若手振付家とダンサー達の共鳴を期待~スターダンサーズ・バレエ団常任振付家・鈴木稔に聞く公演『Resonate(レゾネイト)』の見どころ
2021年9月29日、スターダンサーズ・バレエ団公演『Resonate(レゾネイト)』が行われる。今回はすでに振付家としても活動しているダンサーを含めた4人の団員たちによる4作品が上演される予定だ。
スターダンサーズ・バレエ団は1965年の創設以来からアントニー・チューダー作品やクルト・ヨース「緑のテーブル」など、全幕の古典バレエ作品上演を中心としたバレエ団とは一線を画す、独自の方向性を示し続けている。日本人振付家の育成もその指針の一つとして掲げ、現在常任振付家として活躍している鈴木稔振付によるバレエ『ドラゴンクエスト』や『くるみ割り人形」など、バレエ団の看板となる作品も生み出してきた。本公演は、さらに未来を担う若手振付家の作品発表の場としても期待が持てる。今回はその常任振付家の鈴木に、振付に対する思いや若手へのアドバイス、公演『Resonate(レゾネイト)』の見どころを聞いた。(文章中敬称略)
鈴木稔振付「くるみ割り人形」
■振付経験者からデビュー作まで、未来を担う振付家の作品が並ぶ
――今回のスターダンサーズ・バレエ団『Resonate(レゾネイト)』は、バレエ団のダンサーがつくり上げた作品を上演する公演です。今回は4名による4作品が上演されますが、どのように選択されたのでしょう。
友杉洋之と佐藤万里絵はすでにこれまでも振付作品を発表している実績があるので、公演が決まった時にまず、この2人に声をかけました。関口啓と仲田直樹は自主的に手を挙げたもので、関口は一昨年くらい前に小作品を作った経験がありますが、仲田については振付自体が全く初めてとなります。
――昨年からのコロナ禍の影響で海外作品の上演ができず、延期を余儀なくされる中、日本人の振付家のプライオリティが高まっているようにも感じます。そのことについてはどのようにお考えでしょう。
スターダンサーズ・バレエ団は日本人振付家の育成を指針の一つとして掲げていましたし、今回はそういう意味では、バレエ団の指針に則った公演といえます。
確かに昨年のコロナ禍から当バレエ団でも海外から指導者が来日できずに中止や延期を余儀なくされた公演もありましたが、僕が手掛けた「くるみ割り人形」やバレエ「ドラゴンクエスト」など、上演できる作品があり、公演ができたのは幸いでした。図らずも、日本でつくられた作品や、日本人振付家が注目されるのはありがたいことだと思います。
■自信を失った時にフォーサイスのもとへ。「間違っていなかった」と改めて確認
――鈴木さんについてのお話を伺います。ダンサーとして活躍されたのち、スターダンサーズ・バレエ団のバレエマスター就任後、2015年から常任振付家となり、バレエ団の看板作品を生み出されてきました。振付家となることを意識したのはいつくらいからだったのでしょう。
初めてバレエに触れた子供の頃から何かをつくりたいと思っていましたね。ダンサー時代から様々な作品をつくり、たくさんの失敗を許してもらいながら、かれこれ300作はつくったかもしれません。
「振付家」であることを自認したのは、自分で自分をクビにした時です。27、8歳くらいの頃だったでしょうか。
――「自分をクビ」とは。
「自分が自分の作品に出なくなった時」です。自分の作品は自分で踊るのが一番上手くできるんですよ。人に伝えるよりも自分で踊ったほうが早い。でもそれでは作品は絶対に、自分の能力を超えないんです。自分の能力で作品のイメージが止まってしまうわけですから。でも他のダンサーを使って踊ってもらうと、違う限界点が見えてくる。それを超えなければならないと思った時にああ、振付家になったんだなと思いました。
――1999年からドイツのフランクフルト・バレエ団へ研修に行かれましたが、その理由は。
フランクフルトへ行ったのは40歳過ぎてからですね。実はこの時、振り付けを辞めようと思っていたんです。自分のしていることに疑問を感じたり行き詰ったりと、自信をなくして悩んでいた時期でした。だから一番尊敬する振付家、ウィリアム・フォーサイスのもとに行けば何か感じられるのではないかと思ったんです。もしそこで何も感じられなければ終わりだなと思い、フォーサイスが振付をしているところに立ち会いながら、ひたすら彼の仕事を見ていました。
結果的に、自分のやってきたことは間違いじゃなかったと感じられた。間違いじゃないどころか、自分のしていることは全然オーケーだったと思いました(笑)。
鈴木稔振付 バレエ「ドラゴンクエスト」
■振付家に必要なものは熱意。そして芸術家と技術屋の二つの要素
――鈴木さんが思う、振付家に必要な要素とは。
一番大事なものは情熱と熱意。何か表現し、思いを世に出しつくりたいという強い気持ちがないと絶対にできないし、それが一番の原動力です。
結局振付家って師匠がいないんですよ。創作って人に教えられるものでもなく、やり方を習うものでもない。職人のように、親方について教わってできるものでもないんです。
でも、ではやる気や熱意があればいいかというとそうではなく、振付家は「芸術家であると同時に技術屋でなければならない」と考えます。感性にだけ頼っても、技術だけによっても安普請の掘立小屋しかつくれない。両方の力が合わさって初めて、土台のしっかりした建物――ひとつの作品ができる。芸術作品である一方、わかりやすさなど、ちゃんとお客様に作品を楽しみ、喜んでもらえるような、技術的な見せ方が必要なんです。
――「技術」に対する「芸術」の部分についてのお考えは。
僕はよく「芸術って何ですか」と聞かれると、「キレイ」「美しい」といった当たり前の感覚を思い出す力、と答えています。
ダンス――舞踊は、それこそ原始時代から伝わる古い肉体言語です。言葉による音声言語や文字言語よりも古い、原始のコミュニケーション手段で、それを理解し、感じる力は我々のDNAのなかに誰もが持っているはずなんです。いろいろ日常に忙殺されながらそうしたものを感じることを忘れてしまっていたりしますが、舞踊芸術に触れることで、古来より自分たちが持っている当たり前の感覚を呼び起こす力になればと思います。
鈴木稔振付「シンデレラ」
■「真似は恥ずかしくない」。温故知新を通して独自の作品を
――鈴木さんから若手振付家に対するアドバイスをするとすれば。
「盗んじゃダメだけど、真似は恥ずかしくない」ということですね。若い人たちの作品を観ていて感じるのは、彼等は新しいものをつくることにこだわりますが、でも彼らが新しいと思っていることは、実はとっくに戦前の振付家など先達がやっていることで、2、3周の周回遅れで「新しい」と思っていたりするんです。
――漫画の世界で「ほとんどのネタや技法は手塚治虫がやり尽くしている」と聞いたことがありますが…。
はい、それと同じです。でも力のある漫画家はそれを分かったうえで上手く自分のものにしながら作品をつくりあげていると思うし、我々振付家もそうです。
例えばクラシックバレエ。先ほどの原始の肉体言語の話になぞらえると、実はクラシックバレエは肉体言語をロジカルに、様々な約束事をつくりながら一つの世界共通言語として構築した現代舞踊です。むしろ「モダンダンス」といわれているもののほうが、原始の肉体言語の直系だったりする。
そうしたクラシックバレエはもちろん、ストリートダンスやブレイクダンスなど、素晴らしいものは世にたくさんあるのだから、躊躇せずにどんどん取り入れればいい。70年代のディスコダンスだって今はもう古典ですが、そこにも魅力はあるし、20年代のドイツのキャバレーの踊りだってそうです。それを知るためには勉強が必要ですが、そこから独自の感性でいいものをチョイスし、自分のものとして発展させていってほしいなと思います。
――温故知新という言葉がありますが、まさにそれですね。
■振付家とダンサー、ともに共鳴し合う公演に
――そうした様々な経験をされてきた鈴木さんがご意見番となる今回の公演「Resonate(レゾネイト)」ですが、上演される4作品にアドバイスはされているのでしょうか。
今回初めて作品を発表する仲田と関口については、敢えてなにも言っていません。僕自身も創作をするにあたってあれこれ言われたことはないので、まずやりたいことをやればいいと思いました。自分の作品を客観視し、自分が納得しないと先に進めないですしね(笑)。それに初めてつくる作品の、そこで出てきたものを潰してしまったら、自分で学ぶ可能性もなくなってしまいますので。
――ではすでに作品をいくつも発表している友杉さん、佐藤さんには。
彼らにはかなり無茶振りしています。この2人にはバレエ団の小さな公演をまかせてもいいくらいの技量があり、先ほどから話題に出ている「芸術性と職人技」の両方も持っている。ただまだ勇気が足りず、安心できるダンサーや音楽など、一種の確実性に固執してしまう。自分の一番強いところを確実に出せるのはもちろんいいことなのですが、そこをさらに広げないと、いつまでも小さいままです。2人にはその点を強く言っていますね。
「message」 振付・演出:友杉洋之
――上演される4作品の見どころを教えてください。
友杉の作品には一つひとつの動きに繊細さと独特のこだわりがあり、それが彼の持ち味となっています。今作の「message」にはそうした味わいが出てくると思います。また彼は少人数の作品をつくりたがる傾向があるので、今回はそれを多人数でつくった時の効果にも期待しています。
対して佐藤は僕自身にも出せないようなダイナミックさがある。今回の「SEASON's sky」ではこちらが「無茶するなぁ」と思うような大胆な振付も入っていたりします。
「SEASON’s sky」振付・演出:佐藤万里絵
仲田は意外と面白いアイデアを持っていて、話を聞いてびっくりしました (笑)。「『笑うのは人間の特権だ』とアリストテレスが言った。では人間以外が笑わないのはなぜなのだろう。圧倒的な天敵がいない人間の存在が地球と地球上の存在の笑顔を奪っているのか」というようなことが彼の作品解説に書かれていたのですが、これを「What about…」という作品でどう表すのか、口出ししないで見守っています。
「What about…」振付・演出:仲田直樹
関口は「@Holic」という作品を発表しますが、これもまた解説には「人は誰しも、何らかのHolic(中毒)なのではないか。踊りなしではいられない僕たちもそうなのかもしれない」とありました。彼は「お客さんは(上演されているものを)分かりたくて見ている。だから分かりやすいことをやりたい」というちょっと乾いたことも言っていて驚きました。この作品で言葉を含む表現を使うようですが、どうなるのでしょうね(笑)。
「@Holic」振付・演出:関口啓
――楽しみですね。振付家ばかりでなく、ダンサーにとってもプラスになる公演となりますか。
なりますね。今回の公演タイトル「Resonate(レゾネイト)」というのも若い振付家とダンサー同士の共振や共鳴、響き合うといったことが彼等の中に生まれ、互いにプラスになればという思いがあります。
また普段踊っている僕の作品や定番作品の振付とは違い、今回の、もしかしたら稚拙なところがあるかもしれないが、これまでふれたことのない動きというのは、ダンサーにとっては新鮮です。またダンサーは踊る以上は、絶対に自分をよく見せたいと思って取り組みます。一度幕が開いてしまうともうそこはダンサーの世界であり、振付家は手を出すことはできない。ダンサーはそうした場での力の出し方加減も含めて、とてもいい刺激が得られるだろうと思いますし、振付家はその作品を客席から客観視することで新たな経験と学びが生まれる。こうしたことを通して、この公演でバレエ団もまた成長することと思います。
――ありがとうございました。
取材・文=西原朋未
1977年小林紀子バレエ・シアターに入団。83年ニューヨークのチェンバー・バレエ団に入団後、翌年コロラド・バレエに移籍。帰国後は多くのバレエ団に客演するかたわら、振付家としても活動。93年スターダンサーズ・バレエ団バレエマスターに就任。99~2000年文化庁在外研修員としてウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエ団にて研鑽を積む。15年スターダンサーズ・バレエ団常任振付家に就任。主な受賞歴に、日本バレエ協会振付奨励賞、音楽舞踊新聞村松賞、芸術選奨文部大臣新人賞など。
公演情報
■会場:テアトロ・ジーリオ・ショウワ
■演目
「message」 振付・演出:友杉洋之
「What about…」振付・演出:仲田直樹
「@Holic」振付・演出:関口啓
「SEASON’s sky」振付・演出:佐藤万里絵