西川大貴が今の日本をファンタジーとリアルで描く『(愛おしき)ボクの時代』1stプレビュー公演観劇レポート
2019年11月15日(金)、東京・DDD青山クロスシアターにて、ミュージカル『(愛おしき)ボクの時代』1stプレビュー公演が幕を開けた。
本作には脚本・演出 西川大貴、音楽 桑原あい、振付 加賀谷一肇という3人の若手クリエイターが集い、さらにスーパーバイジング・ディレクターとしてダレン・ヤップが参画。総勢17名のキャストは、全員オーディションによって選び抜かれた。まさにここ日本でゼロから作られた作品だ。西川の頭の中で生まれ、稽古場で育まれてきた本作。そして実際に劇場で上演しながら、今後もさらに進化してくという。観客の意見はアンケートやSNSを通して取り入れられ、それらを元に日々ブラッシュアップが行われる。2度のプレビュー公演やその間の稽古期間というプロセスを経て、はじめて本公演が上演されるのだ。こうした上演形態は海外では決して珍しくないのだが、日本においては極めて稀なことでもある。
本編が始まる前に、脚本・演出の西川が客席の前に登場して挨拶をする時間が設けられた。西川によると、今後の作品の変化に伴い、演奏や美術・衣裳などの視覚的効果を極力シンプルなものにしているのだという。作品が変わっていくことが前提となるトライアウト公演ならではの工夫だ。
その言葉どおり、音楽は舞台下手に設置された1台のピアノ伴奏のみ、ほとんどのキャストは黒をベースとした衣装を身につけ、セットは舞台上の複数の白い箱を巧みに組み合わせて使うという極限まで削ぎ落とされた演出だった。それ故に、観る者の想像力を掻き立てる演出だったとも言えるだろう。
幕開けは、いきなり華やかなショー要素の高いミュージカルナンバー。メインヴォーカルの第一声から、これは実力派キャスト揃いの作品なのだなということがわかる。観客を作品世界へと誘う力強い歌声だった。
一方、現代の日本、つまり“ボクの時代”の描写はかなり現実的。平凡な平日の朝、母親に急かされながら目も合わせずそっけない様子で家を出て、満員電車に揺られる青年・戸越。イベント企画会社で最近リーダーを任されるようになったものの、あまり仕事はうまくいっていない様子だ。「妙な閉塞感」、「ものが満ちているのに満たされない」、「少し昔を愛おしく羨ましく思う」……主人公が音楽に乗せて胸の内を叫ぶように発する言葉は、どれも同じ時代を生きる者として共感できる。それと同時に、心がヒリヒリとするのも感じた。
ある日、戸越は仕事で伊豆へと向かったはずなのだが、気付くとそこは摩訶不思議のパラレルワールド。わけもわからぬまま、戸越は天狗様の元へ旅に出ることになったかと思えば、次から次へと個性的な登場人物が彼の前に飛び出してくる。
前触れもなく、猿が舞台上を駆け回り「Don’t Think !」とエネルギッシュに歌い上げると、時代に取り残されたワケアリ武士が「俺を敬え!」と刀を振りかざし、きりたんぽを手にした愛らしいナマハゲが「旅のお供をしたい」と戸越にすがりつく。さらにその横ではきびだんごカールズと名乗る3人組が、お腰につけたきびだんごをつまみながらぶっちゃけ恋愛トークを繰り広げている。パラレルワールドの登場人物の会話には、いわゆる今どきの若者言葉が飛び交ったり、日本語と英語の言葉遊びが度々登場したり、シュールな笑いが随所に織り込まれておりコメディ要素も強く感じた。
その後も怒涛の展開と新(珍?)キャラクターが登場しながら、天狗様を探す奇妙な旅は続いていく。正直戸惑うこともあるかもしれないが、ここはストーリーの流れに身を委ね、その破茶滅茶加減を楽しんでほしい。舞台上でポカンと口を開けている主人公・戸越こそ、誰よりも困惑しているのだから。
1幕後半に繰り広げられる、10名を超えるキャスト陣によるタップダンスは迫力満点。タップを踏むリズミカルな音だけでなく、目の前で歌い踊る人々の息遣いまで聞こえてきそうな勢いだ。本公演の会場となるDDD青山クロスシアターの舞台と客席の近さも楽しんでほしい。
ジャジーなものからポップスまで、耳に馴染みやすく心地いい旋律の楽曲が多いのも本作の特徴だ。その中で特に印象に残ったのは、とある童謡をモチーフにした1曲。ネタバレになるので曲名は記さないが、日本人なら誰しも幼いときに口ずさんだことがあるであろうメロディが使われている。時が経つにつれて気持ちがすれ違い、心をうまく通わせられない母と息子。各々が、過ぎ去ってしまった幸せだった穏やかな日常に想いを馳せる。曲を使うタイミングや状況次第で、聴き馴染みのある童謡がこれほど切ないメロディとして聴こえてくるのかと驚かされた。ぜひ劇場で確かめてみてほしい。
1stプレビュー公演時点での上演時間は1幕70分、休憩15分、2幕50分の合計2時間15分。11月15日(金)に幕を開けた1stプレビュー公演は18日(月)に終了、11月23日(土・祝)から2ndプレビュー公演が始まっている。今後は、26日(火)まで2ndプレビュー公演が続き、数日のブラッシュアップ期間を経て、11月30日(土)からはいよいよ本公演が始まる。
一人ひとり確かな実力と熱量を持つキャストとクリエイターが揃っているからこそ、より高みを目指していってほしいと願う。1stプレビュー公演の幕は開いたがこれは決して完成ではない。挑戦はまだまだ始まったばかりだ。
取材・文 = 松村蘭(らんねえ)