ピアニスト・角野隼斗、セルフプロデュースの1st.フルアルバム『HAYATOSM』に込めた思いとは?
角野隼斗 1st.フルアルバム『HAYATOSM』(初回盤)
角野隼斗の1st.フルアルバム『HAYATOSM』が満を持してリリースされる。
ショパンとリストの傑作とともに、自身のオリジナル作品・アレンジ作品を収めた意欲的なアルバムとなった。アルバム・コンセプトの核にあるもの、演奏に込められた思い、そしてこだわりのアートワークについても、たっぷりと語ってもらった。
■リストをロールモデルとした、渾身の「HAYATOSM」
——初のフルアルバム制作は、どのようなコンセプトで臨まれたのでしょうか。
実はかなり悩みました。クラシックのアルバムは数々の名盤がありますから、全てオリジナル作品にしようかとか、クラシックとオリジナルの2枚組のアルバムにしようかとか……。結果、クラシック作品と僕のオリジナル・アレンジ作品とを、すべて混ぜ合わせたアルバムにしました。よく考えてみれば、かのリストも、既存の作品のアレンジと自分のオリジナルや編曲を併せて発表していたわけで、彼を一つのロールモデルにしようと思えたのです。そのコンセプトであれば、クラシック作品のなかに、自然と自分の曲を入れることができそうだと気づいたのです。
——初回盤はボーナストラックを含め、全13曲です。そのうちの半数が、ご自身のオリジナルやアレンジ作品となっています。ほとんどが、このアルバムのための書き下ろしとのことですね。
最初にアルバム全体の構成を考えてから、その流れやイメージに沿うようにオリジナル・アレンジ作品を書き下ろしていきました。クラシックの核となる作品としては、ショパンの「英雄ポロネーズ」と、リストの「ハンガリー狂詩曲 第2番」を、彼らの代表的なものとして据えています。アルバムの中頃にはショパンの「子犬のワルツ」を置いていて、対になる曲として僕が作曲した「大猫のワルツ」を入れていますが、この曲だけは、以前から弾いていたオリジナル作品です。
■対照的なオリジナル曲2作品で幕開け
——冒頭は「ピアノソナタ第0番『奏鳴』」です。日本では昔から「ソナタ」という言葉を「奏鳴」と訳してきた歴史がありますね。この作品を第1番ではなく、第0番としたのは、どのような意図があるのでしょうか。
ソナタ形式で作曲してはいるものの、自分の中で「ソナタ第1番」という格式高いタイトルをつけるには少し躊躇いがありました。結局、自分は何者でもない、でも無から強く動き出していくんだという意味合いで0番の方がしっくりきたので、0番としました。自分は情報系学部の出身ですが、コンピュータの世界は0からものを数えるということにも少しだけちなんでいます(笑)。
——東大で理系の研究をされていた角野さんらしいですね。アルバム冒頭を飾るにふさわしい壮大な作品ですが、ソナタ形式で作曲された理由は?
ソナタ形式とは、序奏があって、第1主題、第2主題からなる提示部があり、それが展開し、再現し、そしてコーダで締め括られる。2つの主題を通じて、2つの感情の葛藤を描くことができ、それらが最終的に1つにまとめあげられていく。僕にとっては、クラシック音楽を追求することと、自らのクリエイティヴィティを追求することが、時に自分の中で葛藤となることもあります。しかし、その2つは決して相反するものではない。その思いを音楽にしようと思ったときに、ソナタ形式が適していることに気が付きました。試行錯誤の中で生まれた曲ですが、ソナタ形式のあり方を身をもって実感することができました。
——角野さんといえば、リスナーやファンのリクエストにリアルタイムで応える即興的なアレンジが見事ですが、今回のようにアルバムに録音する作品の場合、オリジナルもアレンジも楽譜に書き起こされたのでしょうか。
ある程度は楽譜に書き起こしています。ただ作曲にしろ編曲にしろ、楽譜を介さず直接弾いて試した方が良いものが生まれることは多くて、即興的に弾いたものを洗練させていく、というイメージで作っています。思考を整理するためのメモとして楽譜を書いているので、おそらく他人が読めたものではないです(笑)。自分の強みを生かすなら、記譜に対してはそのくらいの姿勢が合っているように思います。
その楽譜も自分にしか読めないような状態なので、もしも今後、自分の以外の誰かが弾くための楽譜を作るとなれば、きちんとまた書き直すのかもしれませんね。リストもそういった意味で1つの曲に対して第2稿、第3稿と出していったのかも。当時は録音という手段がなかったから、自分の音楽を広める上で、楽譜出版はとても大事なものだったでしょうし。他者にわかりやすく伝えようとする中で、だんだんと作品が洗練されていくという側面も、おそらくあるでしょうね。
ただ、今回の僕の録音で聴いていただくのは、普及させるためのものとしてではなく、あくまで自分の創造性を発揮させるものとして、今の自分の熱量のままに、情熱を振り絞った形のものです。
——2曲目は「ティンカーランド」。とっても楽しくて可愛らしい作品です。なんと、鍵盤ハーモニカとトイピアノを組み合わせ使用されていますね。
一曲目がクラシカルな様相で感情の迸りを表現しているので、次の曲は真逆の雰囲気というか、いつもの「かてぃん」がYouTubeでやっているようなものを収めたくて書きました。トイピアノを初めて使ったのは今年の2月。修論を書き終わった頃にネットでポチりました。その翌月に鍵盤ハーモニカを買いました。この2つの小さい鍵盤楽器は、一般的に思われているよりも、はるかに表現力や面白いところがあって。グランドピアノと同時に両方を扱った曲はまだなかったので、作曲してみました。全力で子ども心に帰って遊ぼう!という思いを込めたので、ネバーランドやティンカーベル、それに「かてぃん」の名前を組み合わせたタイトルにしています。
角野隼斗 1st.フルアルバム『HAYATOSM』(通常盤)
■前半はショパンとのコラボレーション
——続く3曲はショパンです。それぞれの選曲ポイントは?
先ほどお伝えしたように、「英雄ポロネーズ」と「ハンガリー狂詩曲 第2番」はメインの曲を何にしようかと考えたときに、最初に浮かんだ作品です。「ノクターン 第13番」は、とても好きな作品です。再現部に戻ってからの、言葉にならない感じ……。あそこをpp(ピアニッシモ)だからといって、ただ冒頭と同じように小さく弾くのも違う。だからといってダイナミックに演奏するのも違う。なにか、表に出せない感情が、心の中で強く止まっているかのような、やりきれなさのようなものを一番出したかった。
「ノクターン 第9番」にはアレンジを施しています。この作品のメロディーがすごく好きなんです。最初のメロディーのピュアな性格にフォーカスし、教会で響いているかのような神聖なイメージで編曲をしました。原曲の終わりは短調で締めくくられる独特な構成をしていますが、僕の編曲では、バッドエンドではなくて、ハッピーエンドに向かうアナザーストリーとして構想しました。
——そしてショパンの「子犬」に続き、角野さんのお洒落な「大猫」がセットで登場しますね。
実家で2匹の猫を飼っていて、とても大きいんです。大きいのに軽やかに飛び回る(笑)。そんな様子を表現した作品です。
■後半はロールモデルであるリストの世界へ
——「暗い雲」は晩年のリストが書いた不穏な雰囲気の作品です。アンビエント的なアレンジが、作品の世界観をより鮮やかに伝えてくれます。
このアレンジは、次の「死の舞踏」のプレリュードとして作ったものです。リバース、ディレイ、リバーブなどの音響エフェクトを多用しています。原曲自体が非常に実験的な音楽なので、そこに電子的な解釈を加えた、というか。楽器はピアノのみに制限しつつ、エフェクトによってどれだけ「怖さ」を表現できるか、という試みです。
——そうした「暗い雲」を前奏曲としての「死の舞踏」は、確かに効果的に響きます。
原曲はサン=サーンス、それをリストが編曲したものです。実はごくわずかに、僕自身が音を付け加えた部分もあります。ショパンに比べると、リストの譜面はシンプルさがあて、恐らくリスト自身はこの通りには弾かず、きっと即興を加えて複雑にしていたんだろうと思います。往年のピアニスト、ホロヴィッツがこの曲の素晴らしい演奏をしていて、やはりアレンジを加えています。ホロヴィッツの演奏は、きっと実際のリストの演奏に近かったのではないかな、と思うんです。その文脈で、僕も少しだけ音を変えています。
——続く「愛の夢」が、極めて叙情的で美しいハーモニーによるアレンジです!
「死の舞踏」と「ハンガリー狂詩曲」の間に、何か間奏曲的なものを置きたくて。「愛の夢」は昔からアレンジはしてみたいと思っていました。間奏曲として、原曲よりも少しロマンティックな感じを抑えて、バーのBGMで流れているように、すっと心に入ってくる雰囲気にしたいと思いました。
——「ハンガリー狂詩曲 第2番」は硬質な音色で引き締まっていますね。通常盤最終曲の「カデンツァ」へと切れ目なく再生されます。
力強さを表現した選曲です。「カデンツァ」へと続けることで、オリジナリティを入れていこう、と考えました。超絶技巧的な「カデンツァ」は本編と同じくらいのボリュームがあります。
■お気に入りのピアノで、ボーナストラックを収録&こだわりのアートワーク
——ここまでの収録は、浦安音楽ホールにて、スタインウェイのフルコンサートグランドでの録音とのことですが、初回限定版の「大きな古時計」は異なるピアノを使っているのだとか。
はい。じつは今年購入した自分のニューヨーク・スタインウェイのピアノで収録しています。2年前のピティナ・ピアノコンペティションでグランプリをいただいた際、褒賞として貸与させてもらっていた楽器があまりに素晴らしいので、購入したのです。ppもffも素晴らしく鳴ります。他のピアノにはない優しい音が出せるので、この楽器を使った一曲もどうしても入れたくて。最近、ますますよく鳴り響くようになってきました。
——アルバムのアートワークはニューヨーク在住のカメラマンogataさんが手掛けられました。これまでにない表情があったり、角野さんらしさも感じられたりする、クールな写真が並んでいますね。
ogataさんとのピアノを弾くシーンの撮影の時、僕は即興で弾いていたのですが、彼のシャッター音と時折発する最低限の言葉はまるで指揮者のようで、一緒にセッションをしているような感覚でした。写真も芸術なんだと改めて思った瞬間です。素敵に撮っていただいて本当に感謝してますし、リリース前から少しずつインスタグラムで公開していますが、たくさんの反応をいただけて嬉しいです。
取材・文=飯田有抄 撮影=池上夢貢
リリース情報
YouTube:https://www.youtube.com/user/chopin8810
Twitter:https://twitter.com/880hz
公演情報
出演者:
宮原浩暢(LE VELVETS)、日野真一郎(LE VELVETS)
受付:2021月1月9日(土)10:00 〜 2021年2月14日(日)18:00
公演情報
②視聴券+スペシャルファンブック2冊(ファンブック2冊付き):11,000円(税込・送料別800円)