声優・緒方恵美が主宰する無料私塾「Team BareboAt」は危機感と業界への小さな御礼――

インタビュー
アニメ/ゲーム
2021.5.1
緒方恵美

緒方恵美

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声優・歌手の緒方恵美が2019年6月に開校した無料私塾「Team BareboAt(チーム・ベアボート)」。『エヴァンゲリオン』や『幽☆遊☆白書』など代表作を多数持つ彼女が、無料の私塾を若手のために開校するというニュースは業界でも話題となった。先日メンバーによる実験公演『囁きの花束 2021 -healing reading live-』も実施され、ある意味の一区切りとなった「Team BareboAt」。そんな区切りのタイミングにSPICEでは直接インタビューを打診。私塾を開校した理由や思い、若手声優や業界に対して思うこと、そしてこのコロナ禍が業界にどのような影響を与えたのか、大いに語ってもらった。SPICE独占インタビュー。


■「Team BareboAt」を立ち上げたの危機感と業界への小さな御礼のため

――今回は緒方さんにお話を伺えるということで、ちょっと緊張しております。改めてこの「Team BareboAt」を起ち上げたときのお気持ちからお聞きしたいのですが。

そうですね……危機感と、業界に対する小さな御礼みたいな感じです。

――小さな御礼ですか。

はい。そもそもお芝居というものは、発声や身体トレーニング以外は、人に教えられるものではないと思っていて。今までも講師の依頼がきたらほとんど断っていたんです。「今の若手は……」みたいなことを言う諸先輩方や同輩もいらっしゃいますが、自分は時代に応じて変わっているわけだし、時代に応じて「良い」と思われている方が選ばれているんだから、それはそれでぜんぜん良いと思っていたんですね。

――そこから心境の変化があったと?

10年ぐらい前かな。まず、バイプレイヤーがいなくなったってことに対する危惧がすごく大きくなったんです。ちゃんとした脇役ができる人が若手の中に圧倒的に減ったということに対して「危ないな」と。昔の先輩達や同輩たちはいろんなタイプの脇役を演じ分けられる、まさに「職人的声優」が多かったんです。脇役をすごく魅力的にやれる人がたくさんいたんですが、10年ぐらい前にふと気付くと、脇役を演じるときにワンパターンとかツーパターンぐらいしかできない人が、すごく増えていた。

――脇役としての演技の幅が狭い、と。

何を演っても不良の匂いがしたり、ボケになっちゃったり(笑)。後は脇役なのに、二の線の匂いを出そうとして音響監督にダメ出しされたりする人。多分俺は主役も演れるとアピールしたいんだろうなあと思うんだけど、「いや違うだろ、キミが今求められているのは」と傍から見ていて思ったり。表面上は演じているつもりで、芯がないので、キミぜんぜん実際には演じ分けられてないよ、みたいな人が増えてきてしまった。

――辛辣な言葉にも感じますが、それが現場で感じたものなんですね。

「まずいな」と。私が思う最後のバイプレイヤーとしての声優のプロは、高橋伸也君あたりまで……彼ももう40歳ぐらいですが、それ以降はほとんど、プロと言えるバイプレイヤーが育っていないと感じてしまった。それが10年ぐらい前に危惧した1つ目。

――2つ目は?

4、5年ぐらい前から気が付いてきたのが、新しい若手を求めるがあまりの現場平均年齢の低年齢化と、おそらくはいろんな小さな事務所が増えすぎたが故の弊害的なこと。若い子が増えること自体が悪い訳ではありません。みんな新鮮で、見た目もよくて、素直な芝居もできる子が多いのでそれは素敵なことなんですが、先輩がいない現場も増えてきたからか、スタジオでの在り方が部活的だったり、プロフェッショナルな業界にいるのに、礼儀作法はもちろん、コンプライアンス違反をそれと知らずにしている人たちが増えてきた。

――あ、それは絶対ダメですよね。

社会人としてそれは「喋ってはならぬ」ってことがある。以前ならそんなことは事務所でも教わることだし、先輩がいたらすぐに止められることだったのに。

――そうですね……。

これは教わる機会が無い、ということなんです。それに気付き始めた時、アニメ業界関連の仲間内の食事会で話題にしたら、とある局プロデューサーの方が、「役者さんも困るんだけど、事務所のマネージャーさんたちが、悪口とかをアフレコスタジオのロビーで喋ることもあるんです。私たちが傍にいても。むしろ聞きたくないから、私たちの方が席を外す」と。今までだったら、プロデューサーがいる前で、そんなことを言うマネージャーなんていなかった。だから「そういうスタッフに囲まれていたら、何が常識か、ということを教わらない子がいても、仕方がないと思うことにしている」という話を聞いて、ものすごくビックリしたんです。それがそのままいくとどうなるのか。普通の芸能界の皆さんともお仕事をさせて頂く機会が増えている昨今で……本当に怖いと思ったことが2つ目ですね。もっと言えば、現場に行っても、基礎的な訓練をやっていない人がすごく増えてしまっているということもあります。

――基礎訓練ですか。

たとえば、とある作品の最終回あたり。レギュラーが私を含めて4人ぐらいしかいなかったんですけど、それ以外がガヤ要員みたいな感じで呼ばれていて、12、13人いる人たちの中で、「全世界からヒロインに、人々がエネルギーを送る」っていうシーン。「おおおおおお!」ってパワーを送る声を、1人ずつ順番にほしいって言われて録り始めたら、12人中、10人が叫んだあとに咳き込んでむせたんです。自分がダメージを受ける叫びは、筋肉を閉じて叫ぶから負担はかかる。でも「出す」叫びは開放ですから、そこまではかからないはずなんです。その時の送る「あああああ!」は後者。だから本来は腹筋がきちんと鍛えられていれば、そんなことは起きない。

――声帯が開いていれば、ってことですよね。

そうです。それを見て、いよいよか、と思ったんです。演劇的な基礎が何もできていない人が現場にとても増えているのだということに対する危機感。自分はこの業界に舞台出身で入ってきたのですが、『エヴァンゲリオン』くらいから素直な発声、素に近い、生っぽい発声みたいな芝居が増えてきた。でも声優の基礎は俳優と同じ。俳優としての肉体トレーニングができていないと、大声を出すとか、普通の人間には求められないようなオーダーにも応えられない。そういうことが出来ない人や、事務所に教えられていない人が増えているという危機感……。それがない混ぜになって本当にヤバイと思ったのが、「Team BareboAt」を立ち上げた一番の理由です。

――なるほど……。

自分ごときが何かができると思うわけではないんですけど……自分が新人の時、事務所に入ったけど、仕事が決まるまでの飢えている感じというか。どうしても学びたいのに、事務所に入っているから、どこかに習いにも行けない。どうやったら自分が伸びることができて、オーディションを勝ち取るための……まずオーディションを受ける権利をもらうまで、自分がどうやったら成長ができるのだろうか?っていうことに対して、ものすごく悩んでいたときのことを思い出して。

――そうですよね、まず土俵に立つ所からですもんね。

きっと今の若手の中にも同じように悩んでいる人がたくさんいるはずだと。実際若手の子と同じ現場に入たときに話していると、やっぱりそういうところで悩むっていう人が多いってことが分かって。だから、何かをしようと思ったんです。

――若手からの生の声を聞いて、動くべきだ、となったと。

ただ自分が何かをしようと思ったときに、いわゆるお金をもらってやる養成所は、今の自分にはまだできないなあと思ったんです。今の養成所に来る人たちが全部そうだとはもちろん言いませんが、「お金を出してるんだから、教えてくれて当然」みたいな感覚の人が、とても多いでしょ? あれがとても嫌いなの(笑)。

――どこまでもお客様の気持ちの人が多いってことなんでしょうか。

「お金を出したから平等」という業界ではないですし。お金を出せば教えてもらえるということばかりじゃない。自分で掴み取って行かないと。私もお金をもらっているから教えなければならない、みたいな縛りの中でやることが嫌で……でも、もしからしたら将来的にはお金をもらってやるかもしれないので、先のことは分からないですけど(笑)。

――まあ、今のところ、ですよね(笑)。

実験的な意味合いもありますしね。とりあえず、今のところは、まずは無料でやってみようと。

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

■​『エヴァ』が終わるまではやれると思った

――募集を出されたときに、かなりの人数がオーディションに参加したという話をうかがっています。

そうですね。のべ1000人ですけど。いろいろ重なった子もいるので実際は7〜800人くらいだと思います。

――オーディションはいかがでした?

オーディションはすごく面白かったです。あ、あと、無料と言ったんですけど、私はお金をものすごく稼いでいるわけではないので(笑)、『エヴァンゲリオン』の最後までは確実に仕事があるはずなので、そこまではできるかなと思ったからなので。ただ、『エヴァ』が伸びてしまったんで、今になってしまったというのもあります(笑)。

――そういうことだったんですね(笑)。

ということでオーディション。経験者枠と、経験していない人枠を作ったんですけど、経験していない人枠は、中学生から21~2歳ぐらいまで、経験している人枠が20歳以上だったんですけど、そこには声優・俳優に限らず、芸術・芸能系の何らかの仕事を、すでにプロフェッショナルとしてやっている人っていう条件を付けていたんです。声優・俳優だったらどこかに所属している人とか。

――それで、やはり多種多様な人がやってきた。

まず能の師範代の方が来られたのには驚きました! とあるボカロPや、いわゆる歌い手でとして有名な人、AKBや某坂道のメンバーや子役さん。2.5次元の俳優さんや、ダンサーがかなりいました……有名バレエ団のプリマの方だったり、ニューヨークでずっと踊ってた方だったり。漫画家さんも数人。

――本当に、いろんなところからやってきたんですね。

そうです。だから、面白かった。「特技をやってください」って言うと、「えーっ!?(声が裏返る)」って思うようなことやってくれたり(笑)。それでも、芝居が素直でありさえすればいいと思っていたんですけど、そこが少し難しかった。例えば能をやっている方だと、セリフ回しがもう能になってしまっていて。「もうちょっと自然にできますか?」って言っても、戻れなかったり。そういったところが残念でした。結果的に前回は、声優事務所にいる人と、2.5次元系が多い舞台俳優の人と、テレビに少し出ている人……そんなメンバーになりました。声優事務所にいる子でメンバーになったのは、「飢えている」子ばかり。入ったもののこのままじゃダメだという気持ちから、周りのスタッフの方々を説得する等「越えて」きた子たち。そういう子は、元々想いの強さが違うので、その後も伸びがやはり違いました。

――では逆に未経験者枠はいかがでしたか?

見る部分として、ベースとなる芝居が素直だということが、まず重視したところでした。芝居はまだ下手でも、人間的に素直で、いろんなことをスポンジのように吸収しそうな子であったり、逆に帰国子女やハーフの子等、日本以外の価値観に触れてきて、多様な考え方を持っている子だったり。そういう人を中心に取るっていう感じになりました。

――なるほど。そうやって選抜されたメンバーで動き出しましたが、毎週レッスンだったんですよね。

基本的にはそうでした。

■​セルフマネジメント力――自分自身が何者で、何が出来るのか知る力が必要な時代

――演劇集団キャラメルボックスの真柴(あずき)さんだったり、現役の舞台俳優さんたちがいろいろレッスンを行ってきたと思うんですけれども、これは先ほどおっしゃっていた、役者としての基礎力が低いんじゃないか? ってところから、レッスンのカリキュラムを作られたのでしょうか?

はい。まずは体ができてないとなので。心と連動して敏感に動く肉体を作ってもらうために、俳優としての身体トレーニングは必要だと思っていましたし、その基礎は、劇団の、しかもたくさんのお客さんを魅了している劇団の現役の演出家・俳優さんにお願いした方が良いと判断しました。始めて見たら、未経験の子はもちろんですが、新人声優としていろんな事務所に入っている子たちも体ができていない子がやっぱり多くて。短いプランクでもすぐにお腹がついちゃう。腹筋周りの筋肉をまず付けてもらうっていう部分からでした。

――その中で緒方さん自身も講師として、セルフマネジメント講座とマイク演技を担当されたということですが、人に教えるつもりはなかった、とおっしゃっていた緒方さんが、どういう内容を教えたのかはすごい気になるところです。特にセルフマネジメント講座というのはどんなことをされたのでしょうか?

たぶん現代に生きる人たちは、声優だけではなく、みんなセルフマネジメントが必要かと。自分自身が何者で、どれくらいのことができるのか、できていないのか、を知る必要がありますよね。

――確かに。自分の能力を把握できていない人が多いですよね。

だいたい俳優になりたい人っていうのは、根拠のない自信を持って業界に入ってくるもんなんです、私自身も含めて(笑)。「私はやれる!」と思って入ってくるけど、叩き潰されて、「あっ、ぜんぜんできてない!」っていうことを学ぶこところからが始まり、そして、本当に何かを手に入れるほど努力ができるのか、っていうところが大事。

――出来ないをまず知ることからがスタートだと。

俳優には肉体的、フィジカルな部分は必須ですけど、メンタルはさらに重要です。自分のできること、できないことをまずちゃんと冷静に見る。そのうえで、それ(自分)をどういう風に売り出していくのか、ということですよね、基本は個人事業主ですから。事務所に入っても、声優だと、マネージャーに売ってもらう前に、まず自分が「こういうことできます」って言えるところからがスタート。

――それはそうですよね、事務所もその子が何ができるのかを知らないと売り込めない。

でも、出来るって自分で思ってたり言ったりしてることが、実はぜんぜんできない人って、すごく多い。というかほぼ全員がそう。だから「どういうことができるのか、できないのかを本当に知っている」と言えるほど、まずは自分と向き合わないと。つまりは“自分の現実を知る”っていうこと。セルフマネジメントの基礎は、まずそこからです。

――根拠のない自信を持って役者が来るって、めちゃくちゃ分かるなぁと思ってしまいました……「やれます」って言っても、だいたいできないっていうのも、見たことがあるというか……。

できている人と自分の間に、超えられない壁があるのを分かっていない人が、まあ、ほぼ100%に近く(笑)。現実を知ってもらえないと、そこから先には絶対に進まないので。

――変な話ですが、緒方さんが若い頃、そういう気付かなかった部分が自分の中にもあった、ということでしょうか?

そりゃそうですよ。自分のデビュー作は、『幽☆遊☆白書』の蔵馬という役だったんですけど、自分は元々舞台でも男役を何役かやっていて、プロデューサーや演出家の方々が、「君はその声がすごく声優に向いていると思う、腰を痛めてもう踊れないって言うなら、声優になったらいいんじゃないか」って勧めてもらってこの業界にきたんです。アマチュアではなく一応ギャラをもらえるステージを経てそう言ってもらったという、小さいけど自負があって、蔵馬役が決まった。決まったということは認めてもらった、ということだと思っていて、だから私はできると思ったけど、やってみたら「あれあれ?」っていう(笑)。

――実際現場に入って、自分の実力がどれくらいなのかを感じてしまった。

「どうしてこんなに自分はできないのか」というのを最初の一年間で嫌というほど叩き込まれた。それを超えるためにやってきた努力が、やっと今に繋がっている。「実績があるから」と言っても、そんなものは屁でもないよ、ということを知らないと上に進めない。永遠に努力をし続けないといけないのが俳優という仕事なので、それを最初っからやっていなかったら、何にもなれるわけがない。

――そうですよね。

なので、それを思い知るということからやってもらっています。「タダほど高いものはない」といいますが、ここは無料の私塾なので、あなたたちが私に返せるとしたら、努力をすることでしか返せないんですよ、って言いながら。努力をしない人はいなくていいよ、と。ああ怖い(笑)。そんな鞭鞭鞭、たまーに飴、みたいなのを乗り越えて、今いるメンバーはいます(笑)。実際仕事が忙しくなって、つい先日卒業していったメンバーは、努力を重ね、その成果を自分で掴み取っていった人たち。一部、仕事を増やしながらももっと勉強したいと残っているメンバーもいますが。

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

■​新型コロナウイルスが声優業界に与えた影響

――そして、新型コロナウイルスの影響も含めて、最初1年ぐらいと言っていたものが、かなり延長されて2年近く動いていると思うんですけれど、このコロナ期間というのは、緒方さん、そして「Team BareboAt」にとって、どういう期間になりましたか。

大変でした。特に当初、去年の3月〜6月の4ヶ月くらいは、ものすごい後退期間でしたね。そこに至るまでの間は、講師の皆さんの努力もあり、みんなも頑張ったので、具体的に努力している人は、ちゃんと成果が出ていたんです。例えばメンバーの一人、朝日奈丸佳。彼女は最初から渇望が前面に出ていた。だからみるみる顔が引き締まっていって、変わっていった。最初は10秒ぐらいでお腹が付いちゃっていたプランクが、1分半、2分保つようになってきた。一昨年の晩夏ぐらいから、「いろんな仕事関係の方々に、体幹が良くなったとか、声が出るようになったと言われました」って報告を彼女から聞くことが多くなって。

――実際に成果が出ている。

その努力が、彼女を新人女性声優賞にしたんです。(2020年、第14回声優アワードで新人女優賞を受賞)「どうしてももっと上手くなりたい」と事務所のマネージャーを説得して来たような「餓え」をもっている、彼女を含めてそんな何人かが牽引するような感じで、熱が若いメンバーにも伝染していって、去年の2月ぐらいには全体的にレベルが相当上がり、手前味噌ですがこのままいったらわりとみんないいことになるんじゃないか? と思っていたんですよね。

――そこでコロナが来た。

はい。まずはまるまる2カ月レッスンはお休み。本当は5月にやるはずだった実験公演を諦め、1年と言っていたレッスン期間を伸ばすことにしたのですが……。Zoomでの授業を5月ぐらいから始めたけれど、「これは何かが違う」という気持ちに突き動かされ、他の養成所がまだあまり始めてないタイミングで、しっかり対策をした上で稽古場での稽古を7月に再開したんですけど、そのときのショックが……みんなものすごい下手になってて!

――間が空いた分、ってことですかね。

そうです。その時期いろんな音響監督たちと話したんですけど、確かにこの期間に新人は凄く下手になったって言っていて、ああうちだけじゃないんだ、と……。俳優はそもそも、自分を知ることが必要。そのためには、人を介さないとならない。人と関わることによって、見えなかった自分の背中が見え、引き出しも増えて、コミュニケーション力も付いていく。人と物理的に会わない、分断されるということが、これだけ肉体的にも精神的にも硬直させてしまうんだっていうことを実感しました。このまま卒業させるわけにはいかない。それが、そのときの強い思いでした。一緒に見ていた真柴も、他の講師陣も、全員が同じ気持ちだったんです。

――やはり、人と関わってないと演じる人間は感性が鈍るんでしょうかね。僕らの仕事でも一人で缶詰になってると行き詰まったりもしますが。

鈍りますね。私たち、もうプロになって長い人間は、直接同じブースの中にいない人と絡むとき、相手のことを想像して演技を渡すというトレーニングをずっと仕事を通してやっているので、何とか芝居を構築することができる。けれども新人は、まだそこに至っていない。その感覚を手にできていないので、やはり、必要なんです。三次元の世界で人と絡むことが。

――なるほど、そうですよね。

今、いろいろな監督が「新人を主役にするという冒険が、今はできない」という話をしています。勿論やる作品もゼロではありませんが、大幅に減りました。経験値のない新人は、諸先輩と一緒に芝居をする中で、いろいろ覚え、揉まれて育つ。でも人と会えない今、それは難しい。なので「安全を取って、ちゃんとやれる、経験値のある人でやりましょう」っていうことになってしまう。

――それも大きなコロナの影響ですね……。

相手を五感で感じて、受け取って、気持ちが動き、初めてセリフが「うまれる」。その基礎の基礎の感覚がダメになっていくことがまざまざと分かって、衝撃を受けました。「このままではいけない!」って。同時に、俳優はお客様の前で初めて学べることがあるから、どうしてもやらなければと思っていた公演ができなくなったのも痛かった。それをさせてから卒業させたい、そんな思いの中、秋か冬に公演ができないか模索したんですけど、その度に緊急事態宣言が出て、「またか!」って。足掻いて足掻いて、何とか、ここまできたっていう感じです。

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

■​実験公演を行った理由 「プロはお客さんのために芝居をするもの」

――そしてついに先日念願の公演『囁きの花束2021』が開催されました。「実験公演」と名付けられていましたが、確かにすごくクラシカルかつ、ベーシックな朗読劇でした。幕間には緒方さんの生歌があったりして、小さいながらもプレミアムな時間でしたが、終えてみていかがでしたでしょうか。

まずはとりあえず、一つ、目標である「お客様の前の公演」ができてホッとしました。『囁きの花束』という作品は、10数年前、8人の女性声優と一緒に一回上演している公演なんです。それを1度、ARMs(アームス)というリーディングユニットーー真柴あずきと、キャラメルボックスの坂口理恵と3人で10年来組んでいるユニット用に改稿して、東日本震災チャリティ用にしたものを、さらにTeam BareboAt用に書き直したものが今回の公演です。実際にあった本当の、心温まるストーリーを厳選して、オムニバス形式で。シンプルなリーディングだと飽きやすいのと、緊張して聴く人もいるので、それをほぐすために間に短い歌を。

――まさに今回はそれを踏襲していましたね。

本当はもっといろいろ動かして場面を変えたりする演出方法を取っていたんですけど、今はコロナ禍なので、ほとんど動かない状態でやるしかない。逆に逆手を取って、幕間の歌の間をマイクやシールドを消毒する時間に充てて。

――実際に教え子たちが、お客さんの前で声の演技を披露したわけですが。いかがでしたか?

とりあえず頑張ったな、と思います(笑)。俳優はやはりお客さんの前でやらないと成長はできないから。

――緊張も伝わってきましたがしっかりとした演技と姿勢でした。

ありがとうございます。お金をいただいて、(舞台に)立つということの意味や、お金をもらうことの難しさとか、大事さ。何より、誰に対して芝居をするのか? プロはお客さんのために芝居をするもの。どんなに少ないお客さんの前だとしても絶対に有観客のステージはやらなければならないと思っていましたので、まずは、ここまで来れてホッとしました(笑)。

――「プロはお客さんのために芝居をするもの」というのは物凄く重く、でも本質的な言葉ですね。そのためにもまずは有観客でステージに立つというのは大事だというのも感じます。

当日はかなりタイトなスケジュールでしたけど、みんなちゃんと、堂々と、自分の持ち分は頑張ったなと思います。二転三転してのステージだったので、不安はあったと思うのですが、本当によくやったなと。

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

『囁きの花束 2021 -healing reading live-』より 撮影:佐伯敦史

■​「Team BareboAt」追加メンバーを募集 そして今を生きる声優として思うこと

――今回実験公演を行いましたが、緒方さんが考える今後の「Team BareboAt」としての活動、ロードマップみたいなものはあるのでしょうか?

特に無かったんです、『エヴァンゲリオン』が終わるまで、あと1年と思ってやってきていたので(笑)。でも、今回の公演を受けて、スタッフと真剣に協議をし……とりあえずもう1年やってみようかという結論になりました。

――おお、それはある意味、2期生というか。

お客様のおかげで、スッと一段上がった、今残っているメンバーを、もう少し育てたい。そのためには、もう少し別の人と一緒に、と思うところがあって。もう一度、募集をしてみて、新しい可能性がある人を見つけようと。新たな原石に会えることももちろん楽しみですが、その人たちと一緒に、今いるみんなと合わせて全員で、もう一段階上がってくれればと思っています。

――でも、まだ活動を続けられるっていうのは、僕はすごく嬉しいです。

ありがとうございます。

――では、改めて、緒方さんが今の声優業界、そこで生きる声優っていう職業について思うことを聞きたいと思っています。

今、声優は、芸能界一やらなければならないことが多い仕事になってしまいました。お芝居、演技ができるってことは勿論必要なんですけど、それ以外にまずフリートークスキルが求められる。ということは、本人の素の人格が求められるということ。歌も歌う、グラビアも撮る、ダンスも踊る、場合によっては楽器も演奏することも。バラエティに出たり、大喜利的なものもこなしたり。

――確かにそうですね。

結果的に、人間力と演技力、両方兼ね備えていないと、今は難しい。初動もですが続けていくことが年々厳しくなっていってることも痛感します。

――それはそうですよね。声優さんに憧れる人の数も、実際声優として活動する人も年々増加していますが、枠が比例して増えているわけではない。

はい。そして、育てる環境も、コロナの影響でかなり限られるようになって来てしまいました。今後どういう風に変わっていくか。ワクチンを打つようになって、また少しは戻るのかもしれないし……今は分からないけれど、自分は「Team BareboAt」立ち上げた時と同じ思いで、できる限りのことは、若い人のためにできたらいいなと思っています。俳優としてのメンタルとフィジカルのトレーニング、特にメンタルのトレーニングはしっかりしていこうと。強メンタルと、体と、演技力はどうしても必要なことですから。教えながら、私も学ぶ。一緒に育っていければいいなと思います。

――では、最後にはなりますが、この記事を見ている、声優を目指している若者に何か一言お言葉をいただきたいです。

はい。ええと、まず、なれない職業ですよ?(笑)

――直球ですね(笑)。

なりたい人がなれる仕事ではなく、選ばれた人がなれる仕事。なので、選ばれる人間になれるかどうかがすべてです。多分芝居以外の大切なもの、夢中になれることであったり、芝居以外に一生懸命やっているスキルが無いと、恐らく、今後は難しい。自分の人間力を高められるように、まずは何かに夢中になってやること。そして、へこたれない熱さと、素直さ。何でもやってみるチャレンジ精神を持って、向かうしかない。「飢え」をどれだけ昇華できるかーーそこに全てがかかっているといっても過言ではありません。興味がある方は、どんどん自分を磨き、どんどん挑戦して下さい。もちろん、うち(Team BareboAt)に挑戦してやる、と思ってくださる方は、どうぞ(笑)。「セルフマネジメント」は、今、俳優以外の職業でも重要で、必要だと思います。

インタビュー・文=加東岳史


 

募集情報

緒方恵美の無料私塾「Team BareboAt」追加メンバー募集

声優・歌手の緒方恵美が次世代声優育成のための私塾「Team BareboAt」(チーム・ベアボート)では現在、追加メンバーを若干名募集中。
演技経験不問の12歳~21歳、既に何らかの芸術系職業で活動する21歳~28歳を対象に募集しております。

【主な授業内容】
・身体トレーニング(毎週)
・発声トレーニング(毎週)
・演技基礎・実践(月3回)
・マイク演技(後期のみ・月1回程度)
・ボーカルトレーニング(2ヶ月に1-2回程度)
・セルフマネジメント講座等(座学・隔月1回程度)

【講師陣】
・緒方恵美(セルフマネジメント講座・マイク演技担当)
・真柴あずき(演技基礎・実践担当)
・川村ゆみ(ボーカルトレーニング概論担当)
・森めぐみ(身体・発声トレーニング)
・林貴子(身体・発声トレーニング)
・関根翔太(身体・発声トレーニング)

【募集内容・資格】
1.下記(Team B:12~21歳、A、21-28歳)の募集内容に該当する方。
2.定められた活動日のカリキュラムに、全て参加できる方。
(学業や仕事との両立が可能な方。但しプロ表現者としての現場仕事を除く)
3.定められた活動日以外でも、365日自覚を持って頑張れる方
4.書類選考後の最終オーディション日【5月22日(土)、5月23日(日)】に、参加できる方。
【補足】Team BareboAtの成り立ちをご理解頂いた上でメンバーに加わって頂きたく存じます。
   必ず4/28発売・緒方恵美「再生(仮)」をご購入頂き、TBAについての該当文章をお読みになった上で、試験にご参加下さい。(内容についての質疑あり)

■Team B 12歳~21歳 : (10名~20名)
中学・高校在籍中、18歳以上は高卒以上。心身共に健康な男女。
芝居経験不問。現在事務所・養成所在籍者可(要・所属先許可)。
Team BareboAt 活動以外の時間も、努力を惜しまず頑張れる方。
最終オーディション日:2021年5月22日(土)または5月23日(日)都内某所を予定

■Team A 21歳~28歳 : (MAX5名~10名)
学歴不問・一芸必須。既に何らかの芸術系職業のプロフェッショナル限定。
・現在、職業俳優・声優の方
(事務所等に所属、及びメジャーな出演実績をお持ちの方。要・所属先許可)
・現在、ダンサー・ミュージシャン・漫画家他、俳優以外の職種の
(その職種のみで生計が立っているレベルの方。実績をお持ちの方
最終オーディション日:2021年5月22日(土)または5月23日(日)都内某所を予定

*Team BとAは、募集時の区分けです。講義は基本、全員一緒に行います
*当方は私塾です。あくまで所属先は現状のまま、学ぶための場所、とお考え頂けたら幸いです。
*現在所属先のない22歳以下の方(及びプロ表現者の28歳以下の方)で、特に優秀な方、成長著しい方は、実力により所属事務所等を斡旋させて頂きます。

【参加方法】
郵送:必要書類を郵送。
<必要書類>
1. 申込書(写真2枚添付。全身とバストアップ1枚ずつ)
*申込書はオーディションサイトにてダウンロード
2. 出演実績がわかる資料等(ある場合)
3. 返信用封筒(84円切手を添付した、住所氏名記載済のもの)

【宛先】
〒160-0022
東京都新宿区新宿4-3-37-201
株式会社ブリーズアーツ「Team BareboAt」応募係 宛

【申し込み〆切】
2021年5月8日(土)必着

【Team BareboAtサイト】
https://breathearts.jp/tba/

【主催】
株式会社ブリーズアーツ「Team BareboAt」運営事務局
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