『「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより』レポート 人生最悪の“失恋”にまつわる日々を赤裸々に表現

レポート
アート
2019.1.29
「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 (C)Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 (C)Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

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フランスの女性現代美術作家、ソフィ・カルの展覧会『「ソフィ カルー限局性激痛」原美術館コレクションより』が、2019年3月28日(木)まで、原美術館で開催中だ。原美術館でソフィ・カルの展覧会が開催されるのは、今回で3回目。本展は、20年前に開催されて大きな反響を呼んだ『限局性激痛』(1999-2000年)をフルスケールで鑑賞できる内容となっている。

この『限局性激痛』は、ソフィが1985年に日本に滞在をした3ヶ月間の経験と、その直後に迎えた失恋がきっかけになって生まれた作品だ。「日本で最初に発表したい」という作家の希望を受けて、1999年の原美術館での展覧会のために、まず日本語版が製作され、その後フランス語版や英語版も世界各国で発表されたという。

ソフィカル 近影 Photo:Jean-Baptiste Mondino

ソフィカル 近影 Photo:Jean-Baptiste Mondino

ソフィは、「1984年、私は日本に3ヶ月滞在できる奨学金を得た。10月25日に出発した時は、この日が92日間のカウントダウンへの始まりになるとは思いもよらなかった。その果てに待っていたのはありふれた別れなのだが、とはいえ、私にとってそれは人生で最大の苦しみだった」と語る。

本展は、この人生最悪の日までの出来ごとを最愛の人への手紙や写真で綴った第1部と、その不幸話を他人に語り、代わりに相手のもっとも辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく様子を写真と刺繍で綴った第2部で構成されている。

フランス語の原題「Douleur Exquise」には、「鋭い痛み」「美しい痛み」というふたつの意味が込められている。日本語でタイトルをつける時には、「切りこむような痛み」を優先したいという作家の意図から、医学用語である「限局性激痛」が採用されたという。

「人生最悪の日」までのカウントダウン

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

美術館1階に展開されている第1部は、ソフィの「人生最悪の日」が訪れる92日前からスタートする。写真にはそれぞれ、「◯◯DAYS TO UNHAPPINESS」と書かれた印が押されており、これは彼女が失恋をするまでのカウントダウンとなっている。

シベリア鉄道や中国を経て、「70日前」に日本に到着。旅館の朝食や、ソフィがお気に入りだったという新宿のバーの写真など、ソフィ独特の美意識が垣間見える作品がズラリと並んでいる。そして、日本滞在を終えてフランスへ戻ろうとする直前に、ソフィは最愛の男性からひどい裏切り行為を受けるのだった。

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

「人生最悪の日」を迎えて傷ついた彼女は、その痛みを忘れるために、彼との思い出の品々を箱の中にしまい込んでしまったという。箱の中には15年間、行動を記録した手書きのメモ、地図、ポラロイドやコンタクトプリントなどがひとまとめにしまわれていた。その後、作品制作を決めた作家はこれを開封し、メモや記憶を頼りに必要に応じてその地を再訪するなどして、数年をかけてこのシリーズ作品が完成したのだった。

自分と他者の痛みを刺繍で表現

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 (C)Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 (C)Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku

2階の第2部では、写真と刺繍で綴られたテキストがズラリと展示されている。「見本と寸分違わず刺繍できる凄腕の職人がフランスにいる」というソフィの情報を受けて、当初は日本語のテキストをフランスで手刺繍してもらう予定だったという。しかし、何しろ膨大な量の作品だ。そこで、新潟にある刺繍工場の協力を得て、まずは日本語版の機械刺繍が完成した。生地は作家こだわりの麻布をベルギーから取り寄せたもの。作家も出来栄えに大いに満足した結果、フランス語版と英語版も新潟で制作された。

「ソフィカル―限局性激痛」1999-2000年原美術館での展示風景 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

「ソフィカル―限局性激痛」1999-2000年原美術館での展示風景 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

失恋によって大変傷ついたソフィは、そこから立ち直るためにとあるルールを決めることにした。それは、1日に誰かひとりに自分の話を聞いてもらい、その代わり、話を聞いてもらう相手にも、今まで体験した自身の一番辛い話を話してもらう、というものだった。ソフィは、「自分の苦しみを人に語れないことが一番辛い」と考えていた。事実、このソフィとの対話の中で、初めて悩みや苦しみをカミングアウトできた人もいたという。それぞれの苦しい経験をフェアに交換することによって、彼女は前に進める状態になったのだ。

他者と辛い経験の交換をしていく中で、彼女自身も、徐々に自分の身に起きたことを客観的に受け止められるようになっていく。3ヶ月かけて他者と語り合い、ようやく彼女の心が癒えた時に、再び作品制作に着手。ソフィの経験した痛みがより鑑賞者に伝わるよう、テキストを刺繍という形で表現したのだった。

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

Sophie Calle Exquisite Pain, 1984-2003 (C) Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018

この一連のソフィの経験について、「たかが失恋」と捉える人も多いかもしれない。それでも、ソフィにとっては鋭い痛みを感じる出来ごとだった。そして、彼女の作品を通して、その痛みは鑑賞者にも共有される。第1部でのカウントダウンも見ていてなかなかに心をえぐられるものがあったが、第2部でズラリと並ぶ刺繍のテキスト群はまさに圧巻だ。自身の人生をさらけ出し、同時に他者の人生にも向き合うソフィの作品は、観る者にさまざまな問いを投げかけている。

イベント情報

ソフィ カル ─ 限局性激痛
会期:2019年1月5日(土)〜3月28日(木)
会場:原美術館
開館時間:11:00-5:00 水曜のみ8:00まで開館 ※入館は、閉館時刻の30分前まで
休館日:月曜(2月11日は開館)2月12日
入館料:    一般/1,100円、大高生/700円、小中生/500円
(原美術館メンバーは無料、学期中の土曜日は小中高生の入館無料、20名以上の団体は1人100円引)
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