シンセ番長・齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム・第六十八沼 『錯覚沼!』
「welcome to THE沼!」
沼。
皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?
私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。
一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れることを
「沼」
という言葉で比喩される。
底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。
第六十八沼 『錯覚沼!』
どんなスポーツにも危険はつきものだ。
時にそれは命まで奪う事もある。
軽装での登山や、ルールを無視した経路でのスキーなど、自然を相手にするスポーツは自分の命だけでなく、多くの方々に悲しみと迷惑をかけてしまう可能性と隣り合わせなのだ。
私の趣味(既にライフワークといってもいい)である釣りも水という自然を相手に行うスポーツなので、やはり水難事故で多くの命を落とす人がいる。
それでも私は何故毎晩のように釣りに出かけるのか。釣った魚は外来漁法とかいうややこしい法律のため、自宅に持ち帰るどころか、その輸送も禁止されている。
つまり釣ったら放してあげるというルールの中で行っているのだ(キャッチ&リリース)
さらに私の行っている釣りの手法は少しおかしい。
ルアー(擬似餌)を使用した釣法なのだが、ぜんぜん擬似じゃない。餌ににてもにつかない。しかも、水中深く沈んでいる魚に対して、私のルアーは全て水上に浮くルアーを使っているので釣れにくい。
以前、このコラムで書いたが、私は7〜8年もの間、ほぼ毎日釣りにでかけ、一匹も釣れなかったという黒歴史がある。
しかし、一度釣れ始めたら、その勢いが止まらなかった。
まずはボートでの釣りを辞め、いわゆる陸っぱり(おかっぱり)という歩きながらどんどん攻める方法を導入。さらに平日の夜中に釣りにいくという事を始めた。
この事で、人為的な魚に対するプレッシャーが軽減し、水中深く潜っている魚も私の投げた水上に浮かぶ巨大ルアーにバイトする事がわかった。
やはり他人と違うアプローチを取るという事はスポーツにおいてもその独創性は通用するものだ。
その方式を取り入れる事で、私は爆釣王になった。
飽きるほどの魚を手にする事が出来たのだ。
しかしだ。この方法で最も危ないのは「夜釣」という点だ。夜は昼間のような視界は全く期待できない。っていうか真っ暗で視界はほぼ0。そんな状況で事故らない方がおかしい。
そのため、湿った土手から毎晩のように転げ落ち、水路とは気づかず落水を繰り返す私に、妻が万全の装備を用意してくれた。
こんな感じで、50を過ぎたおっさんが泥まみれになって帰宅する恥ずかしさたるや、、、いや、もう何も感じてない。
もちろん、毎回おちるので車のシートはアングラーズハウスのゴムシートでカバーされている。
また、ある夜中、私以外誰もいるはずのない田んぼのど真ん中で釣りをしていると、遠くから真っ白いテニスのユニフォームを着た女性がこちらへ向かって歩いてきた。
「出た。。。お化け出た。。。」
と思った瞬間、彼女は猛スピードで私を追いかけてきたのだ!あまりの恐怖に失禁しそうになりながら走って逃げると、その女性はあっという間に私に追いつき、なんと並走し始めた!!!!!
死ぬほどの恐怖を感じながら、並走する彼女の顔を見ると、少し青髭の生えたオッサンなのだ!!!!!!
その女装したオッサンは私の顔を見ながら大笑いして私を抜かし、走り去っていった。
怖いなんてもんじゃなかった。
それ以来、本当のお化けなんてちっとも怖くなくなると同時に、2度とこんな恐怖を味わいたくないので、ところどころにある石碑や御地蔵さんに手を合わせ「今日も無事にかえれますように!そして大きな魚が釣れますように」と祈りながら釣り歩いていた。
それ以来、一度 野犬の襲撃を受けたが、スケボールックで最強装備の私はなんとか無事に難を逃れる事ができた。
そして、釣果はますます上がった。石碑や御地蔵さんにお祈りしている事もあったのだろう。
また、いわゆる「ポイント」というやつを意識したのだ。誰も「魚なんて居ないよ」と思うような小さい水路を専門に攻め始めたのだ。
よく発売されている釣りの教則本の真反対を実践した。そして私はあるサンクチュアリーを発見してしまったのだ!!!!!!!!!!!!!
そして、遂に昨年の10月。私が50歳になる寸前の出来事だ。その秘密の爆釣サンクチュアリーで人生初であり、全てのアングラーの憧れのサイズである50cmオーバーの魚を釣り上げた!!!!
見事な体高、拳が口に入るほどの大きな魚!
竿が折れるかと思うほどの引き。
それまでも、この秘密のサンクチュアリーでは30匹ほど釣りあげていたが、こんな大きなのは初めてだった。
私が、毎晩 真夜中に手を合わせていた石碑は、なんと解体された単なるブロック塀だったのだ!
脱力のかぎりを全身で受け止めながら、初の昼サンクチュアリーにも寄ってみた。
「素敵じゃ無いか。これでいいんだ」と絶景に癒され、私は2度と百武くんとの釣行をしない事を決めた。
おしまい