“王子”役の井上芳雄が語る、蓬莱竜太の最新作『首切り王子と愚かな女』の魅力と期待
井上芳雄
2020年がちょうどデビュー20周年にあたり、もはや“ミュージカル界の元祖プリンス”とも呼ばれている井上芳雄。パルコのプロデュース作品で蓬莱竜太とタッグを組んだ、前作『正しい教室』(2015年)での井上の役どころが彼のパーソナルイメージとは真逆とも言えるキャラクターで実に新鮮だったこともあり、本作『首切り王子と愚かな女』で再び新たなチャレンジを企んでいそうで期待は高まる一方だ。その期待に応えるがごとく、今回はなんと蓬莱初の“ファンタジー作品”になるとか。キャストも井上を筆頭に、伊藤沙莉、高橋努、入山法子、太田緑ロランス、石田佳央、和田琢磨、若村麻由美といった意外性のある顔合わせが実現する。取材時は、まだ蓬莱が台本執筆の真っ最中という段階。とはいえ既にプロットは読んでいるという井上に、果たしてどんな作品になりそうかを予想してもらいつつ、蓬莱作品に感じる魅力や参加する面白さなどを語ってもらった。
ーーまずは蓬莱作品の魅力に関して、井上さんはどういったところに感じられていますか。
蓬莱さんとの、そもそもの出会いはPARCO劇場で上演された『Triangle~ルームシェアのススメ~』(2009年)で、脚本を書いていただいたことからでした。ミュージカル仕立てのもので、この時の演出は宮田慶子さんでしたね。それまでは正直に言うと蓬莱さんのことはあまり存じ上げなかったんですが、この時の脚本がすごく面白くてびっくりして。そこからモダンスイマーズの舞台も含め、蓬莱さんの書かれたものを観に行くようになったんです。蓬莱作品の魅力について思うのは、よく言われているのは人間関係のささいな部分を緻密に描いていて、みんなも感じてはいただろうけど見て見ぬふりをしていたり、言葉にするのをためらったりしていたことをバーンと物語の中で提示してくるところ。だけど、ご一緒するたびに作風が一作一作、それぞれ全然違うんですよ。きっと今回もそうなんだと思いますが、常にチャレンジをしていて、ひとところにとどまらない感じがある。常に新しいことに挑み続けているんです、最近も人形劇を劇団でやったりしていましたしね。そういう意味では演劇において、もちろん蓬莱さんは演劇ではないものも書かれていますけど、常に挑戦し続けているというところがとてもカッコイイなと思っています。
井上芳雄
ーー前作『正しい教室』での井上さんは、役柄的にもとても新鮮でした。振り返ってみて、印象深かったエピソードは。
『Triangle』シリーズは音楽が入った中にドラマがあるという形だったんです。その後の『正しい教室』は僕にとっては珍しい、歌もなく、そういう意味でのエンターテインメント性は少ない、ワンシチュエーションの会話劇でした。ほとんどやったことのないジャンルで、稽古も辛いわけではないんですが、なにしろ難しい役だったので「自分は全然できていないんじゃないか」と悩みながら演じていた記憶があります。とても繊細な演技を求められているのに「ひょっとしたらミュージカル俳優の大味な演技になってしまっているんじゃないか」という恐怖心も持っていました。でも蓬莱さんはとても優しく自然に導いてくれていましたし、その時の座組もみんなすごく仲が良くて、団結力があって面白かった。僕としても、とても記憶に強く残っている作品です。
ーー先生以外は同級生役で、つまりほぼ同世代でした。
そうなんですよ、近藤正臣さん以外はね(笑)。蓬莱さんって稽古の後や本番の後にめちゃくちゃ飲むんです。今はコロナ禍だから飲めていないでしょうけど。僕は毎日は付き合えなかったんですが、でも稽古中とかだと、なんだか稽古の延長みたいな感じになるんですよね。しかも、その飲みの席ですごく重要な役の話とかしだしたりするんです。「なんで今、そんな大事なことを言うんだ、稽古場で言えばいいのに」って思っていました(笑)。
井上芳雄
ーーそうなると、飲みの席もはずせないですよね(笑)。
そうなんです、行かざるを得なくなるというか。座組も蓬莱さんとやったことのある人が多かったから、もともと飲み仲間みたいなところもあったんじゃないかな。でも、そうやって飲んでいるうちにどんどんお互いのことを深く知ることができて「“正しい劇団”というのを作って第2回公演をやりましょうよ!」なんて、その時は盛り上がっていたんですけど。結局、今回その座組から出ているのは僕と高橋努さんだけ、でした(笑)。
ーー今回もまた、仲の良いカンパニーになれたらいいですね。
そうですね、コロナ禍なので前回のようにみんなで飲んだりはできないでしょうけど。でも蓬莱さんに“S”っけがあるからなのか、PARCO劇場でやる時は僕がこれまで共演したことのない人をあえてキャスティングしてくれているようなところがあるんです。今回も高橋さん、それと吉田萌美ちゃんとはご一緒したことがありますが、あとはほとんど初めましての方ばかりなのでちょっと緊張しています。この状況下でも、イチから積み上げていい座組になっていければいいなと思っています。
ーー初共演の、伊藤沙莉さんの印象はいかがですか。
「いっぱいCM出ているなあ」って(笑)。ご一緒することがわかってから、出ているのを見つけるたびに「あ、沙莉ちゃんだ」って思っていますし、最近ではドラマのナレーションまでやられていますからね。もちろん、ずっと子役からやってらっしゃっての今なんでしょうけど、旬というか勢いがある女優さんですし、実力もある方だという意味ではとてもご一緒するのが楽しみなような、ちょっとドキドキするような感じがあります。あの見た目と声のギャップもいいですよね。
井上芳雄
ーー井上さんが今回演じられるのは、反乱分子をどんどん処刑していく“首切り王子”とのことですが。その役柄やストーリーについて、今の段階でどんなことを思っていらっしゃいますか。
まあ、ネタとして、自分はもう20年にわたってプリンスをやっているんだみたいなことを言っているものの、実際にはもうそんなに王子役自体は来ないんですけど、久しぶりに来た王子役がこの“首切り王子”ですからね。逆にうれしいというか、ネタとして極まったなという気がしています(笑)。蓬莱さんにお会いした時、それももう1年近く前のことですが、やっぱり今はこんな状況だからきっとみなさん楽しい作品が観たいんじゃないかな、と話していたんです。だからこれまでの自分の作品とは違う印象の、楽しいものを書きたいとおっしゃっていたので、蓬莱さんも時勢に合わせていろいろと考えているんだなって思っていたんですけど。ふたを開けてみたら、おとぎ話風ではあっても、これは決して楽しいだけの話ではなさそうだという展開になっていたので、やっぱり結局のところは蓬莱さんらしいなという気もしています。ただ、ご自分でもおっしゃっていましたが、こういうファンタジー、おとぎ話風なものを書くのは初めてだそうなんですよ。だからもちろん初挑戦ならではの苦しみもありそうですが、プロットを読ませてもらったら設定は架空の国や時代だったりしつつも、そこで描かれる人間模様というのは相変わらず痛いところを突いてくるなあという感じがありました。これまではリアルな設定の中でそういう痛さを描いていたわけですが、架空の設定の中でそういった心に刺さるやりとりを演じるとなると今度はどういう気持ちになるのかなとか、どういうお芝居をしたらいいのかなというのは楽しみに思っているところでもあります。きっと蓬莱さんも稽古をしながら、いろいろ新たなものを発見していくつもりなんじゃないかなと思うし。僕としては、もともとミュージカルはいろいろ何でもありの世界観ですから。そこにプラスして細かなお芝居をやるというのはチャレンジではあるので、やりがいがあると同時に楽しみだなとも思っています。
ーー今回のプロットを読まれて、たとえばどういうところが面白いと思われましたか。
やっぱりまず、設定をファンタジー的なところに持ってきたという点と、それと、僕はどちらかというと正義の人の側を演じるほうが比較的多いんです。まあ、基本的にプリンスというのはそちら側でしょうし、そうじゃない役でもやっぱり正しい人を演じるほうが多かったんですが、蓬莱さんは毎回そうじゃない役をくれるんです。今回も王子ではあるけど、首切りまくっちゃうという時点でそうですから。僕がやる王子には兄がいて、その兄が体調を崩した代わりとして前に出てきた王子なんです。母親に愛されていなくて、兄の代わりにさせられようとしているみたいで、それだけでも既に悲しい話だし。加えて、沙莉ちゃんの演じる役は姉との確執があったりしてもう死のうとしている、というところから始まるんです。そんな二人が出会ってお互いの事情をわかっていくんですけど、こうしてあらすじをたどるだけでも全然普通のファンタジーではなさそうな気がしませんか(笑)。リアルなものより、さらに胸をえぐられそうだというか。そこが既にもう面白いなと思いますし、そういう人間の一筋縄ではいかないところが演じられるというのは、役者としてはうれしい限りです。ちなみにまだ結末はどうなるか知らないんですけど、でも決して絶望だけを残して終わる作風ではないと僕は思っていて。まあ、希望だけでもないんだろうけど。僕が蓬莱さんの作品を好きなのは、全部がそうかはわからないですけど、結末をそれほどハッキリと提示せずに、考え続けようというスタンスがあるところなんですよね。つまり、白黒をつけない。それってまさに自分たちの世代が育ってきた環境でもあり、さらにこのコロナ禍に関しても、誰かひとりが悪いわけでもないのに、でもどうなんだろうみたいなことになっていて。今回の物語が最終的にどうなるかはまだわかりませんけど、でもきっと蓬莱さんが持っているものは変わらないと思うし、僕はそこがすごく好きだなと思っているし。蓬莱さんのそういう面が今回はどういう風にいかされるのかを僕自身も今、とても楽しみであり期待もしているところです。
井上芳雄
ヘアメイク=川端富生
スタイリスト=吉田ナオキ
衣装協力
ジャケット 45,000円・パンツ 35,000円/wjk nagoya(052-262-4050)、その他/スタイリスト私物
取材・文=田中里津子 撮影=中田智章