劇団新派『日本橋』喜多村緑郎と河合雪之丞がスペシャル・トークショーで語った新派の魅力とは?
(左から)河合雪之丞、喜多村緑郎
2019年1月2日(水)に三越劇場で開幕した、新派「初春花形新派公演『日本橋』」。25日の千秋楽へ向け、折り返しを迎えた14日(祝)に、アフター・トークが開催され、喜多村緑郎と河合雪之丞が登壇した。
舞台『日本橋』の初演は、大正4年。泉鏡花が自身の小説を原作に、自らの手で戯曲化した。それ以来、新派の名だたる俳優たちにより繰り返し上演され、今では「新派の古典」として数えられる名作となっている。
今回のトークショーは、プレイガイドのイープラスを利用した方のために企画されたもの。『日本橋』をもう一度観たくなるちょっとした知識、これからも新派を観たくなるその魅力が語られた。公演の見どころとともに、イベントの模様をレポートする。
※以下、一部ネタバレを含みます。
三越劇場で新派を観る贅沢
天井にはステンドグラスがはめ込まれ、壁には彫刻があしらわれた三越劇場。客席の中央には花道が設えてある。花道を使う演出は、新派の『日本橋』で初めての試みだという。
開演が近づくと緞帳(どんちょう)が上がり、歌舞伎の舞台でみかける定式幕があらわれた。拍子木の音で幕が開き、舞台は大正初期の日本橋界隈へ。ステージ上から、花道、通路までが往来する人々で、会場は活気に満たされる。そんな雑踏の中、軽いとは言えない足取りで長身の男が一石橋までやってくる。それが、喜多村緑郎が演じる医学博士の葛木晋三だ。
本作には、日本橋の指折りの芸妓がふたり登場する。一人は上品で人当たり柔らかい、清葉(高橋惠子)。もう一人は、気が強く清葉に何かとライバル心を燃やすお孝(河合雪之丞)。葛木には、葛木のために人の妾となった姉がいた。しかし姉は、自分に似た雛人形を形見に残し、行方不明。葛木は、その雛人形に似た芸妓の清葉に思いを寄せていたのだった。
緑郎は、8年ぶり二度目の葛木役。前半の、傷心のうちにお孝に口説かれまごつく姿も、後半に向け、大人の男らしさも、誠実さはそのままに時を経る中でいくつもの顔をみせていた。お孝の台詞に、友達のようにも兄のようにも弟のようにも思えるとあるが、「まさに」と頷きたくなる葛木だった。
高橋は、今回が3度目の清葉役。劇中には日常会話では耳慣れない言い回し、泉鏡花の小説原文のような台詞もあるが、高橋の透明感ある声と佇まいが台詞に潤いを与え、観る者の心に言葉を沁みわたらせる。
雪之丞は、初役でお孝を演じる。意地も情の深さも、愛嬌のある甘え上手なところも、嫌味なく体現。後半、正気と狂気を行き来する演技は、迫力の演技で観客を飲み込んだ。そして、あえて話題にあげるのを忘れそうになるほどに、女優と女方が違和感がなく舞台上に存在していた。
100年以上前に描かれたそのキャラクターでありながら、それぞれの艶、それぞれの美しさで、現代の女性をも魅了する清葉とお孝。休憩時間中には、客席の大人の女性客が「あなた、清葉さんっぽい」「私はお孝さんタイプ」と、話に花を咲かせる姿もみうけられた。
劇中では、五十嵐伝吾役の田口守が、行き過ぎた愛で涙を誘い、巡査役の勝野洋がストーリーを引き締める。河合宥季は、花柳章太郎以来、女方の出世役と言われている、お千世を健気に愛らしく演じた。
朧月夜の橋での出会い、雪のちらつく花道、火の粉の中を舞うように歩む姿など、名画のように美しい場面は観る者の心にいつまでも残るだろう。贅沢で濃密な、大人のための舞台だった。
「スペシャル・トークショー」レポート
(左から)河合雪之丞、喜多村緑郎
公演の余韻が残る中、はじまったアフタートーク。緑郎と雪之丞は、それぞれの役の衣装のまま再登場し、参加者は大きな拍手で2人を迎えた。司会者の進行により、まずは『日本橋』への思いが語られた。
緑郎にとって『日本橋』は、新派に初めてゲスト出演した時の作品だという。
「最初の『日本橋』は2011年。僕が、まだ市川段治郎の名前で澤瀉屋にいたころでした。『日本橋』は、鏡花物の中でも、泉鏡花自身が戯曲にしたものを、そのまま上演している作品です。鏡花色が強く、全編に素敵な台詞がちりばめらていますが、やる側にとっては難解。前回も、高い山に登るような心持ちで勤めさせていただきました」
そして「雪之丞は昔から『日本橋』のお孝役に憧れをもっていました。なるたけ若いうちに、彼がお孝という役をできればという思いもある中、今回、私も2回目として一緒に出演でき、感無量」だと語った。
緑郎が明かす、17歳の頃の雪之丞
雪之丞は、今回が初出演。しかし舞台『日本橋』を初めて観たのは、昭和62年、17歳の頃だったという。
「その時は、いつかお孝という役をやらせていただけることになるとは、当然思っておりませんでした。けれども、なんて素敵なお芝居だろう。きれいな台詞がキラキラ、キラキラと、流れ星のように降ってくる。素晴らしいなと思ったことを覚えています。思い入れの強いお芝居であり、お役でしたので、このような機会を与えていただき本当にありがたく思っています」
さらに雪之丞は、緑郎との共演について「30年間一緒にお芝居をやってきた同期生。喜多村さんが、葛木役をしてくださることを一つの安心材料として、お孝という役に挑みました。高橋惠子さんも3度目の清葉役でいらっしゃるので、頼りにさせていただいております」と語った。
そこで緑郎が思い出したのが、17歳の頃の雪之丞。
「この人(雪之丞)は、新橋演舞場で坂東玉三郎さんがお孝、片岡仁左衛門さんが葛木の『日本橋』をみたんです。それからは寝ても覚めても『日本橋』。新派の狂言の話ばかりしてくるし、毎日毎日『オットセイだと思うわよ?』と言ってくる。それはなんの台詞か尋ねると、新派だと。これから俺たち、歌舞伎俳優になるんだよ? という時に(笑)。この人はそれくらい新派が大好きだったんです」
美しい言葉に溢れる『日本橋』から、意外な台詞がチョイスされたエピソードに、雪之丞も会場も、大きな笑いに包まれた。
新派に感じるエネルギー
司会者が客席に「新派を初めてご覧になった方は?」と問いかけると、参加者の半数近くが手をあげた。そこで話題は、演劇や歌舞伎はみるが新派は初めてという方のための「新派の魅力」へ。
緑郎は、新派の魅力を「演出家の存在」という視点から語った。一般的な演劇には、舞台の外から舞台を見る演出家がいるが、歌舞伎の場合、座頭が演出もする。
「座頭の方は、自分も舞台に立ちながら隅々にまで指示を出します。ですが、澤瀉屋の師匠(猿翁)は、古典でも必ず演出席を設けていました。新作や復活狂言で、また勧進帳などは別ですが古典でも洗い直しをし、お稽古の期間は右團次さんか猿之助(四代目)さんか僕の三人で稽古代役に立ちながら、第三者の目(演出家)でお芝居を創りました」
喜多村緑郎
緑郎は、猿翁が倒れて以降、他の座組に出演する機会が増えると、演出家のいない歌舞伎ならではの舞台づくりに、驚きを感じたという。そんな折、緑郎は『日本橋』にゲスト出演の機会を得たという。
「もはや『新派の古典』と言われる作品が多い中、新派には文芸部があり、繰り返し上演される作品にも、毎回、第三者をおいて再構築しようと取り組む。そのエネルギーに触れて、新派に行こうと決めました。当時、歌舞伎の方々からは止められもしたのですが、あの時の決断は間違っていなかったと思っています」
率直な思いを口にしたのち、「新派の魅力の専門的なことは、このあと雪之丞さんに聞いてください」と笑いで締めくくった。
新派独自の美しい言葉
緑郎からバトンタッチされた雪之丞は、「そんな専門的なことは存じませんが」と笑いを誘いつつ、台詞や言葉の観点から新派の魅力を語った。
「歌舞伎で使われる言葉は、古語といいますか、江戸時代までの言葉を使います。江戸時代から明治に入り、新しい日本語が生まれてきた時代があります。今からすれば古い言葉、歌舞伎からみれば、新しく生まれたおしゃれな言葉を使い、作られているのが新派です」
「歌舞伎でも新劇でも聞こえてこない、新派でしか聞くことのできない、新派独特の美しい言葉の数々は、魅力の一つではないでしょうか」「訛り、明治期のイントネーションにも気をつかっています」
河合雪之丞
その一例として雪之丞は、「ちょっと待って」などに使う「ちょっと」という言葉をあげた。「現代でも『ちょっと』という言葉がありますが、この世界ではイントネーションが変わります」と説明し、アクセントを「ちょ」ではなく「っと」にくるように言ってみせた。
そして「何度も観るうちに、このようなところが次々と見えてきます。すると新派の魅力に深くはまっていただけることと思います。ですからぜひまた劇場に足をお運びください」と呼びかけた。
6月、再び三越劇場で
(左から)河合雪之丞、喜多村緑郎
トークショーでは、ふたりのサイン色紙をかけた、じゃんけん大会も開催。和装の方々も思わずはしゃぐ盛り上がりの中、10名以上勝ち残っていた参加者全員に対し、緑郎が一人勝ちしてしまう驚きの一幕も。
最後は「これからも古典をブラッシュアップし、新作にもどん欲に挑んでいきたいです。今月はお若いお客様が増えたという実感があります。客席からのエネルギーに、舞台上も負けないようさらにエネルギーを出し、今年も来年も5年後も10年後も、新派でがんばっていきたい」と緑郎。
色紙は、緑郎、雪之丞から直接お客様に。
雪之丞は「色々なところに隠し扉のある新派です。何度も観ていただくことで、一つひとつ、その扉を開けていくことで、素晴らしい新派通になっていただけることと思います。お客様のために努力精進を惜しまない覚悟でございますので、これからもぜひ、新派の舞台をご覧いただければ」と意気込みを語った。
拍手の中、おりきる寸前の緞帳の隙間から、最後まで手をふる緑郎と雪之丞に、客席からは、さらに大きな拍手と和やかな笑い声が贈られた。
新派の舞台『日本橋』は、三越劇場で1月25日(金)までの上演。6月には、同じく三越劇場で新派の『六月花形新派公演 「夜の蝶」』が上演される。山村紅葉、篠井英介をゲストに迎え、喜多村緑郎、河合雪之丞が出演するので、こちらもぜひチェックしてほしい。
撮影タイムも大いに盛り上がりました。
公演情報
■会場:三越劇場
■原作:泉鏡花
■演出:齋藤雅文
■出演:
喜多村緑郎、河合雪之丞、田口守、河合宥季、勝野洋、高橋惠子
大正のはじめ、日本橋には指折りの二人の名妓がいた。稲葉家お孝(河合雪之丞)と、瀧の家清葉(高橋惠子)である。しかしその性格は全く正反対で、清葉が品がよく内気なのに引き替え、お孝は達引の強い、意地が命の女だった。
一方、医学士葛木晋三(喜多村緑郎)には一人の姉がいたが、自分に似ている雛人形を形見として残し、行き方しれない諸国行脚の旅に出てしまった。その雛人形に似ている清葉に姉の俤を見て思いを寄せる葛木は、雛祭の翌日、七年越しの自分の気持ちを打ち明けた。しかし清葉は、ある事情から現在の旦那の他に男は持たないと誓った身のため、葛木の気持ちはよく分かりながらも拒んでしまう。
葛木は清葉と傷心の別れの後、雛祭に供えた栄螺と蛤を一石橋から放ったところを笠原巡査(勝野洋)に不審尋問される。そこへ現れたのはのお千世(河合宥季)を伴ったお孝であった。お孝の口添えで、葛木への疑惑は解け、二人は馴染みになった。彼女は清葉と葛木の関係を知りながら敢えて自ら進んで葛木に近づき身を任せようとしたが、これは清葉に対する意地であった。同時にお孝の家の二階には、やはり清葉との意地づくで関係を持った五十嵐伝吾(田口守)という男が住みついており……。
■料金: 全席指定 9,000円
03-5550-1685(松竹(株)演劇営業部まで)