コロナ禍を描いた「交響曲第1番《2020》」を発表する作曲家・鹿野草平に聞く~ニコニコネット超会議で生配信

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2021.4.22
鹿野草平

鹿野草平

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困難を乗り越える人類の叡智を「交響曲」として表現、音楽家がコロナ禍に音楽で伝えたいこと。


コロナ禍による音楽界への打撃は計り知れない。コンサートの中止、感染対策など様々な制限が続く。しかし、音楽家にできることは音楽でしかない。2020年から続くコロナ禍を乗り越えていく人類の叡智を描いた作品、交響曲第1番《2020》が2021年4月24日に世界初演される。演奏は500日ぶりの公演となる、オーケストラ・トリプティーク(指揮:松井慶太)だ。この模様は、ニコニコネット超会議で生配信されることも新たに決定した。

作曲者は鹿野草平。1980年生まれ。東京音楽大学、及び同大学院を経て、数々のコンクールで評価された作曲家である。「鬼滅の刃」や「初音ミク」など、数々のアニメ、ゲーム音楽等のオーケストラコンサートのためのアレンジでも注目された。オーケストラや大編成のサウンドを得意とするが、その中に、伊福部昭や水野修孝、特撮音楽やアニメ音楽、ロックやテクノ、様々な歴史、文化、同人誌などオタクカルチャーからのフィードバックも反映される。筆者は以前から注目していたが、今回、ついに交響曲第1番を仕上げたとのこと。社会状況も踏まえた内容である。そして、オーケストラ・トリプティークが小松左京音楽祭以来、500日ぶりに帰ってくる。これは記事を歴史の証言として残さなければと鹿野へのインタビューを敢行した(インタビュー:仁木高史)。

鹿野草平

鹿野草平


ーー 鹿野草平さん、交響曲完成おめでとうございます。

ありがとうございます!

ーー この交響曲は演奏されるあてもなく作曲を開始されたそうですね。しかし、それを見た鹿野さんの御友人たちがクラウドファンディングを立ち上げてくださったそうですね。公開から一週間で目標金額突破とのことでおめでとうございます。
初演のあてが全くなく書き始めたのですが、いずれ何らかの形で演奏される日が来ることを信じて、作曲を進めました。クラウドファンディングでは、最初はここまでご支援が集まるとは夢にも思いませんでした。改めて御礼を申し上げたいです。また、演奏してくださる指揮者の松井慶太さんとオーケストラ・トリプティークさんにも音大の学生時代から一緒に活動してきた仲間がたくさん参加してくれています。楽しみでならないです。

松井慶太とオーケストラ・トリプティーク

松井慶太とオーケストラ・トリプティーク

ーー この「交響曲」について、作曲にはどのくらい時間をかけられたのですか?

2020年の6月から2021年の3月までの9ヶ月間です。作曲にあたっては、曲が少しでも進めば1日1回SNSに書いた部分をアップするという取り組みを行いました。これまで自分の制作事情を明かす事は気恥ずかしいので避けていたのですが、思い切って制作途中を公開することで、多くの応援をいただき、それが励みとなって完成にこぎつけることができました。

SNSにアップされていったスケッチ写真より(ごく1部)

SNSにアップされていったスケッチ写真より(ごく1部)

ーー この作曲に至った経緯をおきかせください。

コロナで初演が相次いで延期になり、仕事の依頼もなくなり、一時は音楽を放棄してしまうほど打ちひしがれていました。しかし、第二次世界大戦における独ソ戦のさなか、包囲されたレニングラード市で、飢えと寒さ、砲弾の恐怖に晒されながらも交響曲第7番を作曲し続けたショスタコーヴィチと、その演奏を行ったレニングラード市民のことを思い出しました。そして、音楽でこの歴史を記録し曲を書き続ける事が作曲家の務めだと気が付き、交響曲の作曲を決意したのです。

ーー コロナ禍に無力さを痛感したのは鹿野さんだけではないと思います。私も祈るしかできないような心境でした。オーケストラ・トリプティークも500日もの間、公演をできずに居た。しかし、奮起して自分の音楽で表現を、と未来を目指されたのですね。そして、鹿野さんが選んだのが「交響曲」だった。「交響曲」を選んだ理由。「交響曲」という表現スタイルについてどのように考えておられますか?

交響曲は、その作曲家の哲学や感受性、経験、技術全てを投入して、自己の人間や世界そのものを描く形式です。この難局に際して、交響曲をおいて他に表現する手段はない、と考えました。それに、中学の頃から交響曲に憧れがありました。マーラー、ショスタコーヴィチ、伊福部昭先生、水野修孝先生、憧れの作曲家はシンフォニストばかりです。ずっと書きたいと思っていましたが、交響曲の作曲を依頼される事は稀ですし、作曲に時間がかかります。今交響曲に挑戦せずに、いつ書くのか、という思いもありました。

リンク 鹿野さんが譜面作成で関わった伊福部昭百年紀より


ーー 《交響曲第1番2020》の各楽章の内容、構成をお教えください。

第1楽章は、楽しかった日常に脅威が忍び寄っていく様を表現しています。「人類への脅威の音列」が低弦から提示された後、「平和な日常」と、「夜の街の活況」が表現されます。「平和な日常」の動機は、我々が求めるべきものとして、この後もたびたび登場します。

第2楽章は、人類への脅威が拡大し、爆発した様、それと社会の混乱と分断が表現されます。「人類への脅威の音列」や「RNAの上行・下行音列」、無調化された「平和な日常」とそのベースラインなどが交錯し、圧倒的音響が展開されます。

第3楽章は、犠牲者への哀悼と変わり果ててしまった世の中への嘆きです。冒頭のオーボエとイングリッシュ・ホルンの2重奏によって「哀歌」が奏されます。その後、高弦によって「滴り落ちる涙の音型」、中低弦によって「嘆きの主題」が演奏されたのち、「哀歌」をtuttiで歌い上げます。この楽章は新型コロナによって命を落としてしまった方々への哀悼であると同時に、コロナ禍によって自ら命を断った、とりわけ未成年の子どもたちへの嘆きが込められています。第4楽章は、人類の叡智により、この脅威に立ち向かう様を表現しています。「哀歌」が怒りの主題となり、人類のたたかいと、穏やかなコラールや英雄的なマーチに変容された「平和な日常」の動機が、交互に展開されます。その後「怒りの主題」と「平和な日常」の動機が交錯したクライマックスを迎え、やがて「人類への脅威の音列」は消滅します。長大なアダージョのコーダでは、長調化された「涙の音型」や「嘆きの主題」とともに、「平和な日常」のコラールが輝かしく演奏され、全曲は幕を閉じます。

交響曲第1番2020 試聴音源(パソコン音源による参考音源)


ーー 交響曲と同時に演奏される《よみがえる大地への前奏曲》はどんな作品ですか?

(株)NCネットワークさんによって委嘱され、2011年11月29日に東北大学学友会吹奏楽部さんによって初演された吹奏楽曲です。東日本大震災からの救済と復興に向かう、人々の力強い姿を描写しており、東日本大震災で被災された全ての人々に献呈されています。初演後出版され、今では全国の吹奏楽団で多数演奏されています。管弦楽版も実は8年ほど前に完成していたのですが、なかなか機会に恵まれず、今回ようやく編曲初演されることとなり嬉しく思います。

(演奏は4月24日に賛助出演する竹内公一指揮、早稲田吹奏楽団によるもの)


 

ーー 19時10分からのプレコンサートでは、鹿野さんのお仕事の中でも高い評価を受けているアレンジ作品が演奏されるそうですね。伊福部昭百年紀や初音ミクシンフォニー、鬼滅やゲーム音楽など幅広い仕事にはいつも驚かされています。アレンジをされるときの心がけなどありますか?

原曲がもつポテンシャルが、オーケストラによって演奏された場合どのような可能性を持つか?最も魅力ある状態にできるか?と考えてアレンジをしています。単にオーケストラに置き換えるだけでなく、時には現代奏法を用いたり、参考にしようと思いついたクラシック作品のスコアを引っ張り出したりして……参考にした曲を人に言うと驚かれるときもあるんですよ。お客さんやオーケストラの皆さんに喜んで頂けたとき何よりうれしいですし、クラシックに精通した聴衆を唸らせることができれば僥倖という他はありません。

ーー いよいよ楽しみな4月24日に迫るコンサートですが、鹿野さんにとって今回の個展はどのようなものになると考えられていますか?

これまでにオペラ、吹奏楽、合唱など様々に作品を発表してきましたが、自分にとってオーケストラ作品は吹奏楽と並ぶ重要な表現媒体です。これまでに沢山のオーケストラアレンジで積んできた経験と、吹奏楽や劇伴の経験とを最大限に発揮させた、今年40歳の自分の綱領(クレド)として位置づけています。また、音楽家が、自身の置かれた社会状況と対峙して、「音楽/創作」で意思を表示するという、自分の重要な創作テーマを反映した《交響曲第1番2020》と《よみがえる大地への前奏曲》を沢山の皆さんに聴いて頂きたいと思います。

ーー それではコンサートを楽しみにしております。

ありがとうございました。

取材・文=仁木高史
 

【プロフィール】鹿野草平(かの・そうへい)
東京音楽大学に特待生として給費入学し、現代音楽の作曲を修めるかたわら、映画音楽や吹奏楽、管弦楽編曲を研究する。2004年に同大学卒業。2006年同大学院修了。2010年春に同人活動として新作オペラを自主公演し注目を集めた。2009年に『吹奏楽のためのスケルツォ第2番《夏》』が翌年の全日本吹奏楽コンクール課題曲Vに選定され、これを皮切りに吹奏楽作品を多数発表、出版。これに並行して、TVアニメ『フラクタル』(2011)等の放送・劇伴音楽のコンポーザー、および映画・ゲーム等の管弦楽・吹奏楽コンサートのためのアレンジャーを歴任する。近年では「ベストドレッサー賞」でのオーケストラ演奏の作曲・指揮を務めるなど、着々とその活動範囲を拡張させている。洗足学園音楽大学講師。
Site: http://souheikano.wixsite.com/music
twitter: https://twitter.com/souheikano

公演情報

《鹿野草平・交響曲第1番2020世界初演・公開録音コンサート》
ニコニコネット超会議で生配信
 
■配信URL(タイムシフトも可能)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv331351793

■日時:2021年4月24日(土)
19:10プレコンサート開演
20:00メインコンサート開演
■収録会場:杉並公会堂

■タイムテーブル:
【プレコンサート開場】18:30 
【プレコンサート/鹿野草平アレンジ曲集】
19:10〜19:45 (公開リハーサル含む)
19:45 メインコンサート開場
【メインコンサート/鹿野草平個展】
20:00 よみがえる大地への前奏曲(2011)
20:15 交響曲第1番“2020”
・第1楽章 「人類への脅威」
・第2楽章 「拡大・爆発」
・第3楽章 「哀歌」
・第4楽章 「人類の叡智と勝利」

■出演:
松井慶太指揮 オーケストラ・トリプティーク
賛助出演:早稲田吹奏楽団/指導:竹内公一(「よみがえる大地への前奏曲」のみ)

■制作:交響曲第1番《2020》実行委員会
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