戦い続ける大衆演劇の行く先は? ~ 山根演芸社・山根大社長への七つの質問

2020.7.23
インタビュー
舞台

山根演芸社・山根大社長(画像提供:旅芝居専門誌「カンゲキ」)

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これからの大衆演劇はどこへ行くのだろう?

緊急事態宣言の解除後。2020年4~5月の長い休演を経て、大衆演劇公演が再開された。席を一つずつ空けたり、送り出しを中止にしたり、劇場に来られないファンのためにWEB配信をしたり。各劇場・劇団が、お客さんとの「距離の近さ」という従来のアピールポイントを変えても、なんとか舞台を届けよう!とする思いが伝わってくる。

業界の未来を見つめている人の考えが聞きたい。筆者は7月、大衆演劇興行の仲介業を務める、山根演芸社(大阪府)の山根大(やまね・はじめ)社長に取材依頼を出した。伺った質問は七つ。テーマは①第1波への対応 ②緊急事態宣言 ③送り出し ④WEB​配信 ⑤舞台の内容 ⑥合同公演⑦ファン。山根社長は一つ一つ、思いを込めた答えを返してくれた。(※メールベースで取材を行いました)

■「どうすれば生き抜けるか」を考えていた

【質問1】2月はまだ、ほとんどの劇場が通常公演をしていました。そのため、3月1日、浪速クラブ(大阪府)の公演初日が延期されたときは大変驚きました。山根社長が対応に動き出されたのはいつ頃ですか?

実のところ、私の中では公演の中止は考えていませんでした。公演実施・延期の判断は、劇場・劇団で個々に異なるため、その判断を尊重し、折り合うところで追認していくという形でした。なので、浪速クラブに限らず、すべての公演地に劇団と相談して、自主的に休演を判断してもらったというのが本当の所です。

危険認識がなかったというわけではもちろんありませんが、毎年インフルエンザでは3千人が亡くなっています。客観的な根拠が薄弱な中でのマスコミの煽りは疑問で、当時始まりつつあった「スローパニック」状態に、ひどい違和感を持っていたことは事実です。


【質問2】4月の緊急事態宣言前後は、ファンの間でも「幕が開いている限りは足を運びたい」「今は役者さんの安全のために公演をやめてほしい」など、色々な意見が飛び交っていました。劇場・劇団との意見交換の中で、山根社長がまず優先すべきと考えられていたことは何でしょうか?

どんなときでもお客様を入れてきた旅芝居にとって、基本的に「休演は死」と考えていました。「どうすれば公演できるか?」「どの形なら公演できるか?」ということしか頭にありませんでした。

劇場・劇団ともに「日銭」が入ってこなければ枯渇してしまいます。4月の段階では給付金の話も出来上がっていない状態でしたし、補償が存在しない以上、どうすれば生き抜けるか考えることが最優先でした。それこそインフルエンザが激しく流行した時期でも幟を巻いた(公演を中止した)劇場はなく、また、阪神大震災、東日本大震災、度重なる豪雨災害の折にも「すべて休演」ということはかつてありませんでした。「いついかなる時でも公演の可能性を考える」ということが前提でした。

お客様の安全が基本中の基本であることは、今に始まったことでもなく当然です。そして、劇場が開いていれば、そこを訪れるかどうかはお客様各々の自由意志です。劇場・劇団は公演を実施することで意志を示し、お客様は足を運ばれることで意志を示している。これを合意と見る以外に、考え方はないと思っています。

従って、4月当時も劇場・劇団の個々の考えで、折り合う着地点を探しました。それぞれの価値観や考え方、性格により、対応には幅がありましたが、それを尊重するのが当然と考えました。公演ができるか否か見えない状態の中、5月中旬からは公演可能になるだろうという見込みの下、すべての劇団に負担をかけて移動してもらいました。政府の方針がもっと明確なら、それよりダメージの少ない方法を取り得たかも知れない、と今も思います。
 

■公演再開後の変化

【質問3】6~7月の公演では、送り出しがなかったり、あっても握手や一緒に写真を撮ることは禁止されたりしています。従来、送り出しで役者さんが手を握って言う「また来てね」の効果は、やっぱり大きかったと思います。送り出しの有無は集客にも影響を与えるでしょうか?

劇団が「お客様に観てほしいもの」とお客様が「劇団にしてほしいこと」が重なることは余程の幸運であろう、と思います。送り出しのみならず、演者と観客の「距離の近さ」にこそ、お客様にとっての旅芝居の魅力はあり、それは「本質的な魅力」です。いかに劇団が演目・内容を磨き上げ、舞台上で勝負をかけたくても、現状、それで他のエンターテイメントのような料金を課せる構造にはなっていないと思います。送り出しを切り捨てて舞台で勝負ということになった場合、それに完全に対応できる劇団・劇場は限られます。そしてそれは旅芝居ではなく、一種の商業演劇となるでしょう。そういう方向性をずっと求めている劇団は私見ではいくつか存在します。それらの劇団については、これを好機と捉えて変わっていくことも良いだろうと思います。

ただ、あくまで現状の旅芝居に足場を置いて考えるならば、「新しい生活様式」とやらに適応してこれまでの考え方の変更を迫られても、それは「手法の変更」にとどまるはずです。たとえ新たな手法が基本となった場合でも、お客様との「距離の近さ」と、日常的に通うことのできる料金設定を変えることは難しい。その二つの要素のどちらを失っても、それは旅芝居とは別なものになるからです。

(いずれも2019年撮影、送り出しにて)「距離の近さ」は本質的な魅力。これまでは終演後に役者さんの写真を撮ったり、会話をすることが可能だった。 左上から時計回りに、つばさ準之助座長(劇団つばさ)・つばさ真琴さん(同)・澤村千夜座長(劇団天華)・沢村玲華さん(同)・松川小祐司座長(劇団美松)・宝華紗宮子さん(賀美座)


【質問4】自粛期間中に、WEB配信を始めた劇団もあります。舞台に足を運べるお客さんが少し減ってしまっても、その分、有料WEB配信が拡大していけば、劇場・劇団が存続していくことは可能でしょうか?

私は、演劇とは演者と観客が同じ空間を共有して成立する、と考えています。旅芝居の役者がネット芸人となって行く場合、他ジャンルとどう差別化を図るのでしょうか。WEBに好意的で、それに手を染めている者は劇団・劇場・関係者と多様に存在しますが、その理由として挙げられるのは、配信が「良きパブリシティ」となり、WEBで公演を観た顧客が、それをきっかけに劇場の木戸をくぐってくれるようになるというものです。配信の舞台を観て、そういう方向に動く顧客は多く見積もって5割です。「ナマを観てみたい」と思わせることがその眼目であるなら、WEB配信は言わば「撒き餌」であるはずです。その点に無意識なまま、WEB配信で完結するようなものを見せ続けてしまえば、それを観て旅芝居に惹かれた者の半分は、「WEB上の旅芝居」の愛好者となるでしょう。では、WEB配信だけで成立するエンターテイメントに旅芝居はなりおおせることが出来るのか?富士を庭に持ってくるような到底無理な考え方ではないか、と考えざるを得ません。

急場しのぎの方策としては何でもありで良いと思います。しかし、もし劇場を置き去りにしてWEB配信だけがうまくいったとすると、それは「旅芝居から別ジャンルにシフトする」ということであり、別な土俵での戦いとなります。

以上を根拠に考えるなら、配信が伸長した場合、劇団には形を変えて生き残る可能性はありますが、劇場はどんどん縮小するのが自然でしょう。今、全国にどの程度のCDショップが残存しているでしょうか。配信で音楽に触れることに満足すれば、わざわざCDを買いに行く必要はありません。配信を考えた場合、これがすべての雛形です。映画館とNetflixの関係も、これとまったく同じです。つまり、「興行」は滅亡へと向かうことになります。


【質問5】舞台とお客さんとの距離が少し遠くなった今、舞台の内容にも変化が必要だと考えられている部分はありますか?

舞台と客席の距離の拡大を、何らかの方法で押しとどめたいと考えています。ただし、それは現状の旅芝居(私が多くの時間と労力、その他諸々を捧げたものとしての旅芝居)が生き残るという立場を取る場合です。

山根演芸社は「受注仕事」であり、興行の企画を本分としています。もし旅芝居が内容ごと大きく変化して行く場合、そもそも私どものような存在が必要とされるかどうか疑問です。

(2016年撮影)演者と観客が同じ空間を共有する楽しさは、何にも代えがたい。小泉たつみ座長(たつみ演劇BOX)が釣り竿を振る仕草をすると、釣り上げられた動作をする観客。


【質問6】コロナの影響で公演がひと月丸ごと中止になるなど、公演先を失っている劇団もあります。この現状では、複数劇団による合同公演は有効な策だと考えられていますか?

有効ではありますが、あくまで非常措置であり急場しのぎの方策です。まず、入場料が一定で、参加する劇団が多くなった場合、それぞれが得られる利益は縮小します。ゆえに、合同公演を継続するためには入場料金などシステム自体を変更する必要に迫られ、それはおそらくお客様を利することにはなりません。

劇団が家族や徒弟制度といったことから離れていくにつれ、その自然(人情の自然と言っても良いが)は「分裂」でした。その逆であったことは一度もありません。自然に反することには無理があるので、合同公演ということは余程のことがない限り選択肢には入りません。今回はその「余程のこと」が起こっているということです。

さらに、仮に臨時編成の合同公演が人気を博した場合、元の形に戻った時、お客様がそちらに以前同様の支持をくださるかどうかはかなり危ういでしょう。かつて、プロレス業界が興行活性化を目論んで団体の枠を超えた「交流戦」を次々と開催しました。いわゆる「夢の対決」で、それ自体は人気を呼びましたが、ネタが尽きれば「夢そのものが消滅」しました。そのため直近までの「座長大会」頻発は、私には自らの首をしめているとしか見えませんでした。今や、その切り口でお客様は集まりません。むやみに座長大会を開いても、舞台はすべて予定調和のうちに収まってしまい、下手をするとお客様は、大事に応援する座長のために忍耐する形を強いられているかも知れないと危惧しています。

トップを張っている劇団で特別公演を打つ時には、完全に自分の手の内で行っていることがほとんどです。劇団個々の「ワールド」を求めるのがお客様の本質であってみれば、ゲストや大会はむしろ「邪魔」なのではないか?と思います。

背に腹は代えられないから、非常時には何でもありです。しかし、複数劇団の合同公演は以上の理由で(基本的には)上策とは思えません。致し方なく、でなすべきことだと考えています。


【質問7】「大衆演劇がないと生きる楽しみがない」というファンの声も聞きます。大好きな大衆演劇が生き残っていくために、ファンにできることはありますか?

十分な備えをなさった上で、公演地に足を運んでいただきたい。劇場・劇団は、それぞれ十全な準備をした上でお待ち申しています。公演の主催側の準備が不十分とお感じになった時は、ご覧くださいとは言いません。公演地・劇団の双方あっての旅芝居です。だからお客様には、現場を守る手助けをしていただく以外にないのです。

各劇場は全力で感染予防に努めている。席を1席ずつ空けた池田呉服座(大阪府)。(画像提供:旅芝居専門誌「カンゲキ」)

池田呉服座の案内。検温、消毒、マスク着用を徹底。(画像提供:旅芝居専門誌「カンゲキ」)


全員の検温、マスク着用、席の間隔を空ける、換気、消毒液の設置、ハンチョウ(掛け声)を控えること。決まり事のたくさん増えた大衆演劇。けれど先日、ある若い座長がニッコリして客席に呼びかけた。

「ハンチョウは禁止でも、拍手はOKですからね!」

座長が女形で登場すると、客席から大きな拍手が起きた。声を出せない分も含めて、ひときわ大きな。

劇場、劇団、興行。舞台の表で裏で必死に戦っている人々がいる。その“手助けをする”思いを込めて、汗のにじむマスクの下から舞台を観る。

取材・文=お萩

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