11月は桟敷席のチャンス! 歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』第三部『一條大蔵譚』観劇レポート
11月の歌舞伎座に、今年も無事、櫓があがった。
2020年11月1日(日)、東京・歌舞伎座で『吉例顔見世大歌舞伎』が初日を迎えた。正面入口の頭上に、今年も11月恒例の櫓があがっている。
歌舞伎座は、8月に公演を再開して以来、感染症対策に積極的に取り組み、マスクの着用、かけ声の禁止、会話や食事の制限など、来場者の協力を得ながら、感染者を出すことなく現在まで興行を続けている。一方で、11月1日より再開したサービスもある。筋書と桟敷席の販売だ。新サービスとしては、ブロマイドのオンライン通販も始まった。歌舞伎座インターネットショップ「かお店」で、先月の舞台写真を、今月の千穐楽まで購入できる。
筋書の販売が再開。キャッシュレス決済の準備も進んでいるのだそう。
表紙は、江戸時代の芝居小屋を描いた浮世絵。ここにも櫓があがっている。
注目したいのは桟敷席だ。通常は一等席に2千円程度プラスした価格だが、現在は一等席と同じ料金で利用できる。本稿では、第三部『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』を(SPICE初! 桟敷席から!)レポートする。出演・配役は、松本白鸚の一條大蔵長成、中村魁春の常盤御前、中村芝翫の鬼次郎、中村壱太郎のお京。
■それぞれが胸に秘める、源氏再興の決意
『一條大蔵譚』は、『鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)』全5段のうち4段目にあたる話だ。時代は、平家が隆盛を極めた頃。公家の一條大蔵長成(以下、大蔵卿)は、世間で「阿呆」呼ばわりされている。その妻、常盤御前は、かつて源義朝の愛妾でありながら、義朝が負けたあとは、子どもたちの命を守るため、仇である清盛の妾になった。そして今はうつけの大蔵卿の妻となり、“猫なで声”で接しているという。
今月上演される『奥殿(おくでん)』の舞台は、公家の一條大蔵卿の館となる。鬼次郎と妻のお京は、水面下で源氏再興を目指している。もとは源氏方であった常盤御前の本意を問うべく、大蔵卿の館にやってきたところから話は始まる。
常盤御前が本心は、清盛への怒りを忘れておらず、常盤御前なりの方法で清盛に報復を試みていたことが明らかとなる。これを耳にしたのは、家老の八剣勘解由(松本錦吾)。清盛にリークしようと、妻の鳴瀬(市川高麗蔵)の制止を振り払い駆け出そうとしたとき、御簾の中から長刀が降り下ろされる。颯爽と現れたのは、大蔵卿だった……。
■愛嬌ある笑顔で隠すもの
常盤御前が本心を明かす場面では、魁春が品格をもって感情をほとばしらせる。それを芝翫と壱太郎が、余すことなく受け止めて、観客の心に届ける。『奥殿』は、ひとつ手前の場面『檜垣』とセットで上演されることが多い。『檜垣』では、お京が大蔵卿に召し抱えられる経緯や、大蔵卿がいかに天真爛漫な阿呆者かが描かれる(志村けんさんのバカ殿のモデルになったと言われている)。
今回は感染症対策への配慮から『奥殿』のみの上演であり、鬼次郎とお京の会話から事情はうかがい知れるものの、大蔵卿の「“うつけ”キャラ」×「格の高い本来の姿」のギャップを大胆に見せられる構成ではない。しかし白鸚は、限られた時間と台詞で、作り阿呆と本当の姿を、大蔵卿の中で一続きに、それでいて明らかに別の面として鮮やかに描き出す。武家の血をひく公家の設定を独特のセリフ回しで聞かせ、ぶっ返りをアクセントに華やかに盛り上げる。本来の自分で生きられない事情を知ってしまうと、大蔵卿の笑顔が少し悲し気なものにもみえた。ラストは天真爛漫な笑い声を響かせ、大きな拍手がわく中、閉幕した。
■観劇に向く? 向かない? 桟敷席からの芝居見物
今回は西側(下手側)の桟敷席から観劇した。靴を脱いで足をおろし、9か月ぶりに購入した筋書を開いて開演を待つ。初めて歌舞伎座の桟敷席を体験し、驚いたのは、「舞台との距離感」と「他の来場者との距離感」だ。
「舞台との距離」
目線の高さが、出演者や演奏家たちと同じくらいになることで、お芝居を観やすいだけでなく、想像以上に近くに感じられた。『一條大蔵譚』の冒頭で、花道の揚幕から鬼次郎が登場した時は、芝翫の存在感に圧倒された。花道のすぐ脇の席や前方の列の席から見上げるのとは質の異なる迫力だ。東側の桟敷席の場合、花道までの距離はあるが、本舞台は近く感じられるはずで、花道の七三で見得をする役者を真正面に観られる、ほとんど唯一の席となる。
花道が近い!
個人的に「桟敷席は特別な雰囲気を楽しむためのボックス席。純粋に観劇を楽しむなら1等席が良いはず」と思い込んでいた。しかし今回、舞台との高低差がなくなることで臨場感が格段に上がる、一味違った観劇体験ができることを知った。
歌舞伎座の桟敷席(西側)からの眺め (C)松竹
『他の来場者との距離感』
感染症対策の一環で、通常2人で着席するスペースを1人で使用する。歌舞伎座は、8月に再開して以来、収容人数を制限するべく各席の前後左右と、花道の内側3列、外側4列をクローズしてきた。桟敷席にはカーテンと扉があり、演目によってカーテンは閉められるがその間もドアは開放されている。他の来場者との距離が気になる方には強くおすすめしたい。
桟敷席の個室の扉の前に立つと、風が流れているのを感じた。「構造上換気が良い」を体感できた。
上演中も東西の扉は開放。廊下が消灯される。第一部はカーテンが閉まっていた。演目ごとの判断があるようだ。
現在は、上演時間が短く幕間がない。場内での食事を禁止されているが、いつかは桟敷席で食事も楽しんでみたい。その分、1等席は8000円と割安なので、気軽に桟敷席を利用できるチャンスだ。いつもと違った観劇を楽しんでみてはいかがだろうか。
花道の内側は3列あいている。このスペースのおかげで七三での演技も戻ってきた。
花道の外側は4列あけ、残った席も千鳥格子になるよう配慮されている。
『吉例顔見世大歌舞伎』は、11月26日(木)千穐楽まで上演される。
取材・文・撮影(©松竹を除く)=塚田史香
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
公演情報
会場:歌舞伎座
第二部 午後1時50分~
第三部 午後4時45分~
第四部 午後7時30分~
※開場は開演の40分前を予定
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侍女千枝 尾上右近
侍女小枝 中村米吉
奥方玉の井 市川左團次
一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
奥殿
吉岡鬼次郎 中村芝翫
女房お京 中村壱太郎
八剣勘解由 松本錦吾
女房鳴瀬 市川高麗蔵
常盤御前 中村魁春
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
川連法眼館
源義経 市川染五郎
駿河次郎 市川團子
亀井六郎 澤村國矢
静御前 中村莟玉
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