観衆7801人の東京ドームで見た、28歳ジェイ・ホワイトの底知れぬ可能性

コラム
スポーツ
2021.1.7
 photograph by Yasutaka Nakamizo

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プロレスは社会の窓だ。

個人的に初めて世の中の変化を実感したのは、約1年前のプロレス観戦だった。鈴木みのるとジョン・モクスリーの対戦が話題になった、2020年2月9日の大阪城ホール大会でのことだ。ライガーの引退試合で盛り上がった年明けの東京ドーム大会から1カ月近く経ったその日、男子トイレの“手洗い場”に初めて見る長蛇の列ができていた。

普段ならほとんどの男性は、ちょちょいと指先を濡らす程度で手を洗いましたというユルユルのセルフジャッジをかますのが当たり前だったのが、自分も含め皆時間をかけて石けんで入念に手洗いをしていたのだ。

新型コロナウイルスで変わりゆく日常の風景と常識。ただ、その日の写真を確認すると客席でのマスク着用者は3割程度。それが約2週間後の20年2月22日、後楽園ホールでの「中西学引退記念大会」では、事前申込制のファンクラブ会員撮影会は数日前に中止のメールが届き、当日の観客はほぼ全員がマスク姿である。

あれからもう1年近く経つ。2021年1月5日、東京ドーム大会2日目。新日本プロレスの『WRESTLE KINGDOM 15』は、1万2500円のアリーナB席を“Go Toイベント対象”の2000円引きで購入……が、その後、感染再拡大で東京都の大規模イベントの人数制限上限を5000人に戻す方針が発表され新規チケ購入ができなくなり、正月明けには緊急事態宣言に向け秒読み段階というギリギリの状況での大会開催だった。

観衆7801人、東京ドーム大会のリアル

入場前には検温、アリーナ席は密を避け両隣は空席にしてあり、スタンド席も前方部以外は空けている。座席につくとQRコードを読み取り、情報追跡システム「東京ドームアラート」に来場日・座席番号・氏名・メールアドレスなどを登録。もちろんマスク着用で声援やコールではなく、ファンは拍手をリング上のレスラーに向かって送る。

やはりスポーツ観戦において「声」はどんな演出よりも重要だ。テレビや新日本プロレスワールドの配信動画なら、実況や解説の絶叫がある。だが、会場は拍手のみで無声。現地で見ると静かな一戦だと思ったら、帰宅後に実況付きの映像で見ると盛り上がる好試合だったということも多々ある。

レスラーと観客は声によって感情をワリカンする。いわば共犯関係になるのだ。観客も「声」で試合に参加していたという、当たり前すぎる事実を痛感するコロナ禍のスポーツ事情。正直、みんなで飲んで笑って叫んで見ていた頃より楽しさは半減、いや5分の1くらいだ。

それでも「こんなときだからこそ少しでもやグッズにカネを落とす行為自体が“応援”にもなるはず」なんて現地へ駆け付けるファンの性。コロナ禍で泣く泣く東京遠征をとりやめた人も少なくない中、観衆は7801人。4日の1万2689人をさらに下回るプロレスのドーム興行史上最少だが、冷静に見たらこの状況でよく8000人近いファンが集まったなと思った。

BIG3不在のイッテンゴ

5日は前日と同じく全6試合(スターダム提供のダークマッチもあり)が行われ、前半戦は矢野通や田口隆祐がスタンドの観客にも伝わりやすいお約束のムーブでしっかり盛り上げ、中盤は鷹木信悟がジェフ・コブと肉弾戦をバチバチとやり合った(その激しさにふと柴田勝頼を思い出した)。

SANADAがEVIL相手にクラシカルなレスリングを見せ(ついでにディック東郷は芸術的場外ダイブで机をかち割り)、セミで石森太二と高橋ヒロムが今のジュニアの最先端の戦いを提供。そして、メインのIWGPヘビー級・IWGPインターコンチネンタルダブル選手権では二冠王者・飯伏幸太がジェイ・ホワイト相手に48分5秒の死闘を制した。

個人的にファンの鈴木みのるの出番はなかったが、満足度は高かった。しかも、オカダ・カズチカ、内藤哲也、棚橋弘至らBIG3がいなくてもドーム興行2日目を成立させたのだ。凄い。強引に巨人軍で言えば坂本勇人、岡本和真、亀井善行がいない、頼んだ4番センター丸……的なスタメンで大一番に挑むみたいなものだ。選手の負担軽減はもちろん、どんなに予防しても誰がいつコロナ感染するか分からない状況がしばらく続くが、複数スター制なら不意の離脱にもリスクヘッジしやすい。

28歳の逸材、ジェイ・ホワイトに見た未来

なにより、ジェイ・ホワイトは28歳にしてドームのメインに立った。コロナ禍で外国人レスラーたちの来日も見通しが立たない中、ジェイの存在は今大会の影のMVPと言っても過言ではないだろう。正直に書くと、2018年イッテンヨンでの棚橋との対戦は凱旋帰国後のボーナスマッチ感が半端なく、内容的にも期待外れだった。それがわずか3年後には、この難しい状況でのメインイベントを任され、気が付けば48分超えの試合時間を観客にまったく長いと思わせず戦いきったのだ。

ウィル・オスプレイのようなド派手なハイフライヤーでもなければ、海の向こうに去ったケニー・オメガのような大技連発のアスリートプロレスでもない。令和の時代にあえて、“間”と“上手さ”でジェイ・ホワイトは魅せるのである。

決め技はブレードランナー。ルックスもいいし、サイズも申し分ない。課題のマイクスキルも年々向上している。飯伏や内藤や鷹木の82年組は今年39歳、若いと思っていたオカダでも11月に34歳、SANADAやEVILも同世代だ。棚橋弘至の背中を追ってきた彼らも、中堅・ベテランへ。そんな高齢化する新日ヘビー級戦線において、ジェイ・ホワイトの若さとヤングライオンからの叩き上げというストーリーは貴重だ。

もちろん海外団体もこの底知れぬ才能を放ってはおかないだろう。5日の試合後にジェイは「全てを犠牲ににした結果、残ったのはこれか? オレはなんのためにここまでやってきたんだ?」と絶叫し、「ここじゃない別の場所にいたら、結果は違っていたのかもしれない」とまで口にした。ファンの間でも、その去就は大きな話題となっている。

今はBULLET CLUB所属のヒール(悪役)だが、レスリングスタイル的に棚橋からエースの座を継承できるとしたら、この男ではないだろうか。ニュージーランド生まれの“青い目の逸材”。

そう言えば、2005年の東京ドーム。あの日、初めてメインで中邑真輔と戦ったときの棚橋も、今のジェイと同じ28歳だった。

 

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