中川大志、アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』を通して感じた、アニメ映画ならではの難しさを語る「俳優だけではキャラクターが完結しない」
中川大志
1984年に発表された芥川賞作家・田辺聖子の恋愛短編小説をアニメーション映画化した『ジョゼと虎と魚たち』。2003年には妻夫木聡、池脇千鶴の主演で実写映画化もされた本作。将来を模索する若者・恒夫と、自分の世界のなかで生きている車椅子のジョゼ。運命的な出会いを果たした2人が外の世界を知っていく姿を、瑞々しいタッチで描いている。同作で恒夫の声を担当したのが、中川大志。映画『坂道のアポロン』(2018年)、NHK朝の連続ドラマ小説『なつぞら』(2019年)で好演をみせたほか、『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』(2015年)で声優、『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』(2017年)や『ソニック・ザ・ムービー』(2020年)で日本語吹替をつとめるなど、声の演技の評価も高い。今回はそんな中川大志に、『ジョゼと虎と魚たち』について話を訊いた。
――『ジョゼと虎と魚たち』は2003年に実写映画化されて大ヒットを記録しました。多くの人にとって印象が強い作品ですが、主演の妻夫木聡さん、池脇千鶴さんが表現した恒夫像、ジョゼ像に引っ張られるところはありませんでしたか。
声優として芝居をする上では、意識する部分はほとんどありませんでした。アニメーションと実写の違いというところもありますが、何よりも時代が違う点が大きい気がします。田辺聖子さんの原作小説は昭和の時代に生まれ、実写映画は平成の時代。そして今回のアニメーションは令和の時代の物語として監督がチューンナップして、キャラクターや設定を変化させているんです。原作や実写の『ジョゼと虎と魚たち』が好きな方たちにも、新しい形のものとして受け取ってもらえるのではないでしょうか。
中川大志
――『東京国際映画祭』でも上映されましたが、そこで行われた舞台挨拶での、中川さんの「監督の指示が細か過ぎて、テイクを重ねても、前のテイクとの違いが分からなかった」というコメントが印象的でした。
声量を上げるとか、トーンを高くしたり低くするということであれば、正解にたどり着くのは簡単なのですが、そういうことではなく、ニュアンスを感じ取らなければならなかったんです。物語の序盤で恒夫が、車椅子のジョゼを事故から助けたことをキッカケに、彼女のおばあちゃんに家へ招かれる場面があるのですが、その会話シーンが絶妙に難しかったんです。監督からは「ジョゼのことをもう少し子どもをあやすようなイメージで」、「下の年齢の人と接するように」という指示で、テイクを重ねても、大幅な修正があるわけではなく、メモリを微妙に変化させていくような感じでした。監督のイメージするものを受け取りながら、キャラクターの感情に合点させていかなければいけない。序盤はかなり試行錯誤しました。
――実写であれば、表情や身振り手振りも加えて表現できるけど、今作ではそれができない。アニメーションの芝居ならではの難しさですね。
あとアフレコのときは映像が出来上がっていなくて制作途中の状態だったんです。だから自分で想像を膨らませて、声と感情を合致させなきゃいけなかった。それに僕のセリフひとつでキャラクターが完結するわけでもない。監督が舵を取り、アニメーターのみなさんが描く表情や仕草があって、恒夫が出来上がる。完成した作品を観て、初めてこの物語やキャラクターの全体像が掴めたんです。ただ、自分が想像していた何倍も壮大で素敵な世界になっていたので、監督を信じて良かったと思いました。
中川大志
――中川さんはドラマ『なつぞら』でアニメ監督役をつとめていましたが、同作のなかで「アニメーションにしかできない表現」についてのやり取りがありましたよね。『ジョゼと虎と魚たち』における、アニメーションにしかできない表現はどういうところだと思いますか。
客観的な目線で鑑賞した感覚としては、ジョゼが夢を見るシーンが印象的です。彼女の頭のなかで思い描く外の世界が、ファンタジックな表現で動き出す。一枚絵として描くのも大変なのに、ああいう細かい世界がアニメーターさんたちの手で丁寧に作り上げられているんだと考えると、純粋に感動しました。一方で、声優として参加した立場としては、俳優が人物像を演じるだけではキャラクターが出来上がらない点に、アニメーションらしさを感じます。
――と言いますと?
実写なら、俳優の芝居や表現でキャラクターが固まっていくんです。でもアニメーションは、俳優の声もあくまでキャラクターの一部。ひとりの人物像を作り上げるために何十人、何百人がキャラクターの心情を考え、作画し、動きを付けるなどしていくわけで、俳優の声での芝居はその段階の一部なんです。声を吹き込んだあと、さらにこちらの想像を超えて、キャラクターの可能性が広がっていく。そうやって人物像がどんどん豊かになっていく過程は、アニメーションならではだと思います。
中川大志
――先ほどジョゼの夢の話が出ましたが、彼女が家に閉じこもっている理由のひとつが、おばあちゃんに「外には猛獣がたくさんいて危険である」と教えられていたから。そんななか、恒夫はジョゼを外に連れ出していろんな世界を見せていく。中川さんもさまざまな仕事現場を経験していると思いますが、外の世界の怖さみたいなものを感じたりしますか。
どんなに経験を積んでも、初めていく現場の初日はすごく緊張しますし、怖さもあります。あと公開初日の舞台挨拶やマスコミのみなさんの記者会見など、大勢の前に出るときも、周りが猛獣のように見えることがあります。
――そういう怖さがあるんですね。
たくさんの人の目に触れることへの怖さはいつも持っています。撮影初日によく意識することがあるんですが、自分が感じている緊張、怖さ、不安な思いと同じものを、周りの人たちの目から見つけ出すようにしているんです。「自分と同じ不安を相手も抱えているんじゃないか」と。そうすると、感覚的なんですけどそれこそ相手から猛獣感がなくなるというか。「みんな怖いし、不安なんだ。いろんなものを抱えてそこに立っているんだ」というふうに思い込みます。マインドコントロールみたいなものですが、そうやって恐怖心を乗り越えていますね。
――この物語は「好きなら諦めるなよ」という恒夫の台詞も重要です。最後に、中川さんはこれまで役者を諦めかけた経験はありますか。
もちろんありました。悔しい思いや落ち込むことは今でもあります。恒夫のように、追い詰められてどうしようもないような状況はまだ味わったことはありませんし、彼のあの言葉の重みは本当に強いけど、でも大なり小なり、自分も壁にぶつかってもうダメかもという経験はありました。
――でもやっぱり好きだから続けられた、と?
結局、この仕事が好きなんです。役者はちょっと特殊な仕事ですし、あまり参考にはならないかもしれませんが、苦しんでいる時間、落ち込んだり傷ついたりしている時間があったとしても、その先に芝居として使えるんじゃないかという考え方をしています。
――どんな経験も芝居に生かすということですね。
役として違う人物になりきるけど、演じる本人の経験、記憶、感覚、想像でキャラクターを作っていく部分は多いですね。辛いことがあっても、仕事が好きだから、何があっても向かっていくエネルギーになります。逆に言えば、少しでも好きじゃないとか、やりたいという気持ちがなくなると出来ない仕事かもしれません。だから、「仕事が好きである」という気持ちをものすごく大事にしています。演じていて心が踊る瞬間を絶対に逃したくない。これからもそういう気持ちを途切れさせず、演技に取り組みたいです。
中川大志
取材・文=田辺ユウキ ヘアメイク=池上豪(NICOLASHKA)スタイリスト=山本隆司
上映情報
2020年12月25日(金)ロードショー
中川大志 清原果耶
宮本侑芽 興津和幸 Lynn 松寺千恵美 盛山晋太郎(見取り図) リリー(見取り図)
アニメーション制作:ボンズ
主題歌:Eve「蒼のワルツ」(TOY’S FACTORY) 「心の海」(TOY’S FACTORY)
配給:松竹/KADOKAWA
趣味の絵と本と想像の中で、自分の世界を生きるジョゼ。幼いころから車椅子の彼女は、ある日、危うく坂道で転げ落ちそうになったところを、大学生の恒夫に助けられる。海洋生物学を専攻する恒夫は、メキシコにしか生息しない幻の魚の群れをいつかその目で見るという夢を追いかけながら、バイトに明け暮れる勤労学生。そんな恒夫にジョゼとふたりで暮らす祖母・チヅは、あるバイトを持ち掛ける。それはジョゼの注文を聞いて、彼女の相手をすること。しかしひねくれていて口が悪いジョゼは恒夫に辛辣に当たり、恒夫もジョゼに我慢することなく真っすぐにぶつかっていく。そんな中で見え隠れするそれぞれの心の内と、縮まっていくふたりの心の距離。その触れ合いの中で、ジョゼは意を決して夢見ていた外の世界へ恒夫と共に飛び出すことを決めるが……。