辛酸なめ子が井澤駿のプリンシパルライフに迫る~新国立劇場バレエ団『マノン』上演記念企画
(左)辛酸なめ子(右)井澤駿 (撮影:阿部章仁)
新国立劇場バレエ団『マノン』(振付:ケネス・マクミラン 音楽:ジュール・マスネ)が2020年2月22日(土)~3月1日(日)に東京・初台の新国立劇場オペラパレスで上演される。アベ・プレヴォーの小説「シュバリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語」を基に作られたドラマティックな全三幕のバレエ作品だ。
このほど人気コラムニストの辛酸なめ子が、今回の公演でデ・グリュー役に初めて挑戦する井澤駿をインタビューした。『マノン』に向けリハーサル中の井澤のプリンシパルライフに、辛酸ならではの独特な視点で迫る。
現代の王子様? プリンシパルの品格
「マノン」で魔性のヒロインと恋愛を繰り広げる神学生デ・グリューを演じるプリンシパル、井澤駿さん。レッスン帰りの井澤さんに、ベールに包まれたプリンシパルライフについて伺いました。
バレエダンサーということもあって、背が高くシュッとして、貴公子のような雰囲気。2月下旬に本番を控えた今は、毎日朝から夕方まで稽古場で練習の日々だそうです。
「さっきまで振付を覚えていました」と、熱気の余韻が残る表情でおっしゃる井澤さん。素人からすると振付はメモするのも難しいし、どうやって覚えるのか想像つかないですが……。
「今は振付指導の方が来ているんですが、だいたい2週間で仕上げます。踊り込んで自分のものにするにはまだ時間がかかりますが、今はとにかく振りを覚えて、体に入れ込む作業をしていきます。踊りながら音と動きを体に入れていく形ですね」
「踊り込む」とかはじめて聞く動詞です。振りを忘れてしまうことはないのでしょうか?
「覚えている段階ではたまにありますね。次の動き、なんだっけな、と。ただ体で覚えてしまうとあとは勝手に動いてくれるんです。まだ頭で考えながら踊ってる段階なので、ときどきまちがえたりします。でも本番では忘れることはありません」
ピアノでもダンスでも体が覚えてしまう段階まで練習するのがプロなんですね。若いから記憶力も良さそうです。
「バレエダンサーは踊っていられる寿命が短くて、15、6年くらいでしょうか。そのあとはキャラクターの役柄を演じられる人、振付家になる人や指導者になる人もいます」
プロフィールを拝見したら、井澤さんは今はプリンシパルとのことで、バレエの世界ではランクはどんな感じなのでしょう。
「僕はソリストから入団させてもらいました。新国立劇場バレエ団のランクでいうと、まずアーティストがあって次にファースト・アーティスト、ソリスト、ファースト・ソリスト、プリンシパル、という段階になります。年齢ではなく実力によってランクが変わります」
映画みたいに役を巡って熾烈なバトルがあったりするのでしょうか。
「ライバル心を持っている人もいると思いますが、皆、役をめぐって努力する、お互い切磋琢磨している仲間たちです。新国立劇場バレエ団は皆、仲がいいです。環境が良いからでしょうか。日本では劇場を持っているバレエ団はなかなかありません。レベルの高いダンサーを起用したり、舞台装置を入れられるのが新国立劇場バレエ団の強みです」
環境が良いと、人間関係も円満になるというのはわかります。新国立劇場は来る度にすごく立派できれいな建物で、楽屋食堂もあったりして充実しているのが伝わってきました。マクミランさんという振付家は『ロメオとジュリエット』でも濃厚な男女の愛を演出していましたが、特徴的なものがあるのでしょうか。
「振付指導の方は『ロメオとジュリエット』と同じなのですが、パートナーを本気で愛しなさいとおっしゃいます。できる限り一緒にいて食事を共にしたり、一緒に暮らすくらいがベストだと言われました。演技というより本当に愛し合わないと出てこないものがあり、関係を深めて二人の世界を作っていく。マクミランの振付作品は、お客さんに向かって踊っていないんです。箱の中で起きていることをお客さんが上から見ている感覚。自分の中で起きている物語を表現するんです」
それは、男女の恋愛をのぞき見できるみたいで高揚します。見にいきたい気持ちが急激に高まってきました。パンフの写真を見るだけでも、二人の見つめ合い方に本気が感じられるような……。お互いに実生活で彼氏や彼女がいたり心配かもしれませんが、役が終わったら恋愛感情も抜けていくのでしょう。
ちなみに『マノン』は小説「マノン・レスコー」にも書かれている有名な魔性の女性ですが、魔性の女性に対して怖さとかはあるか伺うと…。
「本気で好きになったらちょっと傷付きそうですよね」と、さわやかな笑顔でおっしゃる井澤さん。なんとなく危ない橋は渡らなさそうな手堅さが感じられます。
「『マノン』は人間の欲望がつまった作品だと思います。愛もお金も欲しかったり。ちょっとドロドロしてますけど、人間ってこういう生き物なのかと考えさせられます」と、冷静に分析しています。
マノンは愛と富、両方とも手に入れようとしていましたが、井澤さんは愛と富、どちらが大切でしょうか。そう伺うと、井澤さんはしばらく上を見つめて考えたあと、
「お金も大事ですけど、愛もないとさみしいですよね。僕は自分が死ぬ時のことをよく考えるんですけど、さみしく死にたくないな、っていう思いがあって。僕はやっぱり愛の方を取るかもしれない」と、答えられました。若いのに自分の臨終シーンまで考えていらっしゃるとは。話を聞くと、食生活や体調管理にかなり気をつけているそうなので、まだまだ臨終シーンまでは先が長そうです。
ちなみにそんな健康的な井澤さんの趣味は、燻製を作ることと、植物公園や深大寺など自然の中を散歩することだそうです。いろいろ伺って、やはりプリンシパルの品格が保たれているというか、俗な要素はほとんど感じられませんでした。そんなクールな井澤さんが、舞台で濃厚な恋愛に溺れるギャップ感をぜひ鑑賞したいです。
文=辛酸なめ子 撮影=阿部章仁
公演情報
■会場:新国立劇場オペラパレス
■芸術監督:大原永子
■振付:ケネス・マクミラン
■音楽:ジュール・マスネ
■美術・衣裳:ピーター・ファーマー
■照明:沢田祐二
■編曲・指揮:マーティン・イェーツ
■管弦楽:東京交響楽団
■キャスト:
・2月22日(土)14:00/23日(日・祝)14:00
米沢唯(マノン)、ワディム・ムンタギロフ(デ・グリュー)、木下嘉人(レスコー)
・2月26日(水)19:00/3月1日(日)14:00
小野絢子(マノン)、福岡雄大(デ・グリュー)、渡邊峻郁(レスコー)
・2月29日(土)14:00
米沢唯(マノン)、井澤駿(デ・グリュー)、木下嘉人(レスコー)