桑田佳祐、体に良さそうなエネルギーがたくさん注ぎ込まれた『BIG MOUTH, NO GUTS!!』横浜アリーナ公演 ライブレポート
桑田佳祐 撮影=西槇太一
桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」supported by SOMPOグループ
2021.12.30 横浜アリーナ
桑田佳祐のソロでの4年ぶりとなる全国ツアーの横浜アリーナ初日のステージを観た。9月18、19日の宮城・セキスイハイムスーパーアリーナから始まり、全国10箇所を回るツアーのセミファイナル公演。アリーナ内に入った瞬間に驚いたのは人の多さだった。コンサート会場の“一席おき”にすっかり慣れてしまっていたので、こんなに多くの人が集っている景色を見るのは久々だ。観客数はガイドライン収容範囲内の12,000人であり、コロナウイルス感染防止対策を徹底しての開催なので、キャパシティ制限が緩和されてきたことがこうした光景からも実感できる。だがまだコロナ禍の終わりは見えてはいない。さまざまな状況を考慮・配慮しながら、音楽ができること、やるべきことを貫いた素晴らしいライブとなった。
桑田佳祐 撮影=西槇太一
「威風堂々」のSEに続いて、メンバーが登場してライブが始まった。1曲目は「それ行けベイビー!!」。桑田のギターの弾き語りでの始まりだ。観客のハンドクラップが一緒に加わっていく。《適当に手を抜いて行こうな》というフレーズのなんと温かく響くことか。曲の後半に入るとコーラスやバンドの演奏が加わっていく。歌詞の一部が《今年もありがとネ》へと変更されている。励ましと感謝の思いがダイレクトに届いてくる。続いては「君への手紙」。味わい深い歌声にグッと来た。冒頭から熱いものがこみあげてくる。バンドのメンバーもおそらく桑田の歌声に導かれて演奏していたに違いない。思いが繋がり広がっていくような演奏だ。この場にいる観客だけでなく、はるか遠くにいる人にまで届きそうだった。
12,000人のハンドクラップに包まれながらの歌となったのは9月リリースのEP『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』(以下、『ごはんEP』)収録曲の「炎の聖歌隊[Choir(クワイア)]」。観客に配布されたナマケモノライト(リストバンド)の光が揺れながら輝いている。声は出せないが、観客は拍手や光によって思いを懸命に伝えていた。おそらくライブで演奏することを想定して作られた曲だろう。《開演お待ちどうさん》《ご来場 大変御足労さん》といった歌詞など、このシチュエーションにぴったりなフレーズが満載。歌に込められた思いに観客がしっかり応えて、一体感あふれる空間が出現した。
「横浜に帰ってまいりました。再会できて大変うれしいです」とのMCに続いては「男達の挽歌(エレジー)」。ファンキーかつグルーヴィーなバンドサウンドも大きな聴きどころだ。メンバーは斎藤誠(Gt)、中シゲヲ(Gt)、角田俊介(Ba)、片山敦夫(Key)、深町栄(Key)、鶴谷智生(Dr)、TIGER(Cho)、田中雪子(Cho)、山本拓夫(Sax)、菅坡雅彦(Tp)という11名。観客のハンドクラップも加わっての「本当は怖い愛とロマンス」、明朗な歌声と麗しのハーモニーに心を洗われるようだった「若い広場」など、人間味あふれるバンドの演奏が素晴らしい。昭和を彩った歌手へのリスペクトが伝わってくる桑田の歌唱もニクい!
桑田佳祐 撮影=西槇太一
昭和の朗らかで明るい空気を音楽に乗せて、令和の今の時代にもたらしていると感じる瞬間が何度もあった。『ごはんEP』収録曲の「金目鯛の煮つけ」もそんなナンバーのひとつだ。たおやかな歌声とノスタルジックな雰囲気の漂うフォーキーな演奏が深く染みこんでくる。かけがえのないものの存在をこの歌声が示していた。郷愁が漂いながらも今の時代とリンクする普遍性を備えた名曲だ。
「OSAKA LADY BLUES~大阪レディ・ブルース~」は各地でご当地ソングとして歌詞を変えて披露されてきた。この日は「新YOKOHAMA LADY BLUES~新・横浜レディ・ブルース~」として、地名や観光名所の名前も交えつつ、《五木ひろしもいしだあゆみもユーミンも歌にしたこの街》といったフレーズも交えつつ。遊び心と気配りがミックスした楽しい演出だ。「エロスで殺して(ROCK ON)」ではダンサーによるポールダンスの演出もあった。
サンタナを彷彿させるムーディーなラテンロックの魅力に酔いしれたのは『ごはんEP』収録曲の「さすらいのRIDER」。ごはんの中に晩酌の熱燗が加わったたかのようだ。陰影の濃い歌声からは昭和歌謡に通じる哀愁も感じた。音楽への愛とノスタルジーを希望へと変換していくような歌と演奏が見事だったのは「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」。月明かりに照らされるように、温かなバンドサウンドが降り注いできた。
桑田佳祐 撮影=西槇太一
メンバー紹介やメンバークイズコーナーに続く、中盤の流れはこのコンサートの白眉だった。『ごはんEP』収録曲が軸となった構成だが、既存の曲も『ごはんEP』収録曲と並ぶことによって、さまざまな化学変化が起こっていた。個人的にこの日、もっとも胸を揺さぶられたのは「どん底のブルース」だ。2番と3番の歌詞は全面的に刷新されていた。2番ではSNSの時代に他人を断罪する人間の心の闇が歌われていた。3番は《コロナ・災害・テロ》などがモチーフとなり、《マスクを取って笑顔をみせてほしいから》《人間らしく生きようぜ》と今のリアルな思いが歌われていた。今の時代と対峙する歌、弱い立場に寄り添った歌、そして困難の中での生きる糧となる歌。桑田佳祐の音楽の素晴らしさが、この日のこの曲の中に凝縮されていた。
光と闇の表現は表裏一体のものだろう。光の明るさに説得力を持たせるためには闇の暗さを描くことが不可欠となる。深い心の闇を描いたブルースと表現したくなったのは「東京」だ。美しくも物悲しいギターに導かれて、桑田の悲痛な歌声と重厚なバンドサウンドがズシッと響いてきた。『ごはんEP』収録曲の「鬼灯(ほおずき)」では伝承の歌というニュアンスも感じさせるシュールなタッチのサウンドに乗って、平和への思いが確かに届いてきた。風の音に続いて「遠い街角(The wanderin' street)」が始まった瞬間に時代をワープする感覚を味わった。時の流れや過去と現在の対比を音楽として表現できるところにも桑田の音楽の素晴らしさ、懐の深さがある。なぜ自分はここにいて、こんな素晴らしい音楽を聴くことができているのか。そんなことに思いを馳せる瞬間があった。
桑田佳祐 撮影=西槇太一
ここからはこのツアーのテーマとも言うべき「SMILE~晴れ渡る空のように~」と「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」が演奏された。いずれも『ごはんEP』収録曲だ。「SMILE~晴れ渡る空のように~」は12,000人のハンドクラップと一体となっての歌。シンガロングはできないのだが、鳴り響くクラップの音と揺れるナマケモノライトの光によって、会場が一体となっていることを実感した。「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」もハンドクラップと一緒の歌と演奏。昭和の時代にあった朗らかさや大らかさが、歌に乗って会場内に注ぎ込まれていくようだった。昭和のプロレスの名シーンがモニターに映し出される場面もあった。
昭和歌謡の大人なムードが魅力的な「Yin Yang(イヤン)」、《コロナが収束したら》《来年はいい年でありますように》などのフレーズも加わった「大河の一滴」と、ライブは終盤へと向かっていく。「スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)」では桑田がハンドクラップを口で示して、観客のハンドクラップとのコール&レスポンスも実現。バンドの奏でる力強いビートが客席に熱いエネルギーを注入していくかのようだった。本編ラストはソロでの1stシングル曲「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」。桑田がフェイクでシャウトし、観客がハンドクラップしていく。観客への感謝の思いを込めたラブソングのようにも響いてきた。観客を“うれしい気持ち”にする「悲しい気持ち」だ。《またいつか逢えたなら》という言葉が意識を未来へと向かわせていく。本編のフィニッシュはジャンプ。
桑田佳祐 撮影=西槇太一
「今年も災害が多かったですが、東北を始め全国各地の被災地の復興、みなさんの健康を願って」という言葉に続いて、アンコールの1曲目は「明日のマーチ」だった。明るい空気をもたらしていくナチュラルな歌と演奏がいい。ボウリングの華麗な投球フォームも交えて披露されたのは「悲しきプロボウラー」。さらに「趣味のレベルで、自分の好きな曲を歌ってよろしいでしょうか」とのMCに続いて、昭和歌謡の名曲、ヒデとロザンナの「愛の奇跡」をコーラスのTIGERと田中雪子とのデュエットで披露する場面もあった。
爽快感の漂う「波乗りジョニー」によって会場内が高揚感に包まれ、フィナーレへと向かっていく。コンサートの最後を締めくくったのは「祭りのあと」だった。「みなさんにとって来年が素晴らしい一年でありますように、願いを込めて」とのMCに続いて、感謝の思いの詰まった歌声がアリーナ内に響いていく。観客がハンドクラップし、手を横に振っている。祭りのあとは次なる祭りへの最初の一歩でもあるだろう。終演後、桑田が「元気ですか~? 1、2、3、ダァー!」と叫び、その声に合わせて観客がこぶしを宙に突き出した。次の再会が楽しみになるエンディングだった。
桑田佳祐 撮影=白石達也
体に良さそうなエネルギーがたくさん注ぎ込まれた夜だった。『ごはんEP』のタイトルに合わせて表現すると、「ごちそうさまでした。おいしゅうございました」と言いたくなった。この日のステージを観て強く感じたのは、困難な時ほど音楽のかけがえのなさが際立つということだ。音楽とは希望の別名であることを、この日のステージが明確に示していた。
ライブの模様は、『桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」オンライン特別追加公演』で見ることが出来る。おかわり配信として、2022年1月7日(金)20:00~、8日(土)13:00~、9日(日)19:00~の3日程がまだ残っているので、まだの方は是非ご覧いただきたい。
取材・文=長谷川誠 撮影=白石達也、西槇太一
桑田佳祐 撮影=西槇太一