時速36km 生身の音がぶつかり合う熱い一夜、ツアーファイナル渋谷O-WEST公演をレポート
時速36km 撮影=春
時速36km 1st full album Release TOUR“それから”
2021.9.26 TSUTAYA O-WEST
ライブハウスのステージとフロア。そこにいる人間同士がしっかり目と目を合わせることで伝えられる音楽がある。時速36kmが、8月25日にリリースした1stフルアルバム『輝きの中に立っている』を引っ提げた東名阪ツアー『それから』。そのファイナル公演となった渋谷O-WESTは、そんな生身の音がぶつかり合う熱い一夜だった。
松本ヒデアキ(Dr)がいるドラムセットの周りに、仲川慎之介(Vo/Gt)、石井“ウィル”開(Gt)、オギノテツ(Ba)が集まり、ステージ上で何やら言葉を交わしたあと、「サテライト」から、ライブは幕を開けた。一発目はアッパーな曲かと思いきや、最新アルバム『輝きの中に立っている』の最後に収録されている、まさかのバラードはじまりだ。石井のギターと仲川のボーカルのみという歌い出しに、徐々にバンドサウンドが加わる。血の通った音楽でリスナーの心とつながろうとするバンド決意のような楽曲を1曲目に置いたことに、この日のワンマンに賭ける4人の強い想いを感じる。
内包するエネルギーが一気に爆発したのは2曲目の「夢を見ている」からだった。“どこまでも走っていけ!”という叫びと共に駆け抜けた「スーパーソニック」。続けて、オギノのスラップベースが暴れた「スーパースター」へ。その演奏を終えたあと、松本が“速いって(笑)”と、苦笑い気味に言った。並々ならぬ気合いのせいか、おそらく音源よりもかなり速いテンポだったようだ。
最初のMCでは、ソールドアウトとなったバンド史上最大キャパの会場を見渡し、“今日は期待に応えたい”と、仲川が意気込みを伝えた。真っ赤な照明がステージを染めた「アンラッキーハッピーエンドロール」から「鮮烈に」へと、激しく全身を躍動させながら、ノンストップで畳みかけていくアップナンバー。時速36kmの強みは、迸る情熱を全力でメロディに注ぎ込む仲川のボーカルであることは間違いない。だが同時に、唯一“言葉”を持つ楽器であるボーカルの表現力だけに頼ることなく、メンバー全員が一丸となって、歌に込めた感情を体現しようとする緻密なアレンジにこそあると思う。ライブでは、一見して勢いに身を任せた激しいパファーマンスに目を奪われるが、それを高いレベルで再現するたしかな演奏力も強く浮き彫りになっていた。
演奏の合間に、はぁはぁと息を切らす仲川に代わって、“慎ちゃんの復活まで待つと、5分かかっちゃうので”と、MCはオギノが引き取った。中盤、ゲストボーカルにレーベルの後輩バンドHammer Head Sharkから永井ひゆ(Vo/Gt)を呼び込んで披露したのは「素晴らしい日々」。焦りと希望が入り混じったミディアムテンポに永井の透明感のあるハーモニーが優しく寄り添う。メンバーの声が重なり合い、コズミックな景色を描いた「ムーンサルト」を挟んで、ふたり目のゲストとして迎え入れた、尾崎リノとは、カントリー風味のポップソング「ラブソング」を柔らかに届けた。この日は、時速36kmが、自分たちの「ギターロック」の可能性をぐっと押し広げた最新アルバム『輝きの中に立っている』の楽曲たちを、余すところなく披露していった。
伸びやかなイントロが高揚感を生んだ「優しい歌」、ドラムの松本が頭上高くからスティックを振り下ろし、雄大なリズムを刻んだ「アトム」。もっともっと広い会場が似合いそうな、開放感のある楽曲が続き、ライブは終盤に差しかかった。最新アルバム『輝きの中に立っている』という作品について、“明日以降を生きる糧になれば”とオギノ。続けて、仲川が“今日があったことを残しておきたい”というようなことを伝え、その想いを楽曲に託した「Stand in life」へと美しくつないだ。明滅する光。感情をまるごとぶつけるような熱演は、続く「クソッタレ共に愛を」にも引き継がれた。体をのけぞらせ、生傷だらけで愛を叫ぶバラードを渾身の歌唱で聴かせた仲川は、最後に“愛してるぜ!”と、フロアのお客さんを真っ直ぐに見据えて言った。
18曲を終えたところで、石井の弦が切れた。すかさず代えのギターが手渡されると、“テックが代えてくれるって、売れてるバンドっぽいね”と言うオギノ。“東京ドームでも、<売れてるバンドっぽいね>って言いたい”(仲川)、“<売れてるやろ>って総ツッコミになる”(オギノ)という、さりげない会話にバンドが抱く大きな夢が見え隠れする。最後のMCでは、仲川が“人と人とが愛し合う行為が最強”という想いをつんのめるように捲し立てると、フロアをハンドクラップで満たしたバラード曲「花束」。そこから、ラストソング「銀河鉄道の夜明け」へと突撃するようになだれ込んで、本編を締めくくった。ペース配分など一切考えていないような全力のフォーマンスで、“俺はここにいるよ”と、笑顔の夜明けを祈るように届けた歌は、どんなときも弱い者の味方であり続けるバンドの存在意義そのもののような歌だった。
アンコールでは、オギノが“もっとデカいところでやりましょう!”と約束を交わしたスピーディな「ポップロックと電撃少年」のあと、待ちわびた1曲が披露された。「ハロー」だ。『ONE PIECE』の作者・尾田栄一郎のお気に入りの楽曲として紹介され、先日、尾田氏の伝説の短編漫画をボイスコミック化した『MONSTERS』のエンディング曲への起用が発表された楽曲だ。晴れやかに転調していくバンドアンサンブル。それを心から楽しむような良い表情を見せたメンバーは、最後に、この日のライブがはじまったときと同じように中央を向き合い、全22曲のライブを締めくくった。
なお、この日、時速36kmは、12月11日に横浜1000CLUBでさらに過去最大キャパを更新するワンマンライブの開催も発表した。上昇気流にのり、そのポテンシャルに気づかれはじめた時速36kmの存在が、より広い層へと知れわたっていく日もそう遠くはなさそうだ。
取材・文=秦 理絵 撮影=春
リリース情報
<収録曲>
01.光