特別展『三国志』へ行く前に読みたい、吉川英治小説『三国志』 日本における三国志人気の秘密に迫る

コラム
アート
2019.7.9

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2019年7月9日(火)〜9月16日(月・祝)の期間、東京国立博物館で特別展『三国志』が開催される。多くのコアなファンがいることで知られる三国志だが、本展に関しては200セット限定の図録セット前売券はわずか2日で売り切れとなり、開催前からTwitterのフォロワー数は1万人越え、公式サイトの特別企画「武将メーカー」では15万以上の武将が誕生するなど、開催前から大いに盛り上がりを見せている。

日本における三国志人気の秘密
『三国志演義』の存在と定本の確立

通常『三国志』と呼ばれる書物は、陳寿が記した歴史書である『三国志』と、『三国志』を基にしながら作者の創作を盛り込んだ羅貫中らによる『三国志演義』のふたつを指す。『三国志』は正確かつ簡潔を期して史実を記述しているのに対し、『三国志演義』は読み物として面白く、エンターテイメント性が高いという性質を持つ。

そもそも『三国志』は、後漢から三国時代までの期間、180~280年頃に魏・蜀・呉の三国が繰り広げた興亡に関する書物である。壮大な歴史を持つ中国においては、春秋戦国時代、南北朝時代など、三国志の期間以外にも群雄割拠の時代はたくさんある。その中で、なぜ三国志は日本において突出した人気を誇るのだろうか。理由は複数あるだろうが、短期間におけるカリスマ性の高い武将の登場と起伏あるストーリーのほか、『三国志演義』の存在が大きいと思われる。

三国志においては、ほぼ同時期に強い武将が登場する。他の時代にも数多くの武将が存在するが、三国志の時代ほど短期間での乱立状態にはなっていない。物語としては、個性的なキャラクターが長いスパンで点在するよりも短い期間でつぎつぎに出てくる方が、中だるみせず刺激的になる。そして三国志は、登場人物が成功したところで話が終わらず、一度成功してもまた次のライバルに攻撃され、最終的には亡くなる。大団円で終わらず、目的を達成しても次々に課題が持ち上がり、時に不幸に陥る栄枯盛衰・諸行無常の要素は、日本において受け入れられやすいといえよう。

日本で「三国志」と言って頭に浮かぶのは恐らく、小説は吉川英治の『三国志』で、漫画は横山光輝の『三国志』だろう。吉川英治の『三国志』は『三国志演義』に基づいており、横山光輝の『三国志』は吉川英治の小説に影響を受けている。吉川英治の『三国志』はベースとなる『三国志演義』の性質を引き継ぎながらも合理性を高め、よりわかりやすい話に仕立てている。吉川三国志は戦後に新聞小説として連載されたこともあって広く普及し、日本の三国志の事実上の定本として確立している。

講談社公式サイトより(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000204900)

講談社公式サイトより(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000204900)

吉川三国志の魅力、キャラクターの力

吉川三国志の面白さは、なんといってもキャラクターの力にあるだろう。清廉潔白な劉備、知性と武力を兼ね備えた関羽、粗暴で野卑だがどこか憎めない張飛、誠実で勇猛な趙雲、典雅な智将の諸葛亮孔明など、魅力的な人物が次々に登場する。また作中、赤面美髯の関羽は偃月刀、巨漢で眼光鋭い張飛は蛇矛、涼しげな雰囲気の孔明は白羽扇など、象徴的な武器や道具を携えて戦いに臨んでおり、性格や容姿、戦闘スタイルが有機的に結びつく形で描かれているため、登場人物を想像しながら読み進めることができる。ライバルや敵などは短所と共に長所も描かれ、まったく好きになれない人物は少ない。読者はきっと感情移入できる武将を発見し、また各武将を身近な人間に当てはめることができるだろう。現代的な言い方をすれば、キャラクターがすべて“立って”いるのだ。

Liu Bei Tang(劉備)/Yan Liben (閻立本)/7世紀 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

Liu Bei Tang(劉備)/Yan Liben (閻立本)/7世紀 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

キャラが魅力的なのは人間のみならず、関羽の愛馬となった赤兎馬にも当てはまる。著者の吉川は将来騎手になることも考えていたようで、恐らく馬全般を愛していたのだろう、赤兎馬の炎のような毛並みや千里を走るという脚力、乗り手を選ぶプライドの高さや関羽亡き後の涙ぐましい行動など、メインの武将に匹敵するようなキャラクター性を付加されている。

赤兎馬に騎乗している関羽/Shizhao/2005年11月1日 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

赤兎馬に騎乗している関羽/Shizhao/2005年11月1日 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『三国志演義』は、黄巾の乱から魏・蜀・呉が晋に統一されるまでを扱い、劉備と曹操の戦いを主軸として描くが、吉川三国志は劉備が登場して孔明が亡くなるまでを描き、孔明亡き後は省略しており記述も少ない。また、吉川作品は劉備・関羽・張飛を主人公に据えているように思えるが、吉川自身は曹操と孔明を主軸にした物語としている。実際、『三国志演義』では悪役としてしか描かれていない曹操は、吉川作品では豪胆かつ知的な人間味溢れる人物として描写されており、この点も吉川三国志の大きな特徴であるといえる。

Cao Cao(曹操) /By Wang Qi (1529 - 1612) - A copy of w:Sancai Tuhui/1607年頃 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

Cao Cao(曹操) /By Wang Qi (1529 - 1612) - A copy of w:Sancai Tuhui/1607年頃 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

吉川三国志から特別展『三国志』
“リアル三国志”で更なる感動を味わう

東京国立博物館で開催される特別展『三国志』は、“リアル三国志”を謳っており、『三国志演義』のみを知っても三国志を理解したことにはならないとして、正史である『三国志』に踏み込んで近年の三国志をめぐる研究成果を公開する内容となっている。見どころはたくさんあるが、特筆すべきは吉川が英傑として据えた曹操を葬った墓、曹操高陵の調査結果だろう。曹操高陵は長年の謎だったが、石牌「魏武王常所用格虎大戟」、つまり魏の武王たる曹操を示す石牌が出土したことが曹操の墓であるという決定打になった。本展ではその石牌のほか、2019年2月に出土した世界最古の白磁も見ることができる。しかも曹操高陵の出土品のほとんどが海外発出品。日本のファンは、世界に先駆けて曹操の壮大なスケールの墓を実感することができるのだ。

また本展では、三国志関連の小説やマンガ、ゲーム、人形劇などとのコラボレーションが企画されているというのもポイントのひとつ。小説や漫画をはじめ、伝説的に語られる川本喜八郎のNHK人形劇『三国志』や、コーエーテクモゲームスの『三國志』『真・三國無双』の各種ゲームなど、三国志の世界観をいろいろな方向から楽しむことができる。

特別展『三国志』では、曹操高陵や、関羽や張飛、その他の有力武将たちの像や絵画のほか、彼らが活躍した時代に関連する品々が展示されている。会場に足を運べば、お気に入りの武将がリアリティを伴って記憶から蘇り、感動で胸が熱くなるだろう。この夏、三国志の世界を体感できる特別展『三国志』を、どうかお見逃しなく。

イベント情報

日中文化交流協定締結40周年記念 特別展『三国志』
会期:2019年7月9日(火)-9月16日(月・祝)
会場:東京国立博物館 平成館(東京・上野公園)
開館時間:9時30分〜17時(金曜日・土曜日は〜21時、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日、7月16日(火)ただし(7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)は開館)
早割「3594(さんごくし)」3枚セット前売り券:3594円(税込)(3枚綴り) ※3月9日(土)から4月8日(月)までの限定販売
当日券:一般1600円、大学生1200円、高校生900円、中学生以下無料
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