている時から演出が始まっているところがあります。この人にこれを書いたらやってくれるだろうとか、ハマるだろうということで、その雰囲気を作るのは脚本の段階の方が大きいかもしれないですね。

── キャスティングが決まってから当て書きされるということですね。

田川 そうです。俳優が決まってからですね。

── 劇団にされないというのは、何か理由が?

田川 すごくネガティブな理由なんです。大学の時に劇団をやっていて、それは解散しちゃったんですが、いろいろな思いがあるところを主宰が背負っていかなくてはいけない、重荷を抱えていかなくてはいけない、という状態より、解散して一人でやるようになってから気楽だな、と思いまして。劇団で同じ俳優と継続していく作業の中で得られるものもあるとは思うんですけど、しんどさの方が大きいなと。あと、台本を書く時に、劇団員をずっと使わなきゃいけないという縛りがなくて、誰を使ってもいいというのはいいなぁと思います。

──  自作に適した俳優を探すご苦労というのは?

田川 それはありますね。誰が出ているかで芝居を観に行かなくてはわからないので。それでキャスティングしても自分の脚本をやってもらったらちょっと違ったりもしますし、難しいですね、俳優を選ぶのは。結局、半分以上はいつも一緒にやっている人や1度は出てもらったことがある人になっちゃうんですけどね。

── 今回は【結婚】がテーマということですが、これはどういった発想で?

田川 僕自身が「結婚しなきゃいけないのかな?」ということを近年ずっと感じているんです(笑)。僕の親は二人とも子どもがすごく好きで、姉にも子どもがいないので、「孫が欲しい」と口には出さないけど絶対に思っているだろうな、というのを感じているんです。実家は田舎なので周りもみんな結婚して子どももいて、田舎の人からすると「結婚しない人は異常者」みたいな扱いをされるので、それによって結婚を考えなくてはいけないこと自体がしんどいな、という気持ちがありまして(笑)。それで【結婚】とか【婚活】をテーマにやろうかなと思ったんです。

──  具体的なストーリーは、どのように考えていかれたんですか?

田川 それこそ結婚って、「異性間じゃなくてもできるようになったらもっと広がっていいのに」という気持ちがあって、“異性じゃない人”を選ぶ人を書きたい、という思いから始めてプロットを考えていきました。

── 結婚相手が友人とか、母親だったり。

田川 そうなんです。結婚するのが当たり前、というのは何十年後かには消えている価値観だと思うんですよね。昔の偉い人たちは、海外でも日本でも近親相姦を繰り返していた、という話もよく聞くじゃないですか。近親相姦も普通にあること、という時代があったのかなと思うし、古代ギリシャでは「異性愛は嘘の愛情で、男性同士の恋愛こそ本当の愛情だ」と言われていたり。自分が今思っている価値観は大したことないんだな、と。

──  神話の世界にも近親相姦の話がありますしね。

田川 そうですね。でも自分が今感じている圧迫感は本物で(笑)。完全にそうなってもおかしいけど、“異性じゃない人”を選んでもいいはずだよな、という気持ちはあるというか。

水素74%『花火』(2017年)より  撮影:伊藤佑一郎

水素74%『花火』(2017年)より  撮影:伊藤佑一郎

── 最近はフィクションみたいなことではなくて、現実を参照してリアリティーのある突飛さを見せたい、と仰っていますね。

田川 昔は自分のエゴを出そうと思って、観客がどう思うか、ということより「自分が何を書きたいか」ということを優先していたんです。「どう書きたいか」ということに対しても、自分の書きたいように書くところがあったんですけど、それに行き詰まりを感じて。もうちょっと観客に共感してもらえることをやっていこう、と変えていた時期もあったんですが、それもあまり上手くいかなかった。それで自分の創作人生を見つめ直して、自分のエゴを出してやりたいことをやる、ということと、リアリティーを出したり観客に共感してもらったりすることが、今なら両方できるんじゃないかな、と。この二つが両立させられたらすごく良いことになるんじゃないかな、と思っています。

──  田川さんは音楽はあまり使わないんですね。

田川 使わないですね。環境音が多いです。上演DVDを販売することになった時に音楽の権利が無い方がいい、というのと、感覚的なこともあるんですけど、ずっと一緒にやっている音響の池田野歩君が、「水素には音楽が合わない」と言っていまして。ずっと任せてそれでやってきたので、僕も合わない感じがしてきました。

── 確かに音楽がない方が人間関係の緊迫感がより出ますね。

田川 そうですね。

── 舞台美術についても同じようなお考えですか?

田川 舞台美術は、できれば豪華だったり建て込んだ方がいいんですけど、それも予算的な関係で(笑)。今回はそんなに豪華ではなくても建てていきたい、という思いはあります。具体的に作るとすごくお金がかかるので、美術の袴田長武さんとどう抽象化していけばいいか、ということを話し合って。

── スタッフの方は固定メンバーなんですか?

田川 そうです。いつもやってもらっている方に提案してもらった中で、「こっちがいい」とか、「これをこうしたらいい」と言うスタイルになっています。美術だけじゃなくて、スタッフはみんな提案力が強いので。

── 公演の客層は、どんな方が?

田川 年配の方が多いですかね。女性より男性の方が多いかも。女性人気ゼロみたいな(笑)。若い女性とかがあまり好きな感じじゃないのかな。

浅井 ファッション性がないのかもしれない。若い子だとファッションに着目したりするので。これ観てたらオシャレだな、みたいな。

田川 いつも設定が田舎町とかであまりカッコイイ人たちが出てこないので、衣装もダサいのが多い(笑)。

── 三重公演は今回が初めてということですが、ツアーはあまりされないんですか?

田川 単純に金銭的な余裕がなくて。今回、「三重県文化会館」さんに声を掛けてもらって、久しぶりに東京以外のところで公演が出来ることや、協力体制のある中で上演できるというのはすごく嬉しいです。前に一回だけ大阪で公演した時も劇場の協力があって行ったんですけど、大阪はコメディ劇団みたいな感じの団体が多いと聞いていて、僕の作品の笑いはもうちょっとオフビートな感じだし、わりと陰惨なことを笑いに変えていたりするので心配だったんですけど、すごく受け入れてもらえた感じがあって嬉しかった。そもそも、東京以外の土地で意見や感想を聞けたことがすごく面白かったです。
 「三重県文化会館」はいろいろな面白い劇団が上演しているので、ここに来られるのは光栄だし、勝負だな、という気持ちもあります。僕の地元も田舎なので、結構風景が似ているな、とも。こういう風景を通って劇場に来てもらうことで、田舎の“結婚に対する圧とか空気感”がより感じられて、東京の劇場とは見え方が違うかな、とも思います。

── 今回は一般の方に向けてワークショップも実施されましたが、どうでしたか。

田川 今まで俳優とやったりしたことはあったんですけど、一般向けのWSは初めてで、すごく新鮮だったし面白かったですね。普段会えない人に会えた、という感じで。

── 初心者の方が多いと聞きましたが、皆さんお上手でしたね。

田川 そうですね。みんなちゃんと盛り上げてくれたり、何を求められているのかを個人個人が考えてくれたり。新幹線の中でも浅井さんと相談していろいろメニューを考えたんですけど、杞憂だったことが多くて、すごくやりやすかったし楽しかったです。

── 皆さん結構、台本をアレンジされたり。田川さんに確認もせず、勝手に地元の言葉に変えて喋っていたのも面白いなと思いました(笑)。

田川 方言はすごく新鮮で良かったです。方言を持ってるっていいですね。

浅井 僕たち俳優は台本をもらうと、その通り読まなきゃダメなのかな、と思うんですけど、サッと方言に変えられるんですね。普段使っている言葉なので説得力が出ますね。

── 同じセリフも方言で話すことによって、ニュアンスや笑いの意味合いなども変わってきたりしますよね。

田川 そうですね。やっぱりやる人によって違うって、面白いですね。年配の方にやってもらったのは、僕もすごく新鮮でした。人の身体が持っている情報量ってスゴイですよね。生きてきた時間が出してくるものはスゴイです。


尚、この三重公演終了後には、急遽東京公演を行うことも決定。2018年9月6日(木)~10日(日)に「こまばアゴラ劇場」にて、一部キャストを変えて上演を予定している(詳細は公式HPを参照)。また、このあと〈水素74%〉は、残念ながらしばらくの間活動を休止することも同時に発表した。

公演情報

水素74%『ロマン』

■作・演出:田川啓介
■出演:浅井浩介、折原アキラ(青年団)、小野寺ずる、ザンヨウコ、日高ボブ美(□字ック)、前原瑞樹(青年団)、用松亮、安川まり

■日時:2018年8月25日(土)14:00、26日(日)14:00
■会場:三重県文化会館 小ホール(三重県津市一身田上津部田1234 三重県総合文化センター)
■料金:一般前売2,000円 当日2,500円、U-25前売1,000円 当日1,500円
■アクセス:近鉄名古屋線・JR紀勢本線・伊勢鉄道「津」駅西口から徒歩約25分または三重交通バスで約5分
■問い合わせ:水素74% 090-4197-0425 hydrogen74@gmail.com
■公式サイト:
水素74% http://www.hydrogen74.com
三重県文化会館 https://www.center-mie.or.jp/bunka/
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