串田和美が新作『月夜のファウスト』~長野県芸術監督団事業で県内11+県外2カ所をツアー
串田和美
長野県では、「県民の文化への関わりを一層深め、県内の文化創造活動を活発化し、国内のみならず世界にとって魅力ある文化プログラムを企画・提言していくこと」を目指し、長野県芸術監督団を設置しています。演劇を担当するのは、まつもと市民芸術館芸術監督でもある俳優・演出家の串田和美。旅行鞄ひとつに芝居を詰め込み、ふらりと訪れた場所で上演する、そんなイメージで県内各地を巡る“トランクシアター・プロジェクト”を2018年から展開しています。昨年は味噌蔵やお寺、ギャラリーなど、普段は劇場ではない場所を「劇場」へと仕立て上げて公演しました。今年は、長野県文化振興事業団芸術文化推進室制作による新作『月夜のファウスト』で県内11カ所と、仙台と山形で公演します。
コンパクトな企画だとより芝居の本質が見えてくる
――2018年は『或いは、テネシーワルツ』(まつもと市民芸術館制作)で県内7カ所、今年は『月夜のファウスト』で11カ所を巡ります。
串田 若いころは『上海バンスキング』(オンシアター自由劇場)などで全国を旅したものだけど、今は何十人もでツアーできる時代ではなくなってしまった。そういう意味では、トランクシアターのように身軽な作品は面白いと思うし、可能性も感じますね。公共劇場はどこも予算が厳しい中、積極的にクリエイティブなことをやろうとしている小さい場が増えている。上田市にある犀の角(ゲストハウスを併設した劇場)みたいに。こういうコンパクトな企画はどんどん有効になってくる。トランクシアターは県の事業としてやっているけど、これくらいの規模だったら自分たちでもできる、いざとなったら一人で旅して飯だけ食べさせてくれればやるよ、みたいな松尾芭蕉のようなやり方が生まれても面白い。僕もそういう気概は忘れないでいたいと思いますね。
――トランクシアターでの気づきはありますか?
串田 今回は僕を含め4人。コンパクトな作品をつくっていると、芝居の本質的なものが見えてくるんです。大劇場でにぎやかなことをやるのも楽しいけど、映像の演出だとか、華やかな衣裳だとか贅肉を見にいくような芝居もいっぱいある。若造だったころはさ、雨を降らせようと思ってもお金がないから、自分たちでホースに穴を開けて実験したりした。今は周りが頑張ってくれるから僕もついアイデアを口に出してしまうけど、トランクシアターでは途中で止めたり、自粛してみたり。そういうふうに考えることで、これだけはやらなきゃいけない、これは贅沢だとか見えてくる。でもギスギスした筋だけではダメだから、楽しさも忘れてないけどね。
串田和美
人類が悪魔と契約したのはいつなのか
――『ファウスト』は、まつもと市民芸術館で、若手俳優をオーディションで集めた『ウル・ファウスト』、サーカスの要素を交えた『ファウスト in 茅野』、笹野高史さん小日向文世さんを迎え、生演奏にサーカスにとにぎやかに繰り広げた『K.ファウスト』と上演されています。串田さんにとって『ファウスト』は魅力的な素材ということですよね?
串田 まず僕はゲーテの『ファウスト』はそれほど興味はないんです。ファウストは実在した人物で錬金術や黒魔術に長けたと言われているけど、メフィストフェレスという悪魔と契約して若返る話。ファウストがどこかの宿屋でずっと金をつくらされていて、その最中に爆発が起きて死んだときに民衆の誰か、あるいは宿屋の小僧が「悪魔がファウストの魂を持ち去った」と叫んだと。その話にいろんな尾ひれがついて広がって、それが人形劇になったり、バカバカしい講談本みたいになったり民衆の物語になったんだよね。それが僕には面白かった。ゲーテが『ファウスト』を書いたきっかけは人形劇だった。手塚治虫さんだって中学時代にゲーテを読んで、いくつかのバージョンを描いている。そういう意味では、僕らの『ファウスト』ができたらと思っています。
――『ファウスト』の物語についてはどんな魅力を感じていますか?
串田 ファウスト博士は実在したとされているんだけど、その部屋の壁に「農夫は鋤で畑を耕す」という言葉が書かれているんだって。それをドイツ文学者の酒寄進一さんが文献に発見して教えてくれたのね。農業はある意味では一番素朴で自然に近い作業だったわけでしょ。現代はとても科学的になっているけど、荒地を耕して土地を改良して、別のところから苗やタネを持ってきて植えたというのは、人間が初めて自然を動かしたことでもある。ファウスト的に人類が悪魔と契約したのかがいつかと言えば、もしかしたらその時かもしれない。ファウストがなぜその言葉を書いたのか考えると面白いよね。その一歩が、今やITだAIだと、便利さを超えたところまで来てしまった。なぜここまで来ちゃったのか、分かれ道はいくつもあっただろうに。
串田の幼少期の記憶と結びつく、“僕らの『ファウスト』”
――どんな作品づくりをされているんですか?
串田 大もとの原作や昔やった台本を引っ張り出して、共演するメンバーとファウストのセリフを輪唱したりハモったり、メフィストとファウストの対話を一人でやったり、相談しながら台本をつくっています。たしかに僕が引っ張っていくけれど、誰が何を演じるとかではないんですよ。3人で全部やる感じかな。落語とか講談のようにね。二間(けん)四方のステージがあって、その上でなんでもやっちゃう。二間四方と言ったら八畳。音楽の飯塚直さんはその台から降りたところで演奏する感じです。
実は『ファウスト』といっても今回は僕自身の個人史的なものと『ファウスト』の世界が混ざってくるようなものになっている。遠い遠いドイツ中世の錬金術師の話と、20世紀に生まれて戦後に育った僕には何の共通点もないけれども。
――それはどういうことですか?
串田 僕は戦後に生まれ、井の頭に住んでいた。都心は焼け野原で、お百姓さんや木こりのような人たちがいたところに、商いをする人、文化人などいろんな人が住み着いた。生きていくのに必死だから、道端にゴザを敷いて鍋直しとか包丁研ぎとかいろんな仕事をしている人がいた。今思えばまるで中世のブリューゲルの絵みたいだなって。ブリューゲルの大きな絵を見ると、いろんな人の生活の様子が描かれている。そういう風景が面白かった。最初は価値観なんてなかったのに、次第に成功する人も現れて、貧富の差が出てくる。畑を耕すくらいは罪もなく、経済として野菜と肉を交換しているうちはまだよかったけれど、貯金ができて上下関係が生まれた。人類は今や地球を弄ぶようになってしまった。別にお芝居でそれを究明するわけではないし、言葉やテーマにしているわけではないんだけど、根底にはそういう思いがあるんだよね。それが詩のようなものになるといいなって思います。
――ファウストの話が根底で串田さんの記憶と結びついたと。
串田 そうですね。あとは、この作品をつくろうとしたときふっと浮かんだのが、モビールをつくったアメリカの彫刻家アレクサンダー・カルダーのこと。その人の映像を見たんだけど、家の中でモビールに光をあてると壁に影が映る。それがミニマムな演劇のように見えて、誰かの家のリビングで友達を呼んで誕生会をやってるようなスタイルにしようと思ったわけ。主催してくれる街の皆さんに「コンセプトはお誕生会」と言ったらキョトンとしてたけどね(笑)。
――突然聞いたらそうでしょう(笑)
串田 フフフ。僕の父、孫一さん(哲学者)は、詩人や画家などいろんな友人を家に招いてさまざまな会をやっていた。幻燈や手作りの紙芝居を披露したり、詩を朗読したり。僕は小さいころその様子を覗いていた。昔はゲームとかないから工夫して、お誕生会もタマゴの殻を顔にして人形劇をやったり、歌ったり、演し物をやったじゃない。そういう感じが良かったなあって。本当にローテクな演出、子供たちが何か表したいと思う初期衝動みたいなものを取り入れたいなあと。そこが難しくて巧みにやらないとそういう味は出ないんだけど、巧みにやりすぎると無邪気な感じも出ないんだ。
――トランクシアターというのは、演劇を初体験する人にたくさん出会う旅じゃないですか。それについてはいかがですか?
串田 演劇を観慣れてる観慣れてないではなく、関心を持ってやってきてくれるのがうれしいんですよ。たとえば長野市や松本市とか大きな街に観にきてくださいというやり方が主流なんだけれど、出かけていくことで、いろんな人に出会える。面白がってくれる人もいるし、目覚めちゃう人もいる。そういう人とのつながりでつくっていきたいと思うんだよね。会場に下見に行くと、実行委員会の人が最初は構えたりしているけど、一緒に準備を進めていくうちに仲良くなって。面白い体験ですよ。
――芸術監督団のお一人として、届けたいと思うものはなんですか?
串田 やっぱりつくった側も見てくれた方もその作品を感じる、ということが大事だと思う。どうにも言葉では説明のつかないような感情を大事にしていきたい。演劇でもアートでも見て、感じることの中には嫌なことも含まれているんだよね。目を背けたくなるような瞬間もある。美味しいものだけを食べていたら身体が丈夫になるかといえばそうでなくて、苦いものも必要だったりもする。そのドキっとするようなことがずっと心に残って、いつか自分の人生に影響を与えるようなきっかけになるかもしれない。そのことがちゃんと伝わるかが一番大事じゃないかな。もちろん伝えるんだから、逃げられちゃいけない。だからなんでもやっていいわけじゃないけれど、お互いそういうものだということを共有していないといけないと思うんだ。
――なるほど
串田 さっき贅肉と言ったけれど、たとえばスターがこんな山奥まで来てくれたとか、芝居の本質とは関係ないじゃない。そこが重要になると「スターが来ないんだ、じゃあ今度はパス」となってしまう。肝心なものを捨てちゃったらいけない、そういうことを思いながら、魂を売った男の話をつくっているんだけどね(笑)。今の話を描くわけじゃないけれど。
お客さんは誰かのお誕生会に出かけるような気持ちで来てください。実際に誕生日の人がいたら、小さなケーキでもあげようかな。
地域の方と会場についてミーティングする串田
寒天工場の説明を聞く串田
自ら会場の天井の高さを確認する串田
【トランクシアター・プロジェクトとは?】
このプロジェクトは、公演を呼びたい地域に立候補してもらい、実行委員会を結成して地域それぞれで公演を迎える準備をしていくスタイルを採っている。今年は各実行委員会が提案した会場を串田やスタッフが周り、この公演を通して地域に何を興したいのかなどの思いを尋ねるなどミーティングを行ってきた。各地域の実行委員会では公演の機運を高めるために、演技ワークショップ、『ファウスト』のリーディング、『ファウスト』を原作とした人形劇オペラの制作、地域資源の掘り起こし、地域の演劇関係者のネットワークづくり、演劇によるアーティスト・イン・レジデンスの実験などを実施。当日もその地域ならではのアイデアでお客さんを迎える準備をしているところも多い。また、芸術文化推進室と県内の演劇関係スタッフによる制作チームも、各地で全体ミーティングを行って地域同士の交流を図ったり、相談会や稽古場見学など地域のメンバーが創作のプロセスに関わる機会を設けてきた。その理由はプロジェクト後に「この座組を通して学んだ知識や経験が地域の文化活動に生かされていく」ことが念頭にあるからだ。
取材・文:いまいこういち
公演情報
トランクシアター・プロジェクト2019『月夜のファウスト』
■脚本・演出:串田和美
■出演:串田和美 武居卓 下地尚子
■音楽:飯塚直
■料金(全席自由)一般2,000円/高校生以下1,000円
■問合せ:長野県文化振興事業団芸術文化推進室 Tel.026-223-2211
※に関するお問合せ・購入については各地域実行委員会まで
9月28日(土)19:00開演/犀の角
9月29日(日)14:00開演/犀の角
<問合せ先>
犀の角 TEL:0268-71-5221(受付時間 7:30~10:00 16:00~21:30/月曜休)
E-mail:info@sainotsuno.org
10月3日(木)19:00開演/sakumo佐久市子ども未来館
<問合せ先>
なおやマン TEL:090-2203-7903
E-mail:naoyaman@gmail.com
10月4日(金)19:00開演/あづみのコミューンチロル
<問合せ先>
あづみのコミューンチロル TEL:0263-72-3322(受付10:00~17:00/火曜休)
※安曇野市公演の観劇に際しては別途1ドリンク(500円)の購入が必要です。詳細は安曇野市公演問合せ先まで。
10月5日(土)17:00開演/長野県飯田創造館201号室
<問合せ先>
市瀬 TEL:090-9660-0577、長野県飯田創造館 TEL:0265-52-0333(受付9:00~17:00/水曜休)
10月6日(日)14:00開演/伊那西小学校多目的室 いな西てらす
<問合せ先>
小さな森の芸術祭企画室 TEL:0265-72-6871(受付9:00~19:00/水曜休)、小池 TEL:090-4181-1817
E-mail:artfestival.inaforest@gmail.com
10月8日(火)19:00開演/いいづなアップルミュージアム
<問合せ先>
一般社団法人飯綱町観光協会 TEL:026-253-7788(受付9:00~17:00/水曜休)
E-mail:staff@1127.info
※飯綱町公演のは同日開催のマリオネットオペラ(1,500円)とのセット販売となります。詳細は飯綱公演問合せ先まで。
10月16日(水)19:00開演/松本市波田公民館
<問合せ先>
波田コミュニティデザインクラブ TEL:0263-92-6240、TEL:090-4537-6669(川澄)
E-mail:hata.matsumotodaira@gmail.com
10月18日(金)19:00開演/飯山市文化交流館なちゅら 特設ステージ
<問合せ先>
飯山市文化交流館なちゅら TEL:0269-67-0311(受付9:00~22:00/火曜休)
E-mail:bunkakouryu@city.iiyama.nagano.jp
10月19日(土)17:00開演/信濃追分・文化磁場油や・ギャラリー一進
<問合せ先>
文化磁場油や TEL:0267-31-6511(受付12:00~17:00/火・水曜休)
E-mail:oiwake@aburaya-project.com
10月20日(日)16:00開演/信州八ヶ岳長寿寒天館
<問合せ先>
NPO法人サポートC TEL:0266-82-8230(受付時間 13:00~19:00/火曜休)
E-mail:trunktheater2019chino@gmail.com
10月22日(火)13:00開演/松本市安曇保育園
<問合せ先>
上條敦重後援会 TEL:0263-87-1058(受付時間 8:30~17:30)
<山形>
■会場:山形県・川西町フレンドリープラザ
■料金(全席自由):一般2,000円/PLA's会員 1,800円/青少年席(U24)1,000円
■問合せ:川西町フレンドリープラザ TEL:0238-46-3311
<宮城>
■会場:宮城県・仙台市太白区中央市民センター体育館
■料金(全席自由):一般2,000円/高校生以下1,000円
■問合せ:せんだい演劇工房10-BOX TEL:022-782-7510