草刈民代×髙嶋政宏『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』遂に開幕~煉獄で向き合う男と女の会話劇・稽古場レポート
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』稽古場写真
草刈民代と髙嶋政宏による二人芝居『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』が、2019年10月4日(金)東京芸術劇場シアターウエストで開幕した。公演は10月14日(月・祝)まで続く。本作は『死と乙女』『谷間の女たち』などで知られる劇作家、アリエル・ドーフマンの原作を映画監督の周防正行が脚色、アーツ・カウンシル・ロンドンの総監督や英国王立演劇アカデミーの校長などを務めてきたニコラス・バーターが演出を担当。今回は本番に先立つ稽古場での様子をお届けする。別記事の開幕レポートとも併せて、お読みいただければ幸いである。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』稽古場写真
簡素な部屋で繰り広げられる男女の会話は、その立場を入れ替えながら互いに詰問し合う。それぞれの本音、それぞれの本質が徐々に浮かび上がりながら、そして衝撃のラストへと向かっていく……。「プルガトリオ」とは「煉獄」という意味で、ギリシャ悲劇『王女メディア』のメディアとイアソンが死んだ後に煉獄で向かい合ったらどうなるのか、という発想を元にした、スリリングに展開する会話劇だ。
演出のバーターは場面を細かく「ユニット」として区切り、ユニットごとに丁寧に演出をつけていく。役の心情を細やかに説明し、その表現方法を丁寧に指示していたが、セリフを読んだだけでは読み取れないような、表面的には出ていない深い心情もしっかりと汲み取った深い説明で、母、妻、父、息子……と男女それぞれの様々な顔を多面的に表現し、心情が幾重にも絡み合う様子を浮かび上がらせていた。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』稽古場写真
バーターがイギリス出身であり、しかも翻訳台本であることから、英語の原文にあたりながらセリフの意味を突き詰めて、皆で読み解いていく様が印象的だった。英語の台本を日本語に翻訳して上演することの難しさをあらためて実感する。少しでも違和感があるときは、バーターと草刈、髙嶋を中心にして白熱したディスカッションが行われ、全員が納得いくセリフになるように積極的に意見を交換し合っていた。緊張感はありながらも時には大爆笑が起きるなど、真剣さとユーモアを交えながら、しかし妥協せずに徹底的に話し合いたい、という熱い姿勢が伝わってきた。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』稽古場写真
テーマやモチーフから重苦しい雰囲気の舞台になるのではないかと想像していたが、見ごたえのあるセリフの応酬は、草刈の小気味よいセリフ回しと髙嶋の深く響く声の対比が鮮やかで、作品の空気を重くもなく軽くもない適度なバランスに保っている。抽象的なセリフで紡がれる舞台は、俳優本人も観客も試される。しかし抽象的であるからこそ、様々な状況に置き換えることができて、見る者は自分の身近な物語として感じることができるだろう。追い詰める側と追い詰められる側が激しく入れ替わる、緊迫感のあるパワーゲームを堪能しながら、自身の内面とも向き合うような舞台になることを期待したい。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』稽古場写真
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稽古終了後、草刈民代にインタビューを行い、現在の心境を聞いた。
――お稽古お疲れ様でした。白熱したディスカッションの様子が非常に印象的でした。
バーター先生のイメージの動きにするためには、気持ちのプロセスが明確に通っていないとダメなんです。「早く歩いて、早口でセリフを言え」ということになってしまうと、それはただの段取りになってしまいますから、なぜその速度が必要かということを、非常に細やかに説明してくださるんです。バーター先生は「英語はこんなに短いのに、日本語はなんでこんなに長いのか」といった、英語と日本語のスピード感の違いなども気にしながら見ていらっしゃるので、そのイメージに合わせて日本語の台本を直しています。
――役の心情や動きを、草刈さんも髙嶋さんもすごく丁寧に咀嚼して飲み込もうとしている様子が伝わってきました。
実は、先週までは全く別のアプローチでやっていたんです。だから髙嶋さんも、今日の稽古の最初の内は「あれ?先週までやっていたのと違う」という感じになっていましたが、やっていくうちにつかめてきて、これまでとは全然違う人格描写になりました。人間は一つの顔だけではなく、いくつもの顔を持っているわけですから、稽古で様々な側面を経験することで人物像が膨らんでくるんです。そうした一見遠回りのようなプロセスを踏むことで、役の理解の土台作りになっているのだと思います。非常にレベルの高い芝居を要求されているな、と感じていますが、それはバレエと同じように、正しい足の高さ、正しい角度、正しいポジション、それが正確じゃないと表現として成立しないということと、私の中で繋がりました。やっぱり芝居は自由さがあると言っても、聞こえるべき言葉はきちんと聞かせないといけないし、その意味も正確でないと、芝居の完成度が高いというレベルに達することができないんだな、と思います。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』草刈民代
――レベルの高いお稽古をしながらも、全体の雰囲気はすごく和やかですね。
髙嶋さんの存在は大きいと思いますね。彼のおおらかさと、揺るぎない安定感に助けられています。髙嶋さんは、二人芝居はずっと稽古していられるところがいい、こういう稽古はなかなか経験できない、と言っていました。
――前回のインタビューでも「演劇は時間をかけないとできない」というお話しをされていましたが、まさにこの稽古はその通りになっていますね。
時間がいくらあっても足りないくらいです。でもそれは戯曲を読み込んでイメージがはっきりしている人じゃないとなかなかできないことです。バーター先生の中にかなりはっきりとしたイメージはあるのですが、まずは役者の動きを見ながら表現を引き出していって、そのイメージを形にしていくということに時間を割いてくださっている感じがします。稽古を見学に来た周防も感心していたのは、バーター先生は本当に忍耐強い方だということです。そして、これだけじっくりやっていても発想が自由で「もっと枠を超えて突き出ろ、もっとやれ」という感じなので、どこまで行けるかわからないですが、私も髙嶋さんも今までお見せしたことのないようなものを出せるんじゃないかと思います。
――では最後に、公演に向けてのメッセージをお願いします。
この作品は一見すごく暗くて難しそうな題材ですが、心の琴線に触れるような見ごたえのあるものになると思います。最近日本で上演されている演劇を見ていると、深く心を動かされる芝居というものは少ないというか、そういう作品を選ばない傾向があるような気がしています。上演時間は大体1時間半から40分くらいになると思いますので、凝縮された舞台で一気に見ていただけると思います。舞台装置も美術もシンプルで、観客のイマジネーションに働きかけるような、本当に演劇らしい演劇になると思いますのでぜひ劇場に足をお運びください。
『プルガトリオ―あなたと私がいる部屋―』草刈民代
取材・文・撮影=久田絢子