時代や国境を越えて愛される、かわいらしくも深い物語「ムーミン」シリーズの魅力に迫る
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2019年4月9日(木)〜6月16日(日)の期間、六本木の森アーツセンターギャラリーで『ムーミン展 THE ART AND THE STORY』が開催中だ。2019年はフィンランドと日本の外交関係樹立100周年であり、3月16日(日)から埼玉県飯能市でムーミンの世界を主題とする施設「ムーミンバレーパーク」が開幕するなど、今年はムーミンが何かと話題になっている。
『たのしいムーミン一家』講談社公式サイトより(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205644)
小説、コミックス、グッズ……ムーミン作品の幅広い魅力
そもそもムーミンとは、フィンランドのアーティストであるトーベ・ヤンソンが生み出した想像上の生物の種族名であり、物語の主人公の名前でもある「ムーミントロール」の略称だ。ムーミンは1945年に小説『小さなトロールと大きな洪水』で登場し、その後イギリスの新聞の新聞漫画(ムーミンコミックス)にて活躍、国際的な人気を博した。
『ムーミン・コミックス 1 黄金のしっぽ』筑摩書房公式サイトより(http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480770417/)
ムーミンの知名度を上げたムーミンコミックスは、コミカルなキャラクターが活躍する楽しい話で構成されている。ムーミンの絵本は、穴が開いていて次のページが一部見えるしかけ絵本や、友人らとともにトーベ自らがつくり上げたムーミン屋敷や家具をつかった写真絵本などもあり、作家のアーティストらしい創意工夫が感じられる。また、『ムーミン展 THE ART AND THE STORY』で見ることができる作品は、幅広い世代を惹きつける。子供たちはムーミンの世界の住民たちが描かれた広告やポスター、イースターカードを目にして夢中になり、大人たちは洗練された色味のイラストや、繊細で陰影のある挿絵に見入るだろう。
コミックスや絵本、ポスターイラストなどのムーミン関連の作品が、ポップでかわいらしいながらも全体としてスタイリッシュなのは、恐らくフィンランドという国ならではの色彩感覚と、彫刻家の父と画家の母を持つトーベの優れたセンスが活きているからだろう。ムーミン作品の魅力は、世代や国境を越えたファンを増やし続けている。
9作品からなる小説 子供も大人も楽しめる展開
ムーミンの小説は計9作品あり、登場するキャラクターも多い。スウェーデン語で刊行された年をもとに並べると、以下の順番になる。
『小さなトロールと大きな洪水』1945年
『ムーミン谷の彗星』1946年
『たのしいムーミン一家』1948年
『ムーミンパパの思い出』1950年
『ムーミン谷の夏まつり』1954年
『ムーミン谷の冬』1957年
『ムーミン谷の仲間たち』1962年
『ムーミンパパ海へいく』1965年
『ムーミン谷の十一月』1970年
初期作品である『小さなトロールと大きな洪水』は、ムーミン母子が失踪してしまったムーミンパパを探しにいく話、『ムーミン谷の彗星』は天変地異に怯えながら皆で対策を練る話で、第二次世界大戦が終わるタイミングで書かれていることを考えると、社会的な不安を反映していると推測できよう。
『小さなトロールと大きな洪水』講談社公式サイトより(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205651)
その後の物語は、春を迎えたムーミン谷の情景や不思議な魔法などが描かれ、ムーミンという言葉で想像するような、明るくファンタジックな要素が強くなるが、『ムーミン谷の冬』あたりから内省的なムードが増していく。そして最終巻である『ムーミン谷の十一月』は、ムーミン一家が不在の状態で話は進み、全体にうっすらとした喪失感が漂っている。
『ムーミン谷の十一月』講談社公式サイトより(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205650)
物語はわかりやすく書かれており、キャラクターが魅力的なので子供も楽しめる。さらに、重厚な主題や人間関係の複雑さなど、大人になってから読み返して初めて理解できる要素も多い。
ダイバーシティやサスティナビリティ 時代を越えて問いかけるテーマ
ムーミンの物語は最初の刊行から50年以上経っているが、内容が古くならない。それは、ムーミン谷やムーミントロールたちは現実世界と直接つながっていないせいでもあるが、時代を越えて我々に問いかけるテーマがあることも原因として挙げられるだろう。
トーベ・ヤンソン /1956年 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
ムーミンの世界では、姿かたちや性質が異なるさまざまな種族が住んでおり、互いの違いゆえに当惑したり傷ついたりもするが、多様性をゆるやかに受け入れて暮らしている。登場人物たちは長所と短所を併せ持ち、自分勝手な振る舞いが目につく者もいる。それでも人格が否定されることはなく、時には生活に彩りや気づきを与え、ぶつかりながらちょうど良い距離を測って共存するのは、ダイバーシティの理想的なあり方のように思う。
そして物語全体を通して流れているのは、自然への畏怖や憧憬、共生の意識だ。それは、謎に包まれた海底の世界に対する「こわくて、美しい」(『ムーミン谷の彗星』)という感想や、移住先の島が、異端者であるムーミン一家を少しずつ認めはじめる過程(『ムーミンパパ海へいく』)、小説作品におけるトーベの挿絵が、背景である自然の描写に力を入れていることなどから察せられる。また、持ち物を増やすことを嫌い、使い慣れたものを愛好するスナフキンなど、ものを捨てずに再利用する発想などは、サスティナビリティ(持続可能性)を体現している。
ダイバーシティやサスティナビリティは現代的なトピックだが、恐らくムーミンの物語は、今はまだ問題として挙がっておらずとも、未来において課題になる要素も無数に含んでいるのだろう。時代や国境を越えて愛される、深い物語の世界をふんだんに味わうことができる『ムーミン展 THE ART AND THE STORY』を、是非お見逃しなく。