尾上右近、清元栄寿太夫として初お目見得! 歌舞伎俳優と清元の二筋道を行く思いとは

インタビュー
舞台
2018.10.20
尾上右近

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歌舞伎座の11月公演は『吉例顔見世大歌舞伎(きちれいかおみせおおかぶき)』。顔見世とは江戸時代の劇場で毎年11月に行われ、翌年1年間の出演者の顔ぶれを披露する重要な意味合いを持っていた。今年は歌舞伎座130年の顔見世にふさわしい華やかな顔ぶれによる大舞台となっている。

出演者の一人である尾上右近は、昼の部『お江戸みやげ』では人気役者阪東栄紫の恋人お紺、夜の部『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ) 法界坊(ほうかいぼう)では永楽屋娘のおくみを、いずれも初役で挑む。そして、今年2月に襲名した七代目清元栄寿太夫としても昼の部『十六夜清心』で清元節・浄瑠璃方で舞台に立つことが決まった。どんな思いでいるのだろう。尾上右近の合同取材の様子をお伝えする。

『十六夜清心』という大曲で、「いろいろな喜びが重なった」

尾上右近

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−−読者の方の中には、清元をよく分からない人もいると思うので、清元の魅力をまずは教えて下さい。

歌舞伎は読んで字のごとく、「歌(唄)」があって、「舞」があって、「伎」があるんです。その唄の中でもいろんなジャンルの歌がある。J-pop、洋楽、ジャズなど、いろんなジャンルが今あるように、古典の音楽の中にもいろんなジャンルがあるんですね。僕が感じている清元というのは、唄う役。ナレーションを兼ねた唄う役だと思います。

音楽的にも非常におしゃれで、高音があったり、節回しが細かったり、音として楽しめる部分があるし、歌詞として伝わってくる部分があるんです。その両方を併せ持つジャンルで、色っぽいんです。その色っぽいという感覚を伝えていけるように頑張りたいです。

−−分かりやすく、ありがとうございます。今回は、歌舞伎座で、いきなりの大曲『十六夜清心』ですね。

そうですね。父(※七代目清元延寿太夫)や、菊五郎のおじさん(※七代目尾上菊五郎)、諸先輩方の胸を借りて初お目見得という形に相成りましてでございます。ありがとうございます!

清元が重要な役割を担う舞台で、初お目見得ができることをはすごく嬉しいです。歌舞伎の興行で清元として出る機会があるならば、ぜひ菊五郎のおじさんの興行で、という思いが襲名以来ずっとありました。いつのタイミングでお話をいただけるのか分からないことなのです。実は今年はもう諦めるしかないかなと思っていたほどで。11月に役者として出させていただくお話はそもそもあったので、12月は歌舞伎の俳優としての公演は休んで、清元としての活動をすることを考えていたところでした。
 
そうしたら、11月に『十六夜清心』に出るというお話になり、父の提案で、そこでワキを勤めたらどうだということになり、いろいろなタイミングで……。『十六夜清心』という大曲、清元としての責任が大きい演目でお目見得という喜び、父のワキに並べるという喜び、いろいろな喜びが重なりました。

−−『十六夜清心』の清元は、どんな役割で、どんな見所があるのですか?

お芝居としての一面が広い意味を持つ曲目だなと思います。菊五郎のおじさんが演じる清心、そして時蔵のおじさん(※五代目中村時蔵)の十六夜。面白いのは、十六夜の気持ちを物語るのがタテ唄の仕事で、清心の気持ちを語るのはワキということ。なので菊五郎のおじさんのなさる清心の唄の部分と言ったらいいのかな、菊五郎のおじさんの気持ちを語る立場を担えるということがやはりすごく嬉しいですね。ここまで役者として修行を積ませていただいてきた菊五郎のおじさんに対して、改めていろいろな思いを抱きながら、この舞台に出たいなと思います。いやはや、こんな日が来ると思わなかったです(笑)

−−やはり、ひとしおの思いですか。

ひとしおの思いがありますね。よくかかる演目だし、菊五郎のおじさんの清心を小さい頃から見てきた僕の中では、清心といえばおじさんというイメージ。3歳の時に『鏡獅子』で魅せられてから、歌舞伎の生の舞台を見に行くという意思を自分で持つようになって。父の舞台、歌舞伎の舞台を見に行っていたので、小さい時によく見ていたなという思いもあります。
 
その時、まさか自分が『十六夜清心』に清元として出るなんて思ってもみなかったことなので、子どもの頃の自分に報告してあげたいです(笑)

すべてが自分の中では嬉しいチャレンジ

尾上右近

尾上右近

−−クドキの部分が色っぽい曲目ですよね。

色っぽいし、やはり語るように唄うというのが、清元の本来の本質。それをこのひと月を通じて勉強したいです。ワキと言ってもかなり責任が大きい立場です。それはどの曲でもそうなのですが、この『十六夜清心』においてはお芝居においての影響力がワキという立場においてもすごく大きい。責任もありますが、喜びも大きいです。

−−台詞と掛け合いになるような部分もありますよね。

そうなんですよ。それはやったことがないですからね。でも台詞は言ったことがあるからね(笑)

台詞を“渡す”という言い方をするのですが、渡される側の実感はあるので、あんまり違和感はないですね。女方と立役を一緒にやると、女方がどこにいたら立役がやりやすいか分かるのと同じで、両方やることの持ち味はあると思います。

「ここで唄わなきゃ!」と思うと、台詞からの流れは途切れてしまうので、そこはにゅっと入れるんじゃないかな。菊五郎のおじさんの台詞の後に自分が唄う瞬間は多分かなりぐっとくると思いますね……。

尾上右近

尾上右近

−−お稽古は始まっているのですか?

はい。お稽古は始めています。やはり声が出ないといけないので。高音が非常に多いですし、低いところでも、自分の唄の域としては苦しい音程が多い。そこに喉が慣れていく必要があるので、早めにお稽古しないといけないのです。役者としてのお稽古よりも、準備の速度が違います。情景なり情緒なりが入ってくる作業は次の段階なので、まずはプロとして声が出るように、1か月耐えられる喉づくりを始めています。

−−お役とはまた違う喉の使い方なのですか?

結果的にそうなったことで、自分としてはあまり違いを意識することではないですね。今回は女方で出させていただくので、どちらの助けにもなると思います。

例えばこれが立役で、喉をよく使うようなお役だと使い方がだいぶ変わってきます。それを両立させるための声をいずれは作らなくてはいけないという思いはありますけど、今、このタイミングでは難しいかな。だいぶ苦労するだろうなと思いますが、全てが自分の中では、嬉しいチャレンジです。いろいろなものに恵まれたと思います。

お客様を楽しませることに全身全霊の猿之助と、夢の共演

尾上右近

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−−『隅田川続俤 法界坊 』ついてはいかがでしょう?

これは嬉しいですね。やはり、猿之助の兄さん(※四代目市川猿之助)にたくさんお世話になって、いろんなお役をいただいてきたし、いろんな思いがあります。歌舞伎座で、自分が大きな役で猿之助の兄さんと共演させていただくというのは夢でもあったので、「ついに、ついにこの、機会が訪れたぞ!」と。こんな日がこんなに早く来るとは思っていなかった。もっともっと時間がかかるものだと思っていたし、そういうお役をいただけたことは嬉しいですね。だから嬉しい思いがたくさん詰まった11月だなと思っています。その分、準備も着実にしたいと思っています。

猿之助の兄さんは、お客様を楽しませるということに、全身全霊です。

猿翁のおじちゃま(※二代目市川猿翁)がよく仰ってるのですが、子どもがおもちゃで遊んでごっこ遊びをする「おままごと」。子どもが真剣にごっこ遊びをしている姿を大人は笑わないだろう、と。それを真剣に大人がやるのが歌舞伎だと。その精神を猿之助の兄さんから感じます。人を楽しませるというのはもちろんのこと、自分がそれに無我夢中になってやっている。

僕なりの思いなのですが、日常を忘れさせるものが歌舞伎であり、日常を忘れさせる存在が歌舞伎俳優だと思うんです。広く言ってしまえば表現者のことだと思うのですが、やる側も日常を忘れさせるということ。すべてを忘れて夢中になる。夢を持つのではなく、すでに夢の中にいる。それが「夢中」だと。

−−お役がありつつ、清元としての役割もありますが、ご自身の中でどういったバランスを取っているのですか?

全部真剣にやるということじゃないですか。バランスを取ろうと思ったら取れないですよ。バランスというのはあまり考えません。清元も役。清心の心を唄う役だと思っています。

2月の襲名披露の舞台で、父と並んで出させていただきましたが、その時もいろんな役がある中で、あぁ唄う役なんだなと思いました。この山台という台の上に乗って、上手から役者を見て、自分は唄う役なんだなと。いろんなお役がある中の一つで、それは僕しか経験できない役だという感覚です。

歌舞伎俳優としてもどんどん経験を積んでいきたいですけれども、二足のわらじを履きつつ歩み始めて、清元としての経験がまだまだ浅い。経験をどんどん積んでいきたいし、経験を積める立場にあるわけだから、それは最大に利用していきたいし、自分のものにしていきたいです。

尾上右近

尾上右近

−−清元栄寿太夫を襲名されてから、ご自身の中で変わったことはありますか?

囚われなくなったということですかね。役者をやっている自分、清元をやっている自分、普段の自分……ということではなくて、すべて根本「普段の自分」が出るものだと思う。それがにじみ出るものだという認識がすごく強くなった気がするんですよ。だから何か舞台に出る上では、自分自身をさらけ出すという思いです。自分が楽しいと思ってやることが大事だと思う。楽しむようになったと言えばいいかなぁ。

これまで、切り替えるべきだと思ってきたんです。これはこういう気持ち、これはこういう気持ちと切り替えると思えば思うほど、実感としては、切り替えられないものだなと分かってきた。回線が変わるだけで、すべて自分。だから根本、人間修行だと思います。追い詰められることを楽しむ。危険な道を悉く選んでいますよ。

−−ありがとうございました!

公演情報

歌舞伎座130年『吉例顔見世大歌舞伎』

日程:2018年11月2日(金)~26日(月)
場所:歌舞伎座
出演: 尾上菊五郎、中村吉右衛門、中村東蔵、中村歌六、中村時蔵、中村雀右衛門、中村又五郎、尾上松緑、市川猿之助 ほか 
※東蔵、時蔵、又五郎、松緑は昼の部のみ、歌六、雀右衛門、猿之助は夜の部のみ出演 
 
曲目・演目:
【昼の部】 
一、お江戸みやげ(おえどみやげ)  
二、新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)  
三、花街模様薊色縫 十六夜清心(いざよいせいしん)  
 
【夜の部】 
一、楼門五三桐(さんもんごさんのきり)  
二、文売り(ふみうり)  
三、隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ) 法界坊  
 
公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/
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