白鸚、鴈治郎、孝太郎、幸四郎、猿之助ら出演~歌舞伎座『三月大歌舞伎』昼の部レポート
歌舞伎座『三月大歌舞伎』
2019年3月3日(日)に東京・歌舞伎座で幕を開けた『三月大歌舞伎』。昼の部では、『女鳴神(おんななるかみ)』と『傀儡師(かいらいし)』、『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』が上演されている。今回は、その昼の部の模様を中心にレポートをお届けする。
※以下、ネタバレを含みます。前情報なしでご覧になりたい方はご注意ください。
女鳴神(おんななるかみ)
昼の部最初の演目は、歌舞伎十八番『鳴神(なるかみ)』の主人公を女方が演じる、『女鳴神(おんななるかみ)』。
松永息女の泊瀬の前(片岡孝太郎)は、織田信長に攻められ非業の最期を遂げた父の恨みを晴らすため、鳴神尼と名乗り、山奥で行法に勤しんでいる。この行法により滝壺に龍神を封印し、雨が降らなくなり民百姓は疲弊していた。
そこへ、生き別れた恋人を探しているという雲野絶間之助(中村鴈治郎)がやって来る。絶間之助の話を聞いているうちに、鳴神尼は絶間之助は結婚の約束をした登美若丸であると思い込む。鳴神尼は絶間之助に結婚して欲しいと願い、2人は夫婦の盃を交わす。先ほどまでは熱心に行法に勤しんでいた孝太郎演じる鳴神尼が、だんだんと絶間之助の色気に惑わされ、女に目覚めていく姿はことに色っぽい。
しかし、この絶間之助実は、登美若丸にそっくりということで遣わされた信長の家臣だった。鳴神尼が酒を飲み酩酊状態になった隙に、龍神の封を解く方法を聞き出し、見事龍神を解放する。
起きて雨が降っていることに気がついた鳴神尼は憤怒の相になり絶間之助を追いかけようとするが、信長の家臣佐久間玄蕃盛政(中村鴈治郎)に行く手を阻まれる。
花道で怒りに荒れ狂う鳴神尼と盛政が対峙する場面は、あまりの気迫に圧倒される。幕切れの鳴神尼と盛政の押し戻しは実に豪快で、劇場は大きな拍手に包まれた。
傀儡師(かいらいし)
続く二つ目の演目は大道芸人の傀儡師(かいらいし)を松本幸四郎が演じる『傀儡師(かいらいし)』。お客を楽しませる大道芸人から、お七吉三の恋模様や、浄瑠璃姫と牛若丸の恋模様、船弁慶など、様々な人物を自分自身を人形に見立て次々と踊り分ける。
傀儡師を演じる幸四郎が、本当に楽しそうに踊るので、見ているこちらも楽しい気持ちになる。演じる様々なキャラによって表情や踊りはもちろん、舞台上の雰囲気もガラっと変化するのはさすがである。幸四郎の様々な顔を一度に観る事が出来るなんとも魅力の詰まった演目である。
傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
高嶋館・竹藪
近江の六角家、高嶋館に召し出された絵師の狩野元信(松本幸四郎)は、息女の銀杏の前(中村米吉)に想いを寄せられているが拒絶している。そこで、銀杏の前は、元信をもてなすために腰元の藤袴になりすまし、銀杏の前を諦めさせるために、自分と夫婦になってはどうかと申し出る。賛同した元信と盃を交わすと、宮内卿の局(市川笑三郎)が現れ、藤袴は銀杏の前本人だと明かす。
この場面での米吉演じる銀杏の前の、元信への想いが隠しきれない生娘の姿が愛くるしい。また、本当の藤袴(市川弘太郎)の登場シーンは爆笑ものなので、是非劇場で見て頂きたい。
そこへ、家老の不破入道道犬(市川猿弥)がやってきて、元信に謀反の罪を着せ捕らえて縛り上げる。身に覚えのない罪で捕らえられた元信は肩先を噛み裂き、その血でふすまに虎の絵を描く。するとふすまから虎が現れ、道犬をかみ殺し、元信の縄を噛み切り、難を逃れる。
美男が縄に縛られている姿はそれだけでも色っぽいし、ふすまに描かれた虎の前での見得は必見だ。また、虎が描かれたふすまが回転し、大きな虎が出てくるのは迫力満点で見所の一つである。虎と道犬の立廻りでは、虎にも劣らない猿弥の大きな身体を生かして、ダイナミックに魅せる。
元信と離れ、途方に暮れる銀杏の前のところへ、元信に銀杏の前を守るよう命じられた弟子の狩野雅楽之助(中村鴈治郎)が駆けつける。そこへ、先祖代々絵師として仕える長谷部雲谷(片岡松之助)と道犬の息子不破伴左衛門(大谷廣太郎)が現れ襲いかかる。
土佐将監閑居
山科の里にある、師匠の土佐将監光信(坂東彌十郎)の元へ、土佐の苗字を授かりたいと言う絵師の浮世又平(松本白鸚)とその妻おとく(市川猿之助)がやってくる。生まれつきの吃音のため、自分の思いをうまく伝えられない又平の代わりに、おとくが頼み込むが、将監は又平はまだそれほどの功績を挙げていないと断る。
うまく話すことができない又平の代わりにぺらぺらと口達者に頼みを申しあげるところは、必死さの中にユーモアがあり思わずクスっと笑ってしまう。白鸚演じる又平との息の合ったやりとりも見所だ。
そこへ先ほどの雅楽之助がやってきて、高嶋館であった事を話し、銀杏の前救出の助けを求める。その役目を自分にさせて欲しいと懇願する又平だが、またもや将監に断られる。絶望した又平は命を絶つことを決心し、手水鉢に自画像を描き始める。あまりに力を込めて描いたので、描き終わっても手から筆が離れないほどである。
猿之助演じるおとくが、筆が離れない又平の手をさすりながら消え入りそうな声で「見事でござんす…」と何度も言い聞かせるように言う場面の、おとくの又平を心から想う温かい気持ちと、無念の気持ちに思わず涙しそうになる。又平の呆然とした表情には、夢を絶たれた男の悲壮感が滲み出ていた。
最後におとくが又平と水盃を交わそうと、水鉢に水を汲みに行くと、又平の絵が石を突き抜けて反対側に滲み出ている。それを見た二人はその奇跡に大変驚いている。
そこへ、その一連の様子を見ていた将監が現れ、又平の力を認め土佐光起の名を名乗る事を許す。心から喜ぶ二人に銀杏の前を救出することを命じる将監であったが、又平の吃音を案じる。しかし、節に合わせれば澱みなく言葉を発することが出来ると言うおとく。おとくの太鼓に合わせて踊る又平は、澱みなく謡い舞を踊りきる。するとめでたく、将監から印可の巻物と筆を授けられたのであった。
又平とおとくのでこぼこ夫婦の情愛と、弟子に対し厳しく接しつつも大切に思っている師匠夫婦の人間の温かみが演じる役者それぞれから溢れ出ていた。
なお、夜の部では、『盛綱陣屋(もりつなじんや)』、幸四郎と猿之助が日替わりで踊る『雷船頭(かみなりせんどう)』、そして、黙阿弥の名台詞「知らざあ言って聞かせやしょう」で知られる弁天小僧菊之助を、こちらも幸四郎と猿之助が日替わりで勤める『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』が上演中だ。
ダイナミックな立廻りあり、楽しい舞踊あり、人間の情愛溢れる芝居ありの歌舞伎の魅力を存分に楽しめる演目の揃う『三月大歌舞伎』は、東京・歌舞伎座にて3月27日(水)まで。
取材・文=一ノ瀬ふみか
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。